5 殺人鬼vs快楽殺人鬼
「ふぅ、スッキリした」
裏路地で吐き終わった俺はギルドへ戻ろうとした
すると
「大丈夫ですか?シロさん」
ザラさんがいつのまにか後ろに居た
「うおっ!ザラさんか…ビックリさせないで下さいよ てか仕事は?」
「安心して下さい、私の今日の分はもう終わりましたから」
「へー、じゃあ今から帰りですか?」
「フフっ、シロさんは面白い人ですね こんな裏路地が帰り道な訳ないじゃないですか」
それもそうか 俺は納得する
それじゃあなんでここに…?
「え?それじゃなんでここに来たんですか?」
「ああ、それはシロさんが心配で」
「心配?お酒の事ですか?俺は飲んでませんよ?」
「いや、そうじゃなくてですね…近頃こういう裏路地で殺人事件が相次いで起こってるんですよ」
「ははっ、そりゃ怖いな でもこの通り殺人鬼には会ってませんよ」
「フフっ、そのようですね」
「それじゃあ俺はギルドに戻りますね」
「はい気をつけて」
俺はザラさんに背を向けギルドに戻ろうとした時、一つ疑問を抱いた
おかしいな そういえばなんで俺はギルドから来た方向を向いていたのにザラさんはギルドとは反対方向から来るんだ?
まさか!?
「くっ、」
俺が後ろを振り向くと剣が弧を描いて飛んで来ていた
俺はなんとかそれを弾くが、左肩に激痛を感じる
「ぐあっ!?」
左肩に黒塗りの剣が刺さっていた
「ウフフッ、よくよけましたね」
薄緑色の髪にエメラルド色の目をしたザラさんはそういって不適に笑い、黒塗りの双剣を構える
なるほど、さっきのは片方が普通の剣でもう片方が黒塗りだから右に気を取られて左の黒塗りの剣に気付かなかったのか
黒塗りの剣…夜に人を殺す為だけに生まれたような剣だな
「ま、待って下さいよ!どうしてこんな事をするんですか!?」
「私はねシロさん、人を殺す事に悦び感じてしまうんです 他の事では何をしても楽しめない、だから殺すんですよ」
そりゃ、ぶっ飛んだ考えで いわゆる快楽殺人鬼ってとこか
「く、くそ!殺られる前に殺ってやる!」
俺はそう言ってザラさんに向かって走りだす
ザラさんは二本の剣で俺の剣を防ぐ
「Cランクごときの剣術で私の剣を越えられるとでも?」
ザラさんは俺を押し返して二つの剣で何度も斬り付けてくる
「くっ、そ 速い、」
ザラさんは確かに強い… 左肩が負傷してなくても剣術においては俺の方が劣っている
「ほらほら!左肩が空いてますよ!」
「うがあああああああ!!!!?!!」
俺は大袈裟に叫ぶ
ザラさんは最初に飛ばした剣でえぐった肩をもう一度剣で斬りつけてきた
かなり痛い、意識が飛びかけた…
まずいな…
逃げることはまず無理だろう正体がバレたんだからまず生かしてはくれないだろうし
なら…倒すしかないか?
しかし俺の固有スキルは人を殺す事ができない
理由は能力を使って殺しても、能力で間接的に殺しても能力に関わった物は全て元通りになるからだ
「くそっ!あああ!」
「遅い、」
「このっ!化け物があ!」
「クスクス、酷いですよ、女性に向かって 化け物 なんて!」
「ぐはっ」
俺は体を真っ正面から斜めに斬られる
「あ、あ…こ、こんなのに勝てる訳ない…!」
「うぁあああ!!」
俺は路地裏の奥まで逃げるがその先は行き止まりだ
「もう、逃げられませんね」
「お願いします、た、助けて下さいぃ…」
「良いですねぇその表情 人間が恐怖に染まるその顔は何ものにも勝ります」
そしてザラさんは俺の前で止まり剣を振り下ろした
ザラさんは完全に俺の事を格下だと思って油断しているのだろう
確かにこと剣術において俺はザラさんより格下だ
でもこれは剣術だけの戦いではない
俺はザラさんが振り下ろした二本の剣を弾き飛ばした
そう、俺は普通なら決して入る事の出来ない格上相手のザラさんの 懐 に入る事に成功していた
つまり俺が今使った技は剣術訓練で美桜によくられたあの技だ
「なに!?」
「油断は駄目だってザラさん」
いち早くザラさんの強さに気付いた俺は演技でザラさんを油断させ、懐に入り込む作戦に変更していたのだ
そして剣を弾ければ後は触れるだけ
俺は残った力を振り絞りザラさんに触れる、そして残MPを全て使ったかなり強力な睡眠をかける
ザラさんレベルとなると状態異常の耐性もついている可能性があるから念の為にかなり強い睡眠を使用したのだ
ザラさんは瞼を閉じ、俺の方へ倒れ込む
ザラさんが倒れた反動で俺も倒れてしまい、石でできた床と俺の左肩が思い切りぶつかる
「いっだあ゛あ゛あ゛!!」
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「はぁ…疲れた」
ザラさんと戦ってからしばらく時間が経った
俺はザラさんを自分の脱いだ服を破り、手と足を縛り付けて裏路地の地面に寝かせていた
「しかたない、今日はここで寝るか」
そう言って俺は横にしたザラさんのお腹を枕にして寝る
おやすみなさい
「……………」
待ってくれ、俺は変態じゃない
考えてもみてほしい
今俺は左肩が折れた骨と肉でぐちゃぐちゃに混ざり体を斜めに斬られている状態だ
そんな状態の人を硬い石の上で普通寝かせるか?
