夢魔と悪魔と最上級夢魔
夢魔の卵~夢魔と悪魔と最上級夢魔
~夢魔のちゃんとした仕事~
悪夢をばら撒く仕事を始めた頃から、
悪魔は何だか余所余所しい気がする…。
否、
ばくと逢った日から、何だか悪魔の様子が今までと違う様な…。
「ばくは、夢魔の敵…か。」
あのにへらっと笑った天然ボケの変な奴.
作った悪夢を食べる変な奴。
…最上級夢魔が怖い顔で追い払った…
「…ちょっと、可哀相な奴…」
今日は少し仕事サボって不貞寝しようと、ごろんと寝がえりを打った…。
「…お前、何サボってるんだっっ!!!」
「∑ウワァァァァッッ!!!」
∑ガタンッッ!!ドスンッ!!!ガッ!!!
突如聞こえた低い声に、
悲鳴を上げながらベッドから転げ落ちた挙句に
尻もち&ベッドに頭を打った夢魔。
お約束です(笑)
「~ッッ!!痛って~…って!!!な…何でココにあんたがっっっ!!!」
「…無論、昨日と同じ理由だ。」
眉間にシワを寄せ、その後ぶつくさと小さく独り言を言っている最上級夢魔。
…昨日同様の上から目線が刺さる。
「サボってる暇は無い。夢魔の端くれなら、少しでも多くの仕事をするべきであろうがッッ!!」
「ッッ!!五月蝿いなッッ!!!端くれは端くれなりにアンニュイになる時だってあるんだよっ!!」
「…そんな台詞何処で覚えたんだ;」
昨日の今日ので出てくるとは思って無かった最上級夢魔。
…しかも昨日より普通に話が出来るのは、
アンニュイ……と言うより、虫の居所が悪いだけな気もするが…。
「…気分が悪いから今日は休みにする。」
「全くガキだな…。昨日も敵を追い払ってやったのは、誰だったかな…」
「Σ頼んでねぇしっ」
やれやれと肩を竦める最上級夢魔。
「ばくは敵だ。アレがお前の悪夢を喰らうから、お前はいつまでもひよっこなんだ。」
「…アイツ、敵に見えない。」
むくれた顔で頬を膨らまし、拗ねた口調でポツリと溢す…。
「全く…貴様の甘さは父親譲りだな…ばくに肩入れした挙句、夢喰いの側になど…」
「え…?」
不意に零れた最上級夢魔の言葉に大きな目を見開き、ピクリと反応する夢魔。
「Σ………っチッ…!!」
そして、舌打ちを一つして、
『しまった』と言うそんな顔をする最上級夢魔……。
夢魔の記憶の中の父親との別れは、靄にかかったまま…。
暗黙の了解とでも言うのだろう。
今まで誰も口にした事が無いのだ。
「…俺の、父親って…?ばくの側に…って…?!」
「忘れろ。」
ピシャッ!!と冷酷な顔に戻った最上級夢魔に言われ、
一瞬ビクリと身を竦める夢魔。
…そして…
「…俺は仕事に行く。…とにかくお前…早くランクを上げる事だ…。」
「ッッちょ…」
バサッと翼を広げ、その顔は隠したまま…。
最上級夢魔は、夢魔の元から去っていった…。
「…父親…か…。」
夢魔の記憶の中の『父親』…。
それは、いつもへらっ…と笑っていて、
優しい…と言うよりも…
「悪魔に色々任せきりで頼りない感じだった様な…」
仕事に行くからと、悪魔の元へ俺を置いて行き…
仕事が終わらないからと、幾日も帰らなくて…
帰ってきたら帰ってきたで、
悪魔の所で俺を抱きしめてそのまま眠ってしまったり…。
「良く、怒られてたと言うか…呆れられていた気が…」
だから夢魔は、父親から夢魔の仕事を教えられたり、
見せてもらった試しが無いのだ。
悪魔の元に居る事が多かったから、
『夢魔の仕事』は他の夢魔に渋々教えて貰った。
…悪魔の脅しのお陰で…。
「最期…か…。俺は、悪魔の所に居る事のが多かったから不思議にも思わなかったけど…父親が帰らないと言うのを知って、別に…そんなにショックも受けなかったな…そういや…」
ごろんと寝がえりを打てば、先程まで最上級夢魔が居た空間が目に入る。
父親の最期を知ってる奴…。
しかも、お茶を濁したかの様に気になる言い方をして去って行った
…その場所を…。
「…悪魔に聞けば、解るのか…な?」
別に、今まで知らなくても気にもしなかったのに。
ばくと…一体なんだって言うんだろう…。
「あーっ!!!気になるじゃねぇかっ!!最上級夢魔の野郎っ!!」
一度気になってしまえば、モヤモヤが増すばかり。
悪魔の帰宅も待たず、
夢魔は自分から悪魔の元へ出向く事にしたのであった…。
・
・
・
厳重な漆黒の扉…。
魔族は皆この扉に出向きたくない…と怯える、そんな場所……。
この扉の向こうに悪魔は居る。
ウギャァァァッッ………!!!
