5.初めての友達
絶賛魔法ブーム到来。
素晴らしい……俺はこの時を待っていた。
新聞片手に俺は嬉しくて嬉しくて身体が震えたよ。
今日の記事も素晴らしい内容だ。
隣国との共同研究を我が国は締結し才能を持つものを率先して留学させるんだってよ。
おぉこれでさらにこの国は潤うのか。
何々……ほう稀代の天才アンジュリーゼ嬢も新プロジェクトを発足か。
んでアンジュリーゼ・レッドストーンは庶民出の少女だったらしい。
その才能が開花したのは、なんと物心ついたその瞬間らしいと新聞の記事に書かれている。
天才じゃん。
この間の論文を発表して以降もじゃんじゃん失われた魔法を復元。
精力的に活動し、飛ぶ鳥を落とすほどの万進中。
貧しい人々にも分け隔てなく彼女はその知識を教え、聖女として崇められたとある。
すごい。素直にすごい。
しかも記事にはその容姿の美しさも記されていた。
金髪で碧眼。愛らしい顔で誰からも愛される美少女らしい。
「へぇ~」
ぴょっこりフリージアちゃんが顔を覗かせた。
落ち着き給え。君の出番は今のところないからね。
記事を読み進め時代が魔法の便利さを痛感させる内容ばかりだ。
中には300年前の惨劇(一夜にして国が滅んだこと)を忘れたのかとの記事もある。
しかしいずれにしろ、便利な力は危険を伴おうが手を出すだろう。
新聞をテーブルに置き、窓の外を眺めた。
「誰でもいいから早く男になれる薬作ってよ」
ただ俺はそれだけを願っているのだ。
「お姉さま遊ぼう?」
「えぇいいわよ何する?」
麗らかな午後。久々に妹との暇な時間がかぶりました。
妹は学校へ行っているし、俺も自宅学習と魔法の勉強で外へ出る。
こうして午後を一緒に過ごすことは稀である。
そして今日も妹は天使であった。
可愛いふんわりしたピンク色のドレスを着用。
あ、俺ですか?身の丈に合った薄いグレーのワンピースを着てます。
動きやすいしキラキラしてないしお気に入りですわ。
「え~っとえっとね」
シンシアは何して遊ぼうっとウキウキしてる。
可愛すぎるんだけどこの妹。なんなん?天使なの??
「じゃ、じゃぁお庭で遊びたいわ」
「あら良いわね」
今日はぽかぽかお散歩日和でもある。
俺は少し小さい妹の手を取り二人で自宅の庭へと繰り出した。
整備された庭は美しくこの時期はバラが満開だ。
「お庭が綺麗ね」
「うん綺麗。あ、お姉さまっ花冠作ろう?」
「……いいけど」
まさかバラで作る気じゃないだろうな?
っと俺がドキドキしているとシンシアに連れられ庭の芝生の所にやってきた。
そこは整備はされてはいるが、一部に雑草と花が生い茂っていた。
「ここなら摘んでも怒られないよね?」
「そうね。シンシアは物知りねぇ」
俺こんな所知らんかったぞ。
庭の中心部から離れた隅っこの場所は日向ぼっこに最適な芝生ですらある。
俺たちは小さな花が咲く地面に座りポキポキと手折っていく。
花冠かぁ懐かしい。
花屋の店長たるもの、こーいうのも出来て当然である。
するする~っと花たちを編み込んでいく俺の傍らで……。
「あ、あれ?んぅ~?」
シンシアはぐちゃぐちゃに花を取り扱っていた。
……ん?可笑しいなシンシアって俺より優秀な子供だったよな?
勉強、最上級。容姿、最高傑作。運動、ピカ一。な女の子なんだぜ?
俺とは違って頭の出来も運動神経も抜群の幼女だぞ。
それが花冠ひとつまともにできないだと?
