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サナの人類救済の旅  作者: あおば
第一章 第二節 吸血鬼の街
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第五話 女神な召使い



 リースさんたちの家を出て、私は街の中心部――吸血鬼たちの居住区に向かう。


 途中の街並みは、もし修学旅行で訪れていたら、写真を撮り過ぎてデータ容量がいっぱいになってしまうだろうと思うぐらい、興味深いものだった。

 リースさんたちがいた石造りの家屋は居住用のものだったようで、中心に向かうにつれて、お店のような外観の建物や教会、広場などが見受けられた。

 ただの石ではなく煉瓦が利用されていたり、その見た目も華やかなものになっていた。


「綺麗……」


 街の中心、小高い丘になっている地形の上に、まさしく西洋の城、といった建造物が見える。

 だんだんと陽が傾いてきて、(だいだい)色に染まっていく城の様子は、思わず賛嘆のつぶやきをしてしまうほどだった。


 でも、あそこに人間をおもちゃのように扱う吸血鬼がいる。

 うーん……正直に言うと、人類のために魔物を退治するぞ、とか。人間をたくさん殺したな、許さないぞ、とか。

 そういう風には考えられていなくて。


 城に向かうために造られたのだろう、(ゆる)やかな大理石の階段を、私はゆっくりと登っていく。


 じゃあ、どうして私は吸血鬼のところに向かうのか。

 ……たぶん、アイリに頼まれたから、とか、リースさんたちが私を逃がそうとしてくれたから、だろう。

 正義の英雄(ヒーロー)になるのは恥ずかしいが、優しい隣人ではありたいと思うのだ。


 階段を登り切るころには、橙色のカーテンが夜の(とばり)へと変わっていくところだった。

 石畳の広場の中央には巨大な噴水が設置されていて、微かな光を反射してきらきらしていた。


 広場からは、いくつかの道が続いていて、それぞれが城に続いている。


「……あの城かな」


 サーチによって、はっきりと九つの高レベルな存在――たぶん、吸血鬼だろう――がいることがわかる。

 その中で、一番レベルが高いやつがいる城に足を向ける。


 その城は、登ってきた階段の正面に位置していて、おそらく一番大きい城だった。

 貴族が住んでいたのだろうか、それとも、商業都市だったと言っていたから、豪商が住んでいたのかもしれない。


 目的の城に続く石畳の道にさしかかったときに、城の入り口が開いて、中から人影が出てきた。

 吸血鬼かと思ったら、どうやら違うようだ。


 その人影は道の両端に備えられたランタンの一つひとつに、ろうそくの火を灯しながらこちらに向かっている。

 手に()げている籠の中には、予備のろうそくがいくつか入っている。


「こんばんは」


 私が声をかけると、私に気づいていなかったのだろう、びくっと身体を跳ねさせて、持っていたろうそくをそこら辺にぶちまけてしまった。


「あら、ごめんなさい!」


 私が駆け寄ると、人影はまさにメイド服といったシックなエプロンドレスを身につけた女の子だった。

 女の子は驚いて思考が止まってしまっているのか、突っ立ったままだったので、私は手早く散らばったろうそくを籠の中に入れて、女の子に手渡す。


「はい!」


 そう声をかけて籠を目の前に出すと、女の子は反射的にといった様子で籠を受け取る。

 そんなにびっくりするなんて悪いことしたな、と思って、女の子の顔をよく見ると、アイリだった。

 可愛らしい部屋で、ソファに寝転がりながらタブレット端末を眺めているはずの、女神様だった。


「え……あなた、どうしてここにいるの?」


 自分が創った世界には干渉できないって言ってなかったかしら?

