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TransSexual  作者: 風花
15/22

07.秘密の暴露


どう家に帰ったのかわからない。

無我夢中だったのは覚えている。


家に着くころには俺はボロボロで、満身創痍だった。


出迎えたレイズが俺を見るなり担ぎ病院へと運んだ。


そこまでは覚えている。うん。


何度目かの意識の喪失に俺は病院の一室で目を覚ました所だ。

こう気を失う回数が多いと、慣れていくものである。


忘れがちだが、身体は弱い方だった。


普段は気にしてない要素だが、こう何度も倒れると自覚するなぁ。


「……あら、レイズ」


ふとベッドの横の椅子に座るレイズを発見する。


「オハヨウ」

「おはようレイズ。何日か経ってたりする?」

「倒れてから3日経過」

「わぁ……」


生死の境を彷徨ってないか俺。

息苦しくもないが、連日の疲労?とかで身体が弱っていたのかも。


気を付けるように言われてんのにな。


ふぅっと息をつき、少しだけ体を起き上がらせた。

するとレイズがベッドを傾けてくれたので楽な体勢になった。


「ありがと」

「フリージア。報告アル」

「え?なに??」


レイズから報告とか嫌な予感しかしないんだけど。


「音声再生」


そうレイズが言うと聞きなれた声が飛び出した。


『フリージア。貴女が倒れたと連絡が入ったわ』


久しぶりの母の声だった。


『病状はお医者様から聞いているわ。

 命に別状はなかったものの、酷い状態だったそうね』


母は怒りを滲ませた声色であった。


『手の切り傷。後頭部の打撲。

 何があれば貴女にそんなことが起こるのかしら』


面目ない。反省はちょっとしてる。


『やっぱり。貴女を一人にするんじゃなかった』


後悔の色が母の言葉から伺える。


『身体も少し弱っていると聞いたのよ。

 母は、心配で眠れなかったわ……フリージアお願いよ』


はいはい。わかってますってば。


『帰ってきて。貴女のやりたいことは理解してるつもりよ』


もうわかったってば。


『でも、貴女の身体のことを考えるとね』


言い淀む母は、しかし意を決したように言った。


『こちらに帰って養生しましょう?

