[1-06] スマホの術
(さぁ、お義母さま。私が言ったとおりに説明するのです)
レヴィアちゃんの念話は軽い調子でそう言った。
今は、宗谷とクヴァルさん、ウィスさんとカーラさんに囲まれている状態だ。
小柄なレヴィアちゃんの体からでは、みんながまるで巨人のように見えてしまう。もし、これが自分の体だったら……、私は女にしてはけっこう大柄だから目線の高さでは負けないのに。
(では、始めますよ。復唱するだけだから)
返事をする代わりに、ぎゅっとペンダントを握りしめる。
机には給仕の人に持って来てもらった魔道具が並べてある。長方形の手鏡と指輪だ。これらはレヴィアちゃんが作ったもので、聖都からもってきた荷物に詰め込まれていた。
「新たな鏡魔術と聞きましたが……」と、カーラさんがその長方形の鏡を指でなでる。「正確には、鏡と糸の魔道具のようね。鏡と指輪に同じ術式が施されているわね」
それに続けて、クヴァルさんも指輪を取り上げてまじまじと観察しはじめた。
「この指輪は糸編み式だが、綿の糸か? 編み式が綾取りの指輪と似ている。しかし、素材がまったく違うな。綾取りの銀糸でなければ、魔力の伝播が悪かろうに……。それに、指輪は白と黒の二種類あるようだが、この違いはなんだ?」
「それも気になりますが。しかし、本当に鏡と糸を連携させることに成功したのなら、まさに天才の面目躍如といったところ。フェン公爵の秘術に加えるべきかもしれません」
(キーー! こいつら、私が説明しようとしているのに!)
レヴィアちゃんがあげる金切り声が、頭痛みたいに脳に響く。
(お義母さま。はやく説明を始めましょう。あの二人にしたり顔で言われるとムカつきます。ほら、鏡と指輪を手にとって)
せき立てられて、長方形の鏡と糸の指輪を手にとった。
(では、私の念話を復唱してください……)
「あの、説明を始めますね」
クヴァルさんとカーラさんは、あーでもない、こーでもない、と議論していたが、私が声をかけるとこちらを振り向いた。
ああ、緊張してきた。深呼吸だ、深呼吸。ひっひっふー。ひっひっふー。不安だ。私に魔術の説明なんて出来るかしら? この魔道具が、どんなものなのかも分からないのに……。
(この魔術はスマホの術よ)
あっ、私がよく知っているヤツだった。
「これはスマホと言って、糸を結んだ相手に声を転送するものです」
「なん、だと」
愕然と表情が歪んだ拍子に、鬼畜な眼鏡がずり落ちた。
その驚きようは、カーラさんとウィスさんも同様だ。あっ、カーラさん、驚きすぎて目尻に皺が出来ていますよ。お気をつけて。
(原理は綾取りと同じで霊体結合を応用しているの。音や光の波動を結合した霊体の共振を利用して鏡から物理的な変換を行うだけ。その場合の座標特定なども糸魔術の基礎を応用しただけに過ぎないのだけど、合わせ鏡の術がもつ次元超越の性質を応用することで……)
「原理は、え〜と、霊体結合? と、鏡魔術を組み合わせて、ですね。それで、指輪で座標が分かるから、後は鏡で映像とか声とかにする。そんな感じ?」
(ちょっと、お義母さま。私が言ったように説明してください)
いや、だってさ。レヴィアちゃんの言うこと難しいのよ。しかも、もの凄い早口だし。
「原理は、まぁ分からなくもない」とクヴァルさんはずれた眼鏡を整える。「しかし、本当に出来るのか。銀糸の綾取りでも難しいだろう。それが綿ごときで」
「それに、」とカーラさん。「おなじ紋様式で編まれた指輪がたくさんありますね。みっつ、よっつ……。少なくとも、ここには10はある。レヴィア様?」
と、カーラさんがこちらを見る。
「綾取りの指輪であれば2つ1組でなければなりません。誓いを交わす魔術士が独自の編み式でそれを相手と交換する。そうすることで唯一無二の関係となるものです。あれはそういう誓約式で、だからこそ綾取りなのです」
(まったく、カーラのババアは何も分かってないわね)
と、レヴィアちゃんが脳内で愚痴りはじめた。
(正確には、綾取りは2人に限定された固有の対称誓約式よ。結局は、結合と束縛をあやつる糸魔術の応用の一つに過ぎない。だったらその式をちょっと応用するだけで、霊体結合する人数を増やすことは可能なのよ。原理さえ理解していれば、簡単なこと)
「え〜と。綾取りの指輪をちょっと変えて、人数を増やしたみたいです」
うう、翻訳が追いつかない。
「つまり綾取りの指輪を2人以上で、か?」
その時、クヴァルさんとカーラさん、そしてウィスさんの顔が曇った。急に険悪な雰囲気が、ぴりり、と肌を刺す。みんなの表情が硬い。
「まさにレヴィア様らしい、と言えますが」とカーラさんの皺がますます深くなる。「しかし、このような術を使いたがる貴族などいないでしょう」
「確かに」とクヴァルさんも腕を組む。「これが本当なら、非常に役にたつ。だが、これは綾取りへの冒涜だ。貴族の誇りである糸を複数人などと……」
あれ。なんか、みんな怒ってない?