扉の中の魔族の断末魔は、扉の外まで響く……。
夢魔はごくり…と一つ唾を飲み込み、
その重い扉を開いた。
キィィ……
「Σ音、軽っ!!」
扉の重みより全然軽そうに、開いた音が響く…。
と。
目の前に広がる光景に、一瞬ゾクリ…と背筋に寒気が走る。
魔族の鮮血を浴び、ニヤリと笑みを浮かべる悪魔。
四肢を噛み千切られ、虫の息の魔族の腹がヒグヒグと蠢く。
悪魔のその腕は魔族の体を貫通し、未だ脈打つ心の蔵を握りしめ、
その生温かい感覚を楽しんでいるかの様……。
『…ッッお前何しッ…!!!…なっ…何か緊急の用事か?』
「…あ…あ…ッッ」
目の前のグロテスクな光景に夢魔は言葉を無くし、
大きな目を開いたまま動けない様子。
そんな夢魔に、一つ大きく溜息を吐く悪魔である。
『…処刑の最中だ…。3秒待つ。この魔族の最期を見たくなければ、この部屋から出ていくか……振り向いて、瞳と耳を塞ぐ事だ。』
…3
…2
…1
…
ゆっくりとカウントを終えた悪魔…。
しかし夢魔は、目の前の悪魔から目が離せない様に……固まったまま…。
『…後悔は、するな…』
びくびく震え白目を剥いた魔族…
懇願する事すら出来ずに。
…掌に握った、心臓…
一層楽しそうに口の端を歪めた悪魔が…
…その手に力を込めた……。
グジャリ……
鈍く濡れた音と共に…溢れだした血が、悪魔の腕を濡らす。
『…終わり、だ…』
言葉と共に魔族を魔方陣へと捨て置けば、
下級悪魔達がソレを何処かへ運んでいく。
「……あ…あ……アレ……」
『既に肉の塊…ただの餌だ。』
血塗れの悪魔……。
少し悲しそうなその顔……。
その顔を何処かで見た様な…夢魔はそんな気がした。
返り血と、潰した心臓から流れ出る血で赤く染まる悪魔を見ていた夢魔は、
その記憶を辿っていた…。
あの日…。
血まみれの悪魔は俺の前に立ち
『お前は俺の元で暮らすのだ』と。
哀しそうに…哀しそうに…
そして、俺は…?
俺は…悪魔を…?
・
・
・
「あ…。思い出した…。」
『何をだ?唐突に…』
ポンッと一つ手を打ち、悪魔の側へ駆け寄ると、
夢魔は血塗れの悪魔をそっと抱きしめた。
『クッ…誘っているのか?』
「Σ違ぇよっ!!…俺が、悪魔と暮らす様になった時を思い出して…えと、これで…」
そう。
悪魔の元で暮らす様になった日。
つまりは…
「…俺が悪魔の所へ来たのは、父親が居なくなった日だ…。」
『あぁ…そうだ。だが唐突にどうした?我には誘っている様にしか見えんが…?』
「違うって…あっ!!手、腰に回すなよっ!!ちょ…」
夢魔の腰に手を回し、
そのまま血まみれの手でギュッと抱きしめ、髪に口付けを落とす…。
「もうっ!!違うってっ!!最上級夢魔が、父親がばくの側になんちゃらって…!!」
『?!…あやつめ…口を滑らせおって…!!』
一瞬訳が解らないと目をパチクリした悪魔だったが、
先程自らが最上級夢魔に頼んだ事を思い出し表情は一転。
今後はギリギリと牙を剥く。
「っ!!なぁっ!!俺、ソレを聞きに来たんだ。父親が…ばくの側に…居るのか?」
大きな瞳で悪魔を見上げる夢魔。
一瞬ドキリとしたが、直ぐにそれも諦めに変わる。
…こんな日が来ることを…悪魔は知っていたから…。
『…っあぁ…居る、筈だ……まだ、命があれば、な…』
「まだって……魔族の命は永遠に等しい程長いって……」
『普通ならば、の話だ。あやつは…魔族より夢喰い族を選んだ。掟により…我が手で片翼切り裂き、片目を抉り出し…魔力を削ぎ落とした結果……短命になったのだ。』
淡々と語る悪魔のその顔はその言葉のトーンと違い、
憂いと寂しさが入り混じった様に曇っていた。
「ッッ!!」
『我が、お前の父親を手に掛けた。あやつは行ってしまったのだ…愛しい夢喰い族の側に、いつまで居られるやも検討もつかない…それでも…っっ!!』
憂いはやがて、悲しみを呼び起こす。
哀しい顔…。
あぁ…同じだ…あの日と…。
「ッッ!!掟だったんだろ?お前が悪い訳じゃ無いっつーのっ!!…つーか…」
悪魔の腕の中で…その背に腕を回す…。
「つーか……俺は悪魔、嫌いじゃねぇぞ。」
幼き日とは違う、ちょっとだけ照れた顔で…悪魔を包む熱。
それは、始まりの日より少し大人になった夢魔の小さな想いかも…しれません。