 クロス王国にだって魔導系の大学もあるのだし』


うん……。


『少し、考えてみてちょうだい。

 それじゃねフリージア。起きたら連絡を頂戴』


ぷつんと音声は途切れた。


「再生終了」


レイズの声が病室に響いた。

仕事を終えたレイズは俺を覗き込んだ。


「メッセージ送ル?」

「うん。近々帰りますって」

「了解」


ふわふわのレイズの頭を撫でてやる。

大人しく撫でられたあと、レイズはメッセージを送りに病室を出た。


一人っきりの病室で俺は窓の方へ向いた。


結局、何もせずここを去ることになったなぁ。


懐かしき故郷で俺は思い出も作らずに第二の故郷へと戻る。


「まぁ、いいか」


寝て起きたら怒りも治まったし。

やり残しがあるとすれば、やっぱり男性化の方法を見つけられなかったことか。


ここにならヒントみたいなのもあると思ったのになぁ。


いつになったら俺は男になるのかな。


ふと胸が苦しくなったような気がした。

だから俺はベッド横のナースコールを押して看護師さんを呼ぶのだ。

数秒してやってきた看護師さんは俺を診察して病室を出た。


ふむ。目を覚ましたのをお医者様に伝えに行ったのね。


そしてすぐにお医者様はやってきた。

いろいろと質問をされながら診察を受けて、怪我の具合は良好らしい。


「かの大賢者ビィシャ様から薬を頂いてね」

「えっ」

「それで治りも早いし、傷痕も残らないよ」


まさかのことに俺びっくり。

怒ってないのかなぁ……けっこう酷い態度だったと思うんだけど。


お医者様がいなくなり、俺は再び一人になった。


暇である。とっても。


しかし誰かに会いたいとも思わなかった。

しいて言えば、キールくらいだろうか。会ってもいいと思うのは。


新の友達であるキールの顔を思い浮かべて笑う。


これでキールにまで、友達じゃないとか思われていたなら。


「ショックで死ぬなぁ」


くすくすと一人で笑っていた。


「死なれたら困るんじゃが」


見ると悲しそうな顔をしたビィシャ先輩がいた。

すっと笑顔が俺の表情から消えていて声が出なかった。


「入ってもいいじゃろうか」


扉を開けてはいたが、ビィシャ先輩は俺の言葉を待っていた。


「……えぇ」


薬を提供して頂いた手前、追い返すのも忍びない。


ビィシャ先輩はゆっくりとベッド脇まで来ると椅子に座った。


「身体はどうじゃ」

「おかげ様で良くなりましたよ」

「よかった」


ほっと胸を撫でおろしているようで心配を掛けていたようだ。


「昔から少し身体が弱いだけなんで。気にしないでください」


生まれつきというのは厄介だよな。


「……馬鹿を言うんじゃない」


怒っているようで悲しんでいるような、そんな表情だった。


「わしは、わしはなフリージア。

 おぬしのことを友達だと、大切な友達だと思っとる」

「え?」

「信じられぬかもしれぬ。

 それでも、気にするなとは何じゃ……心配くらいさせぬか」


悲しい声は俺の耳にも届いていた。

俺は少し躊躇したが……しかし頷くことはできなかった。


「それで、何の用ですか」


言葉にも態度にもできないから俺は話を遮った。


それはビィシャ先輩にもわかったことだろう。

話をすり替えた俺を見て、俯きボソボソと話し出した。


「あの日の事を説明したい」

「お断り致します」


間髪入れずに答えていた。

何も聞くつもりはなかった。だって俺は部外者だ。


知る必要も、知る権利もないから。


ショックを受けるように見開いたビィシャ先輩がそこにはいた。


「っ……すべてわしが悪いのじゃ」


胸を押さえてビィシャ先輩は顔を上げた。


「ですから、何も聞く気はありません」


勝手に話し出そうとするので俺はストップと手を挙げた。


「先輩。俺はねもう怒ってないの。

 だから先輩がそんな顔して事情なんて話さなくてもいいんだ」


それに詳しい事情なんか聞いたら、もっと自分を嫌いになりそうだ。


俺の口調が変わったことに驚いたビィシャ先輩は口を閉ざした。


うむ。作戦は成功だな。

人間びっくりすると声が出なくなるもんな。


見開くビィシャ先輩を見て俺は思わず笑った。


「珍しいですよね先輩の驚いた顔って」


いつも知的で、小さい身体よりもずっと態度もデカい先輩がさ?


「……おぬしやはり」


確信を得た。という顔をするものだから俺は首を傾げた。


「わしと同じ……転生者か」


ビィシャ先輩から出た言葉に今度は俺が驚く番だった。


「え?」


わしと同じって、まさか???


「えぇまさか、まさかまさか、ビィシャ先輩も前世の記憶が??」


そこまで俺が言うと、ビィシャ先輩は何度も頷いた。


えっえええ!!?


「わしは300年前に滅んだ」

「マギカマジック魔法国の出身!?俺もっ」

「お、おぬしもか」


こくんと頷くと、ビィシャ先輩は頷いた。

驚きびっくりなことであるが、こんなこと普通にあることなのか??