このスマホの術って、つまり、私とレヴィアちゃんが会話しているのと同じ術だよね。とっても便利なのに。念話が頭痛になるけど、それさえなければ無料でおしゃべり出来る電話みたいなものだから。
「このようなもの、認めるわけにはいきません!」
鋭い声が、横から鼓膜を貫いた。
ウィスさんの声だ。彼は目を尖らせてこちらを睨んでいる。背が大きい彼女からとんでもない威圧感が押し寄せてくる。
「これは神聖なる指輪への冒涜です。こんなもの、許されていいはずがありません!」
先ほどは言い負かしたクヴァルさんも、今回は黙ったままだ。
(はぁ? 何? 勝手にキレてんのよ、この女)
……レヴィアちゃん、お願い。
私の頭の中で喧嘩腰になるのはやめてちょうだい。
「指輪は貴族が貴族たる誓約。ただ一人を己の相指に選び、それぞれの指が象徴する関係を全うし尽くす。ゆえに我々は貴族なのです。それを、節操もなく複数人で同時とは。汚らわしい。なんて見境のない!」
う〜ん。つまり、これは乱交パーティーみたいなものなのか。
綾取りは、私とあなたの二人だけのもの。
現代における恋愛と同じで、それがあるべき貴族の関係なのかもしれない。確かに、学院で指輪を交換する学生たちも真剣に交換相手を選んでいた。貴族にとって指輪の関係は現代の結婚みたいなものなのか。
(そんな陳腐な御託、何を偉そうに言ってんのよ)
しかし、大貴族であるレヴィアちゃんは馬鹿にしたように鼻で笑う。
(大体ね。綾取りは単なる霊的な結合魔術に過ぎないの。それを相指だ、貴族だ、と勝手に綺麗事にしているだけ。例えば、親が小指を子どもの親指に交わす習慣があるけど、あれって本質的には親の子どもに対する弱い隷属魔術よ)
へ〜。そうなんだ。
(しかも、学院の奴らを見なさいよ。みんな隠れて違う指を交換しているじゃないの。頭からっぽの女生徒なんかは『先輩の小指に私の薬指を捧げたの』なんてバカを垂れ流しているわ。あれじゃあ、先輩とやらに魔術的に隷属されてしまっているだけ)
綾取りの指輪は、思っていた以上に奥が深いようだ。
そうか、同じ指ではなく、違う指同士で交換するとまた違った意味や効果があるのか。そう言えば、前の事件のときに腹黒ミハエル王子が言っていた。自分の小指と弟王子の薬指を交換したって。
あれは、弟王子が腹黒の支配下に入ったことを意味していたのね。
「レヴィア様。そのような指輪、すぐに捨ててください」
ふと気がつけば、ウィスさんがこちらに詰め寄っていた。
(だから何なのよ、この女。さっきから言いたい放題じゃない。この私が、わざわざ編んで作ってやった指輪よ。あんたみたいな、脳みそ空っぽにして胸につめこんだような馬鹿女の言うことなんて、聞くわけないでしょうが)
「そ、宗谷」と、私はたじろいで宗谷に助けをもとめた。「どうしたらいい?」
「……その指輪と鏡。通信できる距離は?」
宗谷は顔をあげてこちらを見る。
「え〜と」と間をおくと、
(理論上はどこまでも、大陸の端から端くらいなら余裕。大体、次元を超越してお義母さまと会話できている時点で距離は無関係だと証明されているわ)
と、レヴィアちゃんがすぐに解説してくれる。
「距離に制限はないみたい」
「そうか。なるほど……」
「まさか、使うつもりかソーヤ殿」
ウィスさんの矛先が宗谷にそれた。
「これを使えば、今回の飛竜の件、なんとか出来るかもしれません」
「貴殿はこの国に来て日が浅いと聞いた。ゆえに分からぬだろう。これは聖王国の伝統をないがしろにする忌むべき術だ」
「ええ、僕は分かっていないでしょう。ですが、」
宗谷はウィスさんを見返す。
「こうは考えられませんか? 貴族でなければ、その聖なる誓約とは無関係だ」
「何がいいたい?」
「僕はレヴィアの従者でしかない」
「しかし、貴殿は騎士に叙せられた」
「ええ、でも魔術は使えません。この違いは大きい。事実、騎士階級はそれほど重視されてはいません。形式上はともかく、聖なる貴族ではない」
宗谷は机に置いてある指輪をいくつか手元に寄せる。
「レヴィ、黒と白の違いは?」
「えっ、え〜と。白が普通の人向けで、黒が特殊な人向け」
「特殊な人?」
「う、うん。使っていいのは白だけだって」とレヴィアちゃんが脳内で言ってます。
「とりあえず白は使えるのか……。クヴァル様、提案があります。それに、カーラ様にも」
宗谷は二人のほうを振り向いた。
「この指輪の有用性はすでに承知して頂いていると思います。しかし、貴族としてはこの指輪をはめることは出来ない」
「ああ」
「であれば、平民に使わせては如何でしょうか。彼らで斥候を編成するのです。平民が貴族の真似をして、綿糸の指輪を交換しても問題にはならないでしょう」
「……なるほどな」
クヴァルさんが頷いて、カーラさんのほうに目線を移す。
「カーラ、北方領の筆頭貴族として、これを認めるか?」
「そうですね」と唇に指をあてる。「まぁ構わないでしょう。それであれば、貴族たちも平民の猿まねだと馬鹿にするだけ。しかし、斥候は軍の命綱、平民とはいえ人材は十分に選ばねばなりません」
「そうだな。分かった。……ソーヤよ」
クヴァルさんは眼鏡を外した。意外に涼やかな目元が露わになる。
「平民を使う件は了承した。しかし、斥候の編成には条件がある」
「はい」
「無能にこれを任すわけにはいかん。平民ではあっても、十分に信頼にたる、それでいて戦略を理解できる人物が必要だ。そこで、」
その時、クヴァルさんの表情がゆるんで笑顔になった。
「その斥候隊は、お前が指揮しろ」
「僕がですか!?」
「そうだ。それが条件だ」
宗谷と私は思わず顔を見合わせた。




