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サナの人類救済の旅  作者: あおば
第二章 第二節 曼陀羅華の花
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第三十九話 女神に至る道



 アルラウネのアルちゃんから、聞きたかったことは聞き終えた。用済みね。


 私は、その場に立ち上がって、アルラウネたち全員に聞こえるように、お腹に力を入れて声を張る。


「あなたたちの森を、焼き払ってしまいました。罪のない植物たちが、儚い生命(いのち)を散らしてしまったことは、残念でなりません」


 私の言葉を、アルラウネたちは黙って聞いている。

 言葉と言葉の間は、静寂に満ちていて、次の言葉を発するのに少し勇気が必要だった。


「そこで、私は、あの場所にもう一度、緑溢れる森を築きたいと思うのです」


 腕を大きく振って、私の背後、森だった黒い大地を指しながら、私は言う。

 アルちゃんが、座ったまま徐々に後退りしているのが視界に入った。


「今度は、人間を養分にするのはダメです。自分たちの力だけを使って、森を育ててくださいね」


 私は宣言し終わると、逃げようとしているアルちゃんまで歩いて、その脚を片手で掴んだ。

 それを振り払うように、アルちゃんは脚をくねらせるけれど、私に力で敵うわけがない。


「ねえ、どこに行くの?」


 私が微笑みながら問いかけると、アルちゃんは逃げるのを諦めたのか、脚を動かすのを止めて、わめいてきた。


「いえ、に、逃げるなど、しませんっ。やりますっ! 森を、森を再び……!」


 どこに行こうとしているのかを聞いただけなのに、なぜか焦っているようだ。

 いったい、どうしたのだろう。


「やる気になってくれて、私は嬉しいわ」


 まあ、いいか。

 私が燃やしてしまった森を、元通りに――人間栽培は無しでね――してくれるみたいだし。


 私は、アルちゃんから視線を逸らして、森だった場所を眺めた。

 距離があるので定かではないけれど、炭化した木々の残りか、地面が焼け焦げた跡か、どちらにしても、ずいぶんとアツそうだ。

 闇が訪れかける世界の中で、夕焼けのオレンジ色は薄れてきてしまっている。

 しかし、それを封じ込めたように仄かに輝く溶岩が、代わりに夜の闇に抗っていた。


「じゃあ、さっそく頑張ってね」


 満面の笑みで、私は、アルちゃんを振り向いた。

 アルちゃんはめちゃくちゃキョドりながら、微笑みとともに自分に告げた私と、私が眺めていた方向を交互に見る。


「え? え?」


「善は急げ、悪は()べよ、ってね」


 なにをするにしても、スピード感が重要だったりするものだ。

 アルちゃんは、それがよくわかっているみたいね。


 私は、無造作にアルちゃんを投げた。

 闇夜に敷かれた、漆黒のカーペットに向けて。


 大きな放物線を描いているアルちゃんの、殺さないって言ったじゃん、と叫ぶ声が、私の耳に微かに届く。


「ふふ……私を嘘つきにしないように――」


 頑張って踊りなさい、そう私がつぶやいたときに、アルちゃんの十秒間に及ぶ空の旅が終わった。


 私の位置からだと、アルちゃんが豆粒ぐらいの大きさに見える。

 地面にぶつかって大きくバウンド、反発係数が小さかったようで、数回跳ねただけで静止する。

 しかし、地面に横たわったままでは、地面の熱によってアルちゃんは燃えてしまう。

 案の定、小さな火がアルちゃんに(とも)るのが小さく見えた。


 急いで身体を起こして、火を消すためにそれを(はた)きながら、同時に足を必死に動かす。

 そうよね、一所(ひとところ)に足を置いていたら、すぐに足が燃えてしまうものね。


「ヴァネッサ、他のやつも、お願い」


 アルちゃんのダンスを見ながら、私は、イリアがヴァネッサを膝枕していた場所まで歩いていた。

 私のお願いに、ヴァネッサは力強く頷くことで応える。

 よく見ると、さっきまでツヤに陰りがあったヴァネッサの髪は、夕闇の中でも薄く青い光を放つかのようだった。

 ヴァネッサの隣で、イリアが痙攣しながら横たわっていること、と関係があるのだろうか。


「サナ様、私も行っていいですか……?」


 私の背後から頭上を通って、アルラウネたちが、悲鳴を上げながら飛んでいく。

 ヴァネッサが、捕らえていたアルラウネを順に、バーベキュー会場に送ってくれているのだ。

 その最中(さなか)に、ヴァネッサは、恥ずかしそうに、おねだりするように、両手を胸の前で軽く組みながら聞いてきた。


「いいよ……?」


 なんのことだか、どこに行きたいのか、よくわからなかったけれど、私は適当に答えた。

 ヴァネッサは、幸せそうな笑顔を私に見せてから、その姿をふっと闇に溶け込ませて消える。


 なにかあったのかな。まあ、悪いことではなさそうだからいいか。


 私はヴァネッサの行動を深く考えずに、横たわるイリアの隣に屈む。

 イリアの、シックなエプロンドレスは裾がめくれて、白い太ももが――細いのに太いとは、これいかに――かなりの面積にわたり露わになっていた。


 それを直す余力もないのか、イリアは身体を横にしたまま、視線だけを私に向けてきた。


「イリア、暗くなったけど、もう行きましょう」


 めくれていた服をそっと整えながら、私はイリアに呼びかける。

 いつもは暗くなったら移動を止めているけれど、この場所には、あまり長居したくない。


「はい、わかりました……」


 囁くような小さな声で、イリアは返事をして、それから目をつぶった。

 出発の理由をなにも聞かないでくれるのはありがたかったが、目を閉じたのは、なにゆえ?


