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仕事ばかりで疲れているのかもしれないと、ミューレを連れて海へ行くことにした。
彼女を抱き上げて飛行魔法で飛んでいく。
そう言えば、彼女は初めから飛行魔法を怖がらなかったな。
落とされれば死ぬというのに、肝が据わっているのか。
ミューレは波打ち際まで歩いていくと、打ち返す波をじっと見ていた。
やはり思った通り、彼女は海も好きなようだ。
「ミューレは水辺が好きなんだな。」
彼女が俺を振り返る。
俺の気のせいかもしれないが、彼女の漆黒の瞳に一瞬光が差したように見えた。
その時、一際大きな波が来て、ミューレの足にザバーッとかかった。
ワンピースのスカートも靴も濡れてしまっている。
俺は慌てて彼女を抱き上げて波打ち際から下がり、風魔法で乾かしてやった。
何だろうな?成人しているにしては行動が幼いような気がした。
まるで魔族の10代と同じように。
「・・・人間、だよな?」
俺が独り言を、ボソリと呟くと、ミューレがビクリと肩を揺らした。
ん?何だその反応は。
まさか!
彼女の髪を掻き上げ、彼女は抵抗したが、いつも隠れている彼女の耳を確認した。
一見、人間の耳に見えるそれは、よく見ると耳の上部が切り取られたような跡があった。
そんな・・・
「痛かったな。苦しかったな。」
俺はミューレを強く抱き締めた。
服の上から背中をなぞると、背中の中心の少し上に、よく確かめないと分からない程の凹凸があった。
「耳だけでなく、羽根まで・・・
なんてことを・・・」
水辺が好き。尖った耳を持ち、背中には恐らくこれも切り取られたであろう羽根の跡がある。
ドレスを嫌がったのは、コルセットが嫌なのではなく、羽根が切り取られた跡が見えてしまうからではないだろうか。
メイドには後で聞いてみなければならない。
「ミューレ、お前はウンディーネなんじゃないか?」
ウンディーネとは水の精霊で、水辺を好む。
争いは好まない温厚な性格で、ネイビーブルーの目の色をしている。
「目の色はどうしたんだ?なぜ黒い。」
ミューレは答えないが、小刻みに震えていた。
「大丈夫だ。話さなくていい。怖かったな。辛い過去など思い出さなくていい。
ここは魔王国、お前を傷つける人間はいない。
俺がお前を何者からも守ってやろう。」
俺は彼女を抱き締めて、彼女が落ち着くまで背中をトントンと叩いてやった。
王国は恐らく、精霊である彼女を捕えて、容姿を人間に似せ、彼女の身体能力を利用し兵器として戦いを仕込んで戦場に出したのだろう。
メラメラと怒りが湧いてくる。
弱いくせに戦いを挑んでくるバカな奴らだと思っていたが、まさか精霊を手にかけていたとは。
普段精霊は他の精霊に無関心だが、仲間である精霊が害されたと知れば、どれほどの怒りになるか想像できないほどだ。
一斉に知らせよう。魔王国の全精霊に知らせれば、王国や、この世界全土の精霊にも知れ渡るだろう。
精霊達が王国を滅ぼすと決めたなら、俺はそれに従い協力する。
俺は彼女を抱っこしたまま城に帰った。
飛行魔法が平気なのも、元々自分の羽根で飛んでいたからなんだろう。
そう思えば合点がいく。
城に戻ると、彼女を休めるためにベッドに寝かせ、メイドに世話を頼んだ。
彼女の世話をしていたメイドに聞いてみると、やはり背中には羽根を切り取ったような跡があり、その事で魔王様が彼女を引き取り、保護していると思っていたそうだ。
俺はミューレをメイドに任せると、精霊達にミューレのこと、王国がミューレにしたことを説明するため、各地の精霊の元に向かった。
精霊達は俺の話を聞くと憤慨していた。
もし王国を滅ぼすのなら俺自らが出て協力する事も伝えた。
魔王国内にいる精霊達の元を回るのに、3日かかった。
夜には帰ってミューレを抱き締めて寝たが、朝起きるとすぐに精霊の元へ足を運んだため、起きている時に彼女と過ごす時間が取れないことが寂しかった。
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