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前編

 僕は小林亜留都(こばやしあると)

年齢は18で趣味は一人でカラオケに行くこと。

ガチャガチャの景品を作る工場で今年から働き始めたのだけど、もう既に仕事に退屈している。


(はあ…… 辞めたいなぁ)


 レーンから運ばれてきた景品の緑色の鳥を手にし、ガチャガチャのカプセルに入れる。

ひたすらこれを定時になるまで繰り返さなければならない。

何で前途ある若者がこんな退屈な仕事を選んだのかと言えば、それは自分に自信が無かったからだ。

どうせ僕には難しい仕事はてきない、そう思い込んでいた。


(転職、しようかな……)


 そんな時、向かいから声がした。


「おいS、何辛気くさい顔してんだ!」


 S、と呼ばれて顔を上げる。

声を出した本人は、頭が少し、いや、かなりキているおじさん従業員の臼井激男(うすいげきお)さん、50歳だ。

ちなみにSはあだ名で、僕の苗字の小さいという漢字が由来だ。

臼井さんは続ける。


「お前、今にも死にそうな顔じゃねぇかよ!」


 人差し指を僕に向けて、そんな言葉でディスられる。

僕は正直、思ったことをストレートに言ってくるこの人のことが苦手だ。

何でこの人いつも僕の向かいにいるんだろう。

僕はレーンから流れてきた緑色の鳥を手に取ると、お尻らへんから生えているヒモを引いた。

すると、鳥がしゃべり出した。


「ウッセ~ナ、バ~カ」


「うっせぇだと!?」


 この緑色の鳥、クサレインコ4というガチャガチャのシリーズの一つで、ヒモを引くと口の悪いインコが何かをしゃべる。

4まであるってことは、結構人気なのだろうか。


(中々言い返せない僕にはうってつけのアイテムだけど)


 顔を真っ赤にした臼井さんが何か吠えているが、レーンを挟んでいるためこちらに来ることはない。

すると、臼井さんの後ろから太った男がやって来た。

 

「臼井さん、落ち着いて落ち着いて」


 現れた小太りの男の名前は太田栗衣無(おおたくりいむ)さん(4?)。

年齢不詳だけど、多分40代。


「何だ、キサマッ!」


「臼井さん、この前みたいにSを追いかけ回して、ガチャガチャのカプセル床にぶちまけたら怒られちゃいますよ」


 昨日も臼井さんは僕に因縁を付けて工場内を追いかけ回してきた。

その時床にカプセルをぶちまけてリーダーにめちゃくちゃ怒られたばかりだった。

臼井さんは少しシュンとしたが、相変わらず兎を狩る獣の目でこちらを睨みつけている。


「S、正直に言う! 俺はお前の若さが羨ましい。 今すぐにでもお前の生き血を吸って若返りたい!」


(こわっ)


 何を言い出すのかと思ったら、突然吸血鬼みたいなことを言い出した。

……そういえば、臼井さんは昔、俳優だか何かを目指していたって太田さんから聞いたことがある。

それで、また夢を追うために若返りたいとか言っているのか。

臼井さんはこちらを睨みつけ、人差し指で指差し言った。


「S、今日はお前に言わなきゃいけないことがある。 だから、帰るなよ!」


「えっ……」


 面倒なことになってきたな……







 仕事が終わり、時刻は夕方の17時。

本当ならアパートに帰っている所なんだけど、今日は臼井さんに呼び止められてしまった。

バックレたら翌日ここに来にくくなるし。


「はぁ~……」


 僕は、作業着のボタンを外しながら、大きく息を吐いた。

飲み会とか、そういうプライベートの時間を削って何かするのは嫌いだった。

しわしわのネルシャツと薄い青のジーンズに着替え、休憩室の畳の部屋に移動する。

しばらく待っていると、私服姿の臼井さんと太田さんがやって来た。


「よし、S、今から飯行くぞ!」







 僕ら3人は工場から最寄りの駅前までやって来た。


「あそこでテイクアウトするぞ!」


 臼井さんは緑色の背景に白い文字でMと書かれた看板を指差し、そこに向かう。

太田さんが言った。


「臼井さん、モスのファンなんだよ」


「マックよりモス派ですか」


 臼井さんの奢りでモスバーガーを3つ購入し、公園へと向かう。

臼井さんはブランコに向かうとそこに座るように促した。


(ブランコ、懐かしいな)


