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TransSexual  作者: 風花
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01.先輩


『オハヨウゴザイマス。フリージア』

「おはよーレイズ」


もふもふ黒ウサギのレイズは俺のベッドに乗り上げていた。

小さいレイズが一生懸命ベッドを登った所を想像して俺は朝からほっこりとした。


わしゃわしゃとレイズの頭を撫でる。

さて起床の時間だ。今までのように時間を気にせずとはいかないのだ。


お嬢様な時間のルーズさに慣れてしまっていたが気を引き締めないとな。

俺はレイズを抱きながらベッドを降り、リビングへと移動。


「よいしょ」


レイズをリビングの椅子に座らせて、俺は顔を洗いに行く。

顔を洗い着替えもついでに済ませてリビングへと戻った。


ちょこんと座ったままのレイズに目を細めつつ、さて朝食だ。


昨日買ったパンにジャムと昨日作っておいたスープを温める。


「レイズ。今日の予定は?」

『ハイ。ミファー講師の講義ガアリマス』


あぁ今日はミファー先生か。とすると交配実験かな今日は。


「ありがとうレイズ」


自身の朝食を皿に盛りつけてテーブルに置く。

こんがり焼けたトーストのいい香りだぜ♪

椅子に座りつつレイズにも本日の動力源である魔力宝珠をテーブルに出す。


「はい、食べてね」


青い魔力宝珠は正方形型でこれは現在市販されているものだ。

俺の魔力をあげられるならそうしたいが、俺の魔力は変わらずゴミである。


だから宝珠を買って与えるしかない。


『イタダキマス』

「召し上がれ~。そして私も頂きます」


オレンジジャムをトーストに乗っけてパクリ。

うん。美味しい……スープも美味しいなぁ幸せぇ~。

黒ウサギのレイズは小さい口を開けて宝珠を飲み込んでいた。


うーん……かわいい。


こうして今日も俺はレイズとほのぼのとした朝を迎えるのだ。

朝食が終わり、食器をレイズに洗ってもらっている間に俺は身だしなみを整える。


すっかり長くなってしまった髪を頭の上で縛る。

直毛なんで整える必要があまりないのが救いか……。

長い腰まである髪が重くてしょうがないのだが、シンシアが譲らない。


お姉さまの髪が私だいすきなの!だから切らないでね?


そうシンシアが言うものだから俺は切りたいのを我慢している。

シンシアのこともあるのだが、確かにと納得する部分もあった。


フリージアが唯一他人に自慢できる所だからだ。

シンシアにあって母にもない。父から譲り受けた髪色。


「ストロベリーブロンドって言うんだっけ?」


薄ピンクかかった金髪なのでした。

父の甘い顔立ちにこのストロベリーブロンドが死ぬほど映える。

残念ながら俺は顔が平凡なんでその美しい髪色を生かすことは出来ないが。


さて今日は何色のリボンで飾り付けようか。

飾り気のない俺の唯一の習慣と言ってもいいリボン選び。


友達第2号であるキールが毎年贈ってきたのだ。

最初の金色のリボンから始まり、今ではどんな色のリボンでも取りそろえている。


「うーん……今日は天気がいいし白レース」


白いレースのリボンをチョイス。

ちょちょいっとリボン結びして、はい完成。

え?化粧ですか?俺はうら若き16歳の少女よいらんいらん。


いやいや、違うよ?

男の俺が化粧したくないとかそーいうんじゃないよ?ホントだよ。


「……化粧したら負けだと思ってる」


何とかシミやそばかすはないのだし……。

まだだ、俺は化粧など必要のない少女時代で男に戻るんだ。


「よし。支度しゅうりょうっ」


パンっと気合を入れて頬を軽く叩いてみた。

そして洗面所から出てリビングに戻るとレイズが俺の鞄を持っていた。


「いつもありがとう」

『……イッテラッシャイ』


可愛い黒ウサギから鞄を受け取り俺は家を出た。

今日は何となく家を振り返ってみると、窓からレイズが俺を見送っていた。


何だか犬や猫がするようなお見送りみたいで微笑ましい。

自我はないはずなのだがしかしそんなのはどうでもいいことだな!


