第三十八話 お調子者にカウンセラー
アルラウネを掴む私の手には、なんとも言えない感触が伝わってきていた。
固めのシュークリームか、それとも熟れすぎた桃か。
樹皮を纏った身体の中身は、意外と柔らかいなにかで、できているのかもしれない。
「あなた、死にたくない?」
片手でアルラウネを持ち上げたまま、私は問いかける。
アルラウネは、一瞬呆然としていたが、私の気が変わるのを恐れるかのように、何度も頷くとともに返事をした。
頷いた振動によって、私の目の前で、アルラウネの肢体が揺れ動く。
いくら樹皮でできているとはいっても、人間風ではあるので、ちょっと目のやり場に困った。
「じゃあ、いくつか答えて」
私は、上げていた手の高度を落として、アルラウネの足が地面に着くようにしてあげる。
アルラウネは、一瞬ほっとした顔を見せたが、私が頭を掴んだままなことに気付いて、顔を曇らせた。
「返事は?」
「はっ、はいっ! わ、私に答えられることであればっ!」
私の威圧的な問いかけに、アルラウネは慌てて言った。
ちょっとだけだけど、楽しいわね。
「あなたたちは、植物の魔物なんでしょ?」
「……は、はい」
私の質問の意図を考えているのか、数瞬の後に、アルラウネは答えた。
アルラウネのつぶらな瞳が、探るように私を見ている。不快だ。
「ごめんなさい、あなたの頭に咲いていたお花、潰しちゃって」
気付かなくて、と言いながら、私は俯く。
あんなに色鮮やかで主張の激しい花に気付かない、なんてことあり得ないけどね。
「え……? い、いえ、水と光さえあれば、すぐに元通りになるので……」
アルラウネは焦ったように、言葉を紡いだ。
私は下を向いていた顔をぱっと上げて、笑顔をつくった状態で言う。
「すごーい! ちょー省エネじゃないの?」
「ちょ……えね……?」
私の言葉に、アルラウネは困惑しているようだ。
どんな言葉が、この世界――アイピアでは通じないのか、今度試してみてもいいかもしれない。
「普通の植物みたいに、水と光で生きていくことができるってことでしょ? すごいなぁ」
「そ、そうですね。土から魔力を吸収することもできますが、最悪の場合、水と光だけで……」
……やっぱり、この子は賢いみたいね。
アルラウネは、口の部分の樹皮をぽかんと開けたまま、動きが固まっている。
人間ではないから顔が青ざめたりはしていないけれど、掴んだ手から、アルラウネの震えが伝わってきた。
「あら、どうしたの?」
「み……水と、ひか……」
震えながら、なんとか言葉を絞りだそうとするが、がちがちと合わさる唇が邪魔なようだ。
「よくわからないわね。ところで、どうして人間を樹にしていたの?」
私の質問に、アルラウネは堰を切ったように泣き出してしまった。
やれやれ、いったい、どうしたというのだろうか。
それにしても、魔物も、涙を流すのね。
もしかしたら、アルラウネが植物の魔物だから、かもしれないけれど。
「答えないなら、次に、聞くだけよ」
代わりは、いくらでも存在する。
別に個体差も、あんまり無さそうだし。
「っ! あぁ、ぐうぁ……い、いぃきるため、ひっ……です……!」
泣きじゃくりながら、アルラウネは意味のある言葉を私に伝えてくる。
ただ、もともと人間の耳では聞き取りづらい声な上に、息を詰まらせながら喋られると、コミュニケーションに誤解が生じるかもしれない。
話し合いをする上で、それは困る。
「少し待つわ。死にたくなければ、泣き止みなさい」
そう言って、私が頭を掴んでいた手を離すと、アルラウネはその場にへたり込んだ。
「はっ……はっ……」
人間で言うと過呼吸の状態のように、アルラウネは、断続的に短く浅い呼吸を繰り返している。
私が見ていると、この子が落ち着かないので、他のアルラウネたちに目線をやった。
すると、私と目が合いそうになると視線を逸らしたが、それはつまり、私と足もとにしゃがむアルラウネを見ていたということだ。
もしかしたら、仲間のことを心配する想いが、アルラウネたちには備わっているのかもしれない。