「ほら、受け取れ」


 臼井さんは僕の注文した菜摘(なつみ)バーガーを手渡した。

これは、バンズの代わりにレタスを使用したヘルシーなバーガーで、普通のバーガーが少し重く感じる僕はよく頼む。

太田さんはロースカツバーガーを注文し、臼井さんはテリヤキを頼んでいた。


「俺はこれ一択!」


 そういって、テリヤキにかぶりつく。

僕も続いて菜摘バーガーを頬張る。


「これ、おいしいねぇ」


 臼井さんはいつもの激しい語り口とは全く違い、ニコニコ満面の笑みで優しくそう言った。


(何か、ギャップがすごいな……)


 一瞬で食べ終わると、臼井さんはこちらに向き直り言った。


「S、お前に言わなきゃいけないことがある!」


 ビクッとして、僕は硬直した。

臼井さんは続けた。


「お前の夢は、何だッ!」


「……え?」


「いつもいつも、お前はつまらなそうに仕事、してるよな! お前、この仕事、全然好きじゃないだろ?」


 僕は薄々、仕事のことで怒られるんだろうな、と考えていた。

だけど、臼井さんが指摘したのは仕事のやり方じゃなかった。

仕事が全然好きじゃない。

そこを突かれ、思わず耳が熱くなる。

 

「お前、他にやりたいこと、無いのかよ。 まさか、この会社で社長になりたいとか、そんなじゃないだろう?」


 僕はブンブン首を振る。

流石にそれはない。


「ここは親族経営で社長にはなれないぜ? そうじゃなくても、こんなとこにいたら腐っちまう。 従業員の目は死んでるし、誰も夢なんか語ろうとしねぇ。 S、お前はあんな風になるな!」


 僕は思わず、臼井さんの言葉に耳を傾けた。 

臼井さんは思い切りブランコをこぎ始めた。

一周するんじゃないかってくらい、本気でこぎながら叫んだ。


「俺は、有名になりたい! 日本中の病んでるヤツらを、笑わしてやりたいッ!」


 そう言って、その場からジャンプした。


(あぶなっ)


 50歳とは思えない身軽さで着地すると、くるりとこちらを向いて太田さんを指差す。


「よしっ、次は太田、お前の番だ!」


「ええっ、俺、あんな飛べないですよ」


「飛ぶ飛ばないはいいんだよ! お前の夢、叫べ!」


 顔をしかめ、少し困ったような表情を浮かべたが、ブランコをこいで同じように叫ぶ。


「お、俺は、結婚したい! 絶対するぞー!」


 臼井さんより飛距離はないものの、ジャンプ。

着地した後、少し照れ臭そうに頭を掻いた。

この流れから行くと、次は僕だよな……

案の定、臼井さんが僕を指さし吠えた。


「最後はお前だ、S!」


「……」


 夢なんて急に言われても何も思い付かない。

僕はブランコの鎖を掴んだまま動けなくなった。


「どうした、S。 お前、何かやりたいこととか、無いのかよ!」


(……僕は)


 よく考えたら、何も無い訳じゃなかった。

こんな僕でも、趣味は何かと言われたら答えられるものがある。

カラオケだ。

誰かとだとハズいから、いつも一人でだけど。

歌手なんてとてもなろうなんて思わない。

でも、声を使った仕事についてみたい、そう思ったことはあったんだ。


(……声優)


