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TransSexual  作者: 風花
7/22

6.別れ


「え?」


俺の間抜けな声が部屋に響いた。

サラサラとしっかり握っていないと指をすり抜ける髪が落ちる。


「……明後日、私はこの国を出ると言った」


白い髪が七色に光る。美の結晶のようなキールは振り返った。

キールの髪を弄っていた俺はその綺麗な顔を見上げる。


「隣国に留学することになった」


そこで俺は漸くすべてを悟ったのだ。

優秀らしいキールは魔法の研究が進む隣国へ御呼ばれしたのだと。

妖精の愛し子だし妖精と会話もできるし、魔力たっぷりだし。


「……そう」


俺はただそれだけ呟いた。

思っていた以上に俺は傷ついているのか?


週1で会っていたし、会話だってそこそこしてたし。

今だってお昼休憩中の時間で、恒例の髪結びしていたしさ。

ちょっとは仲良くしてたと思っていたんだけど……違ったらしい。


直前になるまで留学のこと教えてくれないんだから。


俺たちは友達でもなんでもなかったんだ。


俺は手元を凝視した。

白い日焼けのない自分の手を見てため息が出そうだった。


「フリージア……」


いつになくキールの声も硬い。

俯いたまま俺は顔を上げなかったし、顔を見れなかった。

するとキールの長い指先が俺の顎をくっと上げた。


「私を見ろフリージア」

「……なぁに」


ぺちっとキールの手を叩きながら俺は見上げる。


「拗ねているのか?君が」


不思議そうに尋ねられた。

拗ねる?それはちょっと違うさ……俺は寂しいんだ。


「違うわ。ただ寂しいだけよ」


ひゅっと息を飲む音がした気がした。


「少しはキールとの仲は悪くないと思っていたの。

 でも、そうでもないみたいだから……恥ずかしい私」


勝手に仲良しだと思ってました!

キールとも友達だって俺は密かに考えていた。


そうだよな?

キールは15歳。俺は7歳だ。歳の差を考えればわかること。

中身が25歳の男であるがキールは知らないだろうしな。


ガキと友達なんて思えないよな。


「でも話してくれてありがとう。

 向こうに行っても元気でいてください」


俺は精一杯、笑えてるだろうか。

やはり俺はボッチなのは変わらないらしい……。


寂しいって思いながらも最後の別れだと思って俺は笑った。


「馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、本当に馬鹿だな」


っとキールは言葉とは裏腹に俺を抱きしめていた。


えええええ??


ナデナデと慰めるように俺の頭を撫でてきた。


「私とフリージアが仲良しじゃなかったことなんてあったか?」


はぁ?出会ったその日に俺は泣かされましたが?


「……出会った時、泣かされたわ」

「それはすまなかったと言っているだろう」


意外としっかりとしたキールの腕の中で俺は身じろぐ。

しかしキールは俺の背中を撫でるだけで放してはくれない。


「じゃぁ……私たちってお友達?」


俺はキールの胸に埋めていた顔を上げた。

これで違うって言われたらロリコン野郎として警察に突き出す。


「……。あぁ」

「本当に?」


その間は何だよ。


「あぁトモダチだ」


片言だぞ。

キィっと俺の目が細くなる。


「私とフリージアは友達だ」


言質はとったぞ!やったー!友達第2号♪


「うん。ありがとう」


俺の勘違いじゃなかった……よかった。

自然とニヤけ面になるが、今日だけは許してほしい。


若干、固まったままのキールの腕から抜け出しチラチラとキールを見る。


「そ、それで?いつ帰ってこれるの」


友達なら聞いてもいいよな?

留学ってどれくらいだ1年?それとも3年??

伺うように見つめているとキールの顔が悲しそうに歪んだ。


「わからない。向こうでそのまま永住する場合もある」


ガガーンっと俺はショックを受けた。

な、なに!?折角、友達になれたのに俺は友達を失ってしまうのか。


思わずうりゅっと涙が出そうになった。


そしたらキールが慌てたように言葉を付け足した。


「万が一の話だ!私は帰ってくるつもりだ」

「そう、なの?」


いやでも今言ったじゃん永住の可能性もあるって。

……やばい幼女の脳みそは感受性豊かである。涙がマジで出そう。


「あぁっだから泣くなフリージアッ」

「泣いてないわ……でも、寂しいの」


いつ帰ってくるかもわからない友人。

こうやって話したりするのも最後だと思うとなんか寂しい。

肩を落とす俺にキールはワナワナと震えていた。


「ど、どうしたんだフリージア。

 今日は、そのずいぶんと素直じゃないか」

「可笑しなことを言うのね。私はいつだって素直よ」


素直じゃなかったことなんてあったか?