「行ってきます」


俺はその可愛い様子に笑顔で手を振り通学路を歩いていく。

同じような制服が街中を歩いていた。同大学の学生だろう。

年若い人もいれば、高齢な方もいた。


才ある者は国からの援助も手厚く生活に困ることも無い。

聖域首都ナイツはそんな人たちが溢れ、学生達の為の店も多い。

俺はまだまだ大学の敷地を把握も出来ないから、街の散策も出来ていない。


お気に入りのお店を見つけたいよなぁ。

16歳になったしお酒も解禁だ。いいよなぁ酒。


今日の帰りでも街を散策しよっと。

俺は胸躍るプランを用意し、慣れ始めた大学の校門をくぐった。


さて魔導系薬学研究科の棟は大学の中心部から少し外れている。

錬金系薬学研究科と隣接させる為に他の魔導系から離れているのだ。


だから学科が違くとも魔導系薬学研究科は錬金術師との交流が多いらしい。

今だって仲良さそうに男女共に賑わっているじゃないか。


……いいねぇ青春してるわ。

俺はいい大人だから?ほら青春って終わってるし。


さぁて授業が始まるまで少しあるし道草でもしようかな。

賑わう人々の傍らを通り抜けて、最近見つけたお気に入りポイントに急行。


大学内に川があるのも珍しいがこれは人工で作られている。

朝の早い時間には川に近づく人もいなく、近くに並列してある休憩所に人はいない。


ベンチにある枯れ葉を落とし、俺は大きな息を吐いて座った。


「はぁ~……生き返る」


大学とはどうしてこんなにも人が多いのか。

今まで屋敷の人たちとしか交流を持っていなかったしなぁ。

人の多さに酔い気味である。たまに頭がクラクラする。


そーいう時は一人になれるところに避難する。

最近は授業以外では、隠れてこそこそとボッチを堪能していた。


そりゃぁ……友達できない。


いやいや別に俺は大学に友達を作りに来たわけじゃないし。

性転換する方法を探りに来ただけだから。

しかしやっぱり人体に影響する魔法ってのは中々難しい。


そろそろシスターとして道を進むべきかもしれん。


はぁ今日も天気はいい。俺の心も陰っているが……。


「……んっ?」


静かな川の流れに交じって、断続的に誰かの声が聞こえる。

声大きく話している?それにしては声が遠いいような。


「なんだろう」


声は未だに聞こえるが遠ざかってる気がする。

けれど人がバタバタと走る音も聞こえてはきていた。


「追いかけられてる?」


どうするか迷って、俺は立ち上がった。

まぁ白昼堂々と問題を起こす輩もいないだろうが念のためだ。


川の向こうは人工的に作られた森林だ。

天然の森林よりかは歩きやすいし……ま、立ち入り禁止の札があるけど。


「えいっと」


柵は飛び越えてしまえばいいのだ。

ちょっと入るだけだから~危険とかの警告の札じゃないし。

大丈夫だろう。さてさて……誰が追いかけっこしてんだ?


音のする方へと俺は小走りで走った。

流石に森林の中を走るのは自殺行為だが……誰かさんも走ってるし大丈夫か。


転ばないように気を付けながら複数の足音がする方へ行く。

少し走ったくらいだろうか?案外近くに居たのか人影が見えた。


「……っと」


何事もなければ、何も言わずに去るぞ。

怒られても嫌だし、何勘違いしてんだと言われるのも嫌だしな。


「『サイレンス』」


俺はとりあえず足音を消す技『サイレンス』を掛ける。

一定時間のみ俺の周辺の音を消してくれる優れものだ。

時間がないから素早く、且つ隠れながら近づいた。


隠れながら一定の距離でサイレンスの技は切れる。

それでも十分に近づくことはできたので、こっそり盗み見。


そこには男三人に小さい少女がいた。

誰もが肩で息をしているようだったが雰囲気は異様だった。


これは……。


良く見ると少女は捕まったのか、一人の男が彼女の手を掴んでいた。

後ろで手を組まされて、拘束されているのが見える。

少女は遠くから見ても美少女で栗色の短い髪を振り回して拒絶していた。


俺はそれらの光景を目撃して……。


「さ……『サイレンス』」


ぼそりと再びサイレンスをかけて、ゆっくりと見られないように。


じりじりと後退し、逃げ出した。


ばっ馬鹿やろう!!白昼堂々と女の子に何やってんだ!?


顔面蒼白になりながら俺は森林を爆足で駆け抜けていた。


バカバカッ俺じゃぁ助けられないんだよー!!

