白き少女とウリ坊
私が名乗ると、目の前の女性は驚いた表情をし、そのまま硬直した。そのあと、我に返ったように頭を抱えてしゃがみこみ、少し間を空けてこちらに向き直った。
「いやいやありえないでしょ!どうして北の極星のおっさんがこんなちっちゃい女の子なんだよ!しっかり魂から肉体を形成したはずなのに、なんでこんなことに・・・」
向こうもかなり動揺しているようだ。が、私については知っているようなので助かる。と言っても、北の極星という呼ばれ方に覚えは無いのだが。
しかし今の言葉の問題はそこではない。
「どうしてこんなことになったのかは私のほうが知りたい。だが、今なんて言った?魂から肉体を形成しただと?お前は今の私の状況について何を知っている?」
「いや~何も知らないよ~ホントだよ~」
そう言いながら獣耳の女性は露骨に目をそらした。
これで確信した。こいつは私の身におきたことを知っている。
「ごまかすな」
「いや、だから・・・」
こちらの顔を見て女性は少し怯え気味だ。昔から人相が悪いと言われていたが、少女の身体となった今もそうなのだろうか。まぁこういった場面ではよく役に立つので良い。
この様子だと、もうひと押しだな。
「ごまかすな!」
「さーせん・・・私がやりました・・・」
頭頂の獣耳がしょんぼりと垂れ下がる。観念したようだが、まさかこいつが犯人だったとは。
「ということは魔物の餌のくだりは、私を欺くための嘘だったのか?」
「その通りです…」
今にも消え入りそうな声で弱々しく答えた。そこまでして自分がしたことを隠したかったのだろうか。まぁいい。
「で、どうしてこんなことになっているのかきちんと説明してもらおうか」
すると女性は腕を組みながら少し考えてから口を開いた。
「それについてなんだけど、もう少し待ってくれない?もう少しで起きると思うから」
「起きるって、ほかにも誰かいるのか?」
「まぁ、そういうことかな・・・あっ」
突然、目の前の女性が光に包まれた。その光は徐々に形を変え、やがて光が収まるとそこには先程よりも一回り小さい、といっても今の私よりは背丈の高い少女がいた。さっきまでそこにいた女性と同じ白髪だが、その長さは短くなり、更に装いもその背丈には合わないほど大きなフード付きの白いローブに変わっている。
白く、どこか神秘的な美しさを兼ね備えているが、その白く華奢な腕の中には何故か一匹のイノシシの子供が抱きかかえられている。
呆気に取られていると少女は閉じていた瞳を開き、眠そうに目をこすりながら大きなあくびをした。そしてすぐに私の存在に気づいたらしくこちらに向き直った。
「あっ、目が覚めたんですね!おはようございます!」
そう言うと少女は勢いよくお辞儀をした。その勢いでフードがめくれ、頭頂が見えるようになったが、そこに先ほどの女性のような獣耳は無かった。
どう考えてもさっきの女性と目の前の少女が同一人物とは思えないのだが、女性が消えてこの子が現れた以上、何かしらの関係があるのだろう。
「お、おはよう。ところでさっきまでここにいた女性はどこに行ったんだ?まさか君が変身したとかは・・・」
「大体あっているというか間違っているというか・・・」
目の前の少女は少し悩みながらをしながら答えた。どうやら説明が難しいのだろう。
「さっきまで話していたのはこのワタシだ」
が、その問に一番簡潔に答えたの少女の腕の中で自信気なイノシシだった。
「そうか、イノシシか・・・ってイノシシがしゃべった?!と、言っても私が少女になったり、女性が光って、そこから女の子とイノシシが現れたりするくらいだから…」
「どうしてそんなに驚いているんですか?」
動揺する私とは打って変わって白の少女は不思議そうだ。あたかもしゃべるイノシシが普通だと思っているようだ。
「いや、どう考えてもイノシシがしゃべるのはおかしいだろ。疑問に思ったことはないのか?」
「ううん、ずっと当たり前だと思ってたけど・・・そうなのウリ坊?」
「そうだな。普通のイノシシは人の言葉はしゃべらない」
「えっ!?普通はしゃべらないの!?」
少女は私以上にショックを受けているように見える。
それにしてもこんなイノシシが当たり前とは、一体この子はどんな育ち方をしてきたのだか。
「じゃあウリ坊、バケモノだったの?」
「まー、普通で無いって意味ならそうだね……ってフィリア、ワタシの首根っこをを掴んでどうした?結構痛いんだが」
「――――」
「えっ?なんだって?」
「―ケ―ノ」
「ちょっとフィリアさん?なんで振りかぶってるんですか?」
「バケモノ!!」
「ままま待て!まさか投げるとかじゃない・・・アーッ!!!」
フィリアと呼ばれた少女によってウリ坊は遠くへ投げ飛ばされた。見事なそのフォームと飛距離には賞賛を送らざるを得ない。
「って、私の質問に答えてないじゃないか!」
その後、正気に戻ったフィリアによってウリ坊は無事見つかった。
※
「で、どうして私がこんな状況になっているのか教えてほしいのだが」
焚き火跡を挟んで向こう側ではフィリアと呼ばれた少女とウリ坊がちょこんと座っている。