 しかし、声優と声に出して言うことは出来なかった。

その勇気が無かった。


「……でも、辞めたくても辞めさせてもらえないよ。 辞表を突っぱねられてた先輩もいるし」


「そんなもん、俺が何とかしてやる! お前が本気なら、大丈夫だ」


「……」


 臼井さんの視線を切り、ついに僕が俯くと臼井さんはもういい、と僕に背を向けた。


「行くぞ、太田。 こいつ、とんでもない意気地無しだ」 







 アパートに戻り、僕はベッドの上で天井の板を見つめていた。

臼井さんに言われたことが、どうにも頭から離れない。


「とんでもない意気地無しとか、パワハラでしょ」


 今時そんなセリフを相手に吐くのは臼井さんくらいだろう。

それが中々忘れられず、その日は大分夜が更けてから眠りに付いた。







 それから月日は流れて春から夏になり、夏から秋へと移行し10月へと差し掛かっていた。

相変わらず僕は工場で働き、臼井さんとはあれきり険悪なままだ。

というか、ほとんど相手にされていないようにも思えた。

仕事のつまらなさは全く変わらず、たまに景品が違うものになるだけ。

仕事が終わり、ロッカーで着替えていると太田さんが声を掛けてきた。


「S、今日カラオケいかん?」


「あ、いいですよ」


 何故か太田さんと最近カラオケに行くようになった。

太田さんは臼井さんとは違って温厚で、僕とは気が合う。

駅前のカラオケボックスに行くと、太田さんはミスターチャイルドというバンドの曲を入れる。

僕は世代じゃないけど、親とかが良く聞いている。


「このバンドの終わりなき詩って曲、俺めっちゃ好きなんだよ。 昔はメロディが好きで聞いてたんだけど、最近は歌詞にハマってるわ」


 終わりなき詩って、随分昔の歌だけど、太田さんは必ずこれを最後に歌う。

でも、太田さんの下手くそなモノマネ風の歌の原曲を後で聞いてみたら、確かにいい曲だし、歌詞は今の自分の胸に刺さるものがある。






 閉ざされた扉の向こう側に、新しい何かが待っていて、きっときっとと僕を動かしている 

良いことばかりではないけど、でも次の扉をノックしたい 

もっと大きなハズの自分を探す、終わりなき詩







「S、俺はもうキツいけど、お前ならまだやりたいこと、全然やれるからな」


「……僕、声優やってみようかな」


「S、言えたじゃん!」


「あっ……」


 無意識に近い感じでポロっと口から出た。

でも、やっと言えた!