悲しいかな俺は筋力も魔力も魔法の技能も碌にない一般人。


これが他の学生なら簡単に助けだしたことだろう。


しかし俺が出来る事と言えばこうして走り誰かに助けを求める事だけ。


「もぉおお!誰かッ」


何もできない自分自身に涙が出そうだっ!

しかし泣いてもいられない。彼女を一刻も早く助け出さねば。


バーンっと俺はやっと森林から抜け出せた。

運がいいのか校門近くまで出れたが、既に授業が始まっているせいか人の気配がない。


「なんでっ!」


さっきまで無駄に人が居ただろうが!!

そうだっ警備員がいるはずだ。その人たちに来てもらえばいいんだ。


俺は汗だくになりながら校門近くにいるだろう警備員を目指す。

既に体力の限界が来ていたが、そんな場合ではない。

死にそうな形相で警備員の近くまで走ると、誰かと話し込んでいた。


うちの学生のようで困り顔で警備員に話をしてるのだが……。


「ご、ごめんなさい!!たいへんっなの」


っと二人の間に俺は無理やり入った。

ぜぇぜぇっと息も絶え絶えだが、早く来てくれなければ……。


「ど、どうしたんですか?」


学生服を着た、やたら二枚目の赤毛の男が問いかけてきた。


「お、女の子、が……はぁ、おそ、おそわれ、て」

「なんだって?何処で!?」


赤毛の男は血相を変えて、俺の肩を掴んだ。


「し、森林……はぁ、あんない、案内するから来て!!」


俺は掴まれた肩を乱暴に振りほどき直ぐに駆け出した。

すると赤毛の男も一緒に走り出して俺の前を追い越す。


「襲われてるって、何人に?」

「えっと……はぁ、男3人」


息も上がらず赤毛の男はたったと走っていく。

その後ろで警備員さんも走っていて、俺は指で道を指しながら同じく走る。


森林の中に再び入り、俺の記憶力を頼りに走り抜ける。

目の前の赤毛の男は死ぬほどぜぇぜぇ言う俺を心配そうに振り返った。


「大丈夫?」

「えぇ!きに、しないでっ」


もちろんやせ我慢だ。しかしここで男を出さずいつ出すのか。


「女の子がっ襲われてるのよ!」


踏ん張りどころである、ここまで走ってきたらもう目と鼻の先のはず。


「ここを真っすぐ走って!!早くっ」

「わかった!」


俺はこの先にいるであろう場所を指さした。

あとは真っすぐ走り抜ければ、女の子がいた所に行くはずだ。

赤毛の男は俺が言うや否や、全力疾走しすぐに見えなくなった。


は、はぇ~……。


赤毛の男に続き、警備員さんもまた走って行った。

俺はよろよろと失速しながら、ようやく大きく息を吸い込んだ。


「ゼェ……ゼェゼェ」


肺と心臓が破裂して死にそう……おえっ

しかし立ち止まることは出来ない。万が一ってこともあるし。


「が、がんばれぇ」


俺、がんばれっ!もうちょいっもうちょい行けば着くから。


速足で森林を歩き、そろそろ人影が見えてきた。

遠くから6人いるのが視認出来るが、事態は膠着状態のようだ。


女の子が人質になってません……?


一人が羽交い絞めして拘束してるような気がする。

俺はこっそり木の陰に隠れながら様子を伺う。

赤毛の男が鬼の形相で威嚇しているのがわかるが……どうしよ。


いや、どうするもないわ。

俺の思考は今や何も考えられんのよ。酸素が足りん。


ふらっと木の陰から俺は出て行った。

そのまま膠着状態の現場までふらふらと歩いていく。


パキッと小枝を踏んずけて、その音が妙に大きかった。


悪者の男3人組が一斉に俺を見た。

なので、俺は何も考えず全力で走り女の子を捕まえている男にタックルしていた。


「うぉおおお」

「なんじゃ!?」


野太い男の声と女の子の声が入り混じった。

男は態勢を崩し、女の子は男の拘束から抜け出した。


その瞬間を待っていたとばかりに、赤毛の男が他の男たちを伸していた。

そして地面へと転がった女の子を拘束していた男を蹴り上げた。


悲惨な光景だったのだが、俺はタックルした勢いのまま地面へと倒れ込んでいた。

全身全霊でのタックルは捨て身過ぎて地面に全身を強打してしまった。


う、ぐ、うぅ。い、たい痛いぜ。


痛すぎて俺は身体の何処が痛いのかわからん。


「うぅ、……」


酸素不足か俺の視界はぼやけている。

痛みも合わさって目の前が霞んでいく……あれ?俺死ぬの??


