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サナの人類救済の旅  作者: あおば
第一章 第三節 女神な架け橋
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第十九話 十六歳は風情



 ミルナのお父さんが私に抱く恐怖心、最初にこれを解消しよう。

 そうしないと、人間がどのくらい魔法を使えるのか、という私の疑問を聞きづらい。

 私はそう思って、ゆっくりと落ち着いたトーンで話しかける。


「自己紹介をしていませんでしたね。私の名前はサナ、ぴちぴちの十六歳です」


「え……?」


 ミルナのお父さんは、私が突然に自己紹介を始めたことで、困惑しているようだ。


 思い返してみると、みんなの前で名乗ったりしていなかった気がする。

 いや、初対面では名乗るのが礼儀なのは理解しているけれども、単純に忘れていたのだ。


「ぼくはミルナですっ! 七さいですっ」


 困惑するお父さんをよそに、お父さんと手を繋いでご機嫌なミルナは、元気よく自分の名前が言えた。


「おっ、ミルナ君は七歳かぁ。私よりぴちぴちだねー」


 炎を発生させるために空けていた距離をつめてから、私はミルナのさらさらな金髪をわしゃわしゃと撫でる。

 元の世界の感覚だと、派手な髪色は傷んでパサパサになってしまうイメージだけれど、もともと金髪とかだとそれに当てはまらないのかな。

 女神アイリに、紅くて綺麗なロングヘアにしてもらった私の髪も、ミルナと同じぐらいにさらさらしているし。


「ぴちぴち?」


 くすぐったそうに目を細めながら、ミルナは私の言葉に首を傾げる。


「可愛いってことだよー」


 ミルナの頬を両手ではさむと、ミルナの口がたこさんになる。

 うーむ……手に吸い付くようなもちもちの肌の質感、七歳というのは恐ろしいものだな。


「えー、ぼく、かっこいい方がうれしいっ」


 ちょっと不満そうに眉をしかめながら、頬に私の手が添えられたミルナは言った。

 いっちょまえに男の子のようだ。


「それに、お姉ちゃんの方がぴちぴちだよっ」


「ありが――あれ……?」


 私は、最初に自分のことをぴちぴちと表現していたことを思い出した。

 ぴちぴちの本来の意味は、若い、なのだけれど。

 つい、ミルナの可愛さにかまけていて、適当なことを言ってしまった。自分のことを可愛いって言ってたことになってしまう。恥ずかしい。


 私は、ミルナの頬からぱっと手を離してそっぽを向いた。

 そして、熱を持って赤くなっているかもしれない顔をぱたぱたと手であおぎながら、ぴちぴちの意味の訂正をする。


「ごめんね、ぴちぴちは可愛いじゃなくて、若いっていう意味だった」


「そうなの? じゃあ、ぼくの方がぴちぴちだねっ」


 嬉しそうに私に話すミルナに、私は微笑みを返す。

 顔の赤らみは気にしないようにしよう。

 こういうのは、意識してしまうと(おさ)まらなくなってしまうのだ。


「ふぅ……では、この中で一番ぴちぴちではない――あなたのお名前を教えてくださいませんか?」


 私はミルナに向けていた微笑みを、隣で立ち尽くすお父さんに向けた。

 私の問いかけに、お父さんはハッとして慌てて答える。


「リッツ、です……えと、二十四歳です」


 名前だけでよかったのだけれど、ミルナのお父さん、リッツさんは年齢まで答えてくれた。

 ほう、お父さんのわりには、ずいぶん若いのだな。

 いや、元の世界でも、中世ぐらいまでは私ぐらいの年齢で結婚する人も多かったと教わった気がする。

 この街では、若くなくなったら吸血鬼に殺されてしまうということを考えると、早めに子どもがほしいと思うのも当たり前だ。


「お父さん、ぴちぴちじゃない?」


 少し不安そうに、隣に立つリッツさんをミルナは見る。

 二十四歳を若くないなんて言うと、エリザベートとかが怒りそう――実年齢は知らないが――だけれど。


「そうだね、おじさんだねー」


 私は少し屈んで、ミルナに微笑みを向ける。


「おっ……おじさん?」


 私の言葉を聞いて、リッツさんは少なからずショックを受けたようだ。

 その横でミルナが、おっじさん、おっじさん、と節を付けて楽しそうにつぶやいている。

 ふふん、私もあなたの態度に傷ついたのだから、お互い様だ。


「リッツさん、私は、普通――ではないかもしれないけれど」


 私はまたリッツさんに向き直り、静かに語りかける。

 困惑の色が瞳に塗り込まれているけれども、リッツさんは私の目をちゃんと見てくれている。


「十六歳の女の子です。ふふ……あまり、恐がらないでください」


 驚いたように目を見開いたリッツさんは、一度目をぎゅっと閉じる。

 そして、開いた目には、先ほどの困惑は消えていて、澄んだ瞳になっているように思えた。


「そうか……いや、申し訳ありませんでした。もう大丈夫です」


「では、ちょっと聞いてもいいですか?」


 人間がどのくらい魔法を使えるのかを、聞いてみたかったのだ。

 リッツさんが返事をしようとした瞬間、もともと繋いでいたリッツさんの手と、よくばりに私の手も掴んで、ミルナが歩き出した。

 ミルナを中心に鶴翼の陣――で合っているのかな?――を形成しながら、リッツさんと私も、とっとことっと歩を進める。


「ちょっと、ミルナ。急にどうしたんだ?」