「そこらへんを漂っていた魂にフィリアが興味を持ったのが全ての始まりだ。そこからどうしてもってフィリアが言うから魂から肉体を復元したんだ。魂ってのはまだ肉体はなくても生きてるってことだから、だったら助けたいってってな」
「うん、やっぱり助けられるなら助けたいなって・・・」
フィリアの言葉には力が無かった。もしかしたら自分の選択は過ちだったのかと思っているのかもしれない。とにかく優しい子なんだろう。
ウリ坊はドヤ顔だが。
「で、復元したら少女だったのにいざ中身といえばおっさんとは、『北の極星』のおっさんも心の中は少女だったってか?」
「何を馬鹿げたことを。そんなことは無いに決まってるだろう。そういえばさっきから度々言っている『北の極星』ってのはなんだ?」
私の問にウリ坊はとても驚いている様子だ。
「あんた、自分が北の極星に選ばれたことも覚えてないのかい?」
「全くもって聞いたこともないな」
「少女の姿といい、記憶といい、やっぱり魂に欠陥があるのかね…」
「それって私の魔法の失敗のせい?」
フィリアが心配そうに聞くがウリ坊にそんなことは無いと言われホッとしている。
「こういうのは魂になってた期間が長くて、魂に刻まれた精神が薄れちまったか、誰かが故意的に削り取ったかだな」
「それをお前達がやった、とかでは無いよな」
「誰がそんな誰かもわからない魂を傷つけようって思うんだ。というか私達も少女の魂だと思っていたから驚いたぞ!」
「確かにあの驚きっぷりからして嘘はついていないだろうな」
あの時のウリ坊だったらしい獣耳の女性の固まり具合から考えて、完全に想定外だったことは感じ取れた。
「そうだ、あの時の女性の正体は結局このウリ坊なのか?」
「あっているっちゃあっている。実際はワタシがフィリアの肉体を借りている状態だ」
「ウリ坊と人が合体できるのか?」
「ワタシは特別だからな、それくらい造作もない。ってフィリア?なんで弓を私に向かって引き絞ってるんだ?!」
嘘のようだが、きっと本当なのだろう。ここまでの出来事で、非日常に慣れてきてしまった気がする。
「そうか。じゃああの時は、その、なんだ?フィリアが寝てる状態での合体だったからウリ坊メインだったと」
「そゆことそゆこと」
錯乱するフィリアをなだめながらウリ坊は少し余裕気だ。そのくらいの方がフランクで話しやすいので良いが。
そしてフィリアは泡を吹いて倒れた。
「話を戻すが、私は魂だけでさまよっていたんだよな?」
「そうさ。すぐそこでね」
「私の最後の記憶は聖域へ遠征に行ったことだ。ただ聖域につくまでの記憶は曖昧で、結局聖域にたどり着いたのかもわからん」
「ところでそれはいつの話だい?」
「天使暦780年だ」
私の言葉を聞くとウリ坊はやはりか。とつぶやき話を続けた。
「それなんだが、今はそれから2年経った天使暦782年だ」
「では記憶の欠落はそのせいなんだな」
「記憶についてはそう考えるのが妥当。少女の身体の方は多分何かの拍子におっさん成分が抜け落ちたとかだな!」
そう言いながらウリ坊はヒクヒクと笑っている。まったく、おっさん成分が抜けたところで少女になるものか。
「何にせよ、すぐに国に帰らなければならない。私は王国騎士団の団長だからな」
それを聞くとウリ坊は何か考え込むように顔を沈めた。言うべきか言わぬべきかを悩んでいるようだ。
しばらくしてウリ坊はその重くなった口を開いた。
「それについてなんだが、お前さんが北の極星に選ばれたのはつい最近なんだよ」
「おい、それはどういうことだ?」
「あんたの記憶は2年前止まりだが、アベルという男は最近までレグルス王国の騎士団長として健在なんだよ」
「なんだって?!ではやはり誰かが私の魂に細工をしたのか?!」
「もしくは偽物が今のレグルス王国にいるのかもしれない。とにかくあんたのお国に行って確認すればいいことだ」
「そうすれば遠征で何があったかもわかるかもしれないな…」
現状は謎が多い。だから今は、とにかく情報を集めるしかない。
「ところでここからレグルスまでどれくらい時間がかかるんだ?」
「聖域を突っ切るのが一番だけど、それは不可能だな。危険が多すぎる。やっぱり迂回…そして聖域から遠い街の道を通るのが安全だね」
「それでは膨大な時間がかかってしまう。もっと聖域寄りを通れないのか?」
「そう出来れば良いんだけど、国境越えと魔物の多さが問題だ。どっちかと言うと後者の方が重いけどね。流石に2人は守りきれないさ」
そう言いながら、ウリ坊はひっくり返って口から泡を拭きながら痙攣しているフィリアを見た後、私の方へ向き直った。
「私も非戦闘員と言うか。私も騎士だ。自分の身は自分で守れる」
「いや冷静に考えて無理だろ。あんた、今の自分自身の状況分かってる?」
「少女となった今もそれくらい出来るさ」
私は意気揚々と燃え残っていた大きめの枝を持ち、振りかざそうとしたのだが、それは叶わず枝が持ち上がることは無かった。
「やい騎士さんや、剣どころか枝すら持ててないですよ」
「うるさい!」
ウリ坊はまたヒクヒクと笑い始めた。そのときの私の顔はきっと真っ赤であったのだろう。
そしてフィリアはひっくり返って痙攣していた。