俺はいつだって思ったままを言葉にしていたし、行動してきた。


「だから、いいのよ私に気を使わないで。

 キールの人生だもの好きに生きたらいいの」


俺のような幼女に泣かれたら大の男は嘘でも優しい言葉をかけるだろう。

駄目だ駄目だ。キールを嘘つきにはさせたくはない。


「フリージア。君はそう言うが本心じゃないだろう」

「うん?」

「少しは我がままを言ったらどうなんだ?」

「え?」


キールは俺の両手をその大きな手で握った。

ぐっとキールとの距離が縮まる。


「言ってみる気はないか?」

「なに、を?」

「寂しいから帰ってきてと」


金の両目がキラキラとしていて吸い込まれそうだった。


「でも……キールに迷惑はかけられないわ」

「違うだろう。私に言いたいことはそれか?」


俺は息を飲んで言葉に出来ない想いが口から出そうだった。

唇を開くが音にならずに、何度も空を切った。


「ぅ……」

「なんだフリージア」


じっと妖精のような男は俺の言葉を待つ。

目の泳ぐ俺の瞳を逃さずじっと覗かれていた。


俺はごきゅっと唾を飲み込んだ。


「か、……」

「うん」


「……帰ってきて」


か細い声はそれでも言葉になって出てきた。

恐ろしいような気持ちになって俺の身体は震えていた。


不安で金色の目を見つめると、ふわりとキールが笑った。


「わかった。何があろうと私はフリージアの所に帰ってくる」


白い髪が七色に光り、さらさらと流れていく。

キールの笑みは今まで見たことがないくらい綺麗だった。


「キール……?」


俺のカサついた髪をキールが弄り出した。

あまり手入れが得意ではない俺の長い髪は細い指先にあった。


「泣き虫だな」


言われて初めて、俺は泣いていることに気づいた。


どうして泣いているんだろう?

俺は驚きとともに流れ出た涙を拭う。


「どうして泣くんだ」

「……」


きっとたぶん、これは嬉し涙ってやつか?


「ううん。もう泣かないよ」


寂しい気持ちと、帰ってきてくれるという嬉しさに心が追い付いてない。


ごめん。困らせてごめんだけど……だけど、よかった。また会える。


ハラハラと流れる涙がうっとうしい。

早く止まらないかなと涙を拭うと、ちゅっとリップ音が聞こえた。

音の方へ見るとキールが俺の髪にキスをしていた。


「……帰ってくるから。だから約束してほしい」

「なに?」

「私の前以外で絶対に泣き顔を晒すんじゃない。いいね?」


元よりそんなに人前で泣いたことないんだけど。

俺は涙をしっかりと拭いて呆れたように言った。


「キールの前でしか泣いたことないよ」


目を見開くキールのなんと間抜け顔だろう。


「変な顔」


クスクスと笑うと髪をぐちゃぐちゃにされました。


なぜ?



