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サナの人類救済の旅  作者: あおば
第一章 第二節 吸血鬼の街
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第十話 脅迫な話し合い



 思ったより、ヴァネッサが他の吸血鬼たちを連れてくるの遅いな、などと考えていたら、王様椅子の置いてある段差の下に、いくつかの(ひざまず)く影が現れていた。


「サナ様、お待たせしました」


 一番左手にいたヴァネッサが、顔を伏せたまま喋る。

 他の影たち――七人の吸血鬼――も一様に(こうべ)を垂れている。

 私に敬意を示しているのか、それともヴァラドに対してなのか。


「こいつらに状況を理解させた上で連れてくるのに、時間がかかりました」


 よく見ると、ヴァネッサ以外の吸血鬼は、傷ついている者もいるようだ。

 顔の周囲に、黒い影が散り散りと舞っている。

 それに、ヴァネッサと反対側の右端の三人は、恐怖からなのか、跪いた身体がガクガクと震えているのを隠せていない。

 ヴァネッサは、いったいどんな説明をしたのだろうか。


「とりあえず、顔を上げて」


 私の言葉に、おそるおそる、吸血鬼たちは伏せていた顔を上げる。

 おお……揃いも揃って、顔面偏差値が高くていらっしゃる。

 ヴァラドとヴァネッサ以外は、眷属から吸血鬼になったと言っていたし、なんとなく兄妹の趣味がわかるような気がするけれども。


「なんか、そんなに(かしこ)まられていると、話しづらいわね……」


 しかも、全員が芸能人みたいな美形なのだ。

 ドラマの世界に迷い込んでしまったみたいだ。


「えーと……だいたいのことは、ヴァネッサから聞いていると思うけど……まず、これに不満がある者はいるかしら?」


 私は、ヴァラドの腹部から出ている槍の石突(いしづき)に手を置いて、吸血鬼たちに問いかける。

 ヴァネッサ以外の吸血鬼たちは、私の質問の意図がわからなくて、戸惑っているようだ。


「……あら? あなた、まったく慕われていないのね」


 ヴァラドに声をかけながら、私は手に持った石突をぐりぐりと動かす。

 ヴァラドは表情を変えないが、お腹から漏れる影は増えた気がする。


「動くな!」


 そのとき、ヴァネッサが強く鋭い声をあげた。

 吸血鬼の三人ほどが、立ち上がりかけた状態で静止している。

 その目は赤く充血し、怒りを宿していることに疑いはない。


「サナ様……ここにいる者はみな、数百年の時を、兄様(あにさま)とともに過ごしています」


 ヴァネッサは、静かに落ち着いて喋っている。

 他の吸血鬼の怒りを(しず)めるような口調だ。


「どうか……無礼をお許しいただければと思います……」


 ヴァネッサの言葉を聞いて、腰を浮かしていた者たちが、ゆっくりとしゃがみ直す。


 ヴァネッサは、私のことを悪の大魔王だとでも思っているのだろうか。

 少し反抗の気を見せたくらいで、殺したりなんかしないのに。

 あれ……そういえば、襲ってきたら殺すって言っていたっけ。


 私は、ヴァラドに人質――人ではなくて鬼だから、鬼質?――としての価値があるのか確かめたかっただけなのだ。


「いいのよ。私も、ごめんなさい」


 私がヴァラドに頭を下げると、ヴァラドは気にしていない、とでも言うように片手を上げることで応えた。


「あなたたちはみんな、ヴァラドを助けたい……ということでいいかしら?」


 八人の吸血鬼たちを眺めながら、私は問う。

 それぞれの(うなず)き方に違いはあれど、助けたいという気持ちに違いはないようだ。


「じゃあ、人間たちと仲良くすることね」


 私の言葉を聞いて、ヴァネッサ以外の七人が顔を見合わせる。

 そして、ヴァネッサの隣に跪いていた、二十代半ばぐらいのお姉さんが、私に聞いてくる。


「ヴァネッサに聞いたときから疑問だったのだが、仲良くというのは、どういう状態のことを示すんだ?」


 お姉さんは、クールビューティな有能秘書って感じだな。

 さっきのヴァラドへの行為に対してかなり怒っていたし、いまも私への怒りが隠しきれていないようだ。

 

