表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サナの人類救済の旅  作者: あおば
第二章 第二節 曼陀羅華の花
43/49

第三十八話 お調子者にカウンセラー



 アルラウネを掴む私の手には、なんとも言えない感触が伝わってきていた。

 固めのシュークリームか、それとも熟れすぎた桃か。

 樹皮を纏った身体の中身は、意外と柔らかいなにかで、できているのかもしれない。


「あなた、死にたくない?」


 片手でアルラウネを持ち上げたまま、私は問いかける。

 アルラウネは、一瞬呆然としていたが、私の気が変わるのを恐れるかのように、何度も頷くとともに返事をした。

 頷いた振動によって、私の目の前で、アルラウネの肢体が揺れ動く。

 いくら樹皮でできているとはいっても、人間風ではあるので、ちょっと目のやり場に困った。


「じゃあ、いくつか答えて」


 私は、上げていた手の高度を落として、アルラウネの足が地面に着くようにしてあげる。

 アルラウネは、一瞬ほっとした顔を見せたが、私が頭を掴んだままなことに気付いて、顔を曇らせた。


「返事は?」


「はっ、はいっ! わ、私に答えられることであればっ!」


 私の威圧的な問いかけに、アルラウネは慌てて言った。

 ちょっとだけだけど、楽しいわね。


「あなたたちは、植物の魔物なんでしょ?」


「……は、はい」


 私の質問の意図を考えているのか、数瞬の後に、アルラウネは答えた。

 アルラウネのつぶらな瞳が、探るように私を見ている。不快だ。


「ごめんなさい、あなたの頭に咲いていたお花、潰しちゃって」


 気付かなくて、と言いながら、私は俯く。

 あんなに色鮮やかで主張の激しい花に気付かない、なんてことあり得ないけどね。


「え……? い、いえ、水と光さえあれば、すぐに元通りになるので……」


 アルラウネは焦ったように、言葉を紡いだ。

 私は下を向いていた顔をぱっと上げて、笑顔をつくった状態で言う。


「すごーい! ちょー省エネじゃないの?」


「ちょ……えね……?」


 私の言葉に、アルラウネは困惑しているようだ。

 どんな言葉が、この世界――アイピアでは通じないのか、今度試してみてもいいかもしれない。


「普通の植物みたいに、水と光で生きていくことができるってことでしょ? すごいなぁ」


「そ、そうですね。土から魔力を吸収することもできますが、最悪の場合、水と光だけで……」


 ……やっぱり、この子は賢いみたいね。

 アルラウネは、口の部分の樹皮をぽかんと開けたまま、動きが固まっている。

 人間ではないから顔が青ざめたりはしていないけれど、掴んだ手から、アルラウネの震えが伝わってきた。


「あら、どうしたの?」


「み……水と、ひか……」


 震えながら、なんとか言葉を絞りだそうとするが、がちがちと合わさる唇が邪魔なようだ。


「よくわからないわね。ところで、どうして人間を樹にしていたの?」


 私の質問に、アルラウネは(せき)を切ったように泣き出してしまった。

 やれやれ、いったい、どうしたというのだろうか。


 それにしても、魔物も、涙を流すのね。

 もしかしたら、アルラウネが植物の魔物だから、かもしれないけれど。


「答えないなら、次に、聞くだけよ」


 代わりは、いくらでも存在する。 

 別に個体差も、あんまり無さそうだし。


「っ! あぁ、ぐうぁ……い、いぃきるため、ひっ……です……!」


 泣きじゃくりながら、アルラウネは意味のある言葉を私に伝えてくる。

 ただ、もともと人間の耳では聞き取りづらい声な上に、息を詰まらせながら喋られると、コミュニケーションに誤解が生じるかもしれない。

 話し合いをする上で、それは困る。


「少し待つわ。死にたくなければ、泣き止みなさい」


 そう言って、私が頭を掴んでいた手を離すと、アルラウネはその場にへたり込んだ。


「はっ……はっ……」


 人間で言うと過呼吸の状態のように、アルラウネは、断続的に短く浅い呼吸を繰り返している。

 私が見ていると、この子が落ち着かないので、他のアルラウネたちに目線をやった。

 すると、私と目が合いそうになると視線を逸らしたが、それはつまり、私と足もとにしゃがむアルラウネを見ていたということだ。