そして2日後、俺は友達第2号のキールを見送りに出かけた。

いつ帰るのかわからない友人との別れは辛いものがありました。


キールが帰ってこないっというのも考えてはいた。

それでもいいと俺は思うけど、俺は待ってみることにした。


「キール。気をつけてね」

「あぁフリージアも身体に気をつけて」


そう言うとキールに俺は金色のリボンを手渡された。


「え?」

「これ見て私を忘れないように」

「忘れたりしないわよ。私を何だと思ってるの……でも、ありがとう」


俺はそれを大事に髪に括りつけた。

そしてキールを手招いて、屈んでもらうように誘導する。


「貴方の旅路が幸多からんことを『グッドラック』」


ちゅっと俺は無防備なキールの額にキスをした。

するとキールの身体は小さな光に包まれてたが、その光はすぐに消えていった。


『グッドラック』は相手の幸運を上昇させる効果がある魔法だ。と言っても心持ち。多少は。の微妙な感じの魔法効果である。

初歩中の初歩の魔法で。こんな魔法を使えるのは今は俺くらいだ。


でも、これらの魔法だって俺にしたら大事な習慣だ。

俺の生まれた国では旅の安全を願って、家族とか恋人に送るのが通例だ。


「……なんだ」


低い声をだすキールは良くわかってないらしい。


「旅のおまじない」

「……おまじないね」


ははっと乾いた笑い声でキールは困ったなぁっと呟く。


「行きたくないなぁ」

「何言ってるの。いってらっしゃいキール」

「あー……はいはい。行ってくるよフリージア」


また会おうっと言ってキールは行ってしまいました。

俺は寂しさを抑えながら、屋敷へと戻っていくのだった。


しかしここで終わらないのが、俺の運の悪さ。

悪いことは畳みかけるようにやってくるのだ。


キールを見送った早朝。

その午後のことだった……ジークが訪ねてきたのは。

俺はこの唐突な来訪に嫌な予感を募らせてつつ会うことにした。


「ごきげんようジーク。今日はどうしたの?」


ジークを自室に招きながら、ソファに座るな否や問いかける。


「……ごきげんよう。今日はせっかちだね」


珍しそうに笑われてしまった。

俺はさっきから心臓がバクバクして死にそうなんじゃ。

息の根を止めるなら早くしてほしい。


俺は俯き、視線も外しつつ呟いた。


「ジークも隣国に留学に行くのでしょう……?」


カシャンッとカップが雑に置かれる音がした。

見るとソファーにふんぞり返ったジークが俺を眺めていた。


「……ジーク、も?」

「今日、キールが隣国に留学していったの」


ついさっきの出来事である。

未だに心の中がぽっかりと抜けてしまったままである。

胸を押さえながら、髪に付けた金色のリボンを撫でた。


ぴくっとジークの瞼が震えた。


「へぇキール様が留学ね」

「えぇ。ジークも優秀だし……行くのでしょう?」


珍しくジークはイライラしたように足を痙攣させていた。行儀が悪いからそーいうのしない子供だと思ってたんだけど。


「……確かに今日はそのことを知らせる為に来たよ」

「やっぱりそうなのね」


俺は心臓が破裂した。胸から血がドバドバと流れていく。

やばい死にそう……胸を裂くような痛みはズキズキと染みわたる。

泣かないって約束したから、泣きはしないけど……。


「僕は1か月後に隣国に留学はするが長期の休みには戻ってくるつもり」

「……そうなの?」

「あぁ。キール様は違うの?」

「えぇいつ帰れるのかわからないって言っていたわ」


意気消沈していると、いつの間にかジークの貧乏ゆすりが終わっていた。


「半年に一度は必ず帰ってくるよ」

「そんなに帰ってこれるの?」

「あぁ。僕は交換留学生なんだけどね」

「やっぱりジークはすごいわ。

 頭も良くて、魔力に恵まれて……私は羨ましい」


俺にもそんな才能があれば隣国にいけたのにな。

あーあ。上手くいかないよな人生って。


「そんなに隣国に行きたいの?」

「えぇ魔法とか魔法とかを勉強しに行きたいのよね」


主に男に性転換する魔法か魔法薬の一端を勉強したい。

俺の今の楽しみってそれぐらいしかないしなぁ~。


まぁ頭の出来が悪い俺が勉強したぐらいで習得できるとは思えない。

人体に作用する魔法ってすげぇ超高位魔法に分類するしな。


はぁもうこのまま女の子だったら出家しよ。

男と恋愛とか結婚とか、考えられないし……無理だろ。


「何をそんなに学びたいんだ?魔法の」

「え?それは……」


ここは正直に言ってみるべき?

むしろ困っている友人を助ける気はない?とか言うべきか。


うーんお友達1号のジークになら話しても良い気がしてきた。


友達ってそーいうのを言い合ったりするもんなんだろ?悩みとか。


「笑わないって約束してくれる?」


ばっかそんなの無理だよ!とか話しても言わないよな?