「大丈夫かおぬし!?」


可愛らしい女の子の声で、じじくさい口調が聞こえた。

はて俺が助けたのは可愛い女の子じゃなかったか?


あまりにも摩訶不思議で、霞む視界の中で女の子を見る。


最初に飛び込んできたのはその小さな体に不似合いな胸だった……。


「も……」

「な、なんじゃ?どうしたんじゃ!」


ぷるんと揺れる、それは豊かなおっぱい。

小さい少女は大きく体を揺らすので、たゆんたゆんと揺れる。


かすれる意識の中で俺は無意識に口走っていた。


「もげてしまえ」


ぷつんと俺の意識と視界はブラックアウトする。


しかしぷるん、ぷるんと夢の中でおっぱいが揺れていた。

栗色の短い髪に幼さを残す可愛い顔と、その小さな身体で胸が揺れていた。


眠っていたフリージアの怒号が聞こえる。


自然の法則から逸脱するなと。


そこはつるーんっとまっ平らであるべきだと。


そう己の胸のようにな……!どうしてっなぜ貴女はそんなにっくぅっ


俺は夢の中で散々とフリージアの愚痴を聞いたのでした。


フリージア。諦めんなよ!お前はまだ16歳だから成長する安心しろ。


そう言って俺は慰めるしかなかった。




さてさて、ここは何処だろう?

目覚めるとそこは知らない天井でした。


白い真新しい天井が見える。

視線を左右に振ると右は窓、左が白いカーテンで仕切られていた。


い、医務室かな?


真っ白い部屋全体を見て一人納得する。

どうやら俺は気絶なのかしらんが、失神したらしい。


とりあえず起き上がろう……できなかったわ。


「痛すぎて、むり」


たぶん筋肉痛?あちこち痛い。もうちょっと休ませて。


ふぅっと体の力を抜く。

さっきの女の子大丈夫だったかな?


先ほどの場面を思い出して服の乱れはなかったなと思った。


「大丈夫、よね?」


俺は間に合ったんだよな?

不安が胸を染めるが、きっと大丈夫だと言い聞かせる。


もう会うことはないと思うし、事件は一件落着だろう。


「はぁ……」


今何時だろう?講義さぼっちゃったな。

授業料だって安くはないのだから出なければ俺の良心が痛む。


でも身体は痛いし今日は無理だな。

どのくらい眠っていたのかわからないが今日はこれでおしまい。


「なに、してるんだろう私」


人助けしとる場合かね。

未だにシンシアにもジークにもキールに会いに行けてないのに。


ここ一番で他人へ勇気を振り絞って助けている場合ではない。


そろそろ顏くらいは見せないと。特にシンシアには。

初日の入学式から逃げて、もう1週間だろうか。


ガッカリしているかな。

それとも、やっぱり入学は出来なかったと思ってるのかな。


うむ。うーむ。

よし、人助けもしたことだし。これは立派な行いだよな?


人に誇れることを一つしたんだし、シンシアに会いに行こう。

少しは胸を張って会えるかもしれない。


でも今は少しだけ休もう……ふと目を瞑った。


「……なんじゃ、まだ眠っているのか」


女の子の声がして、俺は驚いて目を開けた。

視界の先に栗色の短い髪と大きな目が印象的な女の子が立っていた。


「起きておるではないか。おはよう」


愛らしい顔立ちの少女の口調はやはりじじくさい。


「お、おはようございます」


で、合っているのか?俺は。

とりあえず寝たままというのも失礼なので、俺はがんばって起き上がった。


「いてて……」

「大丈夫か?どれこれを飲むとよい」


胸が大きい少女は鞄から怪しい緑色の薬瓶を出した。


「えっと……」

「遠慮はらんぞ。さぁぐっとお飲み」


にこっと笑う彼女に悪意はなさそうだ。

薬瓶を受け取り、恐る恐るこくんっと一口飲んだ。


ふむ。見た目に反してとってもフルーティなお味。


ぐびぐびと全てを飲み干すと、おや?体の調子がいいぞ。


「どうじゃ?」

「えぇ、すごく楽になったわ」


なにこれすごい!これって錬金術の類なのでは?

