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豚があげるは、タバコの狼煙③

「き、君達!」


 俺が必死に声をあげると、"なんだ? まだいたの?" と言わんばかりの冷たい視線を向けながら小学生達は振り返る。

 その視線に少し挫けそうになるが、大丈夫だ。俺には奥の手がある。

 袋一杯に詰まったお菓子を高々に掲げ、まるで大将首を取ったかのように小学生達に見せつけた。


「このお菓子全部……君達にやる!」


 この一言で、一気に戦況が傾く。

 小学生達は目の色を変えて、群がる対象を豚から俺へと変え、まるで神を讃えるが如く騒ぎ出した。


「こんなにいっぱい! 本当にいいの!?」

「まじかよロリコン! こいつは最高にアガるじゃねえか!」

「お前らどけー! ヒャッハー! コイツは全部俺のものだどー!」


 小学生をお菓子で釣るなど典型的な変質者の行動パターンなのだが、今回に限っては手段を選んではいられない。こんな豚に負ける訳にはいかないのだ。

 ああ。これが、勝利というものか。

 ずっと諦め負け続けてきた俺だが、産まれて初めて人に打ち勝つということを経験した気がする。いや、豚だが。


 癖になりそうな優越感を抱えたまま豚に目をやると、"ブヒブヒ"鳴きながら明らかに狼狽え、右往左往している。

 ここで俺は、追い討ちをかける。


「あ、そういえば。タバコ消してもらえますー? ここ禁煙なんですよー? なあ、みんな?」


「そ、そうだね。ルールは守った方がいいかもね」

「副流煙の被害考えたら、訴えられてもおかしくねーぞ!」

「やめろやめろー! 神のお言葉には従うんだどー!」


 小学生の言葉達に明らかなショックを浮かべ、豚はフリーズした。

  決まった。これで、完全勝利だ。

 この世から争いが無くならない訳だ。勝利し相手から奪い取る快感を知ってしまったら、人という生き物はまた争わずにはいられない。

 

 豚は何か対抗できる策がないかと探している様子だが、無謀な反抗はもうやめた方がいい。

 君の武器は、その小さなポーチに入っているであろうタバコとライター。少額のお金程度であろう?

 この小学生達の空腹を満たすモノはないのだ。諦めたまえ。


 心の中で高笑いをしながら群がる小学生達にお菓子を配っていると、どこからか香ばしい匂いがしてきた。

 何かを焼いているような……これは、なんというか。そう、焼肉の匂いだ。

 ん、肉? ……まさか、な?


「プギョオオオオオオ!」


 豚の絶叫とも言えるような叫び声を聞き、瞬時に豚の方へ視線をやると、信じがたい光景が広がっていた。

 そのまさかだ。豚はライターで自分の前脚を焼いていたのだ。


 こいつ……やりやがった……。

 お笑い芸人ビックリの身体の張り方をかまし、焼き肉を振舞おうとしてやがる。

 対抗する武器(エサ)がないと悟った豚は、負けを受け入れられず、自分の身体一つで再戦を申し込んできたのだ。


 呆気にとられながら豚を見ている俺の横では、小学生達がそんな豚を見つめながら涙を流し、拍手を始めた。


「なんという勝利への執着……。今の時代に本物の武士がいたのね」

「プライドを……心を守り抜いた結末がこんな悲劇だなんてな……」

「男の中の男を見たどー! 亡骸は安心して僕に任せるどー!」


 いやいや、言ってる場合か。どう考えてもやばいだろ。大丈夫かコイツら?

 その間にも、豚は鳴き叫びながら自分の前脚を焼き続けていた。

 そんな行為を見ている訳にもいかず、俺はすぐ様駆け寄りライターを払いのける。それと同時に豚はぐったりと俺の腕の中に倒れ込んだ。


「お、おい! やり過ぎだろ! 大丈夫か!?」

「ブ……プギヒィ……」


 豚は今にも絶命するかのような弱々しい鳴き声をあげ、そのまま意識を失った。

 火傷自体は大した事なさそうだが、ショック状態であろうか、ピクリともしない。

 なんにせよ、すぐにでも病院に連れて行った方がよさそうだ。


「なあ! この辺に動物病院ってあるか!?」

「えっと……確か近くに丸山動物病院っていうのがあった気がするよ」


 俺は豚を抱え、携帯で場所を調べる。

 ただタバコを注意しただけなのに、なぜこんな事になってしまったのだろうか。

 人生で初めての人命救助、もとい豚命救助の為に俺は必死に走りだすのであった。


ハヤクモ、ブタヒンシ

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