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TransSexual  作者: 風花
16/22

08.逢引


疲れて俺はまた昼間に寝てしまった。

そのせいか、夜中になっても眠気は起こらなかった。


しかし寝なければ明日が辛いことは明白。

暗闇の中で俺はとりあえず目を瞑っていた。

目を開けるよりはすっと眠ってくれる気がしたからだ。


だが待てども、眠気はこない。

身体はだるいから重いし動くのも億劫だった。


まどろみの中を意識は漂っていた。

ぼんやりとした思考の中でカラカラと窓の開く音がした。


病室に入った風が少し心地よく思った。

しかし次の瞬間に誰かの気配をハッキリと感じて俺は身体が固まった。


だ、れ?


強盗?いやいや病院だぞここ。

じゃ、じゃぁなに?俺を殺しに??いやいやそれもない。


俺は恐ろしくて目を開けられなかった。

パタンっと窓が締まる音がした。そしてここは密室。


どうなってしまうんだ俺は。


目を開けようか、寝たふりでもしたほうがいいのか。

わからなくなった俺の心臓はバクバクと鼓動を鳴らす。


「……フリージア」


低く擦れた音だった。

暗闇に消えた声は俺には誰のものなのか理解できた。


ぎしっと病室にある椅子が軋む。

俺の様子を見ているのだろうと思った。


何をするのでもなく、ただ俺を見ている。


なんで?


俺はゆっくりと閉じていた目を開けて視線を向けた。


開いたばかりの目は暗闇に慣れてなかった。

ぼんやりとした視界の中で、椅子に座って驚いた顔した男がいた。


「なにしに、きたの」


カラカラに乾いた口から飛び出した俺の声は冷たい。


「どこかへ行ってよ」


一番会いたくない顔。一番……会いたかったはずの人。


闇に浮かぶ赤と銀の瞳が俺を見下ろしていた。


「ダガード、さん」


息を飲む男は身を乗り出した。


「違う」


相変わらず綺麗な顔だと俺は場違いに思った。

怒っている顔なんだけど、あぁやっぱりいい顔してるわと。


「……どうして怒るの」


不思議そうに俺が訪ねると苛立つようにダガードは眉間に皺を寄せた。


「俺は、」

「あ、もう少し声を小さくして」


ここは病院なんだぞ。何を声を張り上げてるんだか。


注意するとさらに怒った顔して座りなおしていた。


あら素直。


「ふふ、変ね。貴方が素直にいう事聞いてくれるのって」


地下室の牢屋の中の君は、俺が言ってもすぐにはやってくれなかった。

それが可笑しくて俺は小さく笑った。


「えっとそれで、どうしているの」


それが不思議でならない。

話すことなんて無いと思うのだけど。


ダガードはこぶしを作りぎゅっと握りしめていた。


「顔を見て安心したかった」

「……そう。もう元気になったから気にしないで」


なんだ倒れた俺の様子が気になっただけか。

変な時間の来訪だったから、何かと思ったわ。


俺はダガードに背を向けた。


「俺の顔は見たくないか」


ぼそっと悲しそうな男の声がした気がした。


「だが、ッ」


がたっと椅子が立ち上がった勢いで音を鳴らした。

俺はその音に少し驚いて顔をダガードに向けると同時に……。


「え」


大柄の男がベッドに乗り上げて、俺の身体を攫った。

硬い身体の感触とは裏腹に熱く火傷しそうなほどの体温がアンバランスだった。


抱き込まれた俺の身体はすっぽりと収まってしまう。


「な、え?」


「俺は生きた心地がしなかった」


あ?えっと……3日くらい寝込んでたんだっけ?


久しぶりにぶっ倒れたからビックリしたのかな。

あぁ、あ?あぁ……まぁそうか。


成すがままになりつつ、それでも何か腑に落ちない。


「大げさ」


冷たく言い放つが、ますます腕に力が込められた。


「もう俺のことはどうでもいいのか」


なんでそんな話になる?