俺はじっと胸の大きい少女の制服を観察した。


この大学は制服の着用を義務付けられているのだが、制服には色々と指定がある。

一つは決められた配色であること。もう一つが入学した年度を制服に入れる事。


つまり何年に大学に入ったのかを必ず見える形で制服に刺繍しなければならない。


例外はいないので俺はパイオツでかい少女を見る。


ん、んん……せ、先輩だったか。しかも一期生だ。


「ありがとうございます先輩」

「なに、こちらこそ礼を言うぞ。助けられたのう」


空になった薬瓶を返しつつ、先輩の顔色を伺う。ふむ元気そう。


「いいえ。私は何も……あの、大丈夫でした?」

「わしは無傷じゃよ。それより何故あんな所におったのじゃ?」


……、……フッ。


「人に酔ってしまって近くで休んでいたんです」


えぇ、ぼっちになりたかったんです。とは言えぬ。


「そうか人込みが苦手か。若いのに珍しいのう」


若くもありません今年で34歳です。クズ野郎ですはい。

やめよう俺の話はさ、えっととりあえず貴方誰ですかね?


話も途切れた所で名前を聞こうとした時、男性の声が聞こえてきた。


「ビィシャ入るよ。どう?彼女は起きた?」


そういって二枚目イケメン赤毛の男性は顔を覗かせた。


「あっ起きたんだね。大丈夫?具合は」

「え、えぇ……先輩のおかげで」


ん、んん?赤毛の男よ何だねその馴れ馴れしい態度は。

まさか知りないなのかいアンタら。えっ偶然?


「あの~……お二人は知り合いで?」


二人を視界に捉えながら、どっちでもいいので問いかけた。

そしたら二枚目の方が先に反応して話し出した。


「あぁ僕たちは幼馴染なんだ」

「腐れ縁と言うヤツじゃな」

「酷いな。乳兄弟の仲じゃないか」


ほんわかと笑うイケメンと、スンとすました少女。

なるほど……兄弟のように仲がいいということなんだな?


けっして恋人同士ってわけじゃないんだな!?


もし恋人同士なら俺は助けなかったからな!

あっ妬んでるわけじゃない。あぁ何を童貞卒業してんじゃ死ね!


とか思ってないからっふあぁ良かったただの幼馴染で!


「そうなんですか。てっきり恋人同士かと」


俺は笑った。

目の前の先輩たちも笑ったので、ふむ友達関係な?な?


「あ、ごめんね。自己紹介がまだだったね」

「おっとそうじゃったな。わしはビィシャ・フロレンス。

 錬金系総合研究科・錬金術学部 高位錬金術を専攻しとる」


おっぱい先輩は錬金術師かぁ~。

それならさっきの薬瓶の効果も錬金術によるものだったんだな。


「僕はクレメンス・マグナス。学部は彼女と同じ」


爽やかイケメンの赤毛先輩の笑顔は眩しかった。

いや、そこじゃない。違う、今すごい引っ掛かりを感じたぞ。


「マグナス?ですか??」


あっれ~?どっかで聞いたことがあるような?

俺はじぃっとクレメンスさんの顔を見つめた。

すると焦りを滲ませて、何かを諦めたように肩を落とした。


「あ~……うん。そうだよね知らないわけないよね」

「クレメンス。お前の悪いくせじゃよ。隠すこともなかろう?」

「ううん、そうだね。えっと、僕は一応はね王族なんだ」


ははっと乾いた笑い声を上げて困ったように顔を歪ませた。


お、王族ですと!?