「これからどうする? スマホで声優の専門とか調べてみたら?」


「そうですね」


 声優のことを否定するどころか、それを促すようにこれからの段取りの話しになる。

そんな中、ふと、太田さんが尋ねてきた。


「臼井さんには俺から言おうか?」


「ダメですっ」


 思わず、大きな声で否定してしまった。


「……僕の口から言いたいんです。 太田さんから伝えたら、また意気地無しだって言われますから」


「意気地無し? ああ、大分前に言われたセリフか。 S、お前根に持つタイプだな」


 根に持つタイプ……

確かに太田さんだったら、そんな言葉気にしなさそうだけど。

でも、やっぱり面と向かって言いたい。

それが僕なりのリベンジだ。

僕は臼井さんのモノマネで腰に手を当てて指さしながら言った。


「声優なんて、絶対、やめておけ! とか、言われるかも知れないですけど」


「はは、似てる似てる。 あっ…… しまった」


 太田さんは突然声を上げた。

そして、申し訳なさそうに俯いた。


「S、スマン。 声優目指すなら会社辞めることになると思うんだけど、ウチの社長がすんなり受け取るか分からん」


「大丈夫ですよ、本気なら伝わるって臼井さんも言ってましたよね」


 辞表の件は、誰の力も借りたくない。

自力で乗り切らなきゃ、この先、声優なんてなれっこない。

僕はアパートに帰宅すると、早速、辞表の執筆に取りかかった。






 辞表を書き、僕は今日、社長にこれを手渡す。

僕が入社して間もなく先輩の一人が辞表を持って事務所にいる社長の元に向かったが、5分もしない内に業務に戻っていたのが印象的だった。

一体社長に何を言われたのだろうか。

何食わぬ顔をして、僕は午前中の仕事をこなしていたが、頭の中では辞表を渡すシミュレーションをしていた。

そして昼休憩、僕は工場の二階の事務所に向かい、扉をノックした。


「失礼します」


 事務所には何人かが机でご飯を食べており、その一番奥の机に社長がいた。

数人がこちらを見る中、僕はゴクリと唾を飲み込み社長の元へと向かった。

社長は全身緑色で、黄色いくちばしを携えている。

そう、社長はでかいインコだ。


「あの、社長」


「……ん? どうした、小林」


 社長はのり弁のちくわの磯辺揚げを頬張りながらこちらを見た。


「あの…… 今日で会社、辞めさせてもらいます」


 辞表を社長の机に置く。

社長はう~ん、と唸ってから言った。


「……辞めてどうするんだ?」


「僕…… 声優になりたいんです」


「やめとけやめとけ、お前みたいな奴はごまんといるが、成功するやつは一人だっていやしない」


 社長は僕の辞表を割り箸の紙と同じくらいの気持ちで見ているに違いない。

僕は体が熱くなり、本気度を確認してもらう為に声を張った。


「本気なんです、一日たった今日も、僕は声優になりたいと思ってます。 ちゃんと専門学校に通うつもりです」


 しかし、社長は一度ため息をついてからまくしたてた。


「お前みたいなのを世間知らずっていうんだ。 専門学校に行った所で、才能がなけりゃなれるわけないだろう。 夢破れた後はどうする? フリーターなら生活は苦しいぞ。 他の会社に中途入社できても一度レールから外れた奴は大体辞めていく。 この会社にいれば将来的に年収500万は行くんだ。 だがそれはお前が頑張ってこの会社に残ればの話しだ」


 社長はその年収500万というのが一度レールから外れた人間がどれ程手に入れたいものかというのを語った。

そして、そのチャンスは簡単には手に入らないことも語った。

僕は段々分からなくなってきた。

社長の言うことと、臼井さんの言うこと、どちらが正しいのか。

年収云々の話は今はピンとこない。

でも、臼井さんは僕にやりたいことをやった方がいい、と言った。

将来の事を考えれば社長の言うことが正しいと思う。

親とか学校の先生も同意見だろう。

僕が迷っていると、社長は早く戻らないと休憩が無くなるぞ、と言った。


「まともに休みがあって、給料もちゃんと出る。 有難いことでしょ」


 横にいた小堺というおじさんが割っている。

この人も確か新卒からこの工場にいる。


「……のことを思い出せ。 俺が言ったことを思い出せ」


 この声は…… 誰だ?

何か、頭の中から聞こえてくる気がするけど。

その時だった。

頭上から何かが軋む音が聞こえたかと思うと、突然、白い粉と黒い影が落ちてきた。


「うわっ」


 思わず飛び退き声を出す。

どうやらその黒い影は、天井ボードをぶち抜いて落ちてきたらしい。

その正体は臼井さんだった。


「おいSッ! 何、負けそうになってんだ! 俺の言ったことを思い出せよ!」


 いきなり臼井さんが落ちてきて、僕は頭が真っ白になる。


「え…… 何だっけ」


「おお~い! 最初に言ったろ、ここのヤツらは目が死んでるって。 お前、そんな風になりたいのかよ!」


 そして、社長の方を向いて、指さして言った。


「トリッピー社長、お願いしますよ! コイツ、やりたいこと見つけたんですから!」


 社長は唖然としながら穴の空いた天井を見ていたが、厳しい顔つきで臼井さんを睨んだ。


「お前、後で直しとけよ」


「トリッピー社長、今はそんなことどうでもいいでしょ! コイツの人生掛かってんですから。 たのんますよ!」


 臼井さんは目の前で土下座をし、何とか辞表を受け取るように促す。


「俺が二人分、働きますから!」


「臼井、お前また新人を辞めさせようとしてるみたいだけど、それでお前が出世することはないからな」


(また?)


 どういうことだ?

臼井さんは、自分が出世する為に今の内に若い芽を摘んどこうとか、そういうつもりなのか?

 

「S、お前が決めろっ! この会社しか知らないつまらない人間で終わるのか、自分を信じて声優を目指すのか!」


 騙されているかも、という気持ちがふつふつと湧き、土下座をかます臼井さんを足蹴にしようかと思った時だった。

臼井さんの作業着のケツポケットに、封筒が差さっているのが見えた。

そこには几帳面な「辞」の文字。


(臼井さん、辞表出すつもりだったのか……)

 

 僕をハメて出世を目論んでいる人間が辞表を提出する訳がない。

臼井さんの言っていることに、裏は無い。

そう感じた僕は、社長に頭を下げた。


「僕の考えは変わりません。 辞めさせて下さい」


「……」


 社長は僕の辞表を受け取り、机の引き出しにそれをしまった。








 僕はこの工場を約1年で退職することとなった。

ここで稼いだお金は専門学校の学費に充てるつもりだ。


(もちろん、それだけじゃ足りないから親に相談しなきゃだけど)


 後、臼井さんも本当は辞める予定だったらしいけど、僕が先に辞めるから人員の関係で新入社員が入るまではしばらくここにいるとのことだ。

こうして最終日、僕は人知れず工場を後にした。 







 僕は今、先日会ったばかりの同い年の男女2人とファミレスにいる。

2人とも僕と同じコミュ障らしく、一言も発さず、じっとファミレスのメニューを見ている。


(頼むから、何か話してよ……)


 てか、僕が切り出すべきなのか?

