ステラの儀式
「では、契約の儀式を始めますヨー!」
幼い感じの大きな声が薄暗く広々とした空間に響き渡る
声が反響し響くことから恐らく広間のような場所
声を発したのは可愛らしい少女だった
腰まで伸びた黒髪を2つのリボンで束ねて、
より可愛らしさが強調されていた
少女の年齢は12才
身長140cm位の小柄な身体に神秘的な衣装に付けて、
片手に持っていた笛を見せ付けるように振り上げていた
笛には竜をあしらった華美な装飾が施され、
一見してただの笛ではなかった
古物コレクターなら収集癖を刺激されるそんな一品だった
そんな笛を持つ少女は周囲より1mほど高く、
直径3mほどの円形をした台座
例えていうならステージのような場所に立っている
少女の立つ台座の周囲には、
薄いローブに身を包んだ数十人の女性達が取り囲む
年齢は実に様々で下は小さな子供およそ8才ほどから、
上は40才くらいまでいる
この場所にいるのは全て女性だった
女性達は胸の前で手を合わせ、
愛しいものを見るような眼差しで少女を見上げている
「巫女さま!巫女さま!」
少女の声に反応し女性達は口々に叫んだ
さながら熱狂的なファンである
そんな女性達の中で、同じローブに身を包みながら
一際、強い眼差しの女性が呟く
「ステラ、失敗するなよ」
両腕をさほど大きくない胸の前に組み
言葉遣いとは違い、心配するような表情で少女を伺う
「ステラちゃんなら大丈夫ですよぉ」
強い眼差しで見守る女性の隣に立っていた
他とは違い胸元が大きく空いたローブ着ていて
それに見合うだけの豊かな胸をしている女性が、
呟きに反応するように返答した
ステラと呼ばれたこの少女は、この会話に反応することもなく
また、周囲の叫びのような声援にも動揺もしなかった
まるでこの空間には自分しか居ないかのように集中していた
ステラは静かに目を閉じると、
決意したかのようにすぐに目を大きく開き
ゆっくりと胸元に手を組みながら、高らかに声を上げる
「次元竜ダグ・ドラグの双牙より生まれし伝説の次元の笛ヨ」
「その偉大なる力で魔王を退ける為に今こそ理を超えヨ」
「次元の彼方より、この地に救いなる者を召喚すべく」
一息にそう語り上げると、
ステラは大きく息を吸い込み、
次元の笛を大きく振り上げ叫んだ
「今宵、この時、今ここで契約の儀式を取り行いますヨ!」
その言葉を機に取り巻いていた
女性達のテンションが更に上がる
まさに騒乱のような状況である
「キャー!ステラちゃん可愛い!」
「巫女さまぁ!こっち向いてぇ!」
黄色い悲鳴のような声援が上がる
これは無理もないことだった
この場にいる女性達は巫女を中心とした村の住人であり
歴代の巫女の選出は人気投票で決まっていた
この考えは巫女の村に伝わる
[人々を導く巫女こそ、
もっとも関心を集める人物でなければならない]
そんな教えの中で生まれた人気投票の結果、
若年者からは可愛い姉や妹、
高齢者からは可愛い娘と慕われていたステラが選ばれたのだ
まるでアイドルのような扱いに頷きで答えると、
ステラは黙祷のように厳かに目を閉じた
取り巻きの女性達もその決意を察し、一斉に口を閉じる
先程までの騒乱のような空気が一変し
誰もが厳粛な面持ちで、ステラを見守った
「全ては愛しいこの世界、エデンの為ですヨ・・」
ステラは、そう静かに呟いた後
次元の笛を両手でしっかりと握ると意識を集中する
ステージの上、そして薄暗い空間の中、
次元の笛から光が溢れてくる
太陽が登るが如く微光から次第に光は強くなる
眩い光は次第に辺りを照らした
そこは現実離れした神秘的な祭壇だった
薄暗い中では分からなかったが、
