レグルス王国騎士団長『アベル』
曇天。重く沈む空気。
むせ返るような鉄の匂い。
多くの命が奪い合う戦場に、一人の男が駆ける。
男はその手に持った大剣を振るう。
その重く鋭い斬撃に、辺りの灯火はただ消え散る。
男は暴力を撒き散らし続ける。
そこに敵味方の区別は無い。
その男に寄るモノは全て敵。仲間はそれがわかっている。
いや、仲間という表現はこの男には合わないかもしれない。
戦場においてこの男には仲間も、忠義を尽くす国もない。
男の中にあるものはただ一つ、己の力の証明。
それだけの為に男は斬り続けた。
やがて斬るものがなくなると、男は次なる戦場へと向かった。
ただ斬るために。
※
「って感じだったんっすよね!」
今日もこの馬鹿弟子はうるさい。もう日も暮れてしばらく経ったというのに元気なことだ。
森の澄んだ空気と燃える焚き木の熱を感じながら、こうやって話をすることは嫌いではないのだが、こうもやかましいと嫌になってくる。
「そんなことはない。一体どこから沸いて出た話だ?」
「そりゃそこらへんの爺さんたちに聞いた話っすよ。昔は戦場の獣とか呼ばれてたんですね、師匠!」
爺さんか。まぁ、確かに私の話はそこらの老人か騎士団の誰かに聞くのが正しいだろう。もはや現役引退の四文字が見えてきた私の話をよく知る者はそれくらいだ。といっても今回の話は決して事実ではない。明らかに尾ひれが付いている。
「まぁ確かに戦場で多くの敵と戦い、いつのまにか『戦場の獣』やらと呼ばれてはいたが、流石にそんな狂戦士ではなかったぞ」
「でも、もっぱらそんな評価だったっすよ。どんだけやらかしたんすか師匠?」
「そりゃ、色々あったんだよ。色々」
「えぇー、色々じゃなくてそこをちゃんと教えて欲しいっす!師匠の一番弟子、グレンからのおねがいっすよー!」
「色々だ」
面倒だ。実に面倒だ。なぜ夜中にそんなことを話さなくてはならない。というかじっくり時間をかけて話したところで『もっと教えて欲しいっす!』と言われ長引くことは明白だ。
「そこをちゃんと・・・」
「もういいだろ。今日は寝るぞ」
「ええぇー!ひどいっす!ちゃんと教えて欲しいっす!話してくれるまでここからは絶対に動かないっすよ!」
「なんだ?ちょっと手荒い睡眠がお望みか?馬鹿弟子」
「おやすみなさいっす!」
すばやい行動の切り替えだった。さっきまで意地でも話を聞くまで動かんという感じだったのに、一瞬で踵を返し家に入って行った。やっぱり馬鹿にはこれが一番効く。
さて、この嘘っぱちを馬鹿弟子に教えたお調子者の爺さんは一体誰なんだか。まぁ、どうでもいい。私もさっさと寝るとしよう。
※
ここは大陸四国の一つ、北の国レグルス王国
巨大なレグルス城と広大な城下町、それを囲む緑豊かな森。まさに豊かなで穏やかな国だ。
争いも無い平和な国なのだが、そんな豊かな国を狙って、隣国は過去何度も侵略を繰り返してきていた。
だがレグルス王国は今も健在。その理由はこの国を守る王国騎士団の存在が大きい。
その活躍から、国の象徴とも呼ばれる騎士団の歴史は古く、遥か昔にこの大陸で起こった大戦、『聖域戦争』にも溯ると言う。そんな騎士団に所属する騎士たちは、正に騎士の中の騎士と呼べる存在だ。
かくいう私が、騎士団の現騎士団長なのだが。
私の名前は『アベル』 現レグルス王国騎士団長だ。
といっても、もう現役引退の四文字が脳裏をよぎる中年、認めたくはないが俗に言うおっさんだ。
しかも私に騎士団長という役職は合っていない。
元々、戦場で好き勝手暴れるタイプだったのだが、その行為にいつの間にかついてきたのが騎士団長の名前だ。
まったく、騎士の中の騎士が集まる騎士団の長がこんなのでいいのだろうか?
