02.泣き虫
「先輩。もう三日も家に帰ってないんじゃないですか?」
「んお?おぉフリージアおはよう」
ビィシャ先輩は机に突っ伏していた体勢から起き上がった。
ぼさぼさの髪に目の下にはクマが出来ていた。
美少女なのに、少しは見綺麗にしたらいいのに。
俺は用意した先輩の朝食を置きため息をついた。
「先輩はまずお風呂」
「うぅ朝ごはん……」
「入らないと朝ごはんはあげません」
頑なな俺の態度に諦めて工房に備えてあるシャワー室へと消えていった。
「まったく……」
どうして俺が先輩の朝食を用意しなくちゃいけない?
と言うか帰って。どうぞ。
ぐちゃぐちゃのテーブルを片付けて、俺は朝食を配置。
何の研究をしているのかはしらないが、色々まぁ持ち込んで……。
器具たちも喜んでいるだろうよ。こんなに使われて。
それらを眺めていると二階からレイズが降りてきた。
『フリージア。今日ハ出カケル?』
「えぇ。食料も少なくなってきたし買い物に行ってくるわ」
『ワカッタ。イッテラッシャイ』
とてとてとレイズは二階に戻っていった。
今日は休日であるが、先輩のせいもあって食料が少ない。
買出しにいかねば。
俺は先輩が朝食を食べている間に街に行くことにした。
最近の行きつけのお店は、店主がうるさくない所である。
商売魂が素晴らしく声をかけてくるのはわかるが、俺は静かにしてほしい。
なのでゆったり買い物が出来る、おばあちゃんが経営するお店にしている。
ここの柔らかいパンが好きなのだ。
硬いパンもいいが、朝食にはこの食パンがよくてこればっかり買ってる。
接客も最低限の声かけで、さらに最高!
「ありがとうございました~」
食パンを買い、ついでに果物も調達した。
良いリンゴが手に入ったので、今日はアップルパイでも作ろう。
材料を買って、新鮮な牛乳も重いけど頑張って持って帰った。
「レイズ~ごめんなさい。手伝ってほしいの!」
しかし二階に上がる気力がなく、ついレイズを呼んでしまう。
ふぅだって一杯買っちゃって……お買い物は計画的にとはこのことか。
レイズが来るまで俺は工房近くの玄関に荷物を下ろした。
「ふぅ……」
本日も良い天気である。見上げる空は突き抜けるように明るい。
「ん?」
何やら工房が騒がしいような?
バタバタとした足音がして、バンッっと大きな音と共に工房の扉が開かれた。
近くにいた俺は心臓が飛び出るかと思うほどビックリして固まった。
「お、ね……お姉さま!!!」
ふぁ!?
「し、シンシア?」
爆発しそうな心臓を抑えながら、麗しの妹が半べそかきながら出てきた。
『オカエリ。荷物、ハコブ』
その横でレイズが粛々と荷物を運んでいてくれた。
「なんで、シンシア……」
母とか父にもシンシアには言わないでっていったし。
ここをシンシアが知っているわけがないのだが……。
突然の再会に俺はどうしようかと思案を巡らせる。
しかしどうしようもないっと悟り、俺はとりあえず笑った。
「えっと、久しぶりね。元気だった?」
「お姉さまの馬鹿!元気よ!!」
がばっと俺は叱られつつもシンシアに抱き着かれた。
まぁ傍から見ると俺がシンシアに抱き着いてるように見えるなこれ。
身長差ゆえに、俺の顔はシンシアの胸に押し付けられる。
あ、落ち着けフリージア!こっちをジト目で見るんじゃない!
