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朝、俺が目を開けると、彼女はもう起きていた。俺の腕の中で、モゾモゾと動いている。
なんだ?小動物が巣作りしているみたいだな。
ふふふ
「おはよう。」
俺は彼女の髪をよしよしと撫でてやった。
抱き上げて洗面所まで連れて行き、メイドに渡す。
今日も執務室で彼女が本を見ているのを眺めながら、俺は仕事を進める。
午後のティータイムの時間、彼女はお気に入りの紅茶の葉が練り込まれたクッキーを、1枚俺にくれた。
「ん?全部食べていいんだぞ。」
それでも俺に差し出したクッキーを引っ込めない。
好きなものをあげてもいいと思うなんて、やはり心を開いてくれているのだと確信した。
「俺にくれるのか。ありがとう。」
俺は彼女の手から直接食べた。
ニヤリとイタズラっぽく笑うと、彼女は無表情でもう1枚クッキーを俺に差し出した。
俺を餌付けする気か?
ハッハッハッ
俺は差し出されたクッキーも彼女の手から直接食べ、今度は俺が彼女の口の前にクッキーを差し出した。
彼女は一瞬食べるか迷ったようだが、俺の手から食べてくれた。
可愛いな。リスのようだ。
俺は彼女を膝の上に横抱きに乗せて、髪をよしよしと撫でてやり、額に口付けた。
心を開いてくれると確信した俺は、彼女に質問をしてみる事にした。
「質問をさせてくれ。」
彼女は漆黒の瞳で俺を見上げた。
「名前を教えてくれないか?そう言えば俺も名乗っていなかったか。
俺は魔王国の当代魔王ザンクツィオーンだ。
お前は特別に俺のことをザンクと呼び捨てで呼んでもいいぞ。」
「・・・ザン、ク。」
「あぁ、そうだ。お前の名も教えてくれないか?」
「・・・ミューレ」
「ミューレか。お前に似合う名だな。」
彼女は漆黒の瞳で俺を見上げた。
「歳は?」
彼女は無言だった。名前は答えてくれたが歳は答えたくないと言うことか。
何でも答えてくれるわけではないんだな。
少し残念な気持ちになって眉根が下がった。
「・・・・・・16」
俺が残念な気持ちになっている事に気づいたのか、彼女は答えてくれた。
「16?人間では成人、だよな?」
確か人間の王国では15が成人だったと思う。
魔王国では種族によって歳の取り方が違うので、何歳で成人という明確な基準は無いが、周りが大人だと認めれば成人届を出す事になっている。
あまりに幼い子の成人届を出させないために、最低でも20歳以上と決まりがある。
逆に老人になっても成人にならないのも問題なので、100歳を超えてもまだ成人届が出されていない者は自動的に成人となる。
彼女はジッと俺の目を見ている。
「あぁ、俺の歳か。俺はまだ215歳だ。人間とは歳の取り方が違うからな。」
それより、16か。成人していたのか。
てっきり12かそれくらいだと思っていた。
子供ではなかったのか。
子供だと思って髪を撫でたり抱っこしたりしていたが、良かったんだろうか?
抱き締めて寝るのは・・・。
「大人、だったんだな。子供かと思って同衾していたが、大丈夫か?」
一応聞いてみたが、答えが怖くて彼女から顔を逸らしてしまった。
今更彼女無しで1人ベッドで眠ることなどできる気がしないが・・・。
もし嫌だと言われたらどうしよう。想像すると、何だか不安になった。
何も答えない彼女をチラリと見ると、相変わらず光を通さない真っ黒で死んだような瞳で俺を見上げていた。
「嫌、ではないと、受け取っても、いいんだな?」
俺は戸惑いがちに聞いてみた。
嫌がる素振りはない。
大丈夫そうだ。
「ありがとう。俺はもうミューレ無しでは寝られない。」
小さく華奢な彼女の身体を抱き締めた。
彼女は嫌がることなくじっとしている。
髪を撫でて額に口付けをすると、彼女の体温が名残惜しいが、仕事に戻った。
その日の夜、いつも通り彼女を抱き締めてベッドに入り髪を撫でて額に口付けをしたが、胸が苦しくなった。
なんだ?まさかの病気か?
その日は胸の痛みと共に眠りについた。
朝になって、まだ起きない彼女の寝顔を眺める。
髪を撫でて、頭頂部に口付けた。
昨夜の胸の痛みは少し治まっていたが、やはり少し苦しい。
医師を呼ぶか・・・。
朝食後に医師を呼んで診てもらったが、特に異常はなく、病気は見つからなかったと言う。
そうか。ならとりあえず良かった。
まだ若い俺だが、病は突然訪れないとも限らない。
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