08:制裁
我玖くんと別れたくない。
そう意思表示をした私だが、反抗した私を瀬尾さんたちが許すとは思えなかった。
「アンタってマジでシラけさせる天才だと思ってたけど、まさかここまでとはね」
瀬尾さんが私から手を離したかと思うと、入れ替わるように男子生徒たちが、両脇から私の腕を拘束する。
「は、離して……っ!」
「そっちがそういうつもりなら、こっちもとことんやらせてもらうよ。冬芽と付き合うだけじゃない、もう学校なんか来られないくらいにしてやるから」
彼女が何をするつもりなのかはわからないが、今までこんなことはなかった。
それほどまでに、私が我玖くんと付き合うということが、瀬尾さんの逆鱗に触れたのだろう。
逃げなければどんな目に遭わされるかわからない。
けれど、男子の腕力を私一人の力で振り払うことなんて、できるはずもなかった。
「とりあえず、脱がしちゃってよ」
「え……」
彼女の言葉の意味がわからず聞き返してしまうが、男子たちの手が私の制服の胸元に伸ばされる。
その動きで、私はこれから自分が何をされるのかを悟った。
「い、嫌……! 誰か助けて……!」
「暴れんなって! ブン殴って大人しくさせてもいいんだぞ!?」
制服のリボンが引きちぎられて、隅の方へと投げ捨てられる。
これまで出したこともないくらい大きな声で抗っているのに、私を助けようとしてくれる人は、どこにもいない。
この絶望感を知っていたはずなのに、本当に私は調子に乗っていたのかもしれない。
(我玖くん……!)
ここにいない彼を心の中で呼ぶが、漫画みたいに奇跡のようなことなど起こらない。
そう思っていたのに。
「最底辺なのってさ、どう考えてもお前らの方だよな?」
「え……?」
場に響いた声に、一瞬にして教室中が静まり返る。
涙で歪んでいた私の視界ではよくわからなかったものが、雫が頬を伝い落ちたことで見えるようになった。
「我玖……くん……?」
教室の入り口に立っていたのは、スマホを構えていた我玖くんだった。
仕事場からそのままやってきたのだろうか? 今はウィッグを被っていない、アイドルの冬芽の姿だ。
今まさに行われていたいじめの現場を撮影していたのだろうということは、聞くまでもない。
「一度は注意してやったのに、ほんっと学ばねえクズってのは更生の余地がねえな」
「と……冬芽、違うの、コレは……っ」
「俺のために? 琉心の存在が迷惑になってるから? そんなこと俺がお前らに頼んだか?」
彼は全部最初から聞いていたのだ。瀬尾さんたちに弁解の余地はない。
それでも悪足掻きをしようとする彼女は、我玖くんのもとへ行って彼に触れようとする。
しかし、我玖くんはその手を、まるで虫を払うかのごとく冷たく叩き落とした。
「触んなよ、ゴミが。ちなみに、コレ生配信だから。お前らのクズさは全国の視聴者がしっかり観てくれてるだろうぜ。良かったな? 有名人になれて」
「う、嘘……ちょっと待ってよ……! アタシたち、冬芽のためを思って……!」
絶望的な状況に泣き出す者もいるが、我玖くんはそちらに目もくれようとしない。
そんな彼が私の方に歩み寄ってくると、私を拘束していた腕は自然と離れていった。
道すがらに拾ったリボンの汚れを払うと、彼はそれを私に差し出してくる。
「遅くなってごめん。琉心、行こう」
「う、うん」
髪や肩についていた埃も落としてくれた彼は、私の手を引いて騒然とした教室を後にした。
「我玖くん、仕事じゃなかったの?」
「早く終わったから、琉心に会えるかなって寄ってみたんだよ。来てみて正解だった」
「……助けてくれて、ありがとう」
彼が来てくれなかったら、私は今頃どうなっていたかわからない。
想像して身震いした私の肩を、我玖くんはそっと抱き寄せてくれた。
悪意に満ちていたとはいえ、男子に触れられるのは嫌悪しかなかったのに。彼の手は、どうしてこんなにも私に安らぎを与えてくれるのだろうか?
「……ところで、さっき言ってたことだけど」
「え?」
「別れないって、ホント?」
「……!!」
最初から聞いていたのだろうから、私の言葉も当然彼に聞かれていたはずだ。
そのことを思い出して顔から火が出そうになるが、伺いを立てるように覗き込んでくる我玖くんの顔が、あまりにもあざとい。
逃げ出そうと思えばそうできるはずなのに、回された彼の腕は、先ほどの男子たちの拘束よりもよほど強いもののように思えた。
「だって、まだ一週間経ってないし……」
「じゃあ、一週間経ったら別れるの?」
その聞き方はずるい。
だけどこれ以上、誤魔化すこともできないと思った。
彼にはちゃんと、素直な気持ちを伝えたい。
「……別れる。それでちゃんと……告白から、やり直させてほしい」
告白は罰ゲームだった。最初の一歩を間違えてしまったけど、彼と付き合うのならそこから正していきたい。
「ん~……ダメ」
「えっ!?」
「次はさ、俺から告白させてよ。もちろん、罰ゲームじゃなくて本物のやつ」
そう宣言する彼は、いつもの上目遣いではない。
真剣な瞳で、真っ直ぐに私を見つめてくる。
惚れた弱みというやつなのだろうか? 彼にはどうにも敵わないと思った。
「ちなみに……さっきの動画って、本当に配信してたの?」
「してないよ? だって、琉心の顔まで映ってたし」
「そっか……」
本当に配信していたのかと思っていたが、どうやらあの場にいた全員が騙されたらしい。
これも彼の演技力なのかと思うと、俳優として活躍する姿が楽しみだとも思える。
「編集して、琉心の顔にモザイク入れたら、アイツらの進学先とか就職先には送り付けてやるけどね」
「え!?」
「当然でしょ? 一度は許してやったのに、俺の彼女にあんなことまでするなんてさ。報いはしっかり受けてもらわないと」
そう言って彼が浮かべた笑みは、普段の無邪気なものとは異なる色をしていた。
もしかすると私は、とんでもない人の恋人になってしまったのかもしれない。
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