大理石と思わしき艶がかった見事な祭壇に、
随所に竜と思わしき文様が整然と彫り込まれていた
光は祭壇をハッキリと照らした後に次元の笛に収束し
また、薄暗い空間に戻った
そして、次元の笛には「スズキ」と光る文字が刻まれた
「契約完了ですヨ!偉大なる力に栄光をですヨ!」
最後にそう言うと少女は疲れたようにため息をついた
お約束通りというか当然のように、
取り巻きの女性達は其々に賛辞の言葉を叫びだす
ステラはそんな賛辞に答えようと、
疲れながらも笑顔を作り、軽く手を振ろうとしていた
そんな折、1人の女性が、
その叫びのような声を掻き消すかのような大きな声で、
「静まれ!ステラ、、いや巫女さまはお疲れだ!」
「浮かれるのもそこまでにしろ!」
かなりきつい口調でそう叫んだ
隣に立っていたもう1人の女性は、
ウンウンといった感じで頭を縦に軽く振って賛同していた
ステラは確かに疲れていた
何しろ初めて尽くしで体力的というより精神的に疲弊している
そして、取り巻きの女性達はその言葉に一瞬で身を固くし
申し訳なさそうに下に顔を伏せた
そんな集団の中から1人の女性が恐る恐る声を発した
「申し訳ありません、、フィーナさま、ジュリさま」
謝罪の言葉を述べた女性の目線の先には、
凛々しく、強い眼差しの女性がいた
これがフィーナと呼ばれた女性だった
年齢は17才、身長165cmで、
凹凸の少ないスリムな体型をしており
腰まで伸びた金髪を風に揺らしていた
その隣に立つ大きく胸元の空いたローブの女性はジュリ
年齢22才、身長167cmで、
こちらは逆に凹凸のしっかりとした非常に魅力的な体型で、
髪型は薄いピンクでカールした髪を綺麗にまとめている
少しおっとりとした色気の漂う女性だった
その謝罪に続くように其々が謝罪を述べ頭を下げた
ステラはそんな取り巻き達に、
申し訳なさそうにペコリと頭を下げた
その後、フィーナとジュリの方向に振り向いて
言葉の代わりに、はにかんだような笑顔で答えた
「フーちゃん、ジュリ姉、心配してくれてありがとうですヨ」
その言葉を受けてフィーナとジュリは微笑む
ステラはその後に手にしている次元の笛を見た
「これで成功ですヨね?」
次元の笛をみながらステラは不安そうに首を傾げる
ステラは儀式の成否を気にしているようだ
そう、この儀式には前例が無かった
少なくともこの場所にいる女性達にとっては、初めての儀式だった
次元の笛の伝承という不確かな情報にすがり
その通りに、なんとかやり遂げた
ステラはやはり不安そうにしている
年齢的にも自信を持てるような年齢でもない
そもそもステラは巫女としてまだ2年目だった
そんなステラにフィーナとジュリが声をかける
「合格よ、ステラ」
フィーナはステラに更に近寄ると、
柔らかそうな髪に手を当て優しく無でる
「伝承通りですよぉ完璧ぃ☆」
ニコニコと笑いながら、
ジュリもまたステラの側に寄ると、
その大きな胸でステラを圧迫するかのように抱擁した
ステラは顔を半分埋めながら照れたかのように笑う
周囲には取り巻きの女性達が微笑ましそうに見ていた
その中の数人はどさくさに紛れて、
ステラに触りたいという願望もあったが、
先程の一喝ですっかり萎縮して3人の会話を聞いていた
「まぁこの先からが本番だな」
ステラの頭を撫でなから、フィーナは唐突に言う
その顔には若干の緊張感がある
フィーナは凛々しい顔立ちだがより際立つ
なにかしらの事情があることが伺えた
「単純に言えばぁ、召喚できるかどうかですよねぇ」
ジュリは不安そうな顔をしているステラに、
優しく微笑みながら言うとよりきつく抱きしめる
ステラは益々、胸に埋もれた
