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サナの人類救済の旅  作者: あおば
第二章 第二節 曼陀羅華の花
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第三十七話 歌うたいのユーサネイジア



 森と草原の境界線に立つ私とイリア、黒い槍が身体の中心を貫き、立て看板みたいになっているアルラウネたち。

 両者の間、草原の地面に、ヴァネッサが大の字で寝転んでいた。


 私が近づくと、それに気付いたヴァネッサは、首だけ動かして私を見る。


「サナ様……申し訳ありません、こんな姿で……」


 もう動けません、とヴァネッサは私に言った。

 身体を動かせなくなるまで、無茶をしてくれたのだろう。

 ヴァネッサの隣に屈んで、私はその頭を撫でる。

 絹のような撫で心地の青みがかった髪は、いつもより艶を失っている気がした。


「ありがとう。助かったわ、ヴァネッサ」


「あぁ、勿体無いお言葉です……」


 嬉しそうに、くすぐったそうに目を閉じながら、ヴァネッサはつぶやく。


「一応、森の範囲を越えたところまで捜索しましたが、アルラウネどもは、ここにいる奴らで全てです」


 私はヴァネッサの撫で心地を堪能しながら、もう一度アルラウネたちに目をやる。

 もし、学校中の生徒が体育館に集まったら、このぐらいの密度になるだろうか。

 生徒は黒い槍で串刺しになんかされないから、よくわからないや。


「どうして、あんな拷問みたいなことを? あなたの趣味?」


 ヴァネッサに聞きながら、私は、いまの疑問が自分にブーメランしてくることに思い至った。

 いや、ヴァラドの件は不可抗力だったんだよ?

 けっきょく、ヴァラドが平和の礎となったから丸く収まったんだし。


「アルラウネは、地面に潜ってしまうので、ああやって地面から離しているのです」


 私がヴァラドに槍を刺したままなことに言及せず、ヴァネッサは答えてくれる。

 なるほど、アルラウネは、植物の魔物だったわね。

 三メートルぐらいにわたる柄に串刺しなので、アルラウネたちの足は宙に浮いていた。


「ということは、あなた、地面に潜んでいたアルラウネも捕まえたのね」


「はい、地面の下は影なので、言ってしまえば、私の庭です」


 疲れた顔をしながらも、ヴァネッサは少し得意げに微笑んだ。

 感謝の意をもっと込めるため、最後に、ぐりぐりとヴァネッサの頭を撫でる力を増す。

 あぅあぅとよくわからない言葉が、ヴァネッサの口から出てきたところで、私は、ヴァネッサから手を離して立ち上がった。


「イリア、ヴァネッサの近くにいて」


 そうイリアに言ってから、私は背負っていたバックパックをその場に下ろした。


 イリアも森を歩き通して疲れたのだろう、私に言われたとおりに、ヴァネッサの横にしゃがみ込んだ。


 イリアぁ、膝枕、して?

 え、私、歩きっぱなしで、脚ぱんぱんなんですよ? 勘弁してください。

 ふーん……。

 な、なんですか?

 別にぃ? ただ私、吸血鬼だから、よくわからないことがあるのよね。

 ……なにがですか?

 どうしてイリアは、サナ様の――。

 ヴァネッサ様っ! ほら! 私の膝、こんなにピンと伸ばしましたよ?

 締まりのない顔で、ちょっと屈ん――。

 お疲れなんでしょう? 私、運動したから血の巡りがよくなっちゃって。

 あら、そう? 悪いわね。

 ちょっ……! どうして、そんなところから……?

 膝枕してもらいながらだと、こうなるでしょ? それとも、なにか文句でも?

 うぅ、ぅあっ……いえ、んぁっ、あ……ありま、せん。


 アルラウネたちの看板見本市と、いちゃいちゃしている――イリアの喘ぎ声を聞いて、ちょっと振り返りたかった――イリアとヴァネッサに背を向けて、私は草原と森の境界線まで歩いた。