「抽象的だと、人間にとっても困るのではないか?」


「ふふ、仲良しの条件を決めないといけないなんて、子どもみたいね」


 くすくすと笑う私を、お姉さんがキッと睨む。

 うっすらと赤い瞳は、ルビーのような美しさで、私への熱い怒りを表している。


「エリザベート、サナ様が仲良くしろというならば、仲良くすればいいのよ」


 横から、ヴァネッサが口を挟む。

 このお姉さんは、エリザベートという名前らしい。

 見た目の高貴さにお似合いの、なんか貴族みたいな名前だな。


「私は仲良くしないなんて、言っていないでしょ。曖昧なのが怖いって言っているの」

 

 隣のヴァネッサに、エリザベートは小声で異議を立てる。

 敬語を使っていないし、仲良しさんなのかな。


「まあ、細かいルールは、あとで人間たちと一緒に決めるようにしましょう」


「ルールを守れば、ヴァラド様を解放してくれるのか?」


 エリザベートは勇んで、私に聞いてくる。


「まあ、そうね……私が世界中を回って、いつか戻ってきたときに、人間との共存が為されていたら、この槍を抜いてあげます」


「世界中を回って……?」


 私の言葉の意味がわからなかったように、エリザベートは私の言葉を繰り返す。

 あれ? ヴァネッサはそこまで話せていないのか。

 いや、思い返してみると、ヴァネッサには人類救済の旅をすることは言っていなかったか。


「私は、魔物の支配から人間を助けるために、この街以外のところにも行きます。世界中です」


 それを聞いたヴァネッサは、なにやら絶望の表情を浮かべている。

 そして、他の吸血鬼たちは頭上にハテナマークを出している。


「そんなこと……なんのためにするんだ?」


 エリザベートが、怪訝な顔で聞いてくる。

 女神アイリとの約束だから――なのだけれど、そのまま伝えると、ややこしくなるだけだろう。


「うーん、楽しそうだからかな」


 私の返事を聞いて、エリザベートは怪訝さを深めて、理解するのを諦めたようだった。

 眉間に寄せていたしわをなくしている。


「それは、必ず……戻ってくるのか?」


「どうかしらね、約束はできないわ」


 私はこの世界の広さを知らないし、道中で何があるかわからないし。

 エリザベートは、私への怒りを深めたようだ。

 せっかく眉間のしわしわがなくなっていたのに、復活させている。


「でも、あなたたちは、この約束に(すが)るしかないはずでしょ?」


 ヴァラドを助けられるのは、現状、私だけなのだ。

 吸血鬼たちは私が帰ってくるのを、指をくわえて待っているしかない。

 なにも反論できなくて、エリザベートは唇を噛んで押し黙る。


「安心して、エリザベート。私がサナ様についていくから」


 ヴァネッサが立ち上がり、わりと大きな胸を張って宣言する。

 決定事項のように言っているが、私はそんな話はきいていないのだけれど。


「ヴァネッサが……? うーん……やむを得ない。任せたからね」


 エリザベートは悩んだ末、致し方ない様子で、ヴァネッサを見上げて言う。

 まあ、自分はヴァラドのそばを離れたくないから、任せるしかないのだろう。


「うむ。私が、サナ様を無事に世界一周させると誓おう」


「私はヴァネッサを連れて行くなんて一言も言っていないし、聞いていないのだけれど?」


 腰に手を当てて、偉そうに頷いているヴァネッサに、私が告げる。

 ヴァネッサが一緒に来てくれるのは、正直嬉しい。

 イリアとヴァネッサで両手に花――品評会があれば確実に一位と二位、いや、同率一位――だったら、旅がどれだけ華やかなものになるだろうか。

