般若と説教
白が基調の清潔感がある学園の医務室。自滅した事を校医に呆れられながら、ノーサスは両手を魔術治療用の包帯でグルグル巻きにされて医務室を追い出された。
「後輩君だ! なにしてるの?」
「え、ノーサス君がいるの? ――――その手、どうしたの!」
食堂へ向かう途中、後ろから聞き覚えのある声がしてノーサスは振り返る。そこには仲良く並んで歩くミコトとレミリエがいた。
二人も食堂に向かっているところにノーサスを見かけたのだ。ミコトはノーサスの手に巻かれた包帯に気が付き、心配そうに駆け寄ってきた。
「ミコト、焦りすぎ。この時期なら武器振り回す授業か魔術の授業のどっちかだっけ。付き添いもいないし大怪我ではないんでしょ?」
「はい、武器を振り回すほうでちょっとやらかしまして」
「そうなんだ。それならよかった」
ノーサスの答えに安堵したようで、ミコトは自分が取り乱していたのを笑って誤魔化す。
「初めて武器を持ったんだよね? なら仕方ないよ。次から気を付けようね」
ミコトのフォローにノーサスは恥ずかしそうに頬をかく。ノーサスの手を見て何か閃いたレミリエは、気付かれないように顔を伏せ漏れる笑いを隠している。
「ねえ、ノーサス君。今から昼食だよね?」
「はい、そうですけど。先輩達も昼食なら一緒に行きますか?」
「うん。いくいくー。それで、その手だけど、一人でご飯は食べれる? 食べさせてあげようか?」
上目遣いで首を傾げるレミリエはいかにも心配していますという意思表示を示している。だが今から起こる事への期待の表情が隠しきれていない。
「え、大じょ――――」
「だめ! だめだよ! 私がやるよ!」
あからさまに怪しいレミリエの配慮をノーサスは断ろうとするが、ミコトの声がノーサスの声をかき消す。
「ミコト先輩!?」
「あ、違うの! レミちゃんだと絶対、悪戯するでしょ。だから――レミちゃん?」
罠に嵌められた事に気が付いたミコトはレミリエを睨みつけるが、彼女の小さな背中が廊下の先に在った。レミリエは振り返り楽しそうに二人に指をさして笑っている。
「あはははは、二人とも可愛いなぁ。ご馳走様!」
レミリエは満足し、食堂へ脱兎のごとく去っていく。
「もう、レミちゃんのバカ!」
「ミコト先輩も大変ですね」
ミコトはがっくりと肩を落としている。出会ってから何度と見ているミコトの苦労にノーサスは同情するしかなかった。
「食堂、行きましょうか。先輩」
「うん、行く。……ありがとう、ノーサス君」
心労で幼児退行を起こすミコトと共に二人は食堂へ歩き出した。
道中、携帯端末で誰かに連絡を取るミコトに触れず、会話もなく居心地が悪いまま食堂に着いた。
「二人ともこっちこっちー」
しれっとした顔で席に座り、二人に手を振るレミリエがいた。
「席はちゃんと取っておいたよ! 待ってるからお昼もらってきなよ」
「ふふふ、ありがとう。レミちゃん」
「あれ、ミコト?――――え、まさか」
上機嫌なミコトにノーサスは不思議に思ったが、彼女に手を引かれ昼食を取りに向かった。ノーサスは後ろから悲鳴が聞こえた気がしたが、前を歩くミコトから放たれる迫力に聞かなかったことにした。
「おまたせ、レミちゃん」
「場所取りありがとうございます、先輩」
「う、うん。どういたしまして……ミコト? もしかしてコト――――」
「レミリエさん、少しよろしいですか?」
昼食を手に戻ると、若干青ざめたレミリエが何か聞こうとしたが、一人の女性が話しかけてきた。
その女性は背が高く艶のある綺麗な黒い長髪に、和服の似合いそうな顔立ちをしていた。先輩らしき女性は大和撫子という言葉がよく似合う雰囲気を漂わせていた。
「コトネ姉、こんにちは。食堂に来るなんて珍しいね」
レミリエはだらだらと汗を流し若干声も裏返っている。ゆっくりと声のほうに振り返り、祈るような目でコトネと呼んだ女性を見る。
「ミコトさんに呼ばれてこちらへ参ったのですが。少々おいたが過ぎるのではないでしょうか?」
コトネはにっこりと笑うが、その後ろに般若が見え隠れしている。レミリエは悟った表情で昼食を持って席を立つ。
「はい、よろしい。こちらでは二人に迷惑も掛かりましょう。お姉さんと一緒に食べましょうか。ミコトさん、よろしいですね」
ミコトはすっきりしたような表情で頷く。
「では、時間もありませんので。紹介は今度にお願いしますね」
こうして悪は裁かれるのであった。チラリとコトネはノーサスの顔を見た後。執行人はレミリエを後ろに連れて離れたテーブルに移った。
「よかったですね、先輩」
「うん!」
二人はとても平和に昼食を迎えた。
「あれ、ミコトさんとノーサスだ。同席してもいいかな?」
「なるほど、コトネさんがいたのはそういう事ですか」
スズネとリーグも昼食に来たようだ。ミコトはスズネの同席に頷きながら、小動物のようにパンを頬張っている。
「俺も構わないですよ。エルクは?」
