04.人違い
あの日、出会った黒ずくめの男。
彼の足跡を俺なりに調べているのだが……。
「え?自主退学ですか?」
「残念なことにね」
「そうですか。ありがとうございました」
俺は大学の事務室のお姉さんにお礼を言って出て行った。
黒ずくめの男が追っていた男子学生をようやく見つけたと思ったのに。
既にあの男子学生は大学を退学していた。
これ以上の捜索は断念するほかはない。しかしどうなっているんだ。
今月に入って退学や休学がやたら多い。
ジークに関しても数年前に休学届が出されたと言われただけ。
何も進展しない。何もわからない。
あの日、出会った黒ずくめの男も見かけない。
ずっと路地裏を見張っているが男の影はなく不良に絡まれるだけだ。
唯一の手掛かりだった男子学生も退学し行方知れず。
ここにきて手掛かりのすべてを失ってしまった。
「はぁ……」
俺は授業を受ける気にもなれず、ぶらぶらと街を散策することにした。
終始考えながら街並み眺め、流れる川のせせらぎや木々の葉音を聞く。
家の力を使って捜索するべきかとも考えた。
しかし第11階位であるジークのことを我が物顔で捜査は出来ない。
とれる手段はもうない。
ふと橋の下にいた鳥たちを眺めて足を止めた。
時間はゆっくりと流れ、温かい日差しにまどろみを感じていた。
「ジーク」
何処に居る。シンシアの口ぶりではこの地にいるはずなのに。
「っ……」
黒ずくめの男ことを思い出して俺は頭を抱えた。
印象に残る赤い目と銀の色の目が覗いていた……銀色の瞳は星を散りばめたような美しさがあったようにも思えた。
でもジークじゃない。違うはずなんだ。
あんな荒んだ、ドロリとした濁った瞳ではない。
記憶の中の彼は明るくて、光の中にいるような少年だった。
笑顔が眩しくて。
金と銀のオッドアイがいつも輝いていた。
陽だまりのような少年だった。
似ても似つかない。あの男は自分以外の人間に信頼なんぞ感じたことはないだろう。
苛立ちを隠しもせずに焦燥感と憎しみに満ちた瞳がギラつていた。
だけど……俺の指輪を持ってた。
世界に一つしかない、幼い頃に作った俺の指輪。
「どうして?」
どうしてアンタが持ってる?
ジークにあげたはずだ!どうして?なぜ??
なぁジークはどこに居るんだ?
って男に会ったら言うつもりだったんだ。
全部聞き出して、吐かせて、真実を知って逢いに行きたかった。
安心したかった。ジークは無事で元気にしているって。
早くこんな不安を取り除いて……楽になりたかった。
でも、何も得られなかった。何も知ることもできなかった。
どんなに街中を歩いても男と遭遇することはなかった。
「もうどうしたら……」
俺は頭を抱えてうずくまった。
橋の上で何をしているんだと思われるだろうが知るか。
人気がない所でもあったし、俺は落ち着くまで座り込んでいた。
世界が俺一人だけのようなそんな錯覚に陥っていた。
耳を塞ぎ。目を閉じれば9年前の楽しかった思い出が蘇った。
幼い頃にジークとシンシアとで遊んだあの日。
そしてジークの帰国に喜んだ日常。
幾つも思い起こしては消えてゆく。
どれも遠い記憶じゃないはずだった。
いつまでも続くものであったはずだ。
……こんな思いをするくらいなら手紙の返事を頻繁に書けばよかった。
いや、そもそも手紙が来なくなった時点で会いに行けばよかったんだ。
後悔だけが蓄積されてゆく。しかし時間は巻き戻ってはくれない。
「ねぇ大丈夫ですか?」
うずくまっていた俺に後ろから女性が声をかけた。
振り返ると同い年くらいの女性が心配そうに俺を見ている。
「……大丈夫。少し気分が悪かっただけ」
「そう、ですか?しばらく座り込んでいたから……」
ゆっくりと立ち上がりながら、声を掛けてくれた女性の視線から逃れる。
遠くから様子を伺われていたらしい……やってしまった。
「ごめんなさい。本当に大丈夫だから」
「でも……あ、そうだ。近くに私の家があるんですけど来ませんか?」
「え?」
「私こう見えても錬金術師なんですよ!