そしてもう一度考えて欲しい
全身傷だらけなのに自ら進んで硬い石の上で寝る人か女性のお腹を枕にして寝る人、
どちらが変態かを…
答は明白だ、
そう、どちらも変態なのだ
ならば俺は自分の感情を優先する!
という訳で俺はザラさんのお腹で眠りについたのだった
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「ふぁあーあ …いっだあ゛あ゛!」
朝起きて寝返りを打つとともに激痛で眠気が一気に覚めた
左肩を思い切り地面に押し付けてしまったからだ
「くそ、マジで痛い、美桜に早く治してもらお」
そして今度は左肩を地面に当てないようにしてもう一度枕に頭を置く
ふぅ、この枕、良いな…一家に一つは是非欲しい物だ
そういえば今はいつ頃だろう
ふと空を見ると空はオレンジ色に染まっていた
「マジで?…」
どうやら俺は次の日の夕方まで眠っていたらしい
いや、俺だけじゃない後ろにいる枕もだ
俺はザラさんのお腹に頭を置いたまま能力を解除する
「ん……」
ザラさんが目を開ける
「あ、おはよう」
とりあえず挨拶
「はっ!くっ、」
ザラさんは自分の現状に気づき、身をよじって縄を解こうとする
「危ないって!俺が!お腹から落ちる!ちょま、うわ!」
「いだあ゛あ゛あ゛い゛!!」
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「チッ、いてーなおい」
マジで痛い、失神してもおかしくない、俺は昔から痛みに慣れてたから良いものを 一般人ならショック死してるんじゃないか?
「…私を騎士団に突き出すのですか?」
ザラさんが俺を睨みつける
騎士団?警察みたいなもんか アイシャさんて警察のトップだったんだな
「しないよめんどくさい」
本当は俺は首の紋様を騎士団なんかに見られたら即座に殺されるからなのだが
「どうせ嘘でしょう…それならこれを解いて下さい」
「いや、解いたらお前俺の事殺すだろ?」
「……」
やっぱり殺すのか
「正直な所、次にお前と戦ったら俺負けちゃうしな」
「でしょうね、あの時私に何をしたんですか?」
「眠らせたんだよ」
「私も状態異常の耐性はかなりあるのですが…」
「しらん、その耐性レベルを越えたって事だろ」
変える事実が大きいほどMPが多く必要になるのが俺の能力
なら裏を返せばMPが多ければ多いほど効果は大きくできるという事だ、俺のあの時残ってたMP70を全てただの睡眠に使ったからな、下手したら永眠までいってたんじゃないか?
「ていうかザラさん仕事は大丈夫なの?今、夕方だよ?」
俺はザラさんのお腹に頭をのせたまま質問する
「えぇ!?そんなに寝てたんですか!?どうしよう!」
「人を殺そうとしたんだそれくらい安いもんだろ?寝てる間に俺に殺されても仕方なかったんだからな?」
「うっ、」
俺はため息をついてザラさんを縛っていた服を解く
片手でも解くのは簡単だな、結ぶ時は大変だったけど
「はい、解けた」
「!? 構わないのですか?」
「別に人を殺したくて我慢できない訳じゃないだろ? 俺はザラさんの事を秘密にするからさ ほら、解放した事が証拠だ」
「ありがとう…ございます…」
まあ、殺人依存症って程でもないみたいだし大丈夫だろう
「俺以外の人ならいくらでも殺していいけど俺を殺すのだけは止めてくれ ただそれだけだ」
「分かりました、約束しましょう 私はシロさんを殺さない、シロさんは私の事をバラさない …約束ですよ?」
「ああ、大丈夫、俺は自分に嘘はつかない!」
「それじゃあ巷で噂の殺人鬼に路地裏で監禁され、殺されそうになったが命からがら逃げてきたって事でギルドに報告しに行きますか…」
「そうですね…しかし私が無傷なのは少し変でしょうか?」
「まあ、女だから殺人鬼が愉しむ用に傷付けなかった的な解釈してくれるんじゃないか? それに左肩が潰れて、体を斜めに斬られた被害者が言うんだから説得力しかないよ」
「あはははっ!そうですね、説得力しかありませんもんね …でもその傷…一生残るんじゃ…」
ザラさんはとても申し訳なさそうにしている、案外ザラさんは根は優しいのかもしれない
「ああ、この傷?大丈夫だよ 治すあてならあるから」
当然、美桜の事だ
「でも体の斜めの傷は回復魔法で簡単に治りそうですけど左肩の方は…最上級の魔法じゃない限り…」
「すみません、こんなのフェアじゃないですよね 私が頑張ってお金を稼いで治療金を…!」
はぁ…大丈夫なのに…美桜なら切断されてない限り修復可能だからな
「ははっ、優しいんだな 大丈夫だって、俺の知り合いに傷を完全に癒す固有スキル所持者がいるから」
「安心しました…でもその知り合いに腕を治して貰うまで私がシロさんの左手の代わりをしますからね?
それじゃあギルドに戻りましょうか 右肩貸して下さい」
「どうも、まあ俺の手伝いは俺がギルドにいる時だけでいいよ」
そう言って俺はザラさんに右肩を貸してもらい歩き出した
「あ、シロさんってこの街に来たばかりですよね?」
「ああ、そうだけど」
「それじゃあお詫びといってはなんですが私の家で泊まりませんか? 家に私は一人ですし、ギルドの皆さんには秘密にしますから」
確かにそれは金がうくし助かるな…でもそれってちょっと社会的にどうかと思うのだが
「ザラさんは見知らぬ男と一つ屋根の下でもいいんですか?俺、結構長くこの街に滞在しますよ」
「大丈夫です、私は少年に手はだしませんから!」
「そうですか…」
男の方が手を出したらどうすんだよ…
俺は出さないけどね!?
俺達はそんな会話をしながらギルドの横につながる裏路地を出た