「もしかしてシンシア、不器用?」
「ぁっ……うぅ」
指摘するとシンシアは可愛い顔をもっと愛らしくして赤らめた。
うわっ美少女の赤ら顔すげぇ~……可愛いなぁ。
しかし不器用とは。この完璧超人幼女の唯一の弱点かよ。
どこまで完璧なんだ妹よ。
出来すぎる女の子はモテないけど、不器用をプラスするだけでめちゃんこモテるぞ。
将来はどんな女の子になっているんだいシンシア。俺はちょっと心配だよ。
「……ほら、シンシア。私のをあげるわ」
完璧な出来栄えの俺特製の花冠をシンシアの頭に置く。
美少女っぷりが10倍になった気がする。
「え?」
「ふふ可愛いシンシア」
俺はクスクスと笑い可愛子ちゃんの妹に笑いかけた。
白い花の花冠は顔を赤くして俯く少女によく似あっていた。
そしてぐちゃぐちゃのシンシアの花冠を俺は自分の頭に乗せた。
「どう?」
「お姉さま……」
おいこら可愛いって言えよ。
「可愛い?」
「う、うん」
目が泳ぐシンシア。なんだよーその心ない言葉は。
ま、花冠なんて似合わないか。
しかし折角作ったのだし、そのままにしておくか。
「はぁそれにしてもピクニック日和ねぇ」
「ピクニック?ってなぁにお姉さま」
あ~庶民のするようなことって貴族って知らなかったりするのか。
「ん~?こういうお天気の日にお散歩して、お茶とかご飯とか外で食べることよ」
「わぁ素敵ですわ!」
花が綻ぶように笑うシンシアにお姉ちゃん魂が疼いた。
「……じゃぁピクニックする?」
「うん!したいです!」
キャァっとシンシアは年相応に飛び跳ねて喜んだ。
大人びてはいるが6歳の幼女である。まだまだ子供よ。
よっこらせと俺は立上がった。
「じゃぁ道具と食料の調達は任せて。シンシアはここに居て頂戴ね?」
「はーい!」
元気でよろしい。
俺はニコニコのシンシアを残し屋敷へと戻った。
さてお茶とごはん……いやお菓子の方がいいなシンシア的には。
俺は屋敷の台所へと足を運ぶ廊下の最中、声を掛けられた。
「フリージア」
「!」
振り返るとそこにはジークフリード少年がいた。
な、なぜ俺の家にお前がいる?
振り返った態勢のまま固まる俺を笑い少年は近寄ってくる。
「ご、ごきげんよう」
「ごきげんようフリージアまた会えて嬉しいよ」
いや、いやいやいや?
何でいるんですかねぇ……ってあ、そういえば。
俺はふと社交界デビューでやらかしたことを思い出した。
「あ、あの時はご迷惑をお掛けいたしました」
「そんな気にしないでくれ。それより身体はもう大丈夫?」
オッドアイを細めてジークフリードは顔を覗き込んでくる。
「えぇ貴方のおかげで怪我もなかったわ」
「よかった……」
ゴージャスな両眼がふんわりと細められた。
どこの王子様ですかねこの少年。顔面偏差値たっけーなおい。
「ぁ……眼帯はもういいの?」
そういえば金と銀の目を隠してはいなかった。
俺が指摘するとジークフリードは笑みを深くした。
「隣国の才女の話を知っている?」
「詳しくは知らないけどだいたいは」
「彼女が発表した論文の中にオッドアイのメカニズムもあったんだ」
なるほど。それでもう隠す必要もなくなったと。
「よかったですね」
「あぁうんそうなんだけど……」
「これでオッドアイで苦しんでいた人達が救われたのね」
異質なものから、貴重な存在として認識される。
魔力を多く内包する彼らはいずれ国の中核を担うことだろう。
羨ましい限りだ。
「それで今日はどういったご用件で?」
首を傾げるとジークフリードは肩を落とした。
「君の様子が気になってね」
「……まさか私に会いに来たって言うの?」
物好きかお前。
俺はすごく変な顔をしていたのだろう。ジークフリードは困った顔をして苦笑する。
「迷惑だったかな」
「そこまでは思ってないわ」
「そうなんだ?それならいいけど……でもそこまではか」
ぶつぶと声は小さい。
俺の様子が気になっていたのならもう用件も終わりだろう。
「訪ねて来てくれてありがとうございました。
それなのにごめんなさい。今ちょっと急いでいるの」
我が可愛い妹が待っているのでね。
はやくお菓子とお茶を用意して戻らないといけないのだ。
「何か急ぎの用事が?」
「えぇ妹を待たせているの」
「……僕も一緒していいかな」
野郎。俺の天使に手を出すつもりか?
