起きない
コウモリが一羽、森の泉に向かった。
そこには、紫の台座が泉の中央で浮いていた。そして、その台座に髪の長い何かがスヤスヤと寝息をたてていた。
コウモリはその何かにタックルする。
「起きろ!魔王様の一大事に寝るな!」
コウモリは、人間と同じ言葉で何かを一生懸命殴っている。
「Zzz 」
それでも、その何かは目覚める気配すら無い。
コウモリは、近くから小石を持ってきて、何かにぶつけた。
「本当に起きない。化け物か?!って、化け物か。」
コウモリは、傷だらけであった。
羽もぼろぼろでここまで飛べた事が不思議なほどである。
そんな中、小石を何度もこの何かにぶつけて、更にヘトヘトでふらふら状態。
そんなコウモリは、襲いくる睡魔に負けてしまった。
☆
コウモリは飛び起きた。
気づけば、深緑の夏から小雪舞い降る冬に突入していたからだ。
「Zzz」
ベッドにしていた何かから寝息が聞こえる。
「まだこいつ寝ていたのか?!」
そう怒鳴りながら、コウモリは一旦、泉から離れた。
コウモリは、自分の状態を確認した。
「『鑑定』」
名前:エルドルド
種族:吸血鬼(特殊個体)
HP:8899/9899
MP:12589/23000
状態:正常
(泉の力か‼かなり回復している。これなら!)
コウモリは、何かに向かって、呪文を唱え始めた。
「ファイアーボール!」
コウモリの前方に火の玉が現れて、あの何かに向かって放たれた。
バーン
と水しぶきがおき、何かをしたたかに濡らす。
「Zzz」
でも、起きる気配すら無い。
「起きろ!バカ者起きぬか!」
コウモリは、初めは、低級魔法を繰り出し、ぶつけたが、ちっとも起きない何かにイラつき、魔法をレベルアップしていく。
「『インフェルノ』」
ボカーーーン
ぶつかっては、周りの環境が変わるほど、破壊され、そして、驚くべき速さで森と泉がもとに戻る。
そして、当の何か(本人)には、何の変化なし。あえて言うなれば、寝返りはうった。
「くぅううう!このバカ者!寝坊助!」
そう言いながら、コウモリは魔力切れを起こすまで、魔法をぶつけ続けた。
「こ、この、バカ者、め。Zzz」
コウモリはそのまま地面に落ちていった。
☆
次に目を覚ますと穴ぐらの中。たくさんの枯れ草のベッドの上にいた。
辺りを見回すと一匹の穴ぐら鷲。
この世界の鷲にしては、臆病で小さい鷲がコウモリの世話をしていた。
「す、すまない。助かった。」
コウモリがそう言うと穴ぐら鷲は、壁際に置いてある紫の石に向かって、
「くぅがぅっつーくっくが」
と鳴いた。すると石から、
「気にするな、紫の台座の主に会いに来たんだろう?大変だな。まぁ、無理すんな。」
と声が発せられた。同時に鷲はコウモリに角ウサギの死体を渡した。
もう一度、グガァッと鳴くと石から
「まぁ、喰いなさい。」
と声が発せられた。
「あ、ありがとう。いたみいる。」
コウモリは、渡されたウサギの血液をすすり上げた。
コウモリの体力が少し回復した。
「これは、死にたて。ありがとう、本当に感謝する。」
(鷲)「いや、気にするなって、そうそう、泉の中央よりここくらい離れた方が回復するの、はえーから、ここらに滞在した方が良いぞ。」
「え?」
(鷲)「実は、お前だけじゃないんだ。
ここに来るやつ。まぁ、あんたほど熱心に起こそうとしているのは、初めてだけど。」
「そうなんですか?」
(鷲)「ああ、もう、今日は来ないと思うけどな。」
「どんな方が来られているんですか?」
(鷲)「色々だな。村人や冒険者、貴族も来たな。大抵、3日で諦めて帰るが。」
「そ、そうか。」
鷲はもう一匹角ウサギを持ってきた。
(鷲)「もっと喰え。腹減っただろ?」
「お、これは、すまない。有り難くいただく。」
(鷲)「いい、いいー。俺みたいなのに丁寧にしなくていい。」
コウモリはまた、一気に吸血する。
そして、一言
「『鑑定』」
と言った。
名前:エルドルド
種族:吸血鬼(特殊個体)
HP:10100/10100
MP:25000/25000
状態:満腹(微量HP自然回復)
「ああ、全快になっている。それに少しレベルアップした様だ。」
(鷲)「そりゃ、あんだけ鍛練したら、レベルも上がりましょうよ。ハハハ。」
鷲は面白そうに笑う。
(た、鍛練!?くぅ、確かに、そうだが、アイツめ。)
「アイツはいつから寝ているんだ?」
(鷲)「俺が産まれたときには、既に寝ていたし。
一度来た、貴族っぽいのは、150年の眠りから覚めろって呪文みたいなの言ってたが、それすらも微妙な感じだな。」
(150年?魔王様とこいつが一緒に酒を飲んで、どんちゃん騒ぎしたのが、180年前だが、まさかな。)
「そうか。ありがとう、鷲さん。」
(鷲)「いいってことよ。コウモリさん。」
☆
コウモリは、一旦、外に出た。
ちょっと奥に泉が見える。
(一度、戻るか。)
コウモリは、ボムッと音をたてて、正装姿の青白い青年に変化した。
(鷲)「あんた、貴族かい。スゲーなーコウモリになれる人間っているんだな。」
「いや、人間じゃないんだ。吸血鬼だ。」
鷲は首をかしげた。
(鷲)「ふーん。」
(鷲は別に人間でも吸血鬼でも、どうでも良いようだな。)
「では、行ってくる。鷲さんには、後で礼をしたい。」
(鷲)「おう、行ってらっしゃい!礼なんか気にすんな!いらんよ。」
「いえ、そのうちに!是非。」
(鷲)「じゃ、お前さんの気がすむようにしたらいいさ。」
紫石をくわえたまま、鷲はそう言うと穴ぐらに戻っていった。
(ずっと思っていたが、あの石なんだろう?誰が作ったんだろう?)