 ミルナに歩みを合わせながら、リッツさんがミルナに聞く。

 子どもらしい、脈絡のない行動……? いや、たぶん違うと思う。


「お母さんが待ってるでしょっ?」


 少し息を弾ませながら、ミルナは答えた。

 ……なるほど、大人たち――十六歳は大人でいいだろう、結婚できるし――が自分のことで手いっぱいになっているときに、ミルナはお母さんのことを考えていたのか。

 ミルナは路地をまっすぐに、リッツさんと私を引っぱりながら歩いて行く。


「サナ様に失礼だろっ。それに、お母さんは寝ているだけなんだから、大丈夫だよ」


 リッツさんはその場に立ち止まり、ミルナを説得しようとする。

 私の名前に、様、を付けなくてもいいんだけど……まあ、いいか。


 止まるリッツさんを動かすほどの力はミルナにないため、ミルナもその場に(とど)められる。


「いえ、もともと様子を見に行くつもりでした。先に、お母さんを見てみましょう」


 私は、ミルナに助け船を出した。

 緊急性のある疑問ではないし、なんなら丘の上の城に戻ってからイリアに聞けばいいのだ。

 ミルナは私の方を振り返り、嬉しそうな顔で力強く頷いて、また前に進みはじめる。


「……すみません。ありがとうございます」


 私の向かいでミルナに手を引っぱられているリッツさんが、申し訳なさそうに頭を下げる。


「いえ、お母さんを元気にできるかどうかは、わかりませんので」


 さっきミルナの怪我を治すことはできたが、ミルナのお母さんの体調を改善できるかは不明だ。

 すると今度は、ミルナが私に悲しそうな顔を見せた。あ、しまった。


「さっき、お母さん、元気になるって、言った」


 唇を噛みながら、私を非難する視線を向けてくる。うぅ……心が痛い。


「ミルナ、サナ様に無理を言うんじゃありませんっ」


 そう言って、リッツさんはミルナを叱るけれども。

 子ども相手だからといって無責任に、元気にできると言った私が悪かったのだ。


「だって! できるって……うっ、言ったもんっ」


 ミルナは歩くのを止めて、その場で泣きそうになった。

 リッツさんと私の歩みも、ミルナの隣で止まる。


「ミルナ君」


 私はミルナの前に回り込んで立って、目線を合わせるために、しゃがむ。

 あと数秒で感情が決壊するような顔が、私に向けられた。

 その感情は、私を傷つける恐れがあるものなので、防がなければならない。


「信じて――私は、あなたたちを助けるための力を、女神様にもらった」


「女神様に……?」


 涙を(たた)えた目を、ミルナはまっすぐに私に向ける。

 私も、きらきらと光を反射するその瞳を、しっかりと見据える。


「知ってるかしら? 女神様」


 私の言葉に、ミルナはこくっと頷く。

 その振動で、一筋(ひとすじ)の涙がミルナの頬を流れる。

 しかし、それ以上しずくが落ちていくことはなかった。


「きっと、あなたのお母さんも元気にしてみせるね」


 そう言って私は、ミルナの両脇を持って、ぐわっと抱きかかえる。

 ミルナは、一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔に変わった。

 私も嬉しくなって、勢いが余ってグルッと一回転したら、ミルナの足がリッツさんの顎にクリーンヒットした。

 楽しそうにきゃっきゃしているミルナと私の横で、リッツさんが顎を押さえて悶絶しているけれど、気にしてはいられない。


「さあ、行きましょう」


 元気よく頷いたミルナを抱えたまま、私は歩き出した。






 しばらく進むと、私たちは、一軒の石造りの家屋に着いた。

 ここが、ミルナたちの家のようだ。

 昨日訪れたリースさんたちの家と、玄関周りの装飾や鉢植えの中身などは違うけれども、造りは同じに見える。


 ミルナが玄関の扉をがちゃっと開いて、だだだだーっと家に駆け込んでいく。

 今まで気付かなかったけれど、靴を脱がない欧米スタイルなのね。

 まあ、私は靴を履いていない――むしろちょうどよかった――のだけれど。


 というか、お母さんが具合が悪くて寝ているのに、そんなに騒がしくしたらダメでしょう。

 心配で心配でしょうがないのだろうが。


「……無理に連れてきてしまって、本当に申し訳ありません」


 また私に頭を下げて、リッツさんは黒髪のつむじを私に見せる。

 ミルナは金髪だったけれど、この世界の遺伝の法則はどのようになっているのだろうか。


「リッツさんは、謝りすぎです。もっと堂々としていていいんですよ」


 私はリッツさんを横目に、先にお邪魔することにする。

 サーチによって、ミルナがどこを通ってお母さんのいる部屋に行くのかわかるから、案内してもらう必要がないのだ。

 ミルナは、二階に上っているようだ。

 私は、玄関を通り過ぎて、廊下にさしかかる。


「すみま――あっ……」


 私の後ろをついてきていたリッツさんが、言葉を詰まらせるのが聞こえた。


「ふふ……もしお母さんを元気にできたら、私の疑問に答えてくださいね」


 廊下の突き当たりにあった階段のところで、私は軽く後ろを振り返りながらリッツさんにお願いする。


「はいっ!」


 ちらっと見えたリッツさんの笑顔は、ミルナにそっくりな可愛らしい――大人の男性にこんな表現使っていいのかわからないけれど――ものだった。



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