夏休みの不思議
小さい頃、小学生だった兄にくっついて行っていたラジオ体操。夏休みになると早起きをして眠たい目をこすりながら近所の公園に集まったものだ。
首から紐を通したカードを下げて寝癖をつけたまま歩く。
いつも遊ぶ顔馴染みのメンバーなはずなのに雰囲気の違うみんなを見て密かにドキドキしていた。
公園に着き、寝ぼけたままボーッと「おはよ。」「おはよ〜。」と挨拶を交わす。
「そろそろ時間だから始めるよ〜。ほらほら!ぶつからないように並んで〜。」
町内会長のオッサンの掛け声で何となく等間隔に並ぶ。
「よっこらしょ。」
ラジオの前にしゃがんで腕時計を確認した町内会長がラジオをつける。
ジジッとチャンネルを合わせる音がしてから、
♪〜チャンチャ〜チャチャッチャチャチャチャ…と出だしの音が聞こえる。
ここまでは覚えているんだ。
…なのに、何故かどんな風に体操を始めてどうやって帰ったのかが思い出せない。
気がつくといつも家の前に立っていて兄と二人で「ただいま〜。」と力なく玄関を入る。
その間の記憶が全くない。
何故なんだ?ラジオ体操ってどうやってたっけ?
自分が小学生になり、中学生になって運動会や体育祭でも準備体操として体操していたはずなのにわからない。
これはもしかして俺だけなのか…?
高3の夏。きっと学生最後になるであろう夏休みのラジオ体操。町内会長のオッサンにチビたちの世話を頼まれて俺は毎年何となく参加を続けていた。
しかし、疑問に思った俺はみんなに聞いてみる事にした。
親友のミナトは「あ、俺だけじゃなかったのか。ユウキ、お前も?」と驚いていた。慌てて近所に住む幼なじみに声をかけていつも集まる公園の中にある道具小屋で話し合いをする事にしたのだった。
「なぁ。ラジオ体操ってどんな体操か今この場で出来るか?…俺、覚えてないんだよ。」
集まった数人で輪になり、俺から話を切り出した。
「ユウキさ、それマジで言ってんの?」
大真面目に話し始めた俺の顔を見て、半笑いでシンスケが言った。
「えっ…シンスケは体操覚えてんの?」
「覚えてるも何もみんな普通に体操してんじゃん。」
さも当たり前のようにシンスケは言った。
「いや、俺も実は覚えてないんだよ。」
ミナトも俺と同じく分からないと話していたから、シンスケに向かって言い放つ。
「はぁ?ミナトまで何言ってんの!?」
シンスケは信じられないと言わんばかりだ。
「…ねぇ。私も覚えてない。」
小さな声でリカが続けた。
「マジかよ。俺だけじゃねぇの?」
最後にアキラが続いて話した。
「ちょっ!?待て待て!!お前らみんなして何言ってんの!?ラジオ体操なんて子供の頃から普通にやってきたじゃん?なんで覚えてないのよ?」
シンスケがみんなの様子を見て慌てて言う。
「だって本当に覚えてないんだもん。…みんなもそうだと思わなかった。」
リカが申し訳なさそうに呟く。
「な、なぁ?シンスケって転校生だったよな?」
「…お、おう。中一の時に引っ越してきたけど。」
ユウキとミナトが顔を見合わせた。
「もしかしてここで生まれた奴だけが何か違うんじゃないのか?」
シンスケ以外のみんなは真剣な面持ちで考え込んでいる。
「え〜!?なんでたかがラジオ体操でそんな深刻になるんだよ?ちゃんと体操出来てるから大丈夫だと思うぞ?」
シンスケだけが理解出来ないと不思議がっていた。
その日はそのまま解散して、改めて何があったのか調べてみようという事になった。
…その日の夜の事。
近所のコンビニまで歩いてアイスを買いに出たシンスケは公園で異様な光景を目にする。
「あれ?ここっていつもラジオ体操やってる公園だよな?」
いつもは静かな公園のはずなのに何故か人の集まって話す声がした。
普通に公園に入ればいいのに、なんでだか見られたらヤバい気がして背の低い木の影から覗いた。
そこには…
綺麗に整列した幼なじみ達の姿があった。
町内会長のオッサンが竹刀を持ったままブツブツ何かを言っている。
シンスケが耳を澄ます。
「全く!お前達は何も知らなくていいんだよ!もう一度洗脳し直さなきゃならんじゃないか。」
「…え、洗脳?一体なんの事だ?」
こちらに気づいていないオッサンは話を続けた。
「いいか!お前達は選ばれた子供たちなんだよ。この地域が危険に晒された時、先陣を切ってお前達が敵を倒すんだ。」
『はいっ!』
みんな元気に返事をしている。
「いやいやいや!意味わからん!敵って何の事よ?…あ、これ動画撮って証拠にしよう。」
シンスケがスマホをポケットから取り出そうとしたその時。
ドカッ!
大きな音がして後ろから殴られた。
倒れたシンスケが意識が朦朧とする中、辺りを見回すとニッコリ笑ったミユキがいた。
「…あれ?ミユキって…今日…来て、たか?」
話し合いの場にいたかどうか思い出そうとしたが、シンスケには分からなかった。あの時、同じく呼ばれていたミユキは窓から覗いていて、みんなの様子を自分の祖父である町内会長に言いつけていたのだった。
「シンちゃんダメだよ〜。シンちゃんは選ばれた子じゃないでしょ?普通に体操出来る子はここへは来ちゃいけないのに。…それに私の事を覚えてる子は始末しないと。」
ミユキがシンスケに向かって笑顔で言う。
「は?何言ってんの!?ってか、お前ら一体ここで何やってんの?何が目的?」
意味が分からずシンスケは矢継ぎ早にミユキに話しかける。
「シンちゃんには話してもいいかな?実はおじいちゃんの夢を手伝ってるんだけど、私たちはこの町を拠点に世界征服するんだよ。ふふっ。シンちゃんはもう死んじゃうから関係ないけどね〜。」
「…は?世界…征服?ミユキ、お前何言って……って、え…俺、死ぬの?」
満面の笑みを浮かべたまま、ミユキはシンスケに向かって鋭いナイフを突き立てた。
「っ!?や、やめろっ!!うぅっ……うぐっ……」
呻き声を上げながらシンスケはすぐに息絶えた。
「おじいちゃ〜ん!終わったよぉ!」
ミユキが血塗れのまま、スキップして行く。
……
「よっこらしょ。」
町内会長のオッサンがラジオの前にしゃがむ。
ジジッと音をさせてチャンネルを合わせる。
いつものあの音楽が聞こえると俺たちの記憶はなくなるんだ。
…そして、知らぬ間に俺たちの手は血で真っ赤に染まって行くのだった。そう何も知らぬ間に。