02:冬芽
翌日、いつもよりも私は早めに学校へと登校していた。
早い時間ならば教室に人も少ないし、斎藤くんがいればすぐに事情を説明できると思ったからだ。
だが、斎藤くんの姿は無かった。それどころか、授業が始まっても彼は姿を現さなかった。
(私と付き合うことになったの、本当は嫌だったのかな……だから登校しづらいとか……?)
もっと可愛い女の子からの告白だったなら、斎藤くんだって嬉しかっただろう。
だが、相手は陰キャで喪女の私なのだ。自分が彼の立場だったとしても、嬉しい告白ではないだろう。
(それでも、あの場で断らなかったのは、斎藤くんなりの優しさだったのかな)
彼にフラれていたら、大勢のいる教室の中でもっと惨めな思いをしていたことだろう。
クラスの中に、私の味方はいない。
そう思うと余計に、彼のくれた優しさが私を申し訳ない気持ちにさせた。
そんなことを考えていた放課後、突然廊下の方が騒がしくなったことに気がつく。
たまに男子生徒がふざけてはしゃいでいることがあるが、そういう空気ではない気がする。
心なしか、女性の黄色い声が多く聞こえてくるように思えたのだ。
その騒がしさはやがてクラスの目の前まで来たかと思うと、私のクラスの扉が開かれた。
「えっ、嘘……!?」
「なに、撮影とか!? あり得ないんだけど……!」
窓際の最後列に座る私からは、人だかりで扉の方がよく見えない。
けれど、クラスの女子たちが何かに驚き、色めき立ったのがわかった。
その人だかりは少しずつ道を作るように分かれていき、その中心にいた人物が、ようやく私の視界でも捉えられるようになる。
「白毛さん」
「……え?」
名前を呼ばれるとは思わず、私はぽかんとした顔のまま、その相手を見上げる。
そこにいたのは、紛れもない陽キャのイケメンと呼ばれる部類の男性だった。
雪のような灰色の髪にゆるいパーマをかけて、何となく薄く化粧もしているように見える。
(というか、この人どこかで見たことある気が……)
そう考えていた私の脳内の答え合わせをしてくれたのは、クラスの女子たちだった。
「あれって、冬芽じゃない!?」
「冬芽って、超売れっ子アイドルの冬芽だよね!? 本物!?」
(冬芽……って、もしかしてあの冬芽……!?)
今、日本中の若い女性を虜にしているアイドルグループがある。
SeaSonSという四人組で、春希、夏月、秋夜、冬芽は、全員が国宝級のイケメンなのだ。
そのSeaSonSの冬芽が、どうしてだか私の学校に、そして私の目前にいる。
「おはよう」
「お、おはよう……ございます……」
もうおはようという時間ではないのだが、芸能界での挨拶はそうなるのだろうか?
笑顔で挨拶してくる冬芽に、私はそんな風に混乱したまま挨拶を返す。
クラスメイトだけではない。他のクラスから彼を見にやってきた人たちも、廊下に集まっている。
その全員の視線が、こちらに向けられているのがわかった。
(どうして冬芽が私に話しかけてくるの……!?)
ただでさえ私はクラスメイトたちに目をつけられているのだ。
なるべく注目されないよう生きていきたいというのに、こんなのは目立つなという方が無理に決まっている。
「うーん、やっぱりわかんないよね」
「え……あの……?」
私の反応を見て、冬芽はなぜだか残念そうな顔をする。
彼は私の前にしゃがみ込んだかと思うと、私の手を取った。
「!!??」
生まれてこの方、異性に手を握られたことなどない私は大混乱に陥る。
しかもその相手が、国民的人気アイドルの冬芽なのだ。冷静でいろという方が無理な話だろう。
クラス中でも阿鼻叫喚の悲鳴が上がっているのが聞こえる。
「俺たち、付き合ってるんだよ?」
「へ……?」
「だって昨日、告白してくれたでしょ? だから俺たち、付き合うことになったじゃん」
「いや、あの、私は……」
告白はした。確かにした。
けれど、それは我がクラスの中でも陰キャで一匹狼の斎藤我玖に対してであって、超人気アイドルの冬芽ではない。
「俺、斎藤我玖」
「え、いや……いやいや、そんなわけ……!」
「コレ、証拠」
冬芽と斎藤くんは、どう見たって対極に位置するような存在だ。
自分のことを棚に上げてこんなことを言うのは気が引けるが、斎藤くんは間違いなく、私と同じ部類の人間だろう。
これもまたクラスメイトの手の込んだ嫌がらせなのかと思っていた。
しかし、彼が提示してきたのはこの学校の学生証だった。
「さ、斎藤……我玖……?」
そこに記されている名前は間違いなく斎藤くんのもので、写真も私のよく知る彼の姿に間違いない。
「どう? 信じてくれた?」
上目遣いで私を見てくる彼の顔は、あまりにも整いすぎていて直視できない。
雑誌で見る彼は修正されているのだと思っていたが、生で見る彼の方がむしろより人間離れした美しさを放っている。
「わ、わかりました……! 信じますから、手、手を……! 離してください!」
「え、やだよ。だって俺たち付き合ってるんだから、手くらい繋ぐでしょ?」
そう言ってにっこりと微笑む彼に、私は気を失いそうになった。
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