まだ妹は6歳よ!!ロリコンだったか小僧。
しかし……折角来たのだし、可愛い妹の顔を拝ませてやるか。
「良いけど付いてきても詰まらないと思うわ」
「そんなことないよ。それでどこに行くつもりだった?」
「台所」
俺は再び台所へ行くために歩き出した。
その俺の横にジークフリードは一緒になって歩いた。
ちらりと俺はジークフリードを盗み見た。
相変わらず女のように黒い髪は艶やかで、美しい金と銀の瞳が輝く。
まさしく美少年だが、キールの方が幾分か美形である。
美形の方向性が違うから比べるのも悪いとは思うけどな。
でもさ、なんで俺の周りの人間って美形ばっかなの?
心なしか使用人ですら良い感じの顔立ちが多いのにさ?
俺だけ普通の顔なのよ。ブスじゃないけど。
納得いかないぜ神様。可愛くて男にモテモテも困るけどさ。
「……僕の顔に何かついてる?」
「いいえ。美形の顔しかついてないわよ」
ケッと吐き捨てるように言うと可笑しな顔をしてジークフリードは瞬きを繰り返す。
「僕のこと美形だと思っていたの?」
「誰が見たって、あなたの顔は美形でしょ。何言ってるの」
無自覚系主人公か何かかお前。
そーいうのが一番性質が悪いって知らんのか。
「違うよ。君が僕のことを美形だと思っていた事に驚いたんだ」
「……え?」
あ、そうなの?
「それは、私も一応は……普通の人間だから」
「普通ねぇ?」
なんじゃい!見た目は幼い女の子だろ。
中身は男。25歳童貞野郎だったとしてもだ!
「普通よ!」
「ふふ。そーいうことにしておくよ」
何が楽しいのかジークフリードの声は弾んでいた。
その横顔を観察するがそれ以上のことはわかりそうもない。
「……いいわよ変で」
俺は小走りになって台所へ向かった。
慌てて付いてくるジークフリードを見もせずに。
俺たちは台所にいる料理人からお茶とお菓子を頂いた。
それらが入ったバスケットを持ち妹の待つ庭へと向かう。
「僕が持つよ」
「大丈夫よこれくらい」
「いいから」
ひょいっと大きなバスケットをジークフリードに取られてしまった。
「……楽でいいけど」
「そうだろ?さぁ行こう」
片手で楽々バスケットを持つ様子に俺は自分の小さい手を見た。
年齢差があるから仕方ないが、何だかとっても悔しい。
俺はバレないようにその背中を睨んだ。
フンっと鼻を鳴らし、俺はジークフリードの前に出た。
「着いてきなさい」
「仰せのままに姫」
子供のくせに余裕の笑みを浮かべやがって……。
腑に落ちないまま俺は微妙な距離感を保ちながら庭に足を運んだ。
待っているであろう妹を探すのだが、おや?可愛い妹の気配が……?
「シンシア?」
キョロキョロと辺りを見回すが見当たらない。
ジークフリードはバスケットを芝生に置きながら同じように見回していた。
「いないね」
「えぇどこに行ったのかしら……」
ひと房の不安を抱えながら俺は周りを見る。
そう遠くには行くわけがないし、シンシアが屋敷に戻っているとも思えない。
いったいどこに……?
俺は念入りに辺りを探しふと小さな鳴き声が聞こえた。
頭上からの声に反射的に見上げれば、そこには白い仔猫が木の枝で震えていた。
猫?ってあれはシンシア!?
「シンシアッ」
俺は駆け出し、木登りするシンシアを捉えた。
ふんわりドレスを汚しながらシンシアは震える仔猫を見つめ登っていた。
お転婆にもほどがある!