そのまま、慰めるように優しい口調でジュリは言う
「伝承によるとぉ・・・」
「無敵の異世界人が召喚されるのだ」
ジュリが言いかけた台詞に割り込むようにフィーナが言った
すでにステラの頭を撫でることを止め
胸元に腕を組みながらステラを見つめた
解ってるなら続きを喋れとでも言いたげな
そんな視線をステラに送る
「その人が魔王を倒し、この世界を救ってくれるんですヨ!」
フィーナの期待に答えるように、
2人が言うべきことを察しステラは言い切ったのだった
フィーナとジュリはステラに笑顔で答える
希望の火はここに灯ったのであろう
安堵の空気が流れる中で、
水を差すようにジュリが表情を変えた
口元に指を当て首を傾げて
「でもぉ、伝承の解読も急がなくちゃですねぇ」
「全てが解読されたわけではないですからぁ」
と、ジュリは言った
ここで安心しては駄目、そんな意図が読み取れた
そんなジュリに対してステラが返答する
「ジュリ姉は、心配し過ぎですヨ」
「もう召喚までの手順は成功したのですヨ」
「すなわち、安心ですヨ!」
と言い、誇らしげな表情を浮かべながら、
人差し指を立てて、エッヘンと言わんばかりのポーズを決めた
ジュリの意図はどうやらステラには伝わってないようだった
「フーちゃんもそう思いますヨね?」
続けて喋るとフィーネの方に向いて同意を求める
儀式をやり遂げたと言っても、まだ幼い少女である
言い切ったのはいいが、誰かの同意を求めても不思議はない
フィーネはヤレヤレという感じで両手を広げ上に向ける
「ジュリ姉は気を引き締めろと言っているんだ」
ステラに向けて、そう告げる
さりげなくステラの顔色を伺うと目の端に涙の粒が見えた
相手は多感な10代前半の少女である
同意を求めた相手からの拒絶の言葉にショックだったのだろう
厳し過ぎたか?と不安になったかのように、
フィーネはフォローの言葉を更に投げかける
「儀式の成功は確かに素晴らしいのだぞ」
「ステラは良くやったと思う、だが油断は禁物だ」
不意にステラの頭を撫でようかと手を伸ばそうとしたが、
甘やかし過ぎるのも良くないかとフィーナは手を止める
そんなフィーナにステラは言う
「フーちゃんだって失敗いっぱいですヨ・・」
負けん気の強さもでたのだろう
目の端の涙の粒を擦りながらのステラの言葉に
ムッとフィーナは反論しようとしたが、
その言葉を遮るようにジュリが言う
「まぁまぁ、その辺にしましょうよぅ」
「護衛の騎士団の方々も外でお待ちですしぃ」
ステラは口元をギュと結んで反論を待ち構えてる
フィーナはそんなステラを一瞥すると、
「わかった、皆もここから撤収しよう」
「松明に火を灯せ、外にでるぞ」
反論がこないことに安堵したステラは、
一応、警戒の為にジュリのローブの裾を小さな手で握り
ジュリの後ろにベッタリと張り付いた
フィーナの言葉を受けて取り巻きの女性達は、
松明に火を灯し其々に帰りの準備を始める
余計な言葉が少ないのはフィーナが近くにいるからだろう
松明の火が祭壇をハッキリと照らす
様々な箇所に彫り込まれた竜と思わしき文様が再度浮かびたす
3人は改めて祭壇に向き直すと無言で一礼した
儀式を無事に終えれたという
祭壇という場所への感謝の気持ちもあったのだろう
その後に3人は先頭に立ち、
祭壇に後にして出口に向かい歩きだしていた
そんな折に取り巻きの女性達の中から呟きのような声があった
「魔王を倒しちゃうんだ、それでいいのかな?」
声の主の口元が意地悪くニヤリと歪む
その呟きは誰の耳に届くこともなく消えていった
そうして、ステラの儀式は終了したのだった
次回、「召喚されるスズキ」に続く