一応、社会人経験もあるし……

この状況に陥る1週間程前、僕は無事、声優の専門学校に入学することが出来た。

そして、入学式初日の学長挨拶で、いきなり課題を与えられたんだ。

ヒゲを蓄えた白髪の学長、渋崎学長は周りを見渡して言った。


「入学おめでとうございます」


 つらつらとお決まりの挨拶を述べた後に、学長は険しい顔をして言った。


「しかしまぁ、声優と言うのは、やはり、簡単になれるものではありません。 この学校の卒業生は、約200名おりますが現在も声優を続けておるものは10名程度。 つまり、全体の5%しか声優を生業にすることは出来ていません」


 会場がザワつく。

更に、学長は続ける。


「しかし、この数字のままでは年々、入学する生徒が減っていってしまいます。 そこで、我が校では一年生の内に複数の課題に取り組んで貰い、もしそれが一定の基準に達していなかった場合、退学してもらうことになります」


 今度は会場が凍り付いた。

僕の体からも、血の気が失せていった。







 こうして、僕らは入学早々、課題に取り組むこととなったのだ。

初めの課題内容は「ヘンデルとグレーテル」を声優講師の前で披露するという内容だが、ここでも学長は僕らの苦手なポイントを突いてきた。


「3人一組を作り、発表して貰います」


 僕は思わず口走っていた。


「3人一組って、コミュ障に無理じゃん」


 言った後、はっとして周りを見渡す。


「ぷっ、確かに」


 吹き出したのは、目の前の女子。

名前は野々村キキさんで、特徴としては黒髪に赤いリボンを結っている。

でも、沈黙を破ることが出来た。


「何で、3人一組なんだっけ?」


 僕が聞くと、もう一人の男子が口を開く。

前髪を降ろした、やや根暗っぽいイケメンで、名前は小山ハウルだ。


「あー、なんつったっけな。 切磋琢磨ってヤツ?」


 そうそう、それだ。

学長はお互いの良いところを自分に取り入れて、時には切り捨ててでも課題で高得点を狙えと言っていた。

ハウルは続ける。


「こんなダリー課題出されるとか、俺、辞めよーかな」


「も、もう少し頑張ろうよ……」


 小声でキキさんが呟く。

僕もそれに同意した。


「僕、仕事辞めて学校入ってるから、それはないかなぁ……」


「……マジ? 人生掛かってるんだ……」

 

 キキさんがそんな風に呟くと、僕は思わず恥ずかしい気持ちになる。

そんな大袈裟じゃないんだけどな。


「そうだ、みんな何で声優目指してるの?」


 僕が聞くと、まずキキさんが答える。


「……私、高校の時は人見知りで、ずっと友達、いなかったの。 それで、学校終わったらすぐ家に帰るの繰り返しで、親も心配してて…… でも、それでも夜中の深夜アニメが楽しみで、だから学校も続けられて。 将来、私、声優以外は考えられないんだ」


 キキさんはアニメが自分を救ってくれたという旨の説明をしてくれた。

その話を聞いて、結構本気だな、と僕は思った。

ところが、ハウルの方はこんな風に答えた。


「特に。 進路とか決まってなかったし、万が一、声優になれたら美味しいかなって感じ」


 ハウルは危機感がなさ過ぎる気がする……

僕は、彼と一緒にいたら共倒れになる可能性があるのでは? と次第に考えるようになった。

学長は生徒の5%しか声優にはなれないと言った。

それはつまり、今回の入学生20人の内、1人しか声優になれないという計算だ。

 

(ハウルを切らなきゃならない事になるかも……)