「内容によるけど」


うー……そうだけどさぁ。

俺の全部を話そうって言うんだ、そっちも覚悟してもらいたいぜ。


「駄目よ。約束してくれないなら話さない」


強い口調で俺はジークに言った。

そろそろ自分一人で抱えるには苦しくなってはきていたんだ。


俺はアレイズだ。しかしフリージアでもあってと頭がぐちゃぐちゃだ。


それでも俺は生きていて、友達も出来た。

気味が悪いと思われるだろうか?頭がおかしくなったのかと。

初めての友達に嫌われるのはそれでも嫌だなぁ。


せめぎ合う想いを俺はジークの一言で決めることにした。

一人勝手に緊迫しながら固唾を飲んで言葉を待った。


「……、……笑うわけないだろう」


困ったような表情でジークは頷いた。

俺をジークの言葉を飲み込んで、静かに顔を上げた。


「嫌いに、ならないでくれ」


俺は初めて、フリージアではない口調で話し出した。

今まで一度としてフリージアの言葉遣いを崩したことはなかった。


ジークは目を見開いたが黙ってまた頷いた。


「俺が魔法を学ぶ理由。それは男になりたいからだ」


言ってしまった。言っちまった。

あぁどうしようっ言葉遣いだって俺だ。俺なんだっ!


気持ち悪いだろう。あぁ言わなきゃよかった。


恐ろしくて俺は目を瞑っていた。

すると大きなため息が聞こえて目を開けてジークの方を向いた。


「それにも理由があるんだろう?話してくれないの?」


普通の顔をしてジークはそこにいた。

その美しい金と銀のオッドアイに嫌悪の色はなかった。


「……信じてくれるか。わからないけど」


そう前置きして、俺は今までの事を話した。


生死の境を彷徨って、思い出さなくてもいい記憶までも思い出したこと。


前世が男で、その男が25歳花屋の店長だったこと。


300年前に滅んだ魔法大国の出身であること。


そして、男であるから男の身体でいたいという願いも。


長いようで短い時間で俺はずっと抱えていた秘密を暴露した。

心はスッキリしたが、最後まで黙って俺の話を聞いたジークの反応を恐れていた。


「なるほど」


一言そう言ったジークは立ち上がり俺の隣に座りなおした。

ジークの所業を目で追い、俺はじっとジークの顔を見上げた。


「辛かったな。誰にも話せず、ずっと苦しかったんだろう」

「ジーク……」


笑っていた。ジークは優しい口調で俺の頭を撫でていた。


「年上だったなんて」

「……ガキさ。ジークの方が大人びているよ」


こんな子供の言葉を信じて、そしてこちらの気持ちを察するんだから。


ありがとうジーク。ありがとう……信じてくれて。


「その口調が本当の君なんだね」

「それは……ちょっと違うと思う」


フリージアと俺は混ざり合っている。


「どっちも俺だよ。私だよ。

 女の子だったフリージアは確かにここにいたんだ」


俺が全面に出てこなければフリージアは消えなかったのかもしれない。


記憶の中のフリージアは俺であったが俺じゃない。完璧に全くの違う人生を歩み、悩み、そして生きていた。


「じゃぁ僕はどう君を呼んだらいい?」

「え?フリージアでいいよ」


アレイズ・ニアリィはずいぶん昔に死んだんだ。

その名前で呼ばれるのは今は可笑しいだろう?幼女だぞ俺は。


「……ふぅん?」

「もうっ私は7歳の第9階位エディフィールド家のフリージアよ!」


ふぅやっぱりこっちの話し方の方がしっくりくるぜ。

この幼女の容姿で俺のような男の口調はやっぱり違和感だらけだ。


男に戻った暁には俺は俺として生きるけどな!


「わかった。わかった。いつもどおりフリージアって呼ぶから」

「えぇそれでいいわ」

「ふふっそうじゃなきゃね。

 暗い顔なんて君には似合わないよ。何時ものように振舞えばいい」


隣でジークは嬉しそうに笑ったがスッと表情は消え、髪に括りつけた金のリボンを触った。

リボンが気になるのか??


「あ、それ綺麗よね?」

「どうしたのこれ」

「キールに貰ったのよ……これ見て私を思い出せって言うの」


言われなくたってキールを忘れたりしないのに。

俺は可笑しくて笑うとジークはするりとリボンから手を離した。


「フィッシャー家の猫の文様入りのか」

「そうなの?かわいい猫の刺繍があるとは思ったけど」


俺ってばそーいうの12階位の象徴とかうろ覚え。

ちなみに俺の家は大輪のひまわりが象徴だったりするぜ。可愛いだろ。


「……ねぇ僕に君の指輪をくれない?」

「え?」

「僕が君を忘れないように何か持ちたい」


俺は自分がつけていた指輪を見た。

人差し指には俺と同じ瞳の色の紫の宝石がはめられていた。

角度で宝石の中にひまわりの文様が出てくる指輪。


特に高価なものではないし、それにこれは俺が作ったものだ。

試しに自分自身に『ドレイン』かまして結晶化した俺の魔力の宝珠。


小さい宝珠に使い道もなく、そうだ指輪にしようと作ってみた。

実は宝珠は2つあって片方はシンシアにネックレスとしてあげたのだ。


「いいけど。こんなのでいいの?