どんな思考回路してんだよ、なんだよ俺の意地悪が効いてんの?


「ダガードって言われたのが嫌だったのなら謝る。

 ごめんなさい。意地悪が過ぎたわ」


抱きしめられたまま、俺を放してはくれないらしい。


「ジークフリード。私が悪かったから放して」


お願いしてみたが全然ピクリともしない。

俺は病人ですよぉ~っとちらっと顔を上げてジークの顔をみる。


冷たい瞳と目があったが、その瞳は悲しげだった。


「そうやって突き放すのか」

「なんの話?」

「お前が俺の事を愛称で呼ばないのは、俺に失望したからか」


はぁ質問。ばっかり……。


俺は今、人生最大の岐路にいるのだ。

それをこの男はわかっていない。今の言動がどれだけ俺を迷わすのかも知らない。


あぁ嫌だ。俺の中に入ってくるな。


「そうよ失望したの。だから放してよ」


声が裏返りそうだった。

胸がナイフでズタズタに切り裂かれて血を流している。


赤と銀の瞳が揺れている。


「忘れたことなんてない」


俺の瞳を覗き込むように言ってきた。


「忘れるはずもない。

 待ち続けてくれると信じていた」


うるさい。


「そのお前の気持ちにすがった」


だまれ。


「どんなに苦しく、身が引き裂かれるような痛みを受けても。耐えられた」


聞きたくない。


「たった一人の女の子を想うだけで強くあれた」


やめて。


俺は腕の中で必死に耳をふさいだ。

何も聞きたくなかった。知りたくもなかった。


俺は男だ。30を過ぎたおじさんなのだ。


どう転んでも普通のかわいい女の子にはなれないんだ。


「いや」


もう俺の心の中に入ってくるな!


「フリージア」


暴れ出そうとした俺をその大きな身体で抑えられた。

耳を塞いだ手は引きはがされた。


「気づいてやれなくて、すまなかった。

 言い訳のしようもない。だが、これだけは信じて欲しい」


赤と銀の色の瞳が、真剣に俺を見ていた。


「愛してる」


惚けて、頭が真っ白になった。


「俺が強くなりたいと願ったのは、たった一人の為に」


ぐっと綺麗な顔が近づいた。


「アレイズ。君を守りたいから強くなることにした」


なに、を言ってるんだ。


「一生。病める時も健やかなる時も一緒にいると誓う」


ふんわりと笑うのだが、懇願するような瞳をしている。


「結婚してくれ」


どくんっと心臓が大きく鳴る。


「誰にも奪われたくない。どこにも行かせない」


赤と銀色の瞳は、ただ俺を見ていた。

見開いた俺の瞳にはきっと甘く蕩けた表情のジークが居ただろう。


「フリージア」


その声は甘く、囁いて……俺の身体を震わせた。


「……や、だ」


首を振る俺にジークは優しく語り掛ける。


「本当に嫌か」


問いかけるジークの声はなんて甘いのか。

俺の身体は火が出るように熱く、顔をあげる事はできない。


「俺、薬をもらったんだ」


返事を待つジークに俺は打ち明ける。


「男に戻れる薬をもらった……」


冷静になってくる頭で俺は、覗き込むジークを見た。


「なぁそれでも、」


言葉は切れて。俺は馬鹿な事を聞こうとしていることに気づく。


押し黙った俺にジークは、馬鹿にしたように笑った。


「伝わってないのか?相変わらずだな」


思い出したかのように笑い声をあげた。


「く、くく……男でも関係ないってことに気づけ」


絶句したのはそのジークの顔が幸せそうだったから。


「俺はアレイズもフリージアも好きだ」


左手の小さな白い俺の手を握り、ジークは口づけた。

そして薬指にぶかぶかの指輪をはめてきた。


「は?」


赤い宝石が付いた石は輝いている。


「婚約指輪」

「なに、勝手に……」


はずそうとするとその手を拘束される。


「答えは聞いてない」

「は、はぁ!?」


病室に響く俺の声。

しぃっと長い指が俺の唇に触れた。


噛みついてやろうかこの野郎。


「そう睨むな。当たり前だろう、逃がさないと俺は言ったぞ」


ぶ、物理的に?