「……どう? 落ち着いた?」
私も屈んで、アルラウネに同じ目線で語りかけた。
おそるおそる顔を上げたアルラウネは、弱々しくではあるけれど、こくっと頷く。
「ねえ、アルちゃん」
アルラウネは、突然に自分のことを愛称で呼ばれて、不思議そうに私を見る。
「私は、嘘を言わないわ。あなたたちを、殺さない」
「ころさない……」
私が言ったことの形を確かめるかのように、アルラウネはつぶやいた。
「そう、だから、アルちゃんも、正直にお話ししてくれないかな?」
少しのためらいの後で、先ほどよりも力強く、アルラウネは頷いてくれた。
種族的な関係もあるのかもしれないけれど、絶対に、アルラウネよりもヴァネッサの方がちょろかったわね。
「じゃあ、もう一度聞くけど、どうして人間をあんな風にしていたの?」
アルラウネは、びくっと身体を震わせてから、話しはじめる。
「はい……私たちは、水と光があれば、生きていくことができます……でもっ、それは、本当に最低限なんです……」
私に縋るような視線を向けながら、アルラウネは話を続ける。
私が、信じている、と言うかのように頷くと、ほっとした顔を見せた。
「人間どもを養分にすれば、雨が降るのを待つことも、日の陰りを嘆くことも、なくなります」
まあ、確かに、そうだな。
もし私がベジタリアンになれと言われたら、断固拒否するだろう。
美味しいお肉の味を知っているのに、それを理不尽に取り上げられたら、自分で猪を狩ったりしてしまうかもしれない。
「ふむ、なるほど。それにしても、よくあれだけの数の人間を確保することができたわね。あなたたち、そんなに強くはないでしょ?」
そこまで正確に測ることはできないが、私にも、アルラウネたちとヴァネッサの間に、かなりの隔たりがあるのがわかる。
まあ、ヴァネッサも、アルラウネたちはあまり強くないって言っていたからね。
「人間たちは、戦いの後で弱っていて……私たちのパヒュームで、簡単に落ちました」
「パヒューム?」
リンクさんの言っていた、部隊という言葉と、いまアルラウネが言った、戦いという言葉は、おそらく関係があるだろう。
しかし、とりあえず耳慣れない単語の方が気になった。
「眠気を誘う、香りの魔法です」
ふーん、麻酔みたいなものなのかしら。
私は生まれてこの方、健康そのものだったから経験がないのだけれど。
そういえば、盲腸の手術を受けた友達が、全身麻酔は一気にヒュッだよヒュッ、と意味のわからないことを言っていた。
「じゃあ、人間を眠らせてから、樹木を寄生させたの?」
気付かないうちに樹になっていたのだったら、まだしも救われるのかとも思ったが、そんなことはないと思い直す。
「その段階では、まだ小さな幼木なんですけどね。足の裏から侵入して、はじめは膝ぐらいまでの根を張ります」
アルラウネからはもう、私への怯えは感じない。
少し得意げに、お話ししているような気さえする。
「それなら、逃げ出せるのではないかしら? 根を切り落とすか、脚を切り落とすかすれば」
私の問いに対して、アルラウネは片手をぶんぶんと振って否定を表した。
この子、人間味溢れる動作なのよね、全体的に。
「とんでもない、無理ですよ。身体の内部からのパヒュームに、耐えられる人間は、そうはいないでしょう」
うんうんと頷きながら、アルラウネは言う。
「実際、人間どもは喚き散らすだけで、ただの一人も、私たちから逃れることはできませんでした」
私の視線が冷ややかになったことにも気付かずに、アルラウネは語り続けた。
よっぽど、嬉しくて楽しかったのだろうか。
「もっとも、頭がおかしくなっては困るので、ほどほどにパヒュームを流し込むんですけどね。殺してくれ殺してくれって、よだれを垂らしなが……」
そこで動きを止めたアルラウネは、錆び付いた機械のような動きで、私に目線をやった。
私が視線を返すと、短い悲鳴を上げて、アルラウネは身体を引いた。
そんな、オバケを見たかのような反応をされると、傷付いちゃうわね。
まあ、いいか。
もう聞きたいことは、なかった。