「うっ……シンシア苦しいわ」
「ごめんなさいお姉さまっ」
相変わらず、良い体つきでとふぅ窒息するかと思った。
改めてシンシアと向かい合うと、彼女の顔は泣きそうであった。
「ど、どうしてそんな顔をするの?」
「だって……っ会いに来てくれないんですもの。
私っお姉さまは大学にこれなかったと思っていたのよ!」
す、すまぬ。すまぬ。
勇気が持てず会いにいかなくて、マジすまん。
「ごめんなさい……シンシアが嫌いだから会わなかったわけじゃないの」
俺が弱いばっかりに悲しい思いをさせてしまった。
「会えて嬉しいわ。また大きくなったのね」
「お姉さまっ会いたかった……」
可愛い天使の妹は15歳の幼い少女のような顔をして笑った。
そうだな。まだ15歳だもんな……遠い地で一人は寂しいよな。
感極まるシンシアを俺は背を伸ばして頭を撫でた。
「不甲斐ない姉だけど、またよろしくね」
「お姉さま……っ」
嬉しそうに笑ってくれたのを見て、俺はほっと胸が降りた。
「麗しい姉妹愛じゃのぉ~」
そんな俺たちに工房の玄関先でビィシャ先輩が眺めていた。
「先輩。無粋だと思いませんか?」
「そうかのぉ?見える位置でやってる方が悪いとは思わんか?」
う、うーん確かにぃ。
俺は恥ずかしくなりつつ、ビィシャ先輩とシンシアを交互に見た。
「ところで二人は知り合いだったんですか?」
「そうじゃ。学部は違うが、わしらは仲のいい先輩後輩の関係じゃ」
「ビィシャ様にはお世話になっておりますの」
可愛らしくも二人は笑い合った。
付き合いの長さが伺えて、俺様ちょっと疎外感。
さて、さて……。
「とりあえず家に入りましょう」
いつまでも外で話すのもね。
「そうだ。今からアップルパイを作るのよ食べて行って」
そう言うとシンシアとビィシャ先輩は嬉しそうに飛び跳ねた。
……いや、先輩は帰れって。
しかし嬉しそうなので、俺はその言葉を飲み込み家へと入った。
焼き上がったアップルパイを切り分ける。
サクッと良い音が鳴り、焼き上がりは上々である。
熱々のアップルパイに生クリームを絞って、はいできあがり。
おぼんに三人分のアップパイを載せて、二人が待つテーブルに向かう。
「さぁどうぞ食べてみて」
「ありがとうございます!お姉さま」
「ほぉ~見事な腕前じゃ」
俺が配膳している間に、すぐにパクリとビィシャ先輩は食べていた。
シンシアは淑女らしく落ち着き、サクサクのパイを割って食べていた。
可愛い。そしてお茶を注いでくれてるレイズも可愛い。
俺の身内には可愛い生物しかおらんのか。
「レイズ。貴方も座って」
『ワカッタ』
レイズ用の小さな椅子に座り、その前に俺は宝珠を出した。
ひょいっとそれをレイズは食べて、もぐもぐしていた。
さて俺も食べようかな。
香しい紅茶の香りと甘酸っぱいアップルパイの匂い。
「どれどれ……ん、良い感じ」
無駄に俺のお菓子作りの腕が上達したな。
「お姉さま美味しいです」
「よかったわ口に合って」
微笑むシンシアは嬉しそうで、俺まで嬉しい気持ちになる。
「本当に美味だのぉほっほっ」
そしてビィシャ先輩はやっぱりじじくさい。
「まぁ……喜んでくれて嬉しいわ」
ここは素直に俺も褒められたことを喜ぼう。
また一口食べてみて、やはり良い出来栄えだと感じた。
「なるほど。やはりフリージアは姉なのだな」
「まだ疑っていたのですか?」
「そうじゃないがの。実際に見て、より実感したのじゃよ」
それならまぁいいですが。見た目は少女だけど中身は大人ですから。
「それにしても、先輩とシンシアが知り合いだとは思いませんでした」
学部も違うしどうやって知り合ったんだろう。
ビィシャ先輩がちらりとシンシアを確認し口を開いた。
「そこは企業秘密じゃ」
「そうですか」
シンシアも教えてくれそうな感じでもないみたいだしな。
口を閉ざす様子に俺はそれ以上は追及するつもりもなかった。
困ったような顔をしてシンシアは話題を変えるように話を振ってきた。
「お姉さまはここで一人暮らしをしているのですね」
「えぇ。お父様達を説得してね」
「流石ですお姉さまっ私は一人ぐらいが出来る気がしないもの」
生粋のお嬢様たるシンシアは、そんなことしなくていーの。
エディフィールド家の次期当主様がやることではない。
「シンシアは大学構内にある寮暮らしだったわね」
それも超広くて、超豪華な寮な。
もう寮ってかお城みたいなところだけどな。
「はい。楽しく学友と過ごしてますの」
「そうそれは楽しそうね」
友達と生活かぁ~いいね。青春してるなシンシア。
ってそうだ。忘れてた。
「ところでシンシア。先輩に用があったんじゃないの?」
「あ、いえ。私はビィシャ様に呼ばれて来たの」
そうなんだ。
え~?うちのシンシアちゃんに何の御用かね?