 干渉どころか、この世界に顕現(けんげん)してしまっているのだけれど。


 ……いや、違うか。

 見た目――メイド服を着ているところ以外――はアイリそのままだが、(まと)う雰囲気がまったく違う。


「……っ!」


 (ほう)けていたアイリ――にとても似ている女の子、胸が小さいところもそっくりだ――が、我に返って目の焦点を私に合わせる。

 女の子はアイリに似ているので、とっても可愛い。

 私は自然と、にこやかになってしまう。


「こんばんは」


 先ほど驚かせてしまった挨拶を、もう一度やり直す。


「こんばんは――ではなく! 早く、ここから立ち去ってください!」


 思わず挨拶を返してしまったというような様子で、女の子は慌てているが抑えめな声で、有無を言わさぬ口調で私に懇願する。

 この子もリースさんたちと同じように、私を心配してくれているのかな、と思った。

 あと、私の背中を押して早く帰そうとしているのに、まったく力が足りていないのが可愛い。


「なっ! どうして……?」


「まあまあ、落ち着いて」


 私は吸血鬼に会いに来たのだから、戻ることはできない。

 私をがんばって押している女の子の両肩を支えて、顔をのぞき込む。


「私は、サナ。あなた、名前は?」


「自己紹介なんて、している場合では――」


 私を見上げて目が合った瞬間、女の子はさっと顔を伏せて、おどおどとしはじめる。

 照れ屋さんなのかしら。


「えっと……イリア、です」


 消え入りそうな声で、女の子は名前を教えてくれた。

 それにしても、イリアという名前は、アイリによく似ているけれど。


「……良い名前ね」


 アイリとの関係に思いを巡らせていたため、なんだか当たり(さわ)りのない返答をしてしまった。

 ありがとうございます、とイリアは恐縮千万といった様子でお礼を言ってくる。


「女神アイリにちなんで名付けたと、父と母が言っていました」


「へぇ……」


 この子がアイリに似ているというのは、何かの偶然だろうか。

 それとも、この世界の女性たちは、みんなアイリに似ているのだろうか。

 でも、ミリーナさんは違ったな。

 どちらかと言えば、美人系な顔立ちだった。


 まあ、神様が自分に似せて人間を創ったという話も聞いたことがあるから、そういうことなのだろうか。


「みんな、アイリのことを知っているの?」


 ふと、気になった。

 この世界を創造した神様はアイリだが、それはどのような話として広まっているのだろう。


 イリアは逡巡(しゅんじゅん)するように目を泳がせてから、こくっと頷く。

 子犬がぷるぷると震えながら目を(うる)ませていたら、誰だって可愛いと思うのではないだろうか?

 いま、そんな感じだ。可愛い。


「サナさんは……女神のおとぎ話を、聞いたことありませんか?」


 イリアの言い振りからすると、この世界では、わりとメジャーな話のようだ。

 いや、アイピア生誕たった二日(ふつか)の私は知るよしもないのだが。


「うーん……どんな話なの?」


 みんなが知っているようなことなら、知らないのは不自然ではあるが、まあいいか。

 私の質問に、イリアは少し戸惑い、やがて意を決したように話し始めた。


「女神アイリは、わずか七日間でアイピアを創世しました。そして、自分の()い心から人間を創ったところで力尽きてしまいました」


 イリアの鈴を転がすような声が、心地よく私の耳に入ってくる。


「残った悪い心から魔物が生まれ、女神の身体を(むさぼ)りました。神の身体に宿っていた魔力を手に入れた魔物たちは、自分が持たない善心(ぜんしん)への(うらや)みから、人間を(しいた)げるようになったのです」


 おお、まさしく神話といったお話だ。

 実際は、女神アイリはソファに寝転びながらゲームをするみたいに、世界を創造したのだろうけれど。


「……私が小さい頃、夜寝る前に、母はよくこのお話を聞かせてくれました」


 どこの世界のお母さんも、そういうことしてくれるのね。

 吸血鬼という存在がいなければ、微笑ましいと思える光景だっただろう。


「私たちが善い心を持っているから、彼らは嫉妬している、可哀想なもの。いつか女神様が復活したときのために、私たちの心を(けが)してはいけない。彼らを憎まずに、生きていきなさい――母は、そう言っていました」


