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サナの人類救済の旅  作者: あおば
第一章 第三節 女神な架け橋
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第十八話 希望の種子



 ミルナに案内されながら、しばらく歩いていると、うろうろと歩いている気配をひとつ感じた。

 移動の様子を探ってみると、どうやら家の中を移動しているわけではないことがわかる。

 屋外を、あっちに行ったり、こっちに行ったりしている。


「……ねえ、ミルナ君。あなた、お父さんに外に出かけること言った?」


 たぶん、言っていないと思うけれども。

 いくら吸血鬼の支配がなくなったとはいえ、小さな男の子をひとりで外出させるなんてことはしないだろう。


「お父さんに……? 言ってないよっ。お母さんがばたーんってなってから、お父さんもきゅうぅってなったから」


 ミルナは、きゅうぅに合わせて目を閉じながら首を傾げる……お父さんもダウンしちゃったということね。


「じゃあ、お父さんが、あなたを探しているみたいね」


 私はミルナの手を引いて、おそらくミルナのお父さんであろう、うろうろしている気配の方に向かう。


 私たちはわりと大きめの通りを歩いていたのだけれど、家と家の間の路地に入っていく。

 ミルナの家があるのが、この辺りなのかもしれない。


 気配を追って、路地裏の狭い十字路を二回ほど曲がったときに、前方に男の人の姿が見えた。

 やっぱり、昨日リースさんの隣にいた、真面目そうな優男(やさおとこ)……あれ、好青年だったかな?