 見た目は宝石に見えるけど、ただの魔力の宝珠よ」

「見たらわかるよ」


まぁ知っているなら別にいいけど。

俺は人差し指に嵌めていた紫の石が付いた指輪を外した。

手の平に乗せてジークに差し出した。


「ありがとうフリージア」

「物好きよねジークって」


ジークは指輪を受け取ったが指に嵌めようとはしない。きっと小さすぎるのだろう。どの指にも入りそうもない。


「どうするのそれ?」

「チェーンに通して首に下げておくよ」


そのままジークは大事そうに指輪をポケットにしまった。

そして何を思ったのか、懐から懐中時計を取り出した。


「フリージアにはこれをあげる」

「……高そう、なのだけれど」


等価交換にしては白い金属で出来た獅子の模様が描かれた懐中時計は高価そう。


「受け取ってくれ」

「……でも。そんな大事そうなもの頂けないわ」

「いいから。持っていてほしいんだ僕が」


押し切られる形で俺は懐中時計をもらった。

ずっしりと重く、獅子の文様がとてもかっこいい。


男心をくすぐる代物だ。


「ありがとう。気を遣わせたみたいでごめんなさい」


嬉しいから貰っちゃいますけどね。


「気に入ってくれたらそれでいいよ」


心なしかジークの機嫌がいいように感じた。


「さて長居してしまった……そろそろ行かなくちゃ」


ジークは名残惜しそうに言う。

留学するためにいろいろと忙しいのだろう。

準備もしなきゃいけないし、色々な方に挨拶もしなきゃいけない。


忙しいのにこうやって会いに来てくれて嬉しい。


「……ジーク。また会いに来てね」


俺は立ち上がろうとしたジークの手を引いた。

フラついて態勢を崩すその隙に俺は出来る限り背伸びをした。


「貴方の旅の無事を祈ります『グッドラック』」


精一杯のばした背はおでこに届かなくて頬にしてしまった。


キラキラとした光の粒子はジークを包んだ。


「フリージア……」

「え?きゃっ」


俺はジークに抱き着かれた。


「君にも幸運が訪れますように『グッドラック』」


「わっ」


同じように俺の頬にキスをしてグッドラックの魔法をかけたのだ。

ジークの腕の中で俺は驚いて、男前のその顔を見つめた。


「この魔法のこと知っているの?」

「いいや。フリージアのを真似てみただけ」


こいつ、天才か!?


見よう見まねで魔法の発動条件を見抜いたのか。

グッドラックの発動条件はもちろん魔法の言葉と対象者へのキスだ。


「すごいわ。見ただけで出来るものじゃないわ」

「ん?僕も強くなるために努力しいてるってことだよ」


ジークは俺を放して衣服を整えた。

俺も立ち上がって大きく見えるジークを眺める。


「それよりフリージア。この魔法を僕以外にやったことは?」

「あるわ」


キールについさっきやったぞ。

それ以外は特に誰にやったこともないけど、それが?


ジークは頭を抱えていた。頭でも痛いのだろうか。


「もう、いや僕はいいけど……あまりやらないように」

「私だって親しい人にしか出来ないわ」


キスしなきゃいけないんだぞ?

そもそもグッドラックの魔法は親しい間柄じゃないとやらないんだからな。


「いいこと?ジーク。むやみやたらに今のしちゃダメよ」


お前の面でほいほいやってみろ?いずれジークが刺されてしまう。

俺は大切な友達を失いたくないからな。


「……はぁ。それでこそフリージアなんだけど」


なにかねその言い草は?