「あなたのお母さんは……強いのね」


 この状況で、なかなか言えることではないと思う。


「はい……母の言葉がなければ、私はもう……死んでいるでしょう」


 今にも、死んでしまいそうな表情で、イリアは喋った。


「……いま、お母さんはどうしているの?」


 私が聞いてみると、イリアは感情のないのっぺらぼうのように、事実だけを訥々(とつとつ)と述べた。


「私のような……この城に仕えさせていただく人間が、家に帰りたいと思うのは……不愉快だと……ヴァラド様は、父と母を殺して、街への未練を消しました」


「そう……」


 言葉も出ない、とはこのことか。

 ヴァラドっていうのが、リースさんも言っていた吸血鬼の親玉みたいなやつ。

 またひとつ、懲らしめる理由が増えた。


「私が……ここでの仕事に慣れて、大人たちの話ほど……ヴァラド様は恐ろしいわけではないと……そう思ってしまったから……」


 イリアの目に光るものが見えた気がして、慰めようと上げかけた私の手は、宙をさまよう。


「……ごめんなさい。久しぶりに人と話したから、つい、こんな話をしてしまいました。陽が沈みきる前に、早く行ってください」


 ぺこりと頭を下げて、イリアは私に街から出るように促す。

 リースさんたちもイリアも、天助(てんじょ)の存在を(はな)から知らないのだろう。

 顔を上げたイリアの表情は、何もかもを諦めてしまった、感情がこの世界には存在していないかのようなものだった。


「……あなたみたいな可愛い子に、そんな顔をさせているわけにはいかないの」


 私の言葉の意味がわからなかったのか、イリアはきょとんとしている。


「私に任せて」


 さっきはさまよってしまった手を上げて、私はイリアの肩をぽんぽんとたたく。

 ぽけっとしているイリアの横を通って、城の入り口に向かう。


「え……? ま、待ってください!」


 我に返ったイリアが、私に追いすがりその歩みを止めようとする。

 持っていたろうそくの籠を放り出して、私の腰に組み付く。


 ただ、イリアの力では私を止めることはできないので、イリアは私に引きずられ、足からずずずずーっと土埃をあげている。


「サナさん! 何を考えているんですか? 止まってください!」


 イリアは必死なようで、声を抑えることをする余裕もなくなっている。


「その――ヴァラド様? そいつをぶん殴って、イリアをもらおうかなと思う」


「なっ――なぐっ……?」


 声にならない様子で、イリアは言葉を続けることができない。


「私、これから人類を助けに、アイピア中を回らないといけないから、旅のお供が欲しいの」


「えっ……?」


 私の言っている意味がわからなかったのだろう、イリアは何も返事を返せない。


「あなたが殺されなかったのは、召使いとして優秀だったからでしょう? ぜひ、私と一緒に来てほしいわ」


 城の扉の前まで来た。

 イリアは、まだ私の腰に取り付くキーホルダーになっている。


 この扉は、普段は吸血鬼という巨大な力を暗示させて、来訪者を怯ませるものなのだろうが。

 私はそれに構わずに、大きな扉をばたーんと開ける。


「あぁ……」


 やってしまった、と言いたげな絶望の表情をイリアが浮かべている。

 確かに、けっこう大きな音が発生したな。

 眠りこけている吸血鬼も、起きてくるのではないだろうか。


「イリア」


 (すが)りつく力も失い、私の足下にへたり込んでいるイリアに、声をかける。


「心配しないで、大丈夫だから」


 俯いていたイリアは、ゆるゆると首を振ってから顔を上げて、上目遣いで私を睨んだ。可愛い。


「……私の話で、どうしてわかってくれなかったんですか……? ヴァラド様は、本当に恐ろしい御方です……お怒りに触れてしまったら、街の人たちにも――っ!」


 涙目になりながらも必死に訴えていたイリアが、急に顔をしかめる。

 かき氷食べてたら頭キーンなった、みたいな様子だ。


 先ほどまで泣きそうな顔をしていたイリアの表情が、感情のない真顔に変わる。

 イリアのように整いに整いきった綺麗な顔が無表情だと、少し不気味な感じがする。

 でも、可愛いは可愛いけどね。


「――失礼しました。ヴァラド様がお呼びですので、こちらに」


 座っていたイリアが立ち上がり、私を案内してくれるようだけれど。


 これは……何かしらの支配がされているのかしら。

 気分屋、では説明できないぐらいの変わりようだったが。


 目を()らしてよく見ると、イリアの頭頂部に黒い霧が発生している。


「支配の魔法……みたいなものかな?」


 気になる……よし。

 一番霧が濃くなっている部分を手で握ってみると、硝子(がらす)が砕け散るような高い音が周囲に響いた。

 ちょっと触ってみようっていう興味本位だったのだけれど……大丈夫だっただろうか。


「――っえ……私……?」


 おそらく支配から解放されたのであろうイリアが、きょろきょろと辺りを見渡す。

 背後にいる私には気がついていないようだ。


「なんか魔法みたいなの、かけられてたみたいよ?」


 後ろから声をかけると、びくっと身体を跳ねさせたイリアが振り返る。

 一瞬だけ怪訝な顔を見せた――この人、誰かしらっていう表情だった――あと、イリアは私が誰だったか思い出したようにはっと目を見開いた。


「サナさんが……チャームを解いたんですか?」


 信じられないといった表情で、イリアは私を見る。


「チャーム?」


 さっきの、イリアが操られていたような魔法のことだろうか。

 首を傾げている私を見かねて、イリアが教えてくれる。


「……ヴァラド様が近衛(このえ)の者にかける魅了の魔法です。危害を加えることはもちろん、反論することもできなくなり、かけた対象を操ることもできてしまいます」


 魅了の魔法――そんなかかったら何でもありな魔法、ずるいのではないだろうか。

 ……私も使えるのかな?


「黒い霧がもやもやしているやつなら私が解いた、たぶん」


 触ったらぱりーん、とジェスチャーを交えながらイリアに言うと、小さなお口をあんぐりとさせて唖然としている。


「サナさん……あなたは……?」


 うーん、私は……何なんだろうか?

 普通の女子高生ではないし、人類の救世主……なんて自分で名乗るつもりもない。


「まあ、とにかくさ、呼ばれてるんでしょ? 早く行ってみようよ」


 先ほどとは逆に、私がイリアの背中を押して、前に進むように促す。

 イリアは首を傾げていたが、私をヴァラドのところまで案内してくれるのだった。



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