俺の気持ちなんて知ったこっちゃないって感じだ。


「この指輪ぶかぶかよ」

「しばらく会ってなかったのだから仕方ないだろう」


指輪を見下ろす俺に、困ったような顔をする男。


「外して」

「別に構わないが、婚約の話は進める」

「ちょっと」


どこまで強引なんだこの馬鹿!


いま、俺がどんな気持ちで、


「俺が好きだろう」


息が詰まった。

文句を言うはずだった口は開いたまま硬直した。


ドキドキと心臓が鳴りだした。

心なしか冷や汗も出てきた、俺はどうしたらいいんだ。


「かわい」


くすっと男前に笑ったジークは俺の頬にキスをした。


「ひえ」


腕の中にいる俺は逃げるすべもなく、ただ固まる。

そんな俺を抱きなおして大きな手が背中に回っていた。


密着する身体に俺はドキドキしている。

心臓の音が伝わってしまったら俺は、俺は……。


「抱いていいか」


……。……。


「だ、めにッ駄目に決まってんだろ!!」


お、おおお俺を誰だと思ってんじゃ馬鹿ッ変態!!


淑女たる俺がっそんな婚姻も婚約もすんでない男と致すわけねぇだろ!!


「ていうか!?なんなのっわけ分かんない!」


キーキー怒る俺に、ジークはのんびりとよしよしと頭を撫でてくる。


「もう離れてっいやっ」

「……抱き心地が良い」

「そんなの知らないわよっ」


俺はこぶしを作り、どんっと胸板を叩いた。

しかし逞しい胸板はびくともせず、ぽかぽかと叩くだけだ。


きぃ悔しいぃいいいい!!


痛がれや少しぐらい!!!


なんだてめぇのその顔っほっこりしてんじゃねぇぞっ


「ジークなんて嫌いっ変態!」

「好きな子を抱いてたら、男ならそうなる」

「知って、いや俺は知らないか。ってそうじゃなくて」


そりゃぁ好きな子を抱きしめたことはないけど!


「俺の気持は聞かないの!?」


あ。


「あぁ聞くとも。なんだ」


逞しい腕の中は牢屋のようだった。

首を傾げて、俺を覗き込むジークのなんと綺麗な顔か。


俺はうっかり口を滑らせてしまった。


「あ、いや……」

「言いたいことがあるんだろ」


ん?っと俺の頭にキスをしながらジークは問いかける。


やめろってだから。


「なんでも、ないの」

「聞こえないな……声が小さい」


嘘つき。絶対に聞こえてるだろ。


くそ。くそ。くそくそくそくそ!!


