垣間見えたのは、青い春
俺は丸山動物病院を出て、バイト場への道を辿っていた。
そして、俺の斜め後ろでは小柳さんが無言で俺のことをじっと見つめながら、後ろをついてきている。
「……あの、小柳さん? 確か、家反対方向じゃ?」
「あ、おかまいなく! 金之助さん頭打ってるから、一応バイト場までお送りしてるだけなので!」
なら、最初からそう言ってもらえんかな。
ひっそりと後ろついてくるから、なんか色んな意味で怖かったわ。
「そんな気使わなくて大丈夫ですよ」
「そうはいきません! 私の償いです!」
「……じゃあ、せめて後ろつくのはやめてもらっていいですか? 自分が前を歩くって落ち着かなくて……」
キョトンとした表情を浮かべつつ、小柳さんは駆け足で俺の隣へとポジションをシフトする。
……ふむ。隣歩かれるのも気恥ずかしい。
よく考えると、ルイ以外で女性と二人きりで行動したことないもんな。
ただ、陰キャの習性で誰かと歩く時自分が前にいたことがないから、落ち着かんのよ。
学生生活での遠足や修学旅行での班行動も、ひたすらにみんなの後ろをただ無言でついてまわ……思い出すのはここまでにしておこう。
そのまま、二人で特に会話もせずただひたすらに歩みを進める。
隣指定させた癖に、さすがにこれはダメだろ俺。何か会話を……何か……
「あ、あの。ご趣味とかって?」
「え、趣味? お恥ずかしながら、呪術を少々……」
それはもっと恥ずかしがった方がいい。
人前で口にしちゃいけないタイプの趣味なのよ、それ。
俺の童貞丸出しの質問とかどうでもよくなるレベルの返答だったわ。
とりあえず、この話しは広げずにスルーしよう。
「そういえば、小柳さんにちょっと聞きたいことが……」
「あー、呪いかける時は、基本的にその方の身体の一部が必要なんです。髪の毛とか――」
「いや、呪術の話しじゃなくて……その、なんで俺に電話かけたんですか? 助け求めるなら、ルイの方が強いし頼りになるというか……」
俺の質問に、またしても小柳さんはキョトン顔を浮かべる。
そのまま顎に手を置き、軽く首を傾けながら考えこんでいる。
「うーん。言われてみればって感じですけど……まあ、結果的に正解だったから良いんじゃないですか?」
「いやいや、正解じゃないですよ。結局俺は、助けに来たはいいものの、パンチ喰らってノビてただけです。ルイだったら――」
「何を言いますか!」
小柳さんは俺の目の前へと移動し、眉毛を吊り上げている。
その必死な表情を見て、自然と歩みを止めてしまった。
「金之助さん、結城さんの制止を突破して私の縄をほどいてくれたんですよね?」
「突破……はしましたけど。まあ、ちゃんと結城さんの言う事聞いとけばあんな事には――」
「そんな事言ってるんじゃないです。私が助けを呼んだら颯爽と駆けつけ、制止を振り切り、捕まっていた私を助けてくれた。そんなの、ヒーローじゃないですか」
「ヒーロー……?」
そんな子供っぽく、今時ではどこか安っぽい名称にくすぐったくなる。
だが、真っ直ぐに俺の目を見つめる小柳さんの瞳は、どこまでも純粋で誠実だった。
「……それって、小柳さんの中で、俺は多少は心に残る登場人物になれたってことですか?」
「登場人物どころか、主役ですよ。胸はって下さい、ヒーローさん」
そう言いながら、屈託のない笑顔を彼女は俺に向ける。その瞬間、俺の中から何か込み上げてくるものを感じた。
ああ、そうか。俺は欲しくなかったわけじゃない。ただ、自分には似合わない、手に入れられる訳がないと諦めていただけだ。
まだ何も知らない子供の頃、テレビで流れるヒーロー達が大好きだった。格好良く、強く、信念を持った主人公達が活躍するのを目にする度に強く思っていたはずなんだ。
誰かを守れるような、誰かを救えるような、誰かの人生に強く影響を与えられるような存在になりたい。
たった一人でもいい。俺だって、誰かの世界の主人公になってみたかったんだ。
「金之助さん、結城さんの力のことどう思いますか?」
「……やっぱりまだ半信半疑ですけど」
「私は信じます。だって、結城さんに私が他の場所から来たことも、昔のことも話していないのに、まるで知っているかのような言いぶりでしたもん」
初対面の人間に対してとは思えないほど、あの時の結城さんは小柳さんの何かが確かに見えていたかのようだった。
それこそ小柳さん本人にしかわからない部分にきっと触れたのだろう。それでなければ、あそこまで心動かされたような表情は浮かべやしない。
「結城さんが、私に最後に言った言葉を覚えてますか?」
「えっと……これからは楽しいことが沢山待ってるってやつですか?」
「そこじゃなくて、"あなた幸せに呼ばれたの"ってところです」
自分と大して背丈が変わらず、同じ目線の高さで真っ直ぐに。そして、どこまでも純粋な瞳を俺に向けながら、小柳さんは続けた。
「案外、その"幸せ"って金之助さんのことかもしれませんね」
そう笑いかけた彼女の表情には照れも何もなく、深い意味なんてなかったのだろう。
単純にそう思って、単純に口に出しただけだってことはすぐにわかった。
それでも、その一言が、彼女の笑顔が、俺の心臓にバカみたいに鼓動を打たせた。
その後、二人で歩いたバイト場までの道のりのことはあまり覚えていない。たぶん、会話なんてしなかったのだろう。
俺はこの胸の高鳴りが彼女に聞こえないようにだけを祈りながら、ただ隣を歩くことしか出来なかった。
セ、セイシュンダー




