04:拡散
「……何? 俺たちもう帰るんだけど」
行く手を遮られた冬芽は、不快そうな態度を隠そうともしない。
しかし、立ちはだかった女子生徒も引くに引けないのだろう。
彼女はクラスの中心人物の一人である、瀬尾珠里だ。
キツめの美人で女子のボスであり、私に対するいじめを主導していた人物でもある。
普段は男子生徒に囲まれていることもあって、余計に冬芽に相手にされないことが悔しいのかもしれない。
思えば彼に告白するという罰ゲームを考えたのも彼女だった。
それがこんな結果になったことで、さらに怒りを募らせているのだろう。
「人気絶頂のアイドル冬芽が、堂々と恋人なんか作って世間が黙ってると思う? しかも、その相手が陰キャのシラける子だなんて、人気ガタ落ちになるんじゃない?」
確かに、彼のファンの大半は同年代の若い女性ばかりだろう。
人気絶頂のこの時期に恋人ができたとなれば、メディアだって放っておかないだろうし、ファンの激減は必至だ。
ましてやSNS全盛期のこの時代に、これだけの人間を前にして恋人宣言だなんて。どうしたって広まらない方が難しい。
「お前らが黙っててくれれば済む話だけど」
「アタシらが黙ってるハズなくない? 写真でも撮って拡散したらあっという間にアンタのアイドル人生終わりよ?」
瀬尾さんは、やると言ったら間違いなくやるだろう。
SNSのフォロワー数も、もうすぐ1万に届くと言っていたのを聞いたことがある。
そんなアカウントで拡散されれば、瞬く間に情報は広まっていくことだろう。
(マズい状況だっていうのに、どうして冬芽……我玖くんはこんなに落ち着いてるの?)
アイドル生命が懸かっている状況なのに、彼は表情を変えることもない。
それどころか、私と繋いだ手すら離さないままなのだ。
「あ、あの……我、斎藤くん……」
元々、私が罰ゲームで告白をしたのがいけないのだ。この場で別れてしまえば、冬芽に彼女がいるという事実は無くなる。
そう思って声を掛けようとしたのに、彼は拗ねたような表情で私を振り返る。
「だーから、我玖! 琉心が慣れるまで何度も呼ばせるよ?」
「が、我玖くん……私たち……」
名前で呼ばないことを怒りだす彼に、仕方なく従って話を続けようとする。
けれど、名前を呼ばれたことで満足したらしい彼は、再び瀬尾さんたちの方へ向き直ってしまった。
「拡散したけりゃすれば? だけど、その場合は俺も黙ってないけど」
「何よ、訴えるとか言うつもり? 残念だけど誹謗中傷でもデマでもなければ事実だし、どう考えたって困るのはそっちだと思うけど」
「……ホントにそうかな?」
そう口にした冬芽は、ポケットから自身のスマホを取り出した。
何かを操作した後に再生されたのは、ひとつの動画だった。どうやら、スマホで撮影していたものらしい。
そこから流れ出した音声に、私はよく聞き覚えがあった。
『ホ~ラ白毛、こっからダッシュでパン買ってこい』
『あとジュースも! アタシ無糖の紅茶ね』
『俺はコーラ! 五分で戻ってこなかったら罰ゲームな!』
『で、でも五分なんて無理……』
『早く行けよ! シラける子ちゃんはほんっとシラけさせる天才かよ』
それは、昨日の昼休みに私が彼らに言われていたことだ。
その動画の中には、その時の様子も映り込んでいるのだろう。
「ちょ、ちょっと何よコレ……!? アンタ盗撮して……!?」
「俺のプライベートを拡散するんだろ? だったら俺も、お前らのプライベートな『お遊び』を拡散してやるってだけの話だよ。もちろん動画は、これ以外にも残ってるけど」
これまで彼女たちは、人目を憚ることもなく、私に対するいじめを続けてきた。
それは彼女たちに逆らえる人間が誰もいなかったのもあるだろうし、同じように楽しんでいた人間が多かったのもあるだろう。
クラスメイトだけではない。他のクラスでも、『私のことはいじめていい対象なのだ』と認識している人間は大勢いた。
だって、誰も助けてなんてくれなかったんだから。
「そ、それを拡散って……ちょっと待ってよ、そんなことしたら……」
「瀬尾、お前第一志望の大学受かったって言ってたよな? そっちのお前も、進学はしないで就職だっけ? こんな動画拡散されたら、全部ダメになるかもなあ」
進学や就職がダメになるどころではない。
顔も制服もバッチリ映っているし、一度ネットに拡散された動画は、一生消えることはないだろう。
あんな動画が出回れば、その後の人生が終わるといっても過言ではない。
ましてや、冬芽のアカウントのフォロワー数は瀬尾の比ではないのだ。
それだけの人間に悪行を知られれば、もう顔を上げて街を歩くこともできなくなる。
「黙ってりゃいい。簡単なことだ、できるよな?」
「……は、はい……」
いつどこで、どれだけのいじめの動画が撮影されていたかを知るのは、冬芽ただ一人だ。
これまで関わった誰もが、その代償を支払うことになる可能性がある。
冬芽の言葉に、彼女たちは黙って頷くしかなかった。
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