「シンシア降りなさい!!」
俺の声にシンシアは気づくがにっこりと笑うだけ。
「大丈夫。私これでも木登りは得意なのっ」
「バカ!!落ちたらどうするのっ」
悲鳴のような声が俺から出ていた。
その声を聞きつけてジークフリードも近くにやってきた。
「シンシア。危ないから降りておいで。その仔猫なら僕が保護してあげるから」
ジークフリードの声を聞きシンシアは驚いた顔をした。
「で、でももうちょっとなの」
いつの間にかシンシアは細い枝に登っていた。
確かにもう少しで仔猫を救出できるところまで近寄っていた。
しかしシンシアがいる折れそうな枝はミシっと音を立てる。
「やめてシンシア駄目よっ」
必死な様子のシンシアにはその音は聞こえてない。
一生懸命に白い仔猫に手を伸ばす。
みしっミシっと枝はしなり今にも折れてしまいそう。
俺は駆け出してシンシアがいる枝の真下にやってきた。
くっ幼女である俺に支えられるだろうか。
万が一に落ちてきたシンシアを受け止めるべく見上げれば……。
バリバリバリっっと枝が根元から折れる激しい音が響いた。
あ、あ……!
枝と共にシンシアと仔猫が落ちてきた。
俺は失念していた。枝が折れれば真下にいる俺はぺしゃんこになることを。
気づかなかった俺が悪い。
だからせめてシンシアだけは、どうにか……っ。
俺はシンシアの方へ体を傾けて、どうせなら彼女の下敷きになることを選んだ。
「フリージア!!!」
つんざく様なジークハルトの叫び声がした。
その時、世界はゆっくりとスローモーションのように流れた。
「え?」
折れた枝も、シンシアも、仔猫も。
宙に浮いてゆっくりと地面に降りてきた。
避けるように俺の周りには何も落ちてこないが……これは魔法?
ゆっくりと降ろされたそれらは糸が切れたように動き出す。
バラバラっと折れた木の枝は地面に転がり、仔猫とシンシアは茫然と地面でへたり込む。
「し、シンシア」
俺はいち早く気を持ち直し、シンシアに駆け寄った。
「お姉さま……」
「怪我は!?どこか痛い所ない??」
「う、うん」
近くにいた仔猫を抱き上げながらシンシアは頷いた。
どうやら仔猫も無事なようだ……よかった。
「フリージアっ」
っと俺が安堵していると物凄い勢いでジークハルトが駆けつけた。
へたり込んでいた俺たちと同じように屈むと俺の両肩を掴んだ。
「怪我は!?」
「あ、ない、です」
「本当か!?」
血走る目が怖かったが本気で心配しているジークフリードに笑いかけた。
「うん。助けてくれて、ありがとう」
ほっとしたのと安堵から力が抜けていたのだろう。
俺はいつになく素直にそう言えば、がばっとジークフリードの腕の中にいた。
「よかったっ無事で、本当に」
ジークフリードの身体は震えていた。
俺は茶化すのをやめてその背中を撫でた。
「……心配かけてごめんなさい」
そう言うとジークフリードは身体を放した。
近い距離に居たまま俺たちは顔を突き合わせた。
「無茶をする。どうするつもりだったんだ」
「本当にね何も考えてなかったの」
「……馬鹿」
ぺちんっと額を叩かれた。
うむ。これは叩かれても仕方ないことをしたわ。
俺は大人しく頭を下げた。ごめん。
「お姉さま。ジークフリード様ごめんなさい」
見るとシンシアが涙声で震えていた。
俺は慌ててシンシアに近づきその涙を拭う。
「大丈夫よシンシア。今度から気を付ければいいの」
「あぁそうだとも。もう大丈夫だよシンシア」
ジークフリードは優しい顔で言い、震えるシンシアを抱き上げた。
よしよしと頭を撫でられて真っ赤にした目が、ウルウルと揺れていた。
「ジークフリード様……」
「もう姉君を心配させてはいけないよ」
「うん」