アップルパイにむしゃぶりつく先輩を見るとそうであったと頷いた。
「おぉそうじゃ。頼みがあっての」
「なんでしょう?」
口についたパイを拭いながら先輩は頼むと手を合わせた。
「フィッシャー先生を説得してほしいんじゃ」
「え、ええ?」
シンシアは困ったように俺を見つめた。
え?なになに?
「わしの新たに作ったポーションは欠点があってのう」
ちらりと俺を見る。なんじゃい。
「並みのポーション瓶ではすぐに劣化してしまうのじゃ」
「はぁ、それで?」
俺は促してみると目をキラキラして言うのだ。
「フィッシャー先生が所持する特製ポーション瓶を頂いてきてほしいのじゃ!」
……特製。ポーション瓶。
それってさぁ、絶対にくれないと思うぞ俺。
ほら見ろ。シンシアだって困り果てて俺を見てるぞ。
というか先輩。なぜ最初に俺に言わないのか。
「ん?おぬしに頼んでも無理じゃと思ったからじゃ。
フリージアは人付き合いは苦手じゃろう?」
うっそうだけど!事実だけど……うぅ。
俺はしゅんと肩を落としていると、慌てたようにシンシアが口を開いた。
「申し訳ありませんビィシャ様。私はフィッシャー家との方とは面識はございませんの」
そうね。シンシアはずっと隣国に留学してたし大学に通ってもいたし。
自国の貴族との交流は6歳までだから、面識はないだろうね。
「そ、そうなのか……」
今度は先輩がしゅーんっと肩を落とした。
申し訳なさそうにシンシアも俯いて、空気が重くなった。
……うーん。
「ビィシャ先輩」
「なんじゃ?」
「絶対に譲ってくれないとは思いますが、私から頼みましょうか?」
「なん、じゃと?」
えぇい不思議そうな顔をするんじゃない!
シンシアちゃんもだ!ぽかーんとした顔をしないのっ。
「幼いころキール先生には大変お世話になっていたの」
今思えば、幼女の俺に合わせて色々と相手をしてくれたのだ。
生意気な年下の幼女に、対等に友達だと言ってくれた。
それに怖がってばかりいたら、シンシアのように悲しませてしまう。
胸を張って会いに行く勇気がなかったから……これを口実に会いにいってみよう。
「顔見知りですから、頼んでみますよ」
親切という名の、ただの口実である。
しかし先輩は天啓を得たかのような顔をした。
「なんと!奇跡じゃっでは頼んじゃぞフリージア!」
「期待しないでくださいね」
マジで期待はしないでほしいな。絶対くれないと思うし。
やったーとはしゃぐ傍らでシンシアが俺をじっと見ていた。
「うん?」
「お姉さまって……」
っと言葉がぶつりと切れて。
「いいえ。なんでもありません」
「そう?何かあれば遠慮なく言ってね」
言葉を濁したシンシアは笑うだけだった。
何か心当たりでもあったのだろうか?聞きたいことでも?
分からないまま、俺はキールとの再会に思いをはせる。
本日、すべての授業が終わった放課後。
俺は魔導系研究科・工学部の研究棟に来ていた。
陽は傾き、世界がオレンジ色に染まろうとしている。
場違いな感じがしつつも、キール・フィッシャー講師の研究室へと足を運ぶ。
「えっと……こっちかな」
教えてもらった研究室までの道のり。
人はいなく、学生も見当たらないようだ。
大学にしては静かな場所で俺は違和感を覚えながら進む。
すると扉の上に『キール・フィッシャー』と名前が嵌めこまれていた。
ではこの部屋はキールに用意された個室だろう。
「……ふぅ落ち着け」
心臓が鼓動を早める。俺は唾を飲み込み部屋の扉をノックした。
しかし誰も出てくる気配がない。おや?留守?