 もしかしたら、仲間のことを心配する想いが、アルラウネたちには備わっているのかもしれない。


「……どう? 落ち着いた?」


 私も屈んで、アルラウネに同じ目線で語りかけた。

 おそるおそる顔を上げたアルラウネは、弱々しくではあるけれど、こくっと頷く。


「ねえ、アルちゃん」


 アルラウネは、突然に自分のことを愛称で呼ばれて、不思議そうに私を見る。


「私は、嘘を言わないわ。あなたたちを、殺さない」


「ころさない……」


 私が言ったことの形を確かめるかのように、アルラウネはつぶやいた。


「そう、だから、アルちゃんも、正直にお話ししてくれないかな?」


 少しのためらいの後で、先ほどよりも力強く、アルラウネは頷いてくれた。

 種族的な関係もあるのかもしれないけれど、絶対に、アルラウネよりもヴァネッサの方がちょろかったわね。


「じゃあ、もう一度聞くけど、どうして人間をあんな風にしていたの?」


 アルラウネは、びくっと身体を震わせてから、話しはじめる。


「はい……私たちは、水と光があれば、生きていくことができます……でもっ、それは、本当に最低限なんです……」


 私に(すが)るような視線を向けながら、アルラウネは話を続ける。

 私が、信じている、と言うかのように頷くと、ほっとした顔を見せた。


「人間どもを養分にすれば、雨が降るのを待つことも、日の陰りを嘆くことも、なくなります」


 まあ、確かに、そうだな。

 もし私がベジタリアンになれと言われたら、断固拒否するだろう。

 美味しいお肉の味を知っているのに、それを理不尽に取り上げられたら、自分で猪を狩ったりしてしまうかもしれない。


「ふむ、なるほど。それにしても、よくあれだけの数の人間を確保することができたわね。あなたたち、そんなに強くはないでしょ?」


 そこまで正確に測ることはできないが、私にも、アルラウネたちとヴァネッサの間に、かなりの隔たりがあるのがわかる。

 まあ、ヴァネッサも、アルラウネたちはあまり強くないって言っていたからね。


「人間たちは、戦いの後で弱っていて……私たちのパヒュームで、簡単に落ちました」


「パヒューム?」


 リンクさんの言っていた、部隊という言葉と、いまアルラウネが言った、戦いという言葉は、おそらく関係があるだろう。

 しかし、とりあえず耳慣れない単語の方が気になった。


「眠気を誘う、香りの魔法です」


 ふーん、麻酔みたいなものなのかしら。

 私は生まれてこの方、健康そのものだったから経験がないのだけれど。

 そういえば、盲腸の手術を受けた友達が、全身麻酔は一気にヒュッだよヒュッ、と意味のわからないことを言っていた。


「じゃあ、人間を眠らせてから、樹木を寄生させたの?」


 気付かないうちに樹になっていたのだったら、まだしも救われるのかとも思ったが、そんなことはないと思い直す。


「その段階では、まだ小さな幼木なんですけどね。足の裏から侵入して、はじめは膝ぐらいまでの根を張ります」


 アルラウネからはもう、私への怯えは感じない。

 少し得意げに、お話ししているような気さえする。


「それなら、逃げ出せるのではないかしら? 根を切り落とすか、脚を切り落とすかすれば」


 私の問いに対して、アルラウネは片手をぶんぶんと振って否定を表した。

 この子、人間味溢れる動作なのよね、全体的に。


「とんでもない、無理ですよ。身体の内部からのパヒュームに、耐えられる人間は、そうはいないでしょう」


 うんうんと頷きながら、アルラウネは言う。


「実際、人間どもは(わめ)き散らすだけで、ただの一人も、私たちから逃れることはできませんでした」


 私の視線が冷ややかになったことにも気付かずに、アルラウネは語り続けた。

 よっぽど、嬉しくて楽しかったのだろうか。


「もっとも、頭がおかしくなっては困るので、ほどほどにパヒュームを流し込むんですけどね。殺してくれ殺してくれって、よだれを垂らしなが……」


 そこで動きを止めたアルラウネは、錆び付いた機械のような動きで、私に目線をやった。


 私が視線を返すと、短い悲鳴を上げて、アルラウネは身体を引いた。

 そんな、オバケを見たかのような反応をされると、傷付いちゃうわね。


 まあ、いいか。

 もう聞きたいことは、なかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