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サナの人類救済の旅  作者: あおば
第一章 第三節 女神な架け橋
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第十二話 傾国のお茶会



 イリアが落ち着いてから、私とイリアは隣の物置部屋から机をもう一台持ってきて、会議の準備を終えた。

 会議室然とした広間には、二台の長机が縦に置かれて、そこに付随するように椅子がずらーっと並べられている。


「そういえば、ここで働いているのは、イリアだけではないんじゃない?」


 吸血鬼の居住区の丘には、この城の他にも、いくつかの城があったはずだ。

 サーチにも、小さいけれども、いくつかの反応が感じられる。


「はい、この城で仕えるのは私だけですが、それぞれの城にひとりずつは召使いがいます」


 そうだよね、この城だけでもかなりの大きさを誇っているようなので、ひとりで管理するのは難しいと思う。


「じゃあ、吸血鬼と人間の話し合いに、参加してもらおうかな」


 吸血鬼たちのそばで働いていたなら、言いたいこととかもあるだろうし。


「わかりました。では、呼んで参ります」


 イリアは仕事のできるメイドさんなので、すっと礼をして、さっと部屋を出て行こうとする。

 しかし、なんかさっきくっついていたせいか、私は人恋しくなってしまっていたので、イリアと離れたくない。


「ちょっと待って、一緒に行くわ」


 イリアの素早い動きに先回りして、私は広間の扉を開ける。


「そんな、サナさんにお手間を取らせるわけには……」


 私を止めるように、イリアはとてとてと歩み寄ってくる。

 その差し出された手を取り、イリアを広間の外へと誘い出す。


「いいから、いいから」


 イリアのすべすべとした手を握ったまま、私は廊下を進む。

 ちらっとイリアを見ると、なにやらはにかんだ表情で俯きながら、黙って私についてきていた。





「あなたたち、その服、お揃い? 可愛いわね」


 イリアと一緒に集めてきた、他の城に仕える召使いさんたちとお喋りしながら、人間の代表者たちが来るのを待つ。


 よく考えたら、今まで悪かった一緒に来てくれって言われても、すんなりと、はいそうですかとはならないだろうな。

 でも、必要なコミュニケーションのはずだ。

 吸血鬼たちが、その絶対的な能力に頼らずに要望を伝えて、人間たちが過去の因縁を踏まえた上で信頼して受け入れる。

 一朝一夕で成せることではないだろうが、一歩ずつ進めていかなければならないだろう。


 私は、イリアを筆頭に、可愛い女の子たちとのお茶会を楽しんでおくこととしよう。


「イリアさんが、全員の服を作ってくれたんですよ」


 メイド服の肩のところを両手でつまみ上げながら、女の子のひとりが言う。

 吸血鬼たちのところで働いていたのは、イリアを除いて五人だった。

 最初は、吸血鬼たちの支配がなくなったことを信じられなかったようだが、イリアが丁寧に説明してくれた――美味しい紅茶も淹れてくれた、好き――おかげで、五人は落ち着いていて、笑顔を見せてもくれている。