そこで頭の弱い俺はようやく思い出したのだ。


「マングマール国第三皇子クレメンス様!?」


くそデカい声で言うものだから、しぃっと王子に咎められた。


「す、すみません。でもあぁ私ってばお見苦しいところを」

「あぁベッドから降りないでっだから僕は身分を明かすのが嫌なんだ!」

「諦めるんじゃな。王族とはそーいうものじゃぞ」


王子はベッドから降りようとする俺を止める。

いやいやと断ろうとするが、何が何でもベッドから下ろしてもらえなかった。


「うぅ、不敬すぎて死にそうです」

「大丈夫。そんなことで不敬にもならないし、死なないよ」

「そうじゃそうじゃ。わしもほれ死んでおらんだろ?」


ケタケタと笑う先輩はとても楽しそうだった。

俺は楽しくないです。そしてもう帰りたいです。


めちゃんこ精神的に疲れた俺はこっそりため息をついた。


「それでお主の名前は?」

「あ、そうでしたね。私はフリージアです」


ぺこりと頭を下げるが、俺はここでやっぱりきちんと挨拶をせねばと思った。

他国の王子にご挨拶して頂いたのに自分もしないわけにはいくまい。


少し重い身体をベッドから下ろして俺は立ち上がった。


「先ほどは失礼致しました。

 私はクロノ王国第9階位エディーフィールド家長女フリージアと申します」


スカートを摘まみながらお辞儀をし膝も深く曲げて最高礼を見せる。


「エディフィールド家……!」

「まさかシンシア嬢の姉君か!?」


驚きの声と共に可愛い妹のことも知っているようだ。

流石だ、俺の天使な妹は有名人だからな!いいぞっもっと驚けっ!


内心ニヤニヤとしながら俺は顔を上げた。


「シンシアをご存知のようで、姉としても嬉しく思います」


「な、なんと驚きじゃ。全く似ておらん……!」


おらん、おらん、おらん……。


医務室に響き渡り木霊する語尾が俺の耳に入った。


ちらっと心の中のフリージアが血涙を流し俺を見ていた。

すまん。そこは俺にもフォローできんっすまんっ。

血涙を流すフリージアは悲し気に心の底でまた眠りについた。


俺は笑顔のまま、くそでかおっぱい先輩を眺めていた。


「お疑いで?」

「い、いや……すまぬ失言じゃった」


おい、おい、おっぱいよ。俺のフリージア泣かせておいてすまぬで済むかよ。


「失言?ですか??そうでしょうか?

 私とシンシアが似ていないのは事実ではありませんか」


あぁ似てないことなんて、生まれた時から知ってるよ。


母にも父にも似ていない俺の顔。

二人の遺伝子は母の美しい紫の目と、父の麗しいストロベリーブロンドのみ。


顔?平凡ですが何か?それでも整ってはいるだろ??ええ??


ちっこい先輩を俺は心なしか半目で見下ろしていた。


「事実を口にしただけなのに失言だなんて……」

「す、すまない。本当に申し訳ない」


初めておっぱい先輩は動揺したように震えていた。

どこか上から目線感が否めない所があったが、ほう反省したのかね?


すぅっと冷めていた目を一度閉じて、また開いた。

心配そうにおっぱい先輩を見つめるクレメンス様をチラ見してふぅっと息をつく。


「もういいですわ。私も意地悪が過ぎました。

 だから私を嫌いになってくれて構わないのでシンシアは嫌いにならないでくださいね」


今の俺の態度がシンシアの耳に入ったら悲しむだろう。


いかんいかん。怒りん坊は損をするぜ俺。落ち着くんだ。

ちょっと本当のこと言われたくらいでカッカすんなよ。


「……身体も良くなりましたし私は失礼させて頂きますね」


気まずいし、帰るべ。

俺は今まで寝ていたベッドを整え始めた。

先輩二人を無視する形で、粛々と整えてゆく。


おっと貴族のお嬢様がやる行為じゃなかったか?

いいや、別にこれっきり会うとも思わないし話さないしさ。


やっぱりエディフィールドの名前はなるべく言わない方がいいか。

今回は王族相手だったから正式に自己紹介したけど、それ以外の輩にはやめよう。


硬く心の中で誓いベッドも整えた俺は気まずそうな先輩に笑いかけた。


「本日はご迷惑をお掛けいたしました。

 ビィシャ先輩、先ほどのお薬ありがとうございました」

「あ、いいんじゃ……本当に今日は迷惑をかけた」

「僕からも申し訳なかった。君を巻き込んでしまって」


よくわからないが、俺は何かに巻き込まれていたのか?


「……よくわかりませんが、私は気にしてはいないです」


俺がそう言えば二人はほっとした表情をした。

別にこの人たちは悪い人ではないだろうし、俺も反省せねば。


「ではこれで……」

「待ってほしいんじゃ。おぬしを家まで送らせてはくれんか?」

「えっ??」


ビィシャ先輩からの突然の申し出に俺は大混乱。

いや、いやいやもう用はないでしょっ何々??


