【1000文字読み切り】幕末、婚約破棄劇場!〜CASE: 武士vsお姫様〜
金持ち向けの茶屋のテラスに、向かい合う男女が二人。
「其の方との婚約、破棄させてもらおうと思う」
そう重い口を開いたのは、腰に刀を差した凛々しい武士だった。
「どうしてですか?」
対するは、緑の黒髪を結い上げ金銀の簪で飾り、重そうな振袖を着たお姫様だ。
不思議そうに小首を傾げている。
「それは…」
武士は一瞬、言いにくそうに口ごもった。
しかし、意を決して口を開く。
「廓通いが過ぎて、身代を傾けてしまったのだ」
ある意味、男気を感じる潔い発言だった。内容はともかく。
ひき結んだ意思の強そうな口元も相まって、見目だけは非常に良い。うっとりと遠目に見惚れている町娘もいる。…おそらく、そこまでは声が届かなかったのだろう。
「まあ…」
あまりの内容に驚いたのか、お姫様は黙ってしまった。
そしてしばらく後に口を開く。
「わかりました」
「え?よいのか?」
「はい。ようございました。もし、主様が申し出てくださらなければ、手の者に始末をつけさせねばならず、少々面倒な事になるところでした」
はんなりと笑うお姫様だったが、内容は物騒極まりなかった。
「始…末?」
穏やかでないセリフに聞き返しかけた武士だったが、
「はい」
嫋やかに微笑まれ、即座に追求を打ち切った。何か、絶対に聞いてはならない空気を感じたのだ。命のやり取りをしてきた、武士の勘だ。喉元に刀が迫った時と同じ感覚がしたのだ。
あの時は危なかった。流れ矢が飛んで来なければ絶命していた。
そして、流れ矢はいつでも飛んで来てくれるわけではないのだ。
震えを隠そうと努力しつつも、真っ青な顔でガタガタと震えながら急いで辞去の挨拶をする武士。
「で、では、某はこれにて…」
お姫様は、そんな彼に和かに釘を刺した。
五寸くらいの大釘を。
「謝罪のお気持ちなど諸々につきましては、後日使いを遣りますので、どうぞよしなに」
そのセリフは武士には「大恥かかせといて、はいサヨナラなんてありえへんやろ。ケツの毛まで一本残らず抜いたるから覚悟しいや」としか聞こえなかった。
この段になって初めて知った婚約者の素顔に震えが止まらない。
しかし彼とてそれなりに名の知れた武士。みっともないところなど見せられない。
「はっ!すべて姫様の仰せの通りに!」
武士は、『コメツキバッタのようってこういうことを言うのか』と周囲を感心させる勢いでペコペコと頭を下げると、その場から脱兎の如く逃げ去った。