 気怠そうに倚子から立ち上がり、ドリンクバーへと向かうハウル。

とにかく、台本の読み合わせがしたい。

やる気のあるキキさんは多少下手でもすぐに上達するだろう。

ハウルをもう少しちゃんとした生徒と入れ替えて相乗効果でレベルアップをするのが理想的っぽい。

でも、まだハウルに声優としての才能の欠片でもあれば、チェンジするのは時期早期。

僕の方も彼から学ぶ良い機会だ。

ハウルがファンタグレープと思しき液体を取って戻ってくると、僕は言った。


「この後、台本読み合わせしない?」


 キキが賛同する。


「そうだね、ここじゃ大きな声出せないから、移動する?」


「……マジで?」


 ハウルの眉間にちょっとだけ皺が寄る。

これを面倒くさがって来なかったらもう彼に用はない。

僕が2人に尋ねる。


「どうする? カラオケボックス行く?」


「駅前にあったよね、私はいいよ」


「ハウルは?」


「何でみんなそんなやる気なんだよ。 ……はいはい、行く行く、いきゃいんだろ」


 僕はハウルの胸倉を掴みそうになるのを堪え、代わりにぐいとアイスコーヒーを飲み干した。









 駅前のカラオケボックスに入店に、2階の部屋に案内される。

席に座ると、早速僕は学校で配布された台本に目を通した。


(ヘンデルとグレーテルか。 登場キャラは……)


 すると、僕が台本を読むのを尻目に、ハウルが勝手にタッチパネルで曲を選択し始めた。


「なっ」


 思わず声が出て、ハウルを睨みつける。

今日は歌を歌いに来たんじゃないんだぞ!

曲の出だしが流れ、ハウルがマイクを手に取る。

これは、アドの「るっせぇわ」だ。


(てか、そんなんどうでもいい!)


 ハウルは僕の方を向いて歌い始めた。


「おい、やめ……」


「るっせぇ、るっせぇ、るっせぇわ! あなたが思うより正常でーす!」


 ……!?

何だ、この歌声……

めちゃくちゃ、上手い……

音程は上から下まで完璧に取れてるし、まるでプロの歌手が歌ってるみたいだ。

僕の数倍、いや、もしかしたら数十倍は上手い。


「じゃあ続いては~、キキちゃんで~す」


 ハウルがマイクパフォーマンスで場を仕切り始める。


「え、私?」


 ハウルは勝手にタッチパネルで魔女の宅配便の主題歌を選択し、マイクをキキに渡した。

イントロが流れると、キキさんも歌う。


(う、上手い!)


 キキさんの歌声も、ハウルに 負けじと上手い。

何故、こんなに2人とも声が通るのか。

キキさんが歌い終わりそうになると、ハウルがタッチパネルを手渡してくる。


「お前も適当に歌え」


「ぼ、僕!?」


 ドキリ、とする。

僕はいつもヒトカラで、ヘビメタしか歌わない。

しかも洋楽だ。

変な汗がじわりと流れる。

ハウルが歌わないなら勝手に入れるぞ、と言い、慌てて僕はいつも歌う曲を入れた。

マイクをキキさんから貰い、ハウルが言う。


「次は~、コバで~す」


 激しいドラムの曲が流れると、僕はもはや歌わざるを得なかった。


「?♩@?・!!/@%%♩!・*!/@!・!@@@♩*#~」


 キキさんが思わず耳を塞いだのが見え、僕は目の前が真っ白になった。








 次に気が付いたのは電車のホームで、帰り道が一緒だった為、ハウルも隣にいる。

僕は自信喪失し床の一点を見つめていると、ハウルが言った。


「いつキキにこくんの?」


「……は?」


「とりあえず付き合っとけよ、お前、童貞だろ?」


 もはや、ハウルの言っている言葉の意味すら理解できなかった。

僕は歌で盛大に恥をかき、脳内メーカーで言うところの恥恥恥恥恥恥恥恥と頭の中が埋め尽くされている中で、告る、童貞だろ、の文字がねじ込まれ、脳みその計算処理機が爆発寸前だった。


「てか、お前そのままのカッコ、痛いって。 髪型とか、あり得ねーから。 まず垢抜けねーと様んなんねーべ」


「サマンサ……?」


 翌日、僕はハウルに言われるがまま、髪型を金髪にし、服装をつま先までチェンジした。 






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