「えっと一人で帰れますから」

「じゃがのう、こちらの事情で申し訳ないが送らせてはくれぬか」


えぇー……まだなんか巻き込まれ中なの俺??

いや首を突っ込んだのは俺のような気がしてきたぞ。

助けに割って入らなければ、もしかしたら巻き込まれてないのかも?


俺はクレメンス様の方を見て問いかけた。


「ビィシャ先輩に送ってもらうわけにはいきませんよね?」

「いや、送ってもらってくれないかな?」


お前もか王子。


「……わかりました。では送ってもらいます」


王子にも言われたら断れません。

事情は聞かないし、聞きたくもないし?


「お願いしますビィシャ先輩」

「うむ大船に乗ったつもりでいるがよい」


小さい身体で胸を張るビィシャ先輩は可愛らしくもあった。

しかし視線をかっさらう大きな胸が揺れて、俺は……悲しい気持ちになった。


なぜだ。


「えっとでは帰りましょうか?」

「うむ。クレメンス、事後処理は頼んじゃぞ」

「わかった。ビィシャも気を付けてね」

「わしを誰だと思っとる?」


胸を揺らしながらビィシャ先輩は自身の胸を叩いた。


「わしは錬金術を世に知らしめた、大錬金術師じゃぞ!」


な、んだと?


「大錬金術師って……」


同じく、魔法と同様に衰退を余儀なくされた錬金術。

しかし聖女アンジュリーゼと双璧を成す少女が現れたのだ。


錬金術を世に広めた風来の大錬金術師。


俺はやはり頭の出来がよろしくないようだ。知ってたけど。


「あの風来の大賢者ビィシャ様?」

「おぉ知っておるか!そうじゃわしがその大賢者だ」


……なんで大賢者さんが襲われてるの?

意味わからん。いいや、もう聞くのもなんかヤダ。


「……帰ります。お疲れさまでした」


ふわぁっと羽が生えたように俺は素早く医務室を出た。

すると慌てたようにビィシャ先輩も付いてきた。


「またぬかっ一人で行くでない」

「はぁ~い」

「む?どうしたのじゃ??やる気のない顔をして」


あ、いいです。聞かないでください。

ジト目でビィシャ先輩を見れば、びくっと驚いていた。


「そ、そうか?疲れたのじゃな、早く帰ろうぞ」

「えぇ……本当に疲れたわ」


どっと疲れた。早く帰ってレイズに癒されよう……。

俺はビィシャ先輩と共に、帰路につくこととなった。


学校帰りにお店巡りをするつもりだったがまたの機会にしよう。


道中、俺は暇と気まずさで先輩に問いかけていた。


「先輩ってすごい方だったんですね」

「ん?そうじゃぞ、尊敬してくれても構わん」

「はは……」


可愛い先輩はニコニコと嬉しそうにしていた。

なんだろう?何が楽しいんだろう?