「俺の前世の名前はアレイズ・ニアリィ」

「おぬしの前世は男じゃったのか」

「あぁ。先輩は?」


なにやら驚きに満ち満ちているが気にしない。

俺はちょっとわくわくして胸を躍らせていた。


「わしは錬金術師であったハーツダッツという老人じゃ」

「……え。ハーツダッツってあの高名な?」

「知っておろうな。あの国に生まれて育てばの」

「うっわ~……有名人ですもん」


かの高名な大錬金術師ハーツダッツの名前を知らないわけがない。

なるほどねぇだからその若さで才能あふれ、知識も豊富なわけだ。


失われた知識を持って転生してんだもん。

生まれながらにしてチート持ちとは恐れ入った。


「しかし、気づかんかった」

「あ、そう?」

「……おぬしが男口調で話すところを見なければわからなかった」


じっと俺を見つめる先輩の目は俺を探っていた。


「完璧すぎるのじゃ。おぬしの話し方やしぐさが。

 女のそれであって……本当に男じゃったのか??」

「もちろん男だったぜ。

 俺が少し特殊だっていうならそれは……」


それはフリージアの記憶が俺と融合してしまったからだろう。


「それは、俺が本来の身体の持ち主を殺しちまったからだろうな」


俺が目覚めなければ、フリージアは普通の女の子のままだったはずだ。


普通に恋をして。誰かと結ばれて、幸せな一生があっただろう。


それを奪ってしまったと……ずっと思っていた。


「殺した?じゃと」

「あぁ。俺はフリージアから記憶と身体を奪ったんだ」


一度、死んだ俺がしゃしゃり出て来て、女の子の一生を奪ったのだ。


「……いや。フリージア。

 おぬしはフリージア以上でもそれ以外の者ではなかろう」

「うん?」

「アレイズであったとしても、そこまで完璧に女を演じられん」


綺麗な茶色い瞳が俺を真っすぐ見ていた。


「おぬしはフリージアじゃ。

 奪ってはおらんよ……むしろおぬしが命を吹き込んだのじゃ」


ビィシャ先輩には何が見えてるんだか。


でも、そうだな……そうだったらいいな。


「よくわからないけど。

 そうであるなら、嬉しい……生まれてきた意味があったのね」


少しだけ心の隙にあった錘が軽くなった気がした。


「わしはのう。生まれた時からわしじゃったよ」

「へぇ」

「じゃから苦労したわい」


ほっほっほっと笑ってはいたが、その表情は苦し気だ。


「女の身体はわしにとって違和感の塊じゃったよ」


身体を見下ろすビィシャ先輩は、ぎゅっとその体を抱きしめた。


「今はのう、全てを受け入れたから辛くはないのじゃ」

「受け入れられたんですか」

「……あぁ。わしとて朴念仁じゃないからの」


恥ずかしそうに笑ったビィシャ先輩は綺麗だった。

赤らめた顔のまま、懐かしむように話し出した。


「どうにもならぬ現実にわしは喘いでいた。

 苦しくてのうその時は。いろいろとやらかしておったわ」


くすくすと笑いながら、遠くを見つめる。


「そんなある日。わしは全てを捨てる覚悟した」

「すべてを?」

「あぁ。女の子である自分を捨てるのう」


ん?


「じゃがな……思いとどまった」


ふんわりと笑ったその顔は、恋する少女のようだった。


「愛していると」


ゆっくりと噛みしめるように言葉を紡ぐ。


「男でも女でも構わぬ。ただ愛していると」

「あい、してる……」


その言葉は甘くて、苦い言葉だと思った。


「その時、わしの心は迷った。

 迷って考えて、そして結論を出した」


ごくりと俺は無意識に唾を飲み込んだ。


「女の子のままでいようと。

 結ばれたいと思うたら、もうそれ以外考えられんかった」


顔を赤くしたビィシャ先輩は紛れもなく可愛かった。


そして気づく。ビィシャ先輩が恋をした人。


「クレメンス様?」

「……わかるかのう。やっぱり」


苦笑いしたビィシャ先輩は俯いた。

いやいや、先輩の周りで愛の告白しそうな人は彼しかいないでしょう。


あの親密な雰囲気はやっぱり、そういうことなのだ。


なるほど、ふむふむ。とりあえずリア充は爆発な?


「ごちそうさまです。先輩」

「むぅ、なんじゃその顔は」


え?生暖かい視線と顔ですが?


「まぁまぁ。先輩を女の子にしたクレメンス様はすごいなぁと」

「……そうじゃな。クレメンスがおらなかったらわしは男じゃっただろう」


ん?

やっぱなんか引っ掛かるぞ。


「あの、ところで男になるっていうのは?」


なんか男になれるっていう感じに聞こえるんだけど?


ビィシャ先輩は首を傾げた後、あぁっと頷く。


「長き研究の成果で性転換薬なる錬金術を生み出してのう」


!?