家に回復ポーションがありますので休憩して行ってください」
彼女の明るい声と笑顔を見て、俺は小さく首を振る。
今はその明るさが鬱陶しく感じてしまう。
「そんなこと言わずに。さ、来てください」
「あ、ちょっと……」
無気力な俺は彼女に手を引かれて歩き出した。
強引に橋近くの集合住宅に連れ出されてしまった。
二階に部屋を借りていると彼女は言い、手を繋いだままお邪魔することになった。
彼女の部屋は錬金術の道具と本で散らかっていた。
しかし彼女の勤勉さも感じ取れて、そこで初めて同じ大学に通う学生だと理解した。
「少し待っててくださいね。ポーション取ってきますから」
彼女はそう言うと隣の部屋に入っていった。
俺はどうしたものか考えようとしたが億劫になりただ座っていた。
直ぐに彼女は戻ってきて青いポーションを手にしていた。
「はい飲んでみて?元気になりますよ」
ニコニコと彼女は笑っていた。
知らない人からのモノを飲むのはと躊躇したが、どうでもいいかと飲み干した。
「どうですか?気分は良くなったかな?」
「……えぇ」
元々身体が悪いわけじゃないしね……。
なんの効果も感じられない中、彼女はふと表情をなくした。
「あのね。こんなこと成り行きでお願いすることじゃないんだけど」
そう前置きをしながら、真剣な表情で言い出した。
「私の代わりに、この紙をとある人物に渡して欲しいの」
白い折りたたまれた紙を出してきた。
テーブルに置かれたそれを俺は凝視して彼女に視線を戻した。
「どうして貴女自身がやらないの?」
「……迷っているの」
彼女はさっきまでの明るさを失い、苦しそうな顔をした。
「ある人から私の大切な人の真相を聞かされた」
「真相?」
「……うん。私はずっと思い違いをしていたみたいなの」
可笑しそうに彼女は笑うが、その目には後悔と疑念が浮かんでいる。
「真実を知って。私はわからなくなった。
でも、彼女に恩義もあるし裏切りたくない気持もあるの」
ちらりと俺の様子を伺い彼女はまた話し出した。
「だから貴女に託すことにした」
「は?」
「この紙を渡してくれるのか。
それともそんな義理はないと捨ててくれるか」
テーブルに置かれた紙を彼女は握り俺に差し出した。
「え?ちょっと」
「こんな事に巻き込んで申し訳ないと思ってる」
断ろうとする俺の言葉を遮り、無理やりに俺の手の中に紙をねじ込んできた。
「それでもお願い。貴女が決めて。
私は裏切ることも手を貸すのもしたくないから」
勝手な言い分である。俺になんのメリットがあるのか。
手の中にある紙を見る。
何が書かれているのかわからないし、わかりたくもない。
「……。……捨ててもいいのね?」
「う、うん。そうよ」
動揺したように彼女の瞳は揺れ動いた。
俺はそれを見なかったように白い紙をポケットにしまった。
「それで?誰に渡せばいいの?」
「……ありがとう。私が言うのも変だけど。
貴女って変わってる。でも、これも縁ってやつなのかな」
安心したような彼女の様子に俺は首を傾げた。
「変わり同士気が合うのかもってこと」
「はぁ」
まぁ変わっているだろうぜ。何せ中身は34歳男だからな。
「それでね。申し訳ないんだけど相手のことは知らないの」
「え?じゃぁどうやってこの紙を渡したらいいの?」
「今日の夜に待ち合わせをしているから、その場所に行って欲しい」
はぁ……なるほど?
半分納得したようなしてない様な感じで俺は頷いた。
「場所はどこ」
「聖ソロモント魔導大学構内の川近くの休憩所」
おいおい。俺の特等席じゃねぇか。
「わかったわ……私がこの紙をどうしたか報告したほうがいい?」
そう聞くと彼女は首を振った。
「ううん。もう会うことはないから」
「そう、ね……」
名もなき女性は笑いながらも、すまなさそうにしていた。
「それじゃ私はお暇するわ。ポーションありがとう」
「あ、ううん。お役に立てたならよかった」
立ち上がり玄関に歩き出した俺の後ろを彼女も付いてくる。
「えっとあとね。一つだけ注意!」
「なに?」
「知らない人からポーションを進められても飲んじゃダメだよ」
真っ当な意見に俺はきょとんとした表情で名もなき女性を見た。
「えぇそのとおりね」
「わかっているのにどうして飲んだの?」
彼女は不安そうな顔をしていた。
「考えることに疲れてた」
「……元気だしてね。事情はわからないけど」
俺は少しだけ考えてから、小さく頷いた。
元気になれる日がくればいいと思う。
半ば願いのような思いを抱きながら、名もなき女性と別れた。
何か色々な思いが詰まった紙をポケットにしまいながら。
遠くから彼女が見ているようなそんな気がした。
そんな義理はないと捨てればよかっただろうか。
名もなき彼女と別れた後、俺は自宅に帰った。
何時ものようにごはん作ってお風呂入って本を読んでいた。
テーブルの片隅には折りたたまれた紙がある。
時間を確認し、あと数時間後には約束の時間になるだろう。
律儀にも紙を持って帰ってしまった。
途中で何処かに捨てるなりすれば良かったと思った。
「うーん」
中身を見る気にはなれないが、しかし気になる。
気になって今日はずっと頭の片隅にチラついていた。
……行ってみようか?