 みんなが同じエプロンドレスを着ていたので、メイド喫茶ってこんな感じなのかしら、と思いながら、私は聞いてみたのだ。


「作ったといっても、もともと完成していたものを少し縫い合わせただけです……」


 恥ずかしそうに、でも少しだけ嬉しそうにイリアは照れる。


「すごいじゃない。私、針なんて学校の授業でしか持ったことないわ」


 しかも、何かを縫って作れなんて言われても、おそらく上手くできないだろう。

 ミシンの使い方だって、忘却の彼方に消え去っている。


「学校……」


 女の子のひとりが、思わずといった様子でつぶやく。

 おとなしいのか、あまり会話に入っていない子だったから、喋ってくれて嬉しい。


「ごめんなさい、この街には、学校はなかったかしら?」


 つぶやいた女の子に聞いてみると、その子は恐縮という言葉どおりに肩を縮めて喋った。


「いえ、あるにはあるんですけど、たまにしか集まらなかったですし、縫い物を教えてもらったりはしなかったので……」


 吸血鬼に支配されたこの街では、教育の意義が薄かったのだろうか。

 確かに、将来に希望を見いだせないのに、がんばって勉強をするかというと、しないかもしれない。


「この街の学校では、どのようなことを勉強するの?」


 私の質問に、みんなが顔を見合わせる。

 私みたいに、勉強したことを覚えていないというわけではなく、誰が答えようかしらといった様子だ。

 けっきょく、イリアが私の方を向いた。


「小さい頃は、読み書きを勉強します」


 うん、文字が読めないと他の勉強が進まないから、はじめは言語の学習からだろう。

 あんまり覚えていないけれど、小学校一年生の時間割なんて、ほとんど国語だった気がする。


「それが終わったら、吸血鬼との接し方を学びます」


 うん? この街ならではの教科が、いきなり現れたようだ。


「算数とか、やらないの?」


 この街は商業都市だったという話だから、アイピアにお金という概念が存在しないわけではないよね。

 まあ、吸血鬼に支配されてから、人間たちの貨幣制度は崩壊してしまったのかもしれない。

 けれども、せめて四則計算ぐらいはやっておかないと、日常生活に支障がでるのではないだろうか。


「学校では、やりません。算数は、家で父や母に教わることはありましたが」


 なるほど、たまにしか集まらないということであれば、学習の場のメインは、それぞれの家庭になるのか。


「その……吸血鬼との接し方? それが一番大切だったってことね」


 イリアは、私の言葉に頷く。

 他の女の子たちも、イリアの首にリンクしているのか、同じように首を動かしていた。


「実際、学校で吸血鬼(がく)――あっ、私たちはそう呼んでいるんですけど、それを教えるようになってからは、殺される子が激減したと聞いています」


「へぇ……にんにく料理のレパートリーとか教えてくれるのかしら」


 それか、とっさに両手で十字架をポーズするやり方とか、聖水の調合方法とか。


「にんにく?」


 私の冗談を、イリアたちは真に受けてきょとんとする。可愛い。

 なんでもない、と言うように私が手を振るのを見て、イリアは続きを話す。


「吸血鬼学では、基本的な言葉遣いやしぐさを学び、それから禁止行為の確認を行います」


「禁止行為?」


 ヴァラドは吸血鬼って呼ばれて怒っていたから、そういう(たぐ)いのものなのだろうか。


「うーん……例えば、ヴァラド様と接するときは、ある程度怯えているのが好ましいので、気丈に振る舞ってはいけない、とかです」


 なんだそれ、そんな性癖の暴露大会みたいなことを人間たちがやっていると、ヴァラドたちは知っているのだろうか。

 もし私がそんなの開催されていたら、恥ずかしくて主催者を簀巻(すま)きにして木に吊るしていると思う。


「あー、そうそう! ヴァラド様関連は、本当に面倒くさかった」


 イリアの挙げた例に、他の女の子が食いつく。

 クラスのギャルギャルしい子が、授業かったるーいって言うのと同じテンションだったから、少し懐かしさを感じた。


「ヴァネッサ様は、あんまり人間に興味ないみたいで。逆に、ヴァラド様はどんだけ私たちのこと好きなんだよって感じ」


「ね! 見た目がかっこよくなかったら、ただのイタいやつだったよね」


 女の子たちはきゃいきゃいと、吸血鬼たちの話で盛り上がっている。

 長年積み重なった鬱憤が、ずいぶんと簡単に晴らされていくのが目に見えるようだ。


「……あなたたち、意外に(たくま)しいのね」


 私のつぶやきに気付いたイリアが、恥ずかしそうに、でもいたずらっ子のように微笑んだ。






 メイドたちによる、かしまし井戸端会議が一段落、いや二段落ぐらいした頃になって、この丘に続く大理石の階段に人間たちの気配を感じた。


 いやぁ、けっこう時間がかかったみたいだ。

 時計がないから正確な時間はわからないけれども、体感では夜十時ぐらいだろうか。

 いつもだったら寝ている、というか、昨日森で寝たときは太陽が落ちてすぐだったから、私は丸一日以上起きていることになる。

 どおりで、ちょっと眠いはずだ。


「イリア、みんなが来るみたいだから、出迎えてあげて」


 はい、と返事をして、イリアはすっと立ち上がる。

 なるほど、イリアの所作が美しいのは、ヴァラド(がく)が難解だったおかげなのね。

 イリアがゆっくりと歩いて、会議室の扉を出ていく。


「あなたたち、私の暇つぶしに付き合ってくれてありがとうね」


 この子たちとお喋りしていなかったら、私はもう眠気を抑えることができなかっただろう。

 私の感謝を受けた女の子たちは、同じように微笑みながら、首を振って応える。


「人間と吸血鬼の話し合いが終わったら、家に帰るといいと思うけど……あなたたち、お家は?」


 私の質問に、顔を見合わせてから、ひとりがためらいがちに言う。


「私たちは……お母さんもお父さんも健在です」


 その言葉や表情からは、両親を殺されたイリアに対する申し訳なさを感じた。

 まあ、悪いのはヴァラドなのだから、この子たちが負い目を感じる必要は絶対にない。


「そう、じゃあ、ちゃんとお家に帰ってあげないといけないわね」


 だから、私は笑顔をつくって、可愛い召使いさんたちに向けるのだった。


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