「イリア……?」


「ヴァネッサ様に血を捧げたので、身体を動かす力が出ません」


 イリアは目をつぶったまま、少しニヤけながら行動の理由を語った。


 本当かなぁ、と疑いながらも、私はイリアに手を――触れようと思って、躊躇する。

 向日葵の髪飾りの魔力障壁が発動したかのように、私の手は、イリアに近づくことができない。


 たぶん、いま私は不思議な顔で、動かない自分の手を眺めているだろう。

 エラーを起こした、人型のロボットみたいだ。

 もしかしたら、実は、私は身体を(いじ)られて人造人間となり、なんらかの実験のためにアイピアに落とされたのかもしれない。

 どこかからモニターを介して、研究者が私の動作をチェックしているのかも。


「サナさん……?」


 いつの間にか、イリアは目を開けて、私を心配そうに見ていた。

 イリアの視線に気付いた私は、苦笑いを返すことしかできない。


 すると、イリアの手が、私の手に向かって伸ばされた。

 その手に触れるのを恐れた私が、自分の手を引くより一瞬だけ早く、イリアは私の手を掴んだ。


「サナさん、なにに、怯えているのですか?」


 私の心を覗いてくるイリアの眼差しが、真っ白で、純粋無垢で、血に染まる私なんかが触れていいものではなかった。

 だから、私はイリアから目を逸らしてしまう。


 それが気にくわなかったのか、イリアは、掴んだ私の手を支点にして身体を起こしたようで、その後、私の顔を両手でぐいっと、自分の方に向けた。

 身体を動かせないと言っていたわりには、ずいぶんと力強いことね。

 それにしても、鼻先が触れそうなほどの近距離から見るイリアは、この世のものとは思えなかった。


「……私たちは、永遠に続く悪夢を見ていました」


 イリアの吐息の温かさが、私の唇に届く。


「目覚めることができたのは、一条(ひとすじ)の陽光が、夢に苦しむ私たちの顔を照らしてきたからです」


 もともとの水分なのか、新たに潤んだのか、イリアの瞳が、闇の中の微かな光を反射して輝く。


「どうして、太陽を憎むことができるのでしょうか」


 きらきらと、光を蓄えた(しずく)が、イリアに(せば)められた私の視界を、つぅと通過した。

 どうして、イリアが泣くのかしら。


「太陽が、あの人を起こしてしまったと、嘆く必要なんて、ない……」


 絶え間なく落ちる涙の宝石がもったいなくて、私は、それを(すく)い取るために手を差し伸べる。

 しかし、私の指がイリアの頬に触れたとき、イリアの顔がくしゃっとゆがんだ。


「うっ……しゃなしゃん、なんで、ぐすっ……さなさんが、自分をっ、うぅ、責めなきゃ、いけない……!」


 私が掬えば掬うほど、イリアの悲しみに際限がなくなっていくのか、止めどなく溢れてきてしまう。

 だから、私は、涙を掬うのを止めて、目の前の心優しい女の子を抱きしめた。


 私の控えめな胸の中で、声を抑えるように、イリアは泣き続ける。


「そうか……みんなの寝起きがいいと、嬉しいな……」