「わしは使う前に女の子になったからのう。

 もう必要もなくなったのじゃが……ん?もしやおぬし」


驚きながらも俺のもの欲しそうな顔が出ていたのかじっと見られた。


「まさかと思うが男に……?」

「え、と……は、はい」


目を見開いた先輩は思案顔になってしまった。

しかしごそごそと懐から一般の薬瓶を取り出した。


「偶々じゃが今持ってきておる、これが性転換の薬じゃ」

「えっえー……?」


なんと俺がずっと探し求めていたものがここに!?


「ふむ。これはおぬしにやろう」

「え?あ、いいの??」


ぽいっと投げ寄越してきたので慌てて受け止めた。

手の中に転がり込んできた七色に光る液体がなんとも美しくあった。


「もうわしには必要のないものじゃ。あとな一つだけ忠告してやろう」

「なんでしょう」

「それを使えば、二度と女にはなれぬ。

 一生、男のまま過ごすことになるからの」


手の中の瓶は冷たい。


「一生ですか」

「あぁ。じゃからの使うなら周りの人にも言っておくといいじゃろう」


そっか。両親とか色々と手続きもあるだろうし。


……今更、俺は何を躊躇することがある。


「うまく笑えんのなら、わしはそれを使うことには反対じゃ」

「え?」

「今、どんな顔をしているのか。

 そして誰の顔を思い浮かべたのか、問いかけるといいじゃろう」


ビィシャ先輩は椅子から立ち上がった。

心配そうな顔と視線が俺に突き刺さった。


「もう行くよ。起きたばかりじゃしな。

 無理せずゆっくり身体を休ませるのじゃぞ」

「えぇ。話が出来てよかった」

「わしもじゃ……またな」


にこっと笑いビィシャ先輩は俺に背を向けた。

病室を出ようとする俺はふと彼女を呼び止めた。


「あ、ビィシャ先輩」

「ん?」


振り返った先輩は、やっぱり美少女だった。


「女の子になったってそのまんまの意味でしょ」

「……余計なことに気づくんじゃない!」


顔を真っ赤にしたビィシャ先輩は逃げるように病室を出た。


「ふ、ふふ」


一人、俺はさっきの顔を思い出して笑った。


そしてクレメンスの方に怒りが湧いたのだ。


てめぇなに童貞卒業してんだ。っと俺だってまだなのに!


今度会った時は絶対にからかってやろう。

いやなんかやっぱやめよ。カップルの当て馬になりそう。


さて、さて……。


「どう、しようかな……」


いざ手に入ると腰が引けるのはなぜだろう。


棚から牡丹餅って感じで幸運だったりするんだけど。


手の中の薬瓶は俺の心に影を作る。


「なんでだろう」


男になれると、喜ぶはずだったのに。


脳裏にチラついたのは、一人の男だった。


あぁどうして。とか今更かもしれないけど。

それでも自分の心を疑うには十分で……恐ろしく、怖いのだ。


「不毛なことをしてる」


よりのもよって。


どうして。貴方なのか。


馬鹿だなぁと呟いて胸が苦しくなった。


もしも俺が美人だったり可愛かったら、素直になれたのかな。


あぁフリージア、俺にもわかった気がする。


君がシンシアを酷くイジメていた理由が。


妬みが苦しみが、痛みが自由がすべて羨ましかったのだ。


女の子だったから。


俺じゃない君は、本当に恋に恋する普通の女の子だった。


「出逢わなければ」


出逢わなければなんてバカバカしいが。

出会ってなかったら、性転換の薬が俺の手に渡ることはなかった。


そして屋敷でずっと一人で過ごしていただろう。


「それは嫌だなぁ」


外は楽しいもの。


出会いは奇跡だもの。


そんなこと30年以上生きてきたから知ってる。


手から薬瓶が転がった。

ベッドに落ちたそれを見下ろした俺の顔はきっと歪んでいる。


「馬鹿みたい」


病室にただ俺の声だけが響いた。


俺は男なのか、それとも……。


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