俺はもう一度トントントンと強めに扉を叩いた。
すると中から物音がして、乱暴に扉は開かれた。
「……何か用かしら?」
美しくもキツイ顔立ちの女性が立っていた。
心なしか少し服がはだけている気がする……。
「き……フィッシャー先生はいらっしゃいますか?」
キツメの美女はイライラしたように俺を見下ろしている。
「あなた何?用件なら私が聞くけど」
「ごめんなさい。先生以外に用件を言うわけにはいかないんです」
正直に言うと美女はすっげぇ睨んできた。
あ、あぁ~俺ってば、日を改めますぅっとか言っとけばよかった。
夕方に男と女。何事も起きないはずもなく……はは。
美女は俺を下から上まで何度も見てきた。
そしてフッと鼻で笑うと、仕方ないという感じに肩をすくめた。
「疲れて寝てるけどね、いるわよ。
私は帰るから好きにしたらいいわ。じゃあね」
「は、はぁい」
敵とはみなされなかったようだ。ふぅ。
荷物を取りに美女は部屋に戻るとバイバイと手を振っていなくなった。
彼女の後姿を見ながら、良い身体してるわぁと感心した。
俺ももう少し大人になったらあんな感じに……はならないな。
馬鹿な事考えてないで、さてさて本当に入っていいのか?
「お、お邪魔します~」
返事はない。とりあえず入ってみると意外と大きい作りだった。
最初に応接があってさらにその奥に部屋があった。
豪華だなとその応接を横切って、奥になる部屋を覗いてみる。
そこは完全に個人の部屋のようだった。
講師は好きな家具を置いてもいいし、器具を持ち込めるのだろう。
キールらしい?神経質でありながら雑多なようすに俺は笑みが零れた。
そーいえば昔も寝ているキールの部屋にこっそり入ったなと。
夕方のオレンジ色に染まる部屋の一角にソファがあった。
「……キール?」
人が寝ているのが見えて、俺は回り込んだ。
白い髪がソファーに垂れていた。相変わらず長い髪は七色に輝いていた。
出逢った頃を俺は脳裏に思い出して、ふとその髪に触れた。
相変わらずサラサラで指の間から抜けてしまう。
「ふふ」
それが可笑しくて笑って、じっとその姿を眺めた。
あら、まぁ……すっかり大人になって。
遠くから見た印象よりもずっと男らしくなっていた。
「不思議……」
知らない人みたいだ。
俺は少しの恐ろしさを感じながらそっとキールの頬を撫でた。
綺麗で美しいその尊顔は昔と変わらずにあって懐かしさを覚えた。
……ってキールの服ちょっとはだけてない?
キールの美貌に釘付けになっていたが、そうかぁ大人になったなぁ。
そうだよな。24歳になったんだよなコイツ。
出逢った当初は15歳の少年であったが、彼は異国の地で年を重ねたのだ。
俺はキールの頭を撫でてそれを実感した。
目覚めなければいいと思いながら、早くその金色の瞳を覗きたいとも思った。
「……キール」
起きて。と言えないのが臆病な俺の悪いくせだな。
しかし疲れて寝ているキールを起こすのも……やめようか。
自然に起きるまで待っていよう。
そう思い俺はキールが寝ているソファの隙間に座った。
はてさてキールが起きる前に気持ちを整えておこうっと。
まず何を話そう……たくさんありすぎて迷うな。
「……ア」
「え?」
声がして俺はソファで眠るキールを、見た。
「ふりー……じあ?」
黄金の瞳が俺を真っすぐ見ていた。
「……えぇ」
俺は擦れた声で頷き、震える顔の表情筋を笑顔に変えた。
「久しぶり。キール……私ね来てしまったわ」
感情がたくさん溢れて、あぁ何だかとても泣きたくなった。
「また、逢えて嬉しいわ」
膨れ上がる感情は胸を焦がして、熱く冷たい涙に変わっていた。
「フリージア……!」
白い髪がふわりと動き、いつかのように俺は腕の中にいた。
あの日。別れたままの懐かしい太陽の匂いがする。
「ふふ、どうしましょう……私、泣き虫じゃないのよ」
大きくなった胸の中で俺は困ったなと泣いた。
こんなにも嬉しく、そして忘れられていなかったことに安堵した。
ぎゅうっと抱きしめる腕が温かくて、また泣けてきた。
「フリージア。私の夢ではないのか」
「夢にしないでよ」
「本当に……よく、顔を見せてくれ」