 周囲は、日没が近づいて、赤く染まり始めていた。

 この森の白い樹も、その表面が夕焼けに照らされることで、燃えるような(だいだい)色に変化している。


 私は、目に焼き付けるように、森の木々の一本一本を眺めていく。

 そして、一通り眺め終わった後に、私は目を閉じた。


 そのまま、神に祈るかのごとく――いや、祈るんだけどね――手を組んで、胸の前に掲げる。


「アイリ」


 こんな風に、胸の前で手を組みやすくした、にっくき女神の名をつぶやく。


 私は、あなたを楽しませることができているだろうか。

 もう飽きて、この世界のことをほったらかしにしていないだろうか。

 それでもいい、ただ、いまだけは私の願いに気付いてほしい。


 リンクさんたちが、これからどうなるのかはわからない。

 魂は消えてしまうのか、それとも私みたいに転生するのだろうか。

 わからないが、せめて少しばかりの安らぎを、彼らに与えてほしい。


 女神アイリに願うとともに、私は、ファイアを使い、火の精霊たちを呼び寄せた。

 集まった精霊たちが、私の魔力を喰らい、沸き立ち、踊り狂うように炎の龍を形成する。

 目を閉じていても、私に炎龍が纏わり付いているのがわかった。


 できるだけ、苦しまないように。

 一瞬で、痛みをなかったことにできるように。


 耳元でパチパチと鳴っていた炎の音は、私の想いに比例して、風がうめくような轟音になり。

 背後から聞こえていた、アルラウネたちの苦痛を嘆く声は、すでに遠く彼方に消え去っていた。


 加減がわからなかった。

 どのくらいの熱量であれば、この森を瞬時に焼き払うことができるのか。

 わからない、でも、やるしかない。


「彼らに、どうか女神の導きを――」


 目を開いた。

 眩しさに構わず、私が纏う、白色に光り輝く炎龍を優しく撫でる。


――行きなさい。


 声にする前の、私の願いを聞き入れたのか、炎龍は夕焼けの空に舞った。

 私の元を離れて、ゆったりとした優雅な動きで、森の上空を旋回。

 その姿が、森の入り口に立つ私からは、小さく見えるようになっていき。

 そして、幾ばくの後、狙いを定めたかのように、一直線に森の地面に飛び込んだ。

 

 その瞬間、世界を白い閃光が覆った。






 さすがに目を開けていられなかった私が、次に目を開いたときに、もう森は存在していなかった。

 例えるならば、海苔弁当の海苔が、私の足もとの地面から地平線まで、びっしりと敷き詰められているようだ。

 森だった場所の地面は、真っ黒に変色して、ところどころ溶岩なのか、朱い火が(くすぶ)っていた。


 煙は、ほとんど出ていなかった。

 おそらく、樹にされていた人間たちは、一瞬で死ぬことができたのではないだろうか。


「私が、殺した」


 数百人、もしかしたら、もっと居たのかもしれない。

 助けられなかったから、私が殺した。

 私は、こんなに簡単に、大勢の人間を殺すことができるのか。

 魔力が減った、という感覚もなく。


 そんなわけがないのに、目の前の黒い地面から、怨嗟(えんさ)の合唱が染み出ているのを感じる。

 その中に、リンクさんの綺麗に澄んだ歌声も交じっている気がした。


 しばらく、私は、人間たちの森――だった場所――を眺めていた。


「サナさん?」


 後ろの方から、イリアが私を呼ぶ声がする。

 そんなに心配そうに呼ばれたら、行かなければならない。


 私は、リンクさんたちの視線を振り切るように、イリアとヴァネッサの方に歩き出した。


「ヴァネッサ、ひとり下ろして」


 草原の地面に座るイリアに、ヴァネッサは膝枕してもらっている。

 その横を通り過ぎるとき、私はヴァネッサに声をかけた。 


 ヴァネッサが短い返事をすると、私たちに一番近かったオブジェの槍が、ふっと消えた。

 その槍に刺さっていたアルラウネは支えを失い、ほんの一瞬だけ宙に浮いたように停止してから、どさっと草原の上に落ちる。


 私は、てくてくと歩いて、そいつに近づく。

 地面に落ちた衝撃で、どこか痛めたのだろうか、首や胸の部分を押さえながら、のたうちまわっていた。

 しかし、私に気付いたアルラウネは、震える身体を動かして、私の方を向く。


 よくわからないが、おそらく服従の姿勢なのではないかと思った。

 アルラウネは、正座した状態から両手を高く上げて、そのまま身体を前に倒して地面にキスをしている。


 いま気付いたけれど、さっきまであれだけ苦痛に(わめ)いていたアルラウネたちが、(しゅく)として声もなかった。

 夕暮れ時の静寂の中、私は地に這うアルラウネに声をかける。


「そんなのはいい。顔を上げなさい」


 アルラウネたちが、あまりにも人間じみていたから普通に話しかけちゃったけど、言葉は通じるのかしら。


「はい……」


 杞憂だったようで、アルラウネは返事をしてから、ゆっくりと顔を上げた。


 声は甲高く、耳障りなノイズのようであったが、まあ聞き取れないことはない。

 それに、近くで見ると、やっぱり可愛らしい顔をしていた。

 服を着ていないので、樹皮を纏った身体の凹凸が見て取れるのだが、人間で言えば女の子のようであった。ちょっとえっちね。


「どうか、いの……命、だけは……!」


 私が黙ったまま観察していたことで、どのように思ったのか、アルラウネは命乞いをしてきた。

 殺すつもりはないけれど、簡単に安心させるのも、なんだか癪ね。


「いまさら、あと一人や二人殺したからって、なんともないのよ」


 アルラウネの頭を掴んで、持ち上げる。

 頭から生えていた一輪の花が、私の手のひらの下で潰れた。

 私と同じぐらいの身長だったから、アルラウネは、その足の爪先が地面に着くか着かないかぐらいに浮いていた。


 私に掴まれている頭が痛いのか、それともヴァネッサの槍が刺さっていたところが痛むのか、アルラウネは呻き声を上げる。

 しかし、意外にも抵抗する様子を見せずに、私にされるがままだ。

 ふむ……頭が悪いわけではないみたいね。



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