 イリアの背中をぽんぽんとたたきながら、私は小さな声で、つぶやいた。


 ふと、森があった方向を眺めると、さっきまで感じていた、恨みや辛みといった怨念は消えていて。

 どちらかといえば、アルラウネたちが火を(とも)すように踊り狂っているので、なんだか楽しそうだった。


 そのアルラウネたちよりもだいぶ手前、私たちに近いところで、一際大きな炎――遠近法的なことではなく――を上げているのがいる。

 燃え上がる炎が全身を纏っていて、もう助からないのではないかと思った。


 よく見ると、ヴァネッサだった。

 地面の(すす)を両手ですくって、頭から被る。火の手が強まる。

 ……どこの灰かぶり姫なのかしら。

 表情までは(うかが)えないが、どうせ、恍惚に幸せそうな表情を浮かべているのだろう。


 あの変態はどうでもいいとしても、アルラウネたちは、そろそろ限界かもしれない。

 それに、消し炭が風に乗り、どこかに延焼してしまっても困る。


 私は、アクアを使って、この辺り一帯に雨を降らせることにする。

 元の世界よりも明るいはずのアイピアの夜が、私が創りだした雨雲によって、濃く抽出されたコーヒーのように黒くなった。

 闇の中から唐突に現れる雨粒が、私の頬に当たって、弾けて消えていく。


「雨降ってきたから、しゅっぱーつ」


 そう言ってから、抱きかかえていたイリアを、よっと持ち上げる。

 きゃ、と嬉しそうな悲鳴を上げて、イリアは、私に抱きつきを返納してきた。


 イリアを片手で抱えて、もう片方の手で、二人分のバックパックをまとめて提げる。


 吸血鬼の街だったダブルリアから、次の目的地であるコップルリアに続く街道。

 そこに戻るために、しとしとと降りはじめた雨の中、私は草原を歩いた。


「サナさん」


 私の耳もとで、抱きかかえたイリアが私の名前を呼ぶ。

 なぁに、と返事をすると、イリアはくすくすと笑い声を上げた。


「ふふ……私、寝起きが悪くて、まだ夢の中にいるのかもしれません」


 幸せすぎるんです、とイリアは小さな声で付け加える。

 私に頬を擦り寄せてきているのか、首筋にイリアの黒髪がくすぐったく当たった。


「サナさん、もっと、私を楽しませてくださいね……?」


 イリアは、それきり、言葉を発しなくなる。

 今日は朝から歩き回って、ヴァネッサに血を与えて、おそらく、かなり疲れていたのだろう。


 次の日の朝、なんとなく歩きたかった気分の私が、歩くのを止めるときまで。

 イリアの可愛い寝息は私の耳から侵入して、私の脳を、いじらしく攻め続けていた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 最新話まで読ませて頂きました! 賑やかな旅はいいですねー、すごくほっこりします。 女の子と花ネタは本当に合いますね、可愛いものは本当に癒されます! 第二章の旅は切なくなり、色々と考えさ…
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