身体が勝手に震える、声だって出やしない。

でも喉から言葉が飛び出したくてうずうずしている。


喉まで来ているのだ。言葉が、想いが。


「ぁ……」


どうしよう。


「どう、しよう」


俺はゆっくりと見上げてジークの顔をみた。


「おれ」


心臓が破裂してしまえばいいと思った。


「……うれ、しいんだ」


ジークの言葉が、その瞳が嬉しいの。

優しい眼差しが心を締め付けて、なんでか少し苦しい。


「男なのに」


どうして貴方だったのだろう。


銀と金の瞳が、俺を見た時に運命は決まっていたのか。


「ジーク。ジーク……」


あぁどうしたらいい。


「どうしよう、私……ごめんなさい」


この気持ちに言葉をつけたら、戻れない。


でも。言葉は喉を通り過ぎた。


「す、き……貴方を、好きに、なってた」


フリージアではなく、アレイズが。


どうか嫌いにならないで。

どうか俺を見ないで。ぁあ何処かに消えたい。


それでも目が離せないのは、きっと答えを聞きたいから。


俺の言葉を聞いてジークがどんな顔をするのか。


赤い目と銀色の目が少しだけ潤んだ。

そしてちょっとだけ笑うのだ。泣きだしそうに。


「よかった。俺も愛してる」


ジークの瞳から一筋の涙が流れた。

驚いたのは俺もだけど、ジークの方がよっぽどビックリしてた。


懐かしい。


あの日、出会ったジークは泣いていた。


流れる涙を見て、その涙に触れる。

指先に暖かい涙が染みてくる。それは暖かく甘い。


俺はじっと赤い目を見た。


「ねぇどうして赤いの」

「……負傷して視力は戻ったが、色彩は戻らなかった」

「痛かったわよね」


ちゅっと赤い瞳の瞼にキスをした。


俺は赤と銀の瞳を覗き込んだ。


「ん……」


何の前触れもなく、厚い男の唇の感触が襲った。


胸がどきどきして死んでしまうかと思った。


「ぁ……」


何度か唇を啄んでは、また繰り返し触れ合う。


死にそう、恥ずかしくて、死んじゃいそう。


全身真っ赤にしてたことだろう。

息苦しさを感じて、顔を振るとくすっと笑われた。


「……遊び人」


ぼそっと言うと心外だとばかりに肩をすくめた。


「拗ねてる?」

「いいや。純粋な意見」


このルックスとアウトローな感じの男が遊んでないわけがない。


立派な成人男子が滾る欲を発散させても違和感はないが。


「私は、初めてなのに……」


あ、やばい……俺ってば拗ねてんだ。

見知らの女性達を思浮かべてしまって嫌な気分になった。


居たたまれないので俯いた俺をベッドに押し倒された。


「へっ」


見上げた男前の顔は少し顔が赤らんでいた。


「あの、ジーク……」


なんで無言なの。怖いんだど……。


「ねぇ、どうしたの。怖いよ」


身じろぐが体の間に入っているジークのせいで起き上がれない。

前髪で隠れたジークの顔を伺うことは出来なかった。


「ハァ……」


熱い吐息が上から吐かれる。

ゆっくりと顔を見せたジークは、とても男でした。


「フリージアは相変わらず、煽るのが上手い」

「あ、煽ってなんかない」


ギラついた瞳と目が合って俺は震えた。


「……いつだって、ときめいていた」

「あ、やだ……んっ」


なんでキスすんの!?

ま、ままま、待て。落ち着け待ってお願い心の準備が!


まだ出来てないから!!

男に身体ひらく準備とかまだだから!!!


いやー!!!コイツの力つっよッ


「やぁ助け」


助けてって俺誰に言ってんだか。

目の前の男は、意地悪そうに笑っていて楽しそう。


俺は楽しくねぇ!!


「警告。警告」


っとあわや服を脱がされかけていたその時、レイズの声が響いた。


はっとして思い出した。

そうだ俺を警護してくれるレイズが病室にいないわけない。


黒いウサギがひょっこりと出てきた。

じりじりとジークに近寄って、見上げている。


「ソレ以上ノ接触ヲ禁ジル。離レヨ」


じぃっとレイズは俺に目もくれずにジークに近寄る。


ジークもレイズを見ると俺を開放してベッドから降りた。


「自動人形か。やっかいだな」

「コノ場カラ、速ヤカニ立チ去レ」


無機質なレイズの声は少し怖くも感じた。


「ジーク」

「……そんな声で俺を呼ぶな」


ベッドに座り込んだ俺にジークは素早くキスをした。


「んっ」


「また来る」


そしてレイズに攻撃される前に窓を開けてひらりと飛び降りた。


「うあ……」


行っちゃった。


「フリージア無事?」

「う……うん助かったわ」


レイズの頭を撫でて心を落ち着かす。

火照っていた身体を冷ますように、深呼吸をした。


「夢を見てたのかな」


いい夢?悪夢?


どちらにしても、俺はもう戻れない。


これからどうなってしまうんだろう。


きっと苦労するぞ。人一倍。


悩んで、苦しんで、醜く嫉妬して。


あぁ俺は自ら、平穏を捨てたのだ。




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