─1945年8月5日─
とりあえず今日はここまでで寝ます
おやすみ
「お姉ちゃん、また寝てるの?」
誰かが私のことを強く揺する。
この感じまた?
「えっと、勝蔵くんだっけ?」
一回だけのタイムスリップじゃないのね。
「もう、久人兄ちゃーん!」
するともんぺを持った久人がこちらに駆けてきた。あらあら…
「この前の君!またそんな格好して!」
怒鳴られて無理やりもんぺを押し付けられた。
「ありがとう」
でも、これ、私が着ても良いのかな?
「いいの?借りても」
久人に聞く。
「いいよ、誰も着ないし」
「そう」
誰も着ない。着ない…
その言葉に微かな違和感を覚える。
「お姉ちゃん、僕と来てよ!」
「何をするの?」
聞くとザリガニを取りに行くみたいだ。
「はぁ、ザリガニか」
えっと、ザリガニは食べてたんだっけ。
「お願いしても良い?」
久人に言われる。
「うん」
勝蔵は私の手を取ると駆け出した。
「あっちょっと」
縺れそうになる足をどうにか立て直して私は駆けた。
用水路にどっぷりと足を入れながら2人でザリガニを探す。
「ねぇ、ザリガニって美味しい?」
勝蔵に聞いてみる。
「んー」
帰ってくる返事は曖昧な返事だ。まぁ、確か海老に似てはいるけどそこまで美味しいわけではないらしい。あとは、栄養不足かな?この時代だと。
でも、ロブスターってザリガニなのよね。
「知ってる?蛙って鶏肉みたいな味がするんだよ」
ある程度ザリガニを捕まえると今度は蛙を捕まえてみる。
「初めて知った!」
そう言うと勝蔵も蛙を捕まえ始めた。
「そろそろ、行こっか」
今日、明日分の食料はあるし。
「そのもんぺね、良子姉ちゃんのだったんだ」
勝蔵と手を繋ぎ日差しの強い道を歩いていく。
「良子姉ちゃんね、空襲で死んだんだ」
…だから、着ないんだ。このもんぺは。
「そっか」
すると勝蔵はしくしくと泣きはじめた。
「…よしよし」
そう勝蔵の頭を優しく撫でるくらいしか私にはできなかった。
私は恵まれている。
「久人兄ちゃん!」
勝蔵が久人に今日の成果を見せていた。
「いや、ありがとう」
「別にもんぺ、貸してくれたお礼」
ほとんど勝蔵が取ってたし。
「明日、洗って返すよ」
「それ、あげるよ」
久人は悲しげな笑みを浮かべて言う。
「だめよ、私が貰うとバチが当たる」
「本当に良いんだ、特別なものでもないし」
勝蔵に押し切れられるようにしてもんぺを貰った。
「それじゃあね」
2人に手を降ると夕暮れ道を歩く。あの原っぱに行けば帰るのだろうか?
ひたすら歩く。
そうしたら見慣れた天井があった。
「もんぺ、履いて帰ってこれるんだ」
カチッと再生機のスイッチが切れる音がした。