「犠牲になった」
リーグが指さす方を見ると受刑者が一人増えていた。
「あの人はある意味、小人の天敵だからな。なぜかああなるらしい」
ミコトと同じく、小人という問題児を抱えるリーグもコトネに頼る事がある。
「それで三人は知り合いなの?」
スズネは一年先輩のミコト達が知り合いだったことを疑問に思って尋ねる。襲撃を受けたあの日を思い出し苦い顔をしながらも、ノーサスは事件のあらましを話した。
「ああ、あの人か。おもしろい人だよね。一度、イズミの魔法について調べたいって言って、一之太刀しか使えないけど実験に付き合ったなぁ」
スズネとリリナリエは相性が良いのか気が合う。お互いある種の探究者だからであろう、道を追求する者同士何か通じ合うものがある。
「スズネとある意味近い人ですね。あまり混ざってほしくない組み合わせですが。ちなみに十家の同世代は大抵は顔見知りですよ」
混ぜるな危険というフレーズがよぎって苦笑いを浮かべるリーグ。ミコトはリリナリエの友人になってくれそうな人がいて嬉しそうにしている。
「そういえば、ノーサス。手のほうは大丈夫でしたか」
「痺れが残ってるだけでヒビもないし、痺れが取れたら包帯も取ってもいいってさ」
ノーサスは手を握って開いてと無事であることを見せる。
「あれ、すごかったなぁ。私でも折るのは無理だよ」
「結局、ノーサス君は何をしたのかな?」
ミコトはノーサスの怪我の理由が気になるようで、恥ずかしがって答えそうにないノーサスに代わってスズネに尋ねる。
「剣にマナを通して勢いよく地面に叩きつけたのはわかったけど、何が起こったのか私もわからないんだよね」
「そうでしたか、私は素振りで見ていませんでしたから。剣が折れる音がしてから気が付きました。で、何をしたのでしょうか、ノーサス?」
スズネは剣術として、リーグは魔術として何が起きたのか気になるようで、期待した目で食事の手を止める。ノーサスは仕方ないと諦めて、降参だと手を上げる。
「黒の魔術で剣の重さを無くして、当たる瞬間にだけ全力で重さを足しただけ。その先を考えてなくてこうなった」
「ノーサス君はどうして、そう危ないことをするかなぁ。ソウジもそうだったし。男の子だからかなぁ」
「だそうだ、頻繁に危ないことをやらかすスズネさん?」
「剣士たるもの、死線を超えることに価値があるのよ」
リーグの苦言にスズネも無茶な事をやってる自覚があり横を向く。
「あそこに混ざる? スズネちゃん? ほら、コトネお姉ちゃんが見てるよ」
ミコトもスズネの無鉄砲に思うところがあるのだろう。リーグの苦言に後押しをすると、何かを感じ取ったコトネはこちら――スズネを見て、人によっては恐怖を感じさせる優しい笑みを浮かべる。スズネも気付いたようで若干震えている。
「そういえばあっちの二人は姉弟なんですか?」
スズネが可哀そうになったノーサスは助け舟を出す。スズネはノーサスに感謝するが、露骨な話題の替え方にリーグとミコトは仕方ないなぁと話題にのる。
「そうだよ、小人は大家族だからね。あの大騒ぎは大変だけど、賑やかで少しあこがれるなぁ」
ミコトが少し羨ましそうに、小さくなって食事をする小人の二人を見る。リーグはその言葉に勘弁してくれと遠い目をする。
「ソウジ先輩とはどうなんですか?」
「私は養子だから、義理の兄だよ」
「すみません」
「気にしなくていいよ。十家は生まれが変わってるからね、家族ではあるんだけど血のつながりはあんまり重要視されないんだ」
まずいことを聞いたとノーサスは謝るが、ミコトは気にした様子もなく十家の価値観を話す。
「そうですね。もともと大氾濫の危機を乗り越えるため、様々な国やら里、部族の有力者が機神AIを中心に集まったのが起こりですからね。各種族の代表、みたいな意味合いが強いですよ。なので縁や優秀だからと養子になる事も多いのです」
リーグがミコトの代わり説明する。本来はもっと込み入った事情が当時にはあったが、当主でもない彼らにそれ以上を知ることはない。
「ノーサス君も本来ならどこかに養子に入ってもおかしくなかったらしいけど、黒の適正だとちょっとね」
ミコトは言いにくそうに言葉を濁す。
「何か問題があるんですか?」
「女王陛下だけなのよ、黒の適性持ちは。だからどこか一つの家が養子に取るとバランスが崩れるんじゃないかってことで、成長するまで過度な干渉はするなと協定があったらしいね」
「あった、ですか」
「うん、学園に入ったから終わったんじゃないかな」
スズネがざっくばらんに真相をばらす。
「俺たちも顔見知りくらいにはなっとけ、っていう指示は来てるんだよね」
「そうなの? 私、そんな話聞いてないよ?」
「スズネは言わなくとも突撃するのがわかってるから。むしろ、俺が怒らせないように仲を取り持ってくれってスズネの親父さんに頼まれてるよ……」
どうやらリーグは問題児の親達にすら保護者扱いされているのだった。