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サナの人類救済の旅  作者: あおば
第一章 第二節 吸血鬼の街
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第八話 明日への一歩



 吸血鬼と人間の共存を図るために、必要なのは相互理解だと思うのだけれど。

 人種が違うだけでさもありなん、魔物と人間が仲良くなれるのだろうか。

 まあ、私は民主主義の国で生まれて、そこそこ幸せだった覚えがある。

 まずは、お互いの利害を一致させるために、とことん話し合ってもらおう。


 とりあえず、吸血鬼側に釘を刺しておくことから始めるか。


「……ヴァネッサ、他の吸血鬼たちを、ここに連れてきてもらっていいかしら?」


「はっ!」


 正座をしていたヴァネッサは胸を張り、右手をグーにして心臓の辺りにぐっと当てる。

 吸血鬼に心臓があるのかはわからないけれど。

 というか、ヴァネッサ……あなた、私やイリアよりも背が低いわりに、けっこう胸が大きいじゃない。

 女神様に、小さくしてもらうように願っておこう。


「ちゃんと事情を説明してね。もし、他のやつらが私に襲いかかってきたりしたら、今度は手加減しないわ」


「っん……もしあいつらが粗相(そそう)をしたら、おしおきをしてもらえるということでしょうか?」


 生唾を飲み込む音が聞こえるなんてこと、実際にあるのか。比喩だと思っていた。

 私は、呆れたというような視線をヴァネッサに送る。


「そうね、襲ってきたやつは全員殺して……あなたは、黙殺することにしようかな」


「もくさつ?」


 首を傾げて、ヴァネッサはきょとんとする。

 その無邪気な表情は、とても吸血鬼とは思えない。


「無視するってことよ、あなたの存在を」


 私がそう言うと、ヴァネッサは泣きそうな顔であわあわする。

 ばか可愛い、抱きしめたい。


「いいから、早く行きなさい」


「はっ!」


 返事をしたヴァネッサは、姿が黒い影に揺らぎ、四匹の蝙蝠(こうもり)になって方々(ほうぼう)に散っていった。

 便利だな……それぞれに、ヴァネッサの意思が分かれているのだろうか。

 そんなことを考えながら、それぞれのヴァネッサがこの城を離れたことを確認する。


「さて……イリア、ちょっとこっちに来て」


 私は、広間の入り口で所在なさげに立っていたイリアを手招きする。

 とてとてと小走りでこちらに来るイリアは、ヴァラドの存在が気になるようでちらちらと見ている。


「おい、何を見ている」


 それに気付いたヴァラドが、イリアを威嚇する。

 虚勢を張る元気があるのならば、この槍が刺さっているのって別に痛くないのかな。

 ヴァラドのお腹の辺りを眺めながら、私はそんなことを考える。


「っ! いえ……」


 びくっと身体を震わせて、イリアは顔を伏せる。

 染みついた恐怖という感情は、簡単に拭い去れるものではないのだろう。

 しかし、これが無くならないことには、本当に仲良くなったとは言えないのだ。


「ヴァラド、これからなにか喋ったら、また頭を飛ばす」


 イリアを睨んでいる――ガン飛ばしているって言う方が似合うかも――ヴァラドに、私は告げた。

 ヴァラドは、イリアから私に視線を移す。


「あなたたち吸血鬼は、いくら身体を散り散りにされても再生できるのかしら。もしかしたら、元に戻らないこともあるかもしれないんじゃない?」


 吸血鬼は黒い影で、実体がないように見える。

 しかし私には、なにかを蹴ったり殴ったりした感触が確かにあった。

 ダメージがまったくないということは、考えられない。


 私の言葉に、ヴァラドはぶすくっている様子だったが、おとなしく黙った。

 ヴァラドが静かになったのを確認して、私はイリアに問いかける。


「イリア、あなたはどうしたい?」


「えっ?」


 顔を上げて私を見たイリアは、困惑の表情を浮かべている。

 もっとはっきり言わないと、伝わらなかったか。

 私は、隣のオブジェを指さして、イリアに言う。


「私は、もういいと思うんだけど、イリアは、こいつをどうしたい?」


「なん――っ!」