 まあ、どちらの表現でも間違ってはいないけれども、つくづくこの街には美形しかいないことに気付かされる。


「あっ、ほんとだ、お父さんだ」


 ミルナは私と繋いでいた手をばっと離して、お父さんに駆け寄っていく。

 ……なんか、そういうつもりではないのはわかっているのだが、フラれた気分になるのはどうしてだろうか。

 ショックを受けた私は、ぼんやりとその場に立ち尽くす。


「お父さんっ!」


 私とお父さんの中間ぐらいで、ミルナが声を上げた。


「ミルナ……」


 ミルナに気付いたお父さんが安堵の表情を浮かべたのを、視力のよくなっている私は見た。

 お父さんに向かって駆けるミルナは、その勢いのままお父さんの下腹部に突撃する。


「ぐっ!」


 ミルナは七、八歳だろうから、眷属の儀式はまだ受けておらず、普通の子どものはずだ。

 対して、ミルナのお父さんは、吸血鬼の眷属として身体能力が向上している。

 しかし、そうは言っても、小学生の全力タックルを急所にくらって、平気でいられるわけではないようだ。


 ミルナを受け止めきれなかったお父さんが苦痛に顔をゆがめるのを、目のよくなった私は見た。


「お父さん、ごめんなさいっ」


 路地の真ん中で(うずくま)るお父さんの背中をさすりながら、ミルナはお父さんに謝罪する。


「……ちゃんと謝れて、偉いわね」


 短距離の世界記録を大幅に更新するぐらいの速度で――実際に見たことはないから、おそらく――ミルナとお父さんに寄っていき、私はミルナの頭をぽんぽんとたたいた。

 ミルナは、びっくりしたように、振り返って私の顔を見る。


「お姉ちゃん、ぼくのすぐ後ろにいたの?」


 私の背後の路地の先を見やりながら、ミルナは私に聞く。

 周りの気配に敏感なんだな、私が一瞬でここまで来たのに気付いたのか。

 すぐ後ろにいたのではなく、すぐ後ろに来たのだが……まあ、とりあえず嘘をつこう。


「うん、いたわよ。お父さん、大丈夫そう?」


 ヒールを使おうかと思ったけれど、男の人の急所に魔法をかけるのはなんだか嫌だったので、聞くだけ聞いてみる。

 ミルナは、路地に頭をこすりつけるお父さんの顔を覗き込もうとするが、角度的にできなかったようだ。


「ダメかも……」


 ミルナは悲しそうな顔で、私に告げる。

 そうか、可哀想に。

 せっかく吸血鬼の支配から解放されて、凍っていた未来が溶け出して、これから羽ばたこうとしているときに。


「残念だけど、もう助からないかもしれないわね……」


「うぅ……」


 私の言葉を聞いて、ミルナは眉間にしわを寄せて泣きそうな顔になる。

 ……泣かれたら困るので、おふざけはやめにしよう。


「ちょっと、大丈夫ですよね? 早く起きてください」


 私は、蹲るお父さんの肩をぺしぺしと叩いた。

 あれぐらいで致命傷になるのならば、世の男性たちはみんな鉄のパンツを穿いているはずである。


 地面を眺めていたお父さんは、ゆがんだ表情のまま、顔を上げて私の方をちらっと見る。


「うぅ……君が、いや息子もだが、大丈夫だと言いづらい雰囲気を作っていただろう……」


 てへぺろって感じね。

 それにしても、意外とダメージを負っているみたい。

 鉄製のパンツは、残念ながら穿いていなかったようだ。


 治してあげるべきなのだが、ヒールをかけるのは……うーん、痛そうにしているなぁ。

 私が手を出したり引いたりして迷っていると、お父さんは、よろよろとだけれど自分の足で立ち上がった。


「お父さん、よかったっ」


 そばで心配そうに様子を窺っていたミルナが、お父さんに勢いよく抱きつく。

 あぁ……気をつけないと、またお父さんが地面を舐めることになるよ。


「ミルナ……心配したんだぞ、勝手に外に出たら危ないのだから」


 自分の腰にくっついているミルナの頬を片手でぎゅっとして、たこさんの口にしながら、お父さんはミルナを叱る。


「ごめんなひゃい」


 ミルナは叱られているというのに、どこか嬉しそうな様子だった。


「ありがとう、息子を……送ってくれたのかな?」


 そう言いながら、お父さんは私の方を向く。

 そうして私の顔をちゃんと認識した途端、その真面目な演技派俳優のような顔からさーっと血の気が引いていった。


「君……いや、あなた様は……!」


 いや、本当に演技派だな。

 人の顔を見て、なにをそんなに驚くことがあるのだろうか。


「もっ……申し訳ございません! うちの息子がご迷惑をおかけしましてっ」


「ぼく、むぐっ――」


 ミルナのお父さんは、なにかを喋ろうとしたミルナの口を慌ててふさぐ。

 もしかして私ってそんなに恐そうに見えるのかしら、と一瞬傷ついたけれども、この態度がこの街の人間にとって当たり前なのかもしれない。


 物心がついたときから、吸血鬼の恐ろしさを教えられて育ってきたのだ。

 イリアなどの吸血鬼のそばで働いていた()たちは、多少慣れていただけなのだろう。

 そんな吸血鬼を従わせた私という存在は、未知の恐怖そのもののはずだ。

 病的なまでに恐縮しているお父さんを見ていると、私の考えは間違っていないと思う。


「お父さん、落ち着いてください」


 だから、私は微笑みながら、ゆっくりと語りかける。

 私の表情の変化を見て、ミルナのお父さんは、面食らったようにミルナの口から手を離した。


「むしろ、私がミルナ君を驚かせてしまったので、申し訳ありません」


 頭を下げたことで、ミルナと目が合う。

 お父さんの手が離れても、ミルナの口は一文字(いちもんじ)に結ばれたままだった。

 たぶん、そうするように教えられてきたのだと思う。


「ね?」


 ミルナと目が合ったまま、私はミルナに笑顔を向けた。

 すると、ミルナも嬉しそうに笑顔を返してくれた。


「そうだよ、ぼく、めーわくなんてかけてないよっ」


 お父さんのズボンを持ってがくがくと揺らしながら、ミルナはお父さんにもの申す。


「そっ、そうなんですか? とにかく、顔をお上げくださいっ」


 焦ったようなお父さんの声が聞こえたので、私は下げていた頭を上げる。

 ミルナのお父さんは、自分のズボンを引っぱる息子と、謎の女――吸血鬼を従えた、イコール恐い!――のどちらから対応すればいいのかと、あわあわとしていた。ちょっと面白い。


「ちょ、ちょっと、ミルナ。わかったから、ごめんな」


 どうやら、(ぎょ)しやすいだろうミルナから処理することにしたようだ。

 自分に組み付くミルナの頭を押さえながら、お父さんはミルナに謝った。

 なるほど、その選択は正解だったようだ。

 良い子のミルナは、お父さんがわかってくれたことに満足して、すぐにズボンがくがくから手を離した。


「このお姉ちゃんね、まほー使いなんだよ!」


 頭の上に置かれたお父さんの手を、一生懸命に自分の手と繋げたミルナは、元気いっぱいに報告する。

 元の世界の空想作品の中では、魔法使いだということは、秘匿されることが多いのではないだろうか。

 だから、ミルナのあけすけな物言いは、少し可笑しかった。


「ふふ……そうみたいですね」


 私は二人から数歩だけ下がってから、魔法使いらしく、炎の龍を発生させる。

 昨日? いや、一昨日に巨大樹の森の川辺で作ったものと同じだ。

 パチパチと音を立てながら、高熱の火で形成された龍は、私の身体に(まと)わり付くようにとぐろを巻いている。


 やはり親子だからだろうか、ミルナとお父さんは同じように口をあんぐりとさせて、炎龍とじゃれつく私の姿を見ていた。

 ただ、見た目は同じようでも、ミルナの瞳にはきらきらとした感嘆が存在していて、お父さんの瞳には黒々(くろぐろ)とした畏怖が存在していた。


 ……調子に乗って魔法を見せたのは、失敗だったかも。

 ミルナの期待に応えようとして、よけいにお父さんを恐がらせてしまった。

 この街の人間たちにとって、魔法が使える者というのは、吸血鬼のことだったのかもしれない。


 でも、人間も魔法を使えるはずだよね?

 人間の私は魔法が使える――参考になるかわからないけど――わけだし、昨日の話し合いの中で、人間に魔法を教えるという話題に対して、誰もなにも言わなかったし。

 人間たちは、どのくらい魔法を使えるのだろうか。


「あの、ちょっと聞いてもいいですか?」


 私が声を発したことで、ミルナのお父さんは目に見えてびくっとした。

 ちくしょう、そんなに恐がられたら、いくらレベルが高いとはいえ、精神的ダメージでやられてしまうよ。


 私は、とっておきのネタで笑いが取れなかったお笑い芸人さんのような気持ちで、そっと炎龍に別れを告げる。


「ごめんね、ありがとう」


 龍の頭を撫でるようにしてやると、一瞬だけ炎がゆらめくように(なび)いてから、その姿は宙に消えていった。



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