「良い子だシンシア。君が助けた仔猫も無事だね」
一緒に抱き上げられた仔猫はシンシアの腕の中でにゃあっと鳴く。
「よかった……木の上でずっと鳴いていたの」
「そうか。よくがんばったな」
ジークフリードが猫に笑いかければ、みやぁみやぁと甘えた声で鳴いた。
お姫様を抱いた王子の図は、どんな絵画よりも綺麗だった。
俺はその光景に絶句していたと思う。
その姿があまりにも似合っていて、目が放せなかった。
泣き止んだシンシアをジークフリードはゆっくりと地面に下ろした。
「もう大丈夫だね?」
「はい」
「ん。いい子だシンシア。君は強い女の子だね」
眩しい笑顔がそこにあった。
シンシアは顔を赤らめて、愛らしい笑みを浮かべた。
「ジークフリード様は強い女の子がお好き?」
もじもじしながらシンシアは聞く。
「うん?うーん、そうかも」
にこっと笑うジークフリードをシンシアは真ん丸なお目目で見つめた。
「えへへそっかぁ」
ニコニコ笑うシンシアをジークフリードは頭を撫でた。
くすぐったそうにシンシアは笑うが嫌じゃないらしい。
「ご機嫌ねシンシア」
「はい!」
ならば俺も頭を撫でようではないか。
よしよーしっとジークフリードが撫でる傍らで俺も撫でる。
シンシアの柔らかい亜麻色の髪の感触が楽しい。
「えへ~お姉さまも大好き」
「!……私も好きよ」
むぎゅぅ~っと抱き着いてきた妹に俺はポカポカと心が温まる。
前世は兄弟もいなかったし妹ってこんなに可愛い存在なんだなぁ。
よしよしと仔猫と一緒に妹を可愛がってやる。
「ね、お姉さまこの子猫飼っちゃだめかな?」
「いいんじゃない。可愛いし」
にゃぁっと鳴く猫を見る。
血統書付きの猫じゃなきゃ!なんて言う親ではない。
「やった今日から私たち家族よ」
「みゃぁ」
猫は返事をするように鳴いた。
言葉が通じたわけじゃないだろうが俺たち姉妹は可笑しくて笑った。
「楽しそうだな二人とも。僕を忘れていないか?」
「まさか忘れるわけないわ……そうだシンシア」
「うん?」
「ジークフリード様を私たちのピクニックに誘いましょうか?」
「わぁ素敵!うんっ誘うわ」
「じゃぁシンシアが誘ってあげなさいな」
シンシアは喜んで飛び上がり、猫ちゃんを地面に下ろしジークフリードの前に行った。
スカートを摘まみ会釈しながら上目遣いでシンシアは見上げた。
「ジークフリード様。私たちとピクニックしませんか?」
「誘ってくれるのかい?」
「はい。是非っご参加ください!」
「あぁ喜んで」
ジークフリードはシンシアの小さな手を握った。
そして片膝を立てて、その手に口づけを落とした。
「ジークフリードさま……」
「連れて行ってくれるかい?」
「はい」
……甘い。空気が甘すぎる。
そろそろ俺、ここを離れなくなったぞ。
俺は二人を眺めつつ、折れた枝を眺めた。
ま、後で片付けてもらうか。んで猫ちゃんよ逃げるなよ。
白い仔猫が所在なさげだったので俺が拾い上げた。
若干嫌がる素振りをするが無理やり押しとどめた。
「大人しくしてよ仔猫ちゃん」
「みぎゃ~」
嫌がんなよマジで。あぁ噛むな噛むな。
シンシアの時は嫌がらなかっただろうがこの馬鹿ネコ。
ぴょーんっと腕から出て行った仔猫はシンシアににゃぁ~ごと懐きに行った。
「きゃっネコちゃん」
「仔猫はシンシアに懐いているんだね」
じゃれつく猫にわたわたするシンシアをジークフリードは微笑ましく眺めた。
仔猫を抱き上げたシンシアは嬉しそうにしながら俺を呼ぶ。
「お姉さま行きましょー!」
「はーい今行くわ」
さてピクニックという名のお茶会しますか。
俺たち3人はバスケットの所まで戻ることにしたのであった。
置き去りにしたバスケットに悪戯する者はいなかったらしい。