本を置き託された紙を持ち、目の前でかかげる。
何の変哲もない紙に見えるが微量に魔力のような力が帯びていた。
「……うん」
夜も更けようとした時刻、俺は再び大学へと足を運ぶことにした。
制服を着こみ、外出を妨害しようとするレイズを押し込めてやってきた。
しかし夜も更ける時刻だ。当然校門が開いているわけがない。
「あのすみません」
警備員がいる詰め所に行くと若い男が対応した。
「どうしました?」
「ごめんなさい。申し訳ないんですが門を開けていただけないかしら」
俺の姿を眺めて若い男は首を振った。
「もう遅いですから。用があるのでしたら明日に」
「忘れ物をしてしまって。どうしてもそれが今日必要なんです」
困ったように若い男は顔を曇らせた。断る気満々だからだろう。
何だか埒が明かないと思った俺は最終手段を使うことにした。
「実は私、エディーフィールド家の者でして」
「え?」
俺は家名と紋章が付いた身分証明書を出した。
「入れて、頂けますよね?」
若い男は急に背筋を伸ばすと、俺から視線を外した。
「はっ!お待ちください」
焦ったように若き男は校門を開けるのであった。
さすが、我が家。多額の援助金を寄付しているだけあるぜ。
俺は意気揚々と堂々と大学に侵入することに成功した。
待ち人はどうやって大学に入る気なのかなぁと思いながら。
いつもの俺の定位置。川近くの休憩所にやってきた。
「さて……」
辺りは暗く、休憩所にも明かりは付けられていない。
暗闇という程ではないが、夜の大学は不気味な雰囲気が漂っていた。
立っているのも疲れると俺は設置してある椅子に腰かけた。
夜風が気持ちいい季節になった。
心地いい風を感じつつ、手には例の紙を持っていた。
約束の時刻までは少しある、か。
キョロキョロとしながら、一部明かりの付いた部屋を見上げた。
「あら……」
確かそこはキールの部屋がある所じゃないか?
遠くに見えるだけだからわからないけど……紙渡したら行ってみよ。
意識を遠くへと向けていたら近くにブンっと低い音の周波が聞こえた。
ハッとして立ち上がり音の方へ見ると、一人の女性が既に立っていた。
いったいどこから?
警戒しつつも俺は休憩所から出て、目を凝らす。
大学の制服を着ている。しかも今年入学したようだ。
「だれ?」
声は震えなかったが、硬い口調になってしまった。
「……こうして直接会うのは初めてね」
そうゆっくりと話だし、一歩俺に近づいた。
姿がはっきり見える距離まで来て俺は今すぐにでも帰りたくなった。
彼女の青い瞳を見て、すぐにやべぇ女だと思った。
「例のものは?」
手を差し出されて、俺は無言で白紙を手渡した。
女の指は細く色白だ。病的なまでの色合いに俺は冷や汗が止まらない。
「へぇ……あの男。有名人だったのね」
紙を広げ、その場で目を通した女は楽しそうだった。
そして読み終わると紙は燃えるように灰になり風に乗って散った。
「ありがとう。これでようやく相手の正体がわかったわ」
「……そう」
極力、俺は何も話さない方がいい。
だって、知らんもん紙に何が書かれていたのか。
ボロを出したら殺されそうっと身を引き締めて女と対峙する。
「あの黒ずくめの男」
……ん?黒ずくめの男??
「まさかこの大学の学生だったなんて」
は、え?