 ただ、得意げなヴァネッサはなんだかいじめたくなってしまうのだ。


「サナ様、私は必ず役に立ちます! 身を()にして仕えますので、なにとぞ!」


 私の足もとににゅっと現れて、ヴァネッサは綺麗な土下座を決めながら誓願する。


「へぇ、身を粉に……?」


 さっき、ヴァネッサは四つに分かれて行動していた。

 さすがに粉みじんの状態をコントロールすることはできないと思うけど、どのくらいまで分割できるのだろうか。


 私がそんなことを考えていると、ヴァネッサはなにを勘違いしたのだろうか、恐れと(とろ)

の入り交じる表情を浮かべていた。


「サナ様……私を粉々にしたら、んっ、死んでしまうかも……しれません」


 妖艶な上目遣いで、ヴァネッサは私を見る。

 色が多分に混入したその眼差しは、もし私が男の子だったら、一瞬で腰が砕けて二度と歩けなくなっていたことだろう。

 いやぁ、危なかった危なかった。


「比喩だってわかっているわよ、ばか」


 私を見上げるヴァネッサの頭を、平手でベシッとたたく。軽くね。

 たたかれたおでこを押さえてもんどりを打って、ヴァネッサは恍惚の表情で床を転がる。


「じゃあ、話し合いを始めることにしましょうか」


 シミュレーションの反則でイエローカードが出されそうなヴァネッサは放っておいて、私は他の吸血鬼たちに向かって言う。


「とりあえず、それぞれの眷属の中から、リーダーとなりうる人間を一人ずつ連れてきなさい」


 人間は千人ぐらいいるということだったから、いくら民主主義でも直接は難しいだろう。


「話し合うための場所は、イリアが用意してくれているから、そこに集まるようにして」


 イリアに準備をお願いしてから一時間ほどが経っているので、そろそろちょうどいい時間なのではないだろうか。


「ああ、そうだ。ちゃんといままでの行為への謝罪をするようにしなさい。そして、状況を説明してから、連れてくるように」


 私の言葉に、意外にも吸血鬼みんな――床をうずくまるヴァネッサ以外――が素直に頷く。

 吸血鬼たちはそれぞれが黒い影となって、この広間から消えていった。


「……あなたたちにも、痛いって感覚があるのね」


 王様椅子のある段差から落ちていたヴァネッサに歩み寄りながら、私は喋る。

 まだおでこを押さえている指のすき間から、ヴァネッサは私をちらりと見る。


「うぅ……ひどいです、これは連れて行っていただくしかありません」


 ……本当に、痛いのだろうか。

 しくしくと泣いているようなのだけれど、どうにも嘘くさい。


「……ヴァネッサ、一緒に来てくれるの?」


 バッと音がするくらい勢いよく、ヴァネッサは顔を上げる。

 涙目にはなっているので、泣いていたのは嘘ではない……いや、泣こうと思えば、嘘でも泣けるからなぁ。


 私がそんなことを考えていると、ヴァネッサはきらきらと潤んだ瞳で私を見つめてくる。

 朝の光に照らされた新緑の若葉か、しなやかな愛が込められたエメラルドか。

 ヴァネッサの碧眼が、私の視線を吸収していく。


 うん、チャームをかけられちゃったら、仕方がないね。

 ヴァネッサと一緒に旅をするしかあるまい。


「じゃあ、あなたも早く眷属を連れてきなさい」


 ヴァネッサは嬉しそうな顔をして、胸に手を当てて敬礼する。


「はっ! 行ってまいります!」


 ヴァネッサの姿が揺らいで、次の瞬間には黒い獣――チーターかオオカミみたいな――がその場に現れていた。

 黒い獣は、ぐるると一度(うな)ってから、広間の外へと駆け出していった。



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