「言われなくとも、大学に通う皆さんを私は尊敬してます」


不正入学した俺なんかより、ずっと立派で尊い人たちだ。

しかも不純な動機だ。申し訳なさすぎて頭も上がらない。


俺は小さくなった大学を遠くから見上げた。


「私はここにいていい人間じゃありませんから」


誰に伝えるわけでもなく、自分だけに聞こえる声で呟いた。

再び歩みを進めて、街に建つ店や出店を横目に眺めた。


「なぁおぬしは大学で何を学んでおる?」

「私ですか?私は魔導系育種学を学んでおります」

「ほう。ほう……錬金術にも精通する分野だのう」

「そうですね」


錬金術は魔法と違って素材が重要だ。

調合する技術もいるが、優れた素材の有無が錬金術の効果を高めるらしい。


植物の育成と配合を俺は魔法を用いり研究する学問を学んでいる。


「あ、もうすぐ私の家に着きます」

「そうか。玄関先まで送るつもりじゃぞわしは」


そうですか……家に来ますか。


俺はこっそりため息をついて、トボトボと歩いた。

見えてきた富裕層地区にある一軒家を俺は指さした。


「あれが私の家です」

「おぉ!広いのぉ一階は工房もあるではないか」


ビィシャ先輩は家の前に着くなり興奮したように眺めていた。


「えぇ家族が奮発してくれたのですが……私は使っておりません」

「なんと!もったいないのう」


羨ましそうに眺めているので、俺は仕方なく工房の扉を開いた。


「入ってみますか?」

「いいのか!?すまんのう、好奇心が抑えきれないんじゃ」


そうでしょうとも。そして帰ってくれなさそうでしたもんね。


「どうぞ?掃除はしてありますから中は綺麗ですよ」


使ってないけどレイズが毎日掃除してくれるのです。


ありがとうレイズ。マジありがとう。


先輩は嬉しそうに工房に入り、キョロキョロと辺りを見回していた。


「おぉ!なんじゃこの部屋は!?最新鋭の器具が揃っておるぞ!」

「家族が奮発したみたいで……はは」


俺のような馬鹿には扱えない代物です。はい。

親の大きな愛に見合う学力がないので、俺にとってここは開かずの間にしていたのだ。


「ふぁ~クロノ王国製の器具もこんなに!すごいの~」


キラキラとした目で工房の器具を眺めるビィシャ先輩を俺は眺めていた。

すると勢いよくビィシャ先輩が俺に詰め寄ってきた。


「頼むっこの工房をわしに貸してはくれんか!?」

「へっ?」


大賢者様に御貸しするような立派な工房ではないと思う。


「大学の設備の方がよろしいかと思うのですが」

「いいやおぬしは分かっておらん!この宝の山を見てもそういうのか!」


ばーんっと両手を広げられても、俺はよくわからないし。


「すみません。私は学も浅く、ここにあるモノの価値はわかりません」

「むっむむむ……使っておらなんだろ?」

「えぇ」

「だったら、少しだけ、ちょっとわしが使っても良いじゃろ?」


きゅ~んっと仔猫がごはんくれって催促する時の目と似ていた。


あ~……この目に弱いなぁ俺。こう妹にもそれされると弱いし。

さてどうしようかなと思っていた時に、工房から二階に続く階段からレイズが顔を出した。


『フリージア。帰ッタ?』

「え、えぇレイズ。ただいま……」

「ななななななっ!!!自動人形じゃと!?」


あ、あぁ~……。


ばびゅんっとビィシャ先輩はレイズに飛び掛かっていた。

しかし軽やかなステップでレイズは避けると、俺の方へと近寄ってきた。


『今日ハ帰リガハヤイ。体調ワルイ?』

「少しだけね?でも学校の先輩にお薬もらったから平気よ」


可愛い黒ウサギの頭を撫でている間にビィシャ先輩はハァハァと息が荒い。


「……えっとこの家を管理してもらってるレイズです」

「自動人形までもあるとは、しかもなんと精巧な」


そら一応、時の12階位が金と権力で作った一品ですから。


「ほぉ~なんと、なんと……やはり、わしここの工房使いたいぞ」


うっわ~……やっぱりそうなるか。

う~まぁ~折角の器具を無駄にしないで済むと思えばいいのか。


キラキラと瞳を輝かせる先輩に俺は心が折れて、小さく頷いた。


「レイズ。こちらの方に明日から工房を使わせてあげて」

『了解シタ。登録ヲ開始スル』

「おぉ!すまぬのおう♪」


全然すまないと思ってないよね?

レイズはちっちゃい先輩の前に行き、登録作業を行っていた。


俺の招待なく家に入った場合、レイズは容赦なく家から追い出すからね。


それでも家に入ろうとするヤツはレイズの剛腕に叩きのめされる。

死人が出るレベルまで設定してあったんで、半殺しくらいに引き下げたけど。


『登録完了。ビィシャ・フロレンス。

 明日カラ一階ノ工房ノミ、自由ナ出入リヲ許可スル』


レイズの登録も終わったようなので……。


「先輩もう帰ってください」

「おっと!す、すまぬ。そうじゃったな体調が悪い中すまなかった」


そうそう。俺を家まで送り届けるっていう目的忘れんなよ。


ビィシャ先輩をとりあえず追い返し、俺は二階の住宅へと登った。

疲れたわぁと制服を脱ぎ、ラフな格好のままベッドに乗り上げた。


『フリージア。熱ハ?』

「もう……大丈夫よ。子供じゃないんだから」


黒ウサギのレイズは、俺の勘違いだけど心配そうだった。


なんか可愛いので俺はレイズを持ち上げた。


「でも、ちょっとだけ一緒にいて」

『ワカッタ』


俺は今日の疲れを癒すようにレイズを抱き枕にした。


あぁやっぱり、我が家は安心する。



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