女は感心したように言い。確認するように俺に尋ねた。
「ダガードって言う名前なのよね?出身はクロノ王国」
「え、えぇそうよ」
とりあえず肯定してみた。
すると深く女が頷くので俺はほっと胸を撫でおろした。
「よかった。これで後は私たちが彼を捕まえるだけよ」
嬉しそうに言う彼女は先ほどの不気味さは消えて素直に綺麗な女性だった。
「貴女の目的も果たせるわね。
どこに隠れているのかもわかったし、これからは慎重に行動していきましょう」
意気揚々と女は少女のように喜んでいる。
俺は一緒になって笑ってみると、より一層笑みを浮かべた。
「色々と迷惑をかけると思うけどよろしくね。
えっとそれで……なんて呼んだからいいかしら?」
首を傾げ彼女は俺を見ていた。
しかし俺がしゃべり出さないのを確認すると続けて話し出した。
「今までお互いに正体を明かさなかったでしょう。
どこで情報が漏れるかわからなかったし……でも今は違うわ」
「……そうね。これからは協力し合ってあの男を捕まえるんですもの」
俺は今までの会話を思い出しながら発言してみた。
これまた大正解だったようで、彼女は何度も嬉しそうに頷いた。
「えぇっそうね。あ、そうそう私の名前はね。
エメよ。覚えてくれたら嬉しいわ」
「私は、アレイズ。これからもよろしくね」
精一杯に笑顔を引き出した。
お互いの自己紹介も終え、彼女はあっと声を出した。
「そろそろ見回りの人がここを通るわ。
姿を見られて要らぬ疑いを掛けられるのも嫌だし、そろそろ行くわ」
貴女はどうする?と聞かれて俺は頷く。
「そうね私も帰るわよ」
「帰りは大丈夫?私はテレポストーンで行くけど」
「大丈夫よこう見えても……錬金術師だから」
ちらっと伺うように見ると納得したように彼女は頷いていた。
ふぅ~……よかった。本当に錬金術師だったのかあの人。
安堵している俺の傍らで彼女はテレポストーンを取り出した。
青緑に光る美しい石を彼女は胸の前で持ち掲げた。
少し強い青緑の光が放たれて彼女を包む。
「それじゃぁ今度は大学構内で会いましょう。
ちなみに私は錬金系総合研究科・錬金術学部の棟内にいるわ」
「えぇわかった……また」
微笑みながら彼女は光の中へ消えていった。
ブンっと周波のような音が響くと、ぷっつりと光も消え去った。
俺はそれらを確認すると疲れたようにその場に座り込んだ。
「な、なんだったんだ?」
怖かったぞマジで。ちびりそう。
途中から彼女の雰囲気が変わって明るかったからよかったけど。
しっかしいったい俺は何に巻き込まれたんだ
いやそれもあるけど、黒ずくめの男って……。
あの瞳以外の服や髪が黒い男のことだろうか。
こんなピンポイントな言葉、他にないもんなぁ。
俺はよろよろと起き上がり、こっそりと大学構内へと侵入。
キールのいる魔導系研究科・工学部の棟内を歩きながら考えていた。
ダガードって名前なのかあの男。
しかもクロノ王国出身でこの大学の学生だったなんて……。
灯台下暗しってやつ?
意外な所からの情報に俺は一筋の光を見た。
手詰まりの状況から一変し、事態が動き出そうとしているようだ。
が、先ほどの不気味な雰囲気が抜けきれぬままの状況で薄暗い学内は怖かった。
知らず速足でキールの部屋を訪れて、やや乱暴に扉を叩いた。
「キール?いるかしら?」
「……フリージア?」
中から驚いたような声がした。
扉がだんだん開き、ゆっくりとこちらを伺うキールと目があった。
麗しいキールの顔を見て俺は吸い寄せられるように抱き着いた。
「?!」
「キール……」
なんの躊躇もなくキールは抱き返してくれた。
「どうしたんだ?何があった??」
「ううん……廊下が薄暗くて怖かっただけ」
大きい胸の中で俺はほっと息を吐いた。
知らず冷たくなっていた身体に暖かい体温が心地いい。
「こんな時間にいるなんて。どうした?」
「うーん?忘れ物」
「……まぁいいが、もう帰るのだろう?
私も一緒に帰るから少し待っててくれるか?」
「うん」
何も聞かないキールに感謝しながら俺は素直に頷いた。
中に入れてもらいキールの支度を待つ間に先ほどのことを思い返す。
「ダガード……?」
聞き覚えはまったくなかった。
ただ違和感だけが、耳に残っていた……。