05:本音
「じゃ、改めて帰ろっか」
先ほどまでの冷たい態度が嘘のように、冬芽は私の手を引いて今度こそ教室を出ようとする。
だが、やられっぱなしのままでは気が済まなかったのだろう。
「っ、冬芽……! その子、ホントはアンタのこと好きじゃないよ!」
瀬尾は、私たちの背中に向かって声を上げる。
立ち止まった彼の、握る手の力が少しだけ強まったような気がした。
「だって、罰ゲームで告白しただけなんだから!」
すっかり失念しかけていたが、私は彼に嘘をついていた。
いくら罰ゲームだったとはいえ、彼を騙していたことに違いはないのだ。
冬芽というアイドルに憧れの感情はあるが、斎藤我玖という人間に対する特別な感情はない。
(……我玖くんは、私にも失望するかな)
けれど、どうしてだかそれを想像すると、胸が締め付けられるような思いがした。
「……だから?」
だが、瀬尾を振り返った冬芽は、短くそれだけを口にする。
瀬尾は唖然とした様子で、それ以上言葉を続けることができないようだった。
そのまま自然と人波が避ける廊下を通り過ぎていくと、私たちは昇降口まで辿り着く。
冬芽の姿のまま外に出るのかと思いきや、彼は鞄に入っていた黒のウィッグを手早く装着した。
(ああ、いつもの我玖くんだ)
見慣れた姿に、何となくホッとする。
それと同時に、再び手を取ろうとする彼の腕を、私は咄嗟に振り払ってしまった。
「……!?」
「あ、あの……我玖くん、私……ごめんなさい」
「どうして琉心が謝るの?」
「だって、私、我玖くんのこと騙してた。罰ゲームだからって告白して、我玖くんは優しいから付き合おうって言ってくれたけど……私が恥をかかないように気遣ってくれたんでしょ?」
彼は、私の告白が罰ゲームだということを知っていると言った。それはつまり、あの時も眠ってなどいなかったということなのだ。
アイドル生命も危うかったというのに、リスクを負ってまで助けてくれた。
そんな優しい人を、これ以上私なんかに付き合わせるわけにはいかない。
「だけど、もう大丈夫だから。これ以上、我玖くんに迷惑かけるようなことはしたくない。だから……」
「もしかして、琉心を助けるために付き合おうって言ったと思ってる?」
「え……? だって……」
俯いていた顔を上げると、彼はなぜだかまた拗ねたような表情を浮かべていた。
口先を突き出す仕草は、年齢よりも彼を幼く見せる。
私の手を取った彼は、指同士を絡ませるように繋いでくる。いわゆる、恋人繋ぎというやつだ。
「琉心のこと、ずっと助けたいと思ってた。だけど、俺はアイドルなんかやってるから下手に動けないし、少し注意したくらいじゃアイツら止めそうになかっただろ? だから、琉心には悪いけど、まずは証拠集めを優先したんだ」
「し、証拠集めって……どうしてそこまでしてくれたの?」
見て見ぬふりをしたって、誰も責めたりなんかしないのに。
だって、私を知る誰もがみんなそうしてきたことなんだから。
「そんなの、琉心のことが好きだからに決まってるだろ」
手元に意識が集中していて、話が半分ほどしか入ってこなかった。
けれど、私は今とんでもないことを言われなかっただろうか?
「デビューしてから売れるまでは、異性関係はご法度だった。けど、最近になってようやく禁止が解けたんだ。俺さ、もうすぐアイドル辞めるんだよ」
「え!?」
「辞めるっていっても、芸能界は続けるんだけど。アイドルじゃなくて、ずっと俳優をやりたかったんだ。それが認められて、高校卒業したら演技の方に集中すんの」
「そ、そうなんだ……」
人気絶頂のアイドルだというのに、それを捨ててまで俳優に転向するというのは驚きだった。
だけど、それと私のこととはどう関係があるのだろうか?
「俺が俳優目指そうって思ったの、琉心のお陰なんだよ?」
「え、私……!?」
「一年生の頃、学園祭でさ。俺のクラスはお化け屋敷やったんだよ。俺は脅かし役だったんだけど、入ってきた琉心がスゲー怖がってくれてさ。感想聞いたクラスメイトに……」
「落ち武者やってた人の演技、すごく怖かったです……?」
「……! そう、それ!」
彼の言葉に、当時の学園祭の時の記憶が蘇る。
友人もおらず一人で校内をフラついていた私は、客引きの生徒に促されるままに、お化け屋敷に入ったのだ。
その中で遭遇した落ち武者がとても怖くて、そう伝えた覚えがある。
「あれ、我玖くんだったんだ」
「俺、あの頃ずっと自分の演技に対して自信持てなくてさ。アイドル続けるのが無難なんじゃないかって悩んでたんだけど……琉心のあの言葉で、やっぱり俳優目指してみようって思えたんだよね」
そんなつもりではなかった私の言葉が、知らず彼の背中を押していたのか。
「おかげで今の俺がある。あの頃からずっと、俺にとって琉心は特別な人だったんだよ。だから、琉心に告白された時はスゲー嬉しかった。……罰ゲームだってわかってても」
私のことを、好いてくれている人なんていないと思っていた。
少なくとも、私の味方なんてこの学校には存在していないのだと思っていたのに。
「だからさ、俺にチャンスが欲しい」
そう言う我玖くんは、真正面から私を見つめてきた。
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