無事にバスケットを回収し、持ってきた敷物を芝生の上に敷いた。
「何か手伝うことある?」
「ジークフリード様はそのまま、何もせずお待ちください」
殿方の出番はないのだよ。
つーかお茶の準備なんか出んだろお前。
俺は庶民かつお嬢様なんでね。お茶の準備もお手の物よ。
言っとくがシンシアも手伝わせないからな。
さっきのことで不器用なのは知ってるからな。
「……わかった待ってる」
「それがよろしいかと」
俺はバスケットから食器を取り出す。
真っ白いお皿を3枚を出し、大皿にお菓子を並べていく。
ポットに入れてあったお茶をティーカップに注ぐ。
ポコポコと注ぎながら香しいお茶の香りを嗅いだ。
「良い匂い」
甘いのは好きじゃいがこのお茶は好き。
オレンジが少し効いていてさっぱりと飲めるのだ。
俺が気分よくしていると、すぐ近くでキャッキャとはしゃぐ声がした。
見るとシンシアとジークフリードが花冠を作っていた。
不器用なシンシアの花冠を手伝いながらジークフリード楽しそうに笑っている。
そう言えばさっきの騒動で花冠はどこかに置いて行ってしまった。
シンシアの花冠も見当たらなかったし仔猫を救うのに必死で落としたのだろう。
「……平和だなぁ」
笑い合う妹とイケメンを見ながらそう呟いた。
俺はさっさとお茶とお菓子の準備を済ませると二人を呼んだ。
「二人ともお茶の準備が出来たわよ」
「はーい!」
シンシアは手に持った花冠を大事そうに持ちながらやってきた。
ジークフリードはゆっくり歩きながら腰を下ろす。
年長者であるジークフリードにお茶を渡しつつ好みを聞く、
「甘いものはお好き?」
「どっちでもないよ」
「そう。じゃぁチョコレートのカップケーキでいいわね」
一番ビターなお菓子をチョイス。
何故にチョコがビターなのかと言うと俺の為に作られているからだ。
お皿にカップケーキを載せてジークフリードに手渡す。
シンシアにはピンクのクリームを使ったケーキをやろう。
そして俺特製の紅茶もやろう。
「さぁシンシアもどーぞ」
「ありがとうございますお姉さま」
そして俺はアップルパイをもらいサクッとフォークを突き刺す。
小さく切り分けて、パクっと口の中に放り投げる。
リンゴとサクサクのパイ生地が甘すぎず美味しい。
「お姉さま美味しい」
「ん。そうね」
「このチョコのカップケーキも美味しい。
甘くなりすぎてなくて食べやすいよ」
だろう?ビターチョコ好きなんだよなぁ
「えぇ私の好きな味なの」
「……へぇ」
「お姉さまは甘いの苦手なんです」
シンシアはちょっとしょんぼりしながら言う。
おおっとシンシアは甘いの大好きだもんな……一緒の食べられなくてごめんな。
「ごめんね……」
「ううん。同じのが食べられなくてもいいわ。
こうしてお姉さまとお茶が飲めて、それだけで私は楽しいの」
良い子や……やばいちょっとじ~んと来た。
「私もよ。ありがとうシンシア」
よしよしと頭を撫でる。
シンシアは照れ臭そうにしながら思い出したようにハッとした。
「そうだったわ。お姉さまにあげる」
「これは花冠?いいのよ私には似合わないし……」
少しだけ歪んだ花冠をシンシアから受け取りつつ俺は周りをキョロキョロ。
ちょうどいい所に黄色い花を発見しそれを手折って花冠に括りつけた。
そして白と黄色の花で作られた花冠をシンシアの頭に乗せた。
「うん。可愛い」
「……むぅ」
むくれるシンシアの頬を俺はツンツン触る。
「むくれないで。シンシアの気持ちは嬉しかったわ。
でもね人間には向き不向きって言うのがあるのよ」
可愛い生き物には可愛いモノを。
花冠も愛らしい少女が付けていた方が本望というものさ。
