邂逅
「…きろ。起きろ!たわけ!」
途轍もなく大きい声で俺は目を覚ます。俺の目の前…もとい目の上というか空中にいる男は腕を組みながら此方を見ている。
「なんだ?その間抜けな顔は?自分の置かれた状況がわからんとは…。巡りの悪い男よ」
なんだか目覚めて早々に凄く馬鹿にされている。しかし、そんな辛辣な言葉を浴びながらでも、段々と意識が覚醒してくる。俺はすぐに自分の胸を確認する。だが、先程受けたはずの胸の傷…というより貫かれた胸が何事もなかったかの様に綺麗になっていた。
「ようやく状況を把握し始めたか。貴様の今の姿。中々に滑稽であったぞ」
とにかく目の前の男は性悪な言葉を投げかけてくるが、俺はとりあえず現状の把握がしたく会話を持ちかける。
「あんたが治してくれたのか?」
「何故、俺がお前の治療等せねばならん!俺は貴様に用があった故な。死にそうな貴様を彼奴の影の所有権を奪い、俺の領域に引きずり込んだにすぎん。肉体が死を迎える寸前であったのでな。肉体と精神をすっぱり切り離してやったという訳よ」
俺は目の前にいる男の言ってることを全て理解した訳ではないが、どうやらこの男は俺に何か用があるらしいということは理解出来た。
「とりあえず俺は死んじまったのか?俺にはあんたが閻魔様には見えないんだが」
俺の言葉に少し考えたような表情の後、男は言葉を返す。
「…ああ、お前の国の信仰神のようなものか。黄泉の国の番人のようなものか」
厳密に言うと、神って言うより鬼になるような気もするが、些末なことなので話の本筋を逸らさないよう特に触れずに男が次の言を紡ぐのを待つ。
「…まあ、端的に言うと貴様は生きている。だが貴様が元の世界に戻ることはないだろう」
ーーどういうことだ?元の世界?
「まあ、そのような間抜け面になるのも無理はあるまい。お前が行き逢ったものは原初の魔というものだ。まあ、悪魔の先祖みたいなものだ」
奴の顔が頭に浮かぶ。逆にスッキリしたような気持ちになる。悪魔と言われた方が最早あの異常性は得心がいくような気すらしていた。
「貴様は疑問には思わなかったか?貴様が奴と対峙していた場所。僅かばかりではあったが、人通りがある場所だったはずだ。だが、お前の周りに他の人間は居たか?」
ーー!?そう言われて始めて気付く。何故俺は疑問を抱かなかった?奴を追っている時には少ないながら人は間違いなく居た。だが、奴に話し掛けられてから人通りはなかった。
「ほう、中々にやるではないか。もう少し狼狽する様を見たかったが…。まあ、そういうことだ。お前は奴の目を見た瞬間に奴の領域に知らずの内に閉じ込められたという訳よ。そこからは貴様が知る顛末となる。
奴の領域は世の理から外れたものだ。そこから当人の断りも無く、俺が無理矢理に身体と心を俺の領域に連れ込んだ。それすら本来は魔術の術式的にいうなら契約違反と言える。だがあのまま彼処に居れば貴様は間違い無く死んでいたであろうよ」
男の言っていることは半分も理解出来ないが、とりあえずわかることはこの男が俺を助けてくれたということだった。しかし俺はまだ要領を得ない。俺は何故彼に救われ、生かされているのか。それが理解出来ずにいた。そんな俺の表情を察してか彼もようやく本題を口にしていく。
「まあ、要は交渉だ。貴様を元いた世界に生かして戻してやることは出来ん。それは俺の領分ではないのでな。だが、お前を別の世界に飛ばし、生かすことは出来る。極めて特例ではあるがな。そして俺は貴様に用があると言ったな?」
「…ああ」
「お前にはその世界であの男を殺してもらう」
ーーどういうことだ?別世界に飛ばされるっていうのに何故またあいつの話が出てくる?
「まあ、お前に1からこの星の在り方を語る手間も時間も惜しい。端的に言うなら奴はその世界にも存在している。奴は言うなら星の癌のようなものだ。存在すれば何処は星を滅ぼそう。俺はこの世界を守護する機構だ。お前の異能を俺はそれなりに買っている。この交渉受けなければお前は世界の端でボロ布のようにただ佇むだけのものになってしまうがな」
最後に何か怖いことを言われ、大きな高笑いを含め彼の話は終わる。どうやら俺の返事待ちのようだ。
「…いいだろう。やってやるよ。あいつには胸の風通しを良くしてもらった礼をしなきゃなんないしな」
「フハハハハ!中々に虚栄を張りよる。まあ良い。虚栄もまた男の甲斐性よ!では、決まりだ。貴様を送り届けてやるとしよう」
またしても果てしない高笑いをしながら、指をパチンと鳴らす。途端に俺の身体は透明になっていく。
「安心するがよい。俺も貴様を全く知らん土地に送り出す身の上だ。助力をしてやらんこともない。…俺が生前使っていた剣を探すがよい。
我が名はルシオン・アークライト。貴様、名は?」
消える間際に途轍もなく、大事なことを言われたが、そんなことより彼の最後の涼やかな顔が目に映った。それが銀髪で傲慢不遜で偉大な男。ルシオン・アークライトとの出会いであった。
そして、俺は消える間際に彼の顔を見ながらこう答える。
「…ルイ。アラヤルイだ!」