泣き顔をですか?相変わらず鬼畜な野郎だな。
「大きくなったな」
「少し小さいけどね……ん」
流れる涙を拭われながら、穴が空きそうなほど見られた。
すまんな美少女になってなくて。
「キールは大人になったわ」
俺は泣き止みつつもキールの荒れた服を指さすと苦笑いされた。
「誰かここにいたか?」
「綺麗な女性がいたわ。恋人?」
首を傾げながら問うと眉間に皺を寄せて怒られた。
「違う」
「そう、なの……」
「それより。どうして今まで会いに来なかった?」
キールは俺を膝に乗せて逃げられない態勢で問いかけてきた。
うっ……痛いところを。
「……この大学にちゃんとした手続きで入ったわけじゃないの」
そもそもキールなら俺の頭の悪さを知っているだろう。
俯きながら小さい声で言うと、頭上よりため息が聞こえた。
「だから会いに来なかったと?」
「そうよ……合わす顏がないじゃない」
「フリージア。私がそんなことで減滅すると思ったのか?」
こくんと頷くとまたもやでかいため息が聞こえた。
「私がフリージアを?ありえない」
「どこから来るのよその自信」
俺だってまさか再会して泣くとは思ってなかったぞ。
むぅっと膨れていると、面白そうに俺の頬を突いてくる。
「はは……リボン、付けてくれているんだな」
別れの日にキールからもらった金色のリボンを付けていた。
「大事にしてるから9年経っても綺麗でしょ?」
あれから9年の歳月が経ってもリボンは新品のように綺麗だ。
褒めてほしいと美しい顔を眺めると、口元を抑えて俯くキールがいた。
「キール?」
「……っ……あ、いや……参ったな」
顔を赤らめるキールに俺は首を傾げるしかない。
「うん??」
「まったく相変わらず……だな」
さらっと俺の髪な撫でるキールの手は大きかった。
じっと見つめられて、俺は何故か少しだけ居心地が悪かった。
「えっと……」
「しぃー……」
話そうとするとキールは俺の唇に指を当てた。
俺はそれがむず痒く、目が泳いでいく……な、なに?どしたの。
だんだんとキールの顔が近寄ってる気がする。
大きな手が俺の首筋を抑えていて顔を動かすことが出来なかった。
キール?
俺の視界がキールでいっぱいで、思わず目を瞑った。
「先生ー!いらっしゃいますかー!!」
けたたましい音と共に一人の男子学生が部屋に突入してきた。
ハッとして俺は男子学生の方を向こうとしたが阻まれた。
再びキールの胸の中に顔を埋めて身動きがとれなくなってしまった。
そして地獄のような低い声でキールは男子学生に声をかけた。
「なんだ?」
「あわわわっせ、先生が生徒とエッチなことを!?」
エッチって……なんもしとらんって。
「おい」
「ご、ごめんなさい先生!
でも安心しましたっやっぱり先生も男でしたね!」
軽快な男子学生の声は弾んでいた。
「こうしちゃいられない!みんなに広げないと!
先生はロリコンの変態妖精講師だったってさ☆」
男子生徒よ……キールに何か恨みでもあるのか。
言葉の通り、部屋に突入してきた男子学生は逃げるようにいなくなった。
俺はぐっとキールの胸を押す。
「追いかけなさいな」
「……だが」
「待ってるから、ね、キール先生?」
じゃないとロリコン教師として捕まるぞ。
キールは珍しくちっと舌打ちして俺から離れた。
衣服を整えて麗しの先生は、急ぐように俺に言った。
「すぐ捕まえてくる。それまでここに居てくれ」
「えぇ。行ってらっしゃい」
「……行ってきます」
そう言うや否や、全力で男子学生を追いかけていった。
静かになった部屋で、俺はふらっとソファに倒れ込む。
「い、今のなんだった……の?」
恐ろしくて聞けません。
真っ赤に火照る頬を手で挟みながら、恥ずかしさが込み上げた。
「う、うぅ……キールの顔のせいで嫌悪感がない。うぅ」
俺は深く考えないように、ふて寝することにした。
「変な扉開きそう……」
開いてはいけない扉が開きかけながら、俺は静かに悶えるのだった。
俺は男。俺は男。大丈夫だ、俺は男だって。
綺麗なさっきの女性だって好みだっただろ?
おっぱいだって好きさ。ビィシャ先輩を思い出すんだ俺……。
終始、自分が男であることを確かめた。