 私の言葉に対して何かを言おうとしたヴァラドを、私は向けていた手を軽く上げることで牽制(けんせい)する。

 喋ったらダメだと、言ったでしょう。

 自分の目線よりも高い位置にある私の手を、ヴァラドは苦虫を噛みつぶして睨みつける。

 ギロチンの刃を見る王様は、こんな表情をしていたのかしら。


「……サナさん、どう……とは……?」


 イリアの表情は、言葉の意味がわからないといったものではなかった。

 待てをされているわんちゃんたちは、ぼくはご飯を食べられないんだ絶望だ、という表情は浮かべないだろう。

 期待と不安が入り交じり、そわそわと待っているのではないだろうか。

 いまイリアは、そんな感じだ。


「殺したいかなって思って」


 やはり、私の返事を聞いても驚いた様子はなく、イリアはなにかを考えるように、自分の足もとの床を見つめている。


「ちなみに、あなたが殺さなくていいって言っても、しばらくはこの槍を抜かない。いつになるかはわからないけど、私がこの街に戻ってきたら、抜いてあげようかな」


 この高慢ちきな吸血鬼が、長い時間を反省して、変わるかどうかはわからないけれど。


「あとは……ヴァネッサには、こいつが暴れたから私が殺したって言っておくことにするわ」


 ヴァネッサにヴァラドの捕縛――槍でぶっ刺しているだけだけれども――の是非を問うのを忘れていたな。

 すぐに私に襲いかかってきていたから、ヴァラドのことを大切に思っていることは確かだと思うが。

 うーん……まあ、もしヴァラドを殺してヴァネッサが怒ったら、そのときはそのときだな、うん。


 イリアは、自分の足もとに向いていた目線を、王様椅子に座るヴァラドに移す。

 その瞳に宿るのは、憎悪か、(あわ)れみか。

 ヴァラドは自分の命を握っているのがイリアだと認めたようだが、私を恐れてなにも言えずにいる。

 ヴァラドが目で訴えかけてきているのを、私は無視する。

 命乞いでもさせてあげるべきなのだろうかとも思ったけれども、いまのイリアの気持ちで決めるべきことだろう。


 ヴァラドを、イリアは真っ直ぐと見据える。

 その顔には、感情が何も浮かんでいないように見えるが、心の中には様々な感情が渦巻いているのだと思う。


「じゃあ……」


 イリアが重い口を開く。


 私は、ヴァラドが息を呑んだことに気付いた。


「もう一度、頭を飛ばして……それでも生きていたら……もう、いいです」


 笑うでもなく、ためらうでもなく、イリアは淡々と言葉を紡いだ。

 ヴァラドは言葉の意味がすぐに図れなかったのか、ぽかんとしている。


「なるほど……あなた、なかなかずるいわね」


 私の言葉を聞いて、イリアは一瞬だけ目を見開いてから、恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべた。

 私は、手を振ってヴァラドの頭を黒い霧へと変貌(へんぼう)させる。

 制止の言葉を叫ぶこともできず、ヴァラドはまた喋れなくなってしまった。


 手に(まと)わりつく影をぱっと払ってから、私はイリアに聞いてみる。


「イリア、これから吸血鬼と人間で話し合いをするのだけど、どこか大勢が座れるような部屋はないかしら?」


 散らばっていく影の行方を目で追っていたイリアは、私の方に向き直り、綺麗な佇まいを見せて立つ。


「はい、こことは別に大広間があり、そこでしたら数十人分の椅子や机が準備できます」


 イリアは、はっきりした声で告げる。


「ただ、普段使っている部屋ではないので、少し掃除などをする必要があります」


 ふむ、これからヴァネッサが連れてくる吸血鬼たちにお話をして、人間たちに集まってもらって――だから、ちょうどいいかもしれないな。


「申し訳ないのだけれど、用意をしてもらってもいい?」


「もちろんです」


 イリアはぺこりと頭を下げ、了解の意を示す。

 綺麗な、凜々しさを感じる礼だった。


「ありがとう。あんまり、急ぐ必要ないからね」


 私の言葉を受けたイリアは、女神のような微笑みを見せてから、ゆっくりと歩いて、広間の扉から出て行った。



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