第一、俺は中身が大人の男だから抵抗もあるんだよな。
それなら可愛い妹を彩った方が心も豊かになるもんだ。
「私はシンシアが居てくれるだけで心が温かくなるの」
「……うん」
「それにしても可愛い~」
天使舞い降りるとはこのことか。
ピンク色のふんわりしたドレスのシンシアは最高に可愛かった。
晴天と黄緑色の芝生をバックに亜麻色の少女の髪が風で吹かれる。
「あら髪の毛が乱れてるわ。こっちにいらっしゃいシンシア」
「うん?」
俺はシンシアを呼び寄せて荒れた髪の毛を整えてあげる。
柔らかい髪質を撫でながら俺は三つ編みをしてあげることにした。
手元を覗くジークフリードは感心したように呟いた。
「上手だね」
「……週1でキールの髪を結ってたから」
無駄に三つ編みが上手くなってしまった。
なぜかキールは俺に毎回、毎回……髪を結えという。
もうばっさり髪切ったら?って言ったら、私の髪をこよなく愛する妖精が悲しむ。
とか言うんだぜ。はいはーい!その髪をこよなく愛するのはそこらの乙女もだと思います。
密かにモテ自慢か?自らの美貌を誇示したいんか。
そしてなぜ俺に髪を結わせるんだ……自分じゃ結べないとか?あのキールが??
「キール?誰だ」
「誰って……フィッシャー家のキール様よ」
「フィッシャー家だって?」
眉間にしわを寄せたジークフリードは何故か俺を睨んだ。
「フィッシャー家のキール様は15歳ではなかったか」
「そうらしいわね」
「……なぜ呼び捨てにしている?」
あぁそこが引っ掛かったのか。
確かに年下の俺が、年上のキールを呼び捨てにしてたら無礼だわな。
「成り行きで。大丈夫よ公の場では呼び捨てにはしないわ」
「だが二人っきりの時は呼び捨てにするんだろう?」
「えぇまぁそうだけど……」
一応は本人の許可も頂いているのでね。
中身が25歳の俺にとっては呼び捨てにしてもいいじゃんとか思う。
「ご本人から許可は頂いているし」
「……僕も呼び捨てにしないか?」
俺は三つ編みを完成させて視線をジークフリードに向けた。
「なぜ?」
「友達ではないか我々は」
……と、友達?
どきんっと俺の心臓は高鳴る。
なんだと?友達……友達だったのか俺たちは。
え?まさか、ボッチだった俺に友達??
「へっ友達??」
「違うのか。僕はそのつもりだった」
あぁなんかションボリしたぞジークフリードが。
肩を落とすジークフリードにシンシアは慰めるように寄り添った。
「あ、あの私もジークフリード様のお友達ですわ。
だからお姉さまとだって、もうお友達ですのよ!ねっお姉さまっ」
「え?」
あ。うん、じゃそーいう事でいい……のかなぁ?
「……。……そう、ね」
「フリージア。じゃぁ呼び捨てにしてくれるね」
「え、えぇはい……でも」
ちょっとなんか、改めてそう言われると言いずらいぞ。
「……あだ名でいいかしら?」
「愛称で呼んでくれると?」
「えっいやうーん……えぇっとじ、ジークって呼んでも?」
お前の名前ちょっと長いし……ダメ?
俺がドキマギしているとシンシアが声を上げる。
「じゃぁ私はジークフリードって呼んでもいい?」
「あぁいいよシンシア。これからもよろしくね」
うむ。本当に呼び捨ては決定らしい。
俺はちょっとした胸の高まりを抑えきれなかった。
じ、人生初めての友達……。
「ジーク」
「!」
「よ、よろしく?」
俺は変な顔をしてないだろうか。
ニヤけないように抑えた表情筋は機能しているだろうか。
ジークは俺を見て少しだけ顔を赤らめた。
「よろしくフリージア」
爽やかな風が吹き抜けた。
黒い髪がなびいて、細めた瞳が星を散らすように輝いている。
神秘の瞳を携えた男は、口角を上げて眩しい笑顔を見せたのであった。