「心配になるなぁ留学するのやめようかな」

「貴方まで何を言っているの」


あーっとジークは変な声を出して唸り出した。


「あーそう。ふーんキール様もね、なるほど、はいはい」


一人何やら納得しているらしい。

俺は首を傾げてただジークが自分の世界から帰ってくるのを待つ。

ふぅっと息を吐いたら何時ものジークが呆れた顔をして立っていた。


「……心配だけど、留学はするよ。

 強くなるために行くんだ。今のままじゃ弱いままだから」


ジークが弱いところなんてあったか?

あっ出会った時は泣いてたけど……それ以外にはない気がするけど。


シンシアを助けてくれたし、倒れた俺を介抱してくれたし。


「貴方は弱くないわ」

「ありがとう。でも僕も男だからもっと誰にも負けないくらい強くなりたいんだ」


ふむ。11歳だもんな。

男は強くてなんぼだし、ジークはそれだけの力もあるだろう。


どんな大人になるんだろうなぁ


「そうねその気持ちはわかるわ」

「うん。だから……その時まで君は一人でいてね」


切なそうな瞳が俺を見ていた。


「……はぁ?言われなくても私は一人よ」


男になれなかったら出家だから。

神様に身も心も捧げる覚悟なんで気にしないでくれ。


「男になれなかったら、私はシスターになって神様に仕えるの」


えっへんと人生設計は完璧だと胸を張る。

ジークは考えるように手を顎に添えていた。


「今のところはそれでいっか。安心したよその調子で頼む」

「う、うん?」


応援されたってことでいいのか??

何だか腑に落ちないけど、他意があるようには思えない。


「ま、任せて?」

「あぁ。それじゃフリージア今度こそ時間だ。

 またね……半年後の再会を楽しみにしているよ」

「うん。待ってるね」


痺れを切らしたジークの執事さんが部屋をノックした所で俺たちは別れた。

それからジークに会うこともなく、出発の日になっても見送りを断られてしまった。


見送られるとやっぱり決意が揺らぐから、と。


だから俺は見送りには行かず、自室の窓から外を眺めていた。


青い空は雲一つなく晴天で、門出には丁度いい。

今頃は何処にいるだろう。

事故に合ったりしてないかな?大丈夫かな?


……また会おうねジークフリード。


こうしてキールとジークは遠く離れた隣国へと行ってしまった。


そして更なる悲劇が俺を襲うのだ。


「しししししっシンシアも留学!?」


俺は仰天して、後ろ向きに倒れ込んだ。

天使である妹も隣国へと留学することとなり、俺は自室に籠った。


「お姉さまっ出て来てお願いっ」

「フリージアいい加減いしなさい!これは名誉なことなのよ!」


わかってるわ!んなことはっ!

でも嫌じゃー!!シンシアまで居なくなるなんて嫌じゃー!


俺はベッドに一人、ふとんの中で泣いた。

めっちゃ泣いて泣いて、そして涙が枯れ果てるまで顔を出さなかった。


真っ赤に腫れた目元に両親は真っ青な顏になった。

しかしシンシアだけは、顔を赤くして怒っていたのだ。


「私だってお姉さまと別れるのは嫌だもんっ」

「シンシア……」

「でもっでもっ私もっと魔法のこと学びたいの!」


泣き出しそうな妹に俺は目が覚めた。

俺はその小さな身体で大きな力を持つシンシアを抱きしめた。


「ごめなさいシンシア。私が馬鹿だったの」

「お姉さま……」

「姉である私が妹のシンシアを困らせちゃ駄目ね」


幼いシンシアの決意を無下にするわけにはいかない。


「頑張ってきてね。私はいつでもシンシアを応援しているわ」


だったら俺が出来ることはひとつ。

頑張ろうとするシンシアを応援することしかできない。


「お姉さまっ」


姉妹の麗しい愛情を確かめ合った。

そして幼いシンシアのみを隣国に行かせることはできないので母も付いていくことに。


母とシンシアは支度を済ませると隣国へと旅立った。

残された父と俺は静まり返った屋敷で穏やかに日々を過ごす。


「寂しいかいお父様ひとりじゃ」

「ううん……大丈夫。私は強い子なのよ?」


イケメンな父を見上げて俺は言う。


「でも、私にも才能があればなって……」


そうしたら彼らと一緒の所へ行けたのに。


なんて、情けないことは言葉には出来なかった。



そして月日は流れる。




幼少期編は終了。

そしてお話のストックも終了しました。

次回でやっと本編が始まりますが、作者は執筆が遅く……お待ちください。


風花


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