「私たちはそんな貴方についていきたいと思ったのですよ、団長」
私がそんな愚痴をもらすといつもそう言うのは、いかにもインテリな男、副団長のヘオロットだ。そのやせぎすな見た目の通り、剣を交えての戦闘は苦手なのだが、頭を使う仕事についてはこいつのほうがよっぽど騎士団長に向いていると言える。今も私が処理するはずだった大量の書類を抱えている。今日はこの書類たちと共にと一日を過ごすのだろう。
「いつもすまんな。私が不甲斐ないばっかりに・・・」
「いえ、これも適材適所。団長は何も考えずに戦場で暴れまわればいいんですよ」
「それはありがたいんだが、その言い方だけは何とかならないのか?」
「それもあっての私ですので」
そういってヘオロットは微笑んだ。微妙に殴りたくなったが、いつも助けてくれるのは彼だ。ここはぐっと堪えて我慢。
「ところで三日後の聖域遠征の準備はどうなっている?」
「すべて順調です。これで魔物の巣を見つけられれば、またしばらく各地の魔物による被害は抑えられるでしょう。」
「そうか、それはよかった。それにしても魔物とは一体何なのだろうな」
「3年前突然大陸の中心にある聖域から現れ始めた魔物たち。それ以外のことはよくわかってないですからね」
「そこまで被害が出ていないから良いものの、何が起きるかわからないからな。聖域に魔物の発生源があるなら、さっさとそれを潰してしまいたいところだ。」
「そうですね。それが出来たら良いんですが、聖域は『聖域戦争』以降、守護天使との誓約により禁足地になってますし」
「こういう時ぐらいその天使サマ達も見逃してくれないものかな」
「天使様も言ってしまえば所詮、伝説上の存在ですからね。破っても何もおきないかもしれませんよ?」
「私はやらんぞ。何が起きるか知れたもんじゃない」
「意外ですね、『戦場の獣』ともあろう者もそういうことを気にするなんて」
「その言い方は何とかならないのか?」
「それもあっての私ですので」
そう言いながら、彼は騎士団の詰所にある作業部屋に入っていってしまった。まったく、性格の悪い男だ。が、事実上、全ての書類仕事を押し付けてしまっているので頭が上がらない。少し悔しいが勤勉な彼に習って、私もそろそろ今日の仕事を始めるとしよう。仕事といってもあの馬鹿弟子に稽古をつけるだけなのだが。
※
「くぅ~痛いっす!もう酷いじゃないっすか!」
今日の稽古を終え、ボロボロになった馬鹿弟子が涙ながらに訴えてきた。
「おまえは休憩時間にこっそり詰所の訓練所から逃げ出して、町に遊びに行っていた。だからその後の稽古は本気で打ってやった。ただそれだけだ」
「ひどいっす!俺とローラちゃんの恋を邪魔する気っすね!?」
「誰が邪魔するって?邪魔を刷るも何も、お前はあのパン屋の娘の前だと緊張してんだかなんだかわからんが、なにも話せてないじゃないか」
「いや、俺とローラちゃんはちゃんとお話してるっすよ!」
「たとえば?」
「今日の天気とか、今日は日ざしが気持ちいいねとか、占いだと昼すぎから雨とか信じられないよねとか・・・」
「全部、天気の話じゃないか」
「しかたないっすよ!やっぱローラちゃんの前だと緊張しちゃって話が出てこなくなっちゃうんっすよ!」
「しらん。そんなことをやってるから何時までたっても王国騎士はなれんぞ。どうしても騎士になりたいっていうから、私の従騎士になって・・・いや、従騎士の仕事はしてないから従騎士ではないかもれない・・・ともかくだ、騎士を目指すのならば、そんなことは辞めてしっかり稽古に打ち込むんだ」
「厳しいっすね・・・師匠もそんなんだから結婚できないんすよ!」
「それは言わない約束だ」
私に妻子はいない。若いころはそんなことを全く考えなかったからだ。だからこそ、この馬鹿弟子と町外れの小屋で暮らしているのだが。
「俺のことを攻めたからもっと言ってやるっす!やーい独身ゴリラ!さっさと結婚しろー!あっ、でももうおそ・・・ひゅいん」
言葉の途中で調子に乗っていた馬鹿弟子が倒れる。調子に乗り始めて面倒だったので、そこらへんの枝で顔すれすれに素振をしてやったら気絶してしまった。
まったく、なぜこんなにも幼稚なのか。騎士としての自覚がたりん。この様子だと聖域遠征もこいつは留守番だな。
このままここに放置しておくのも面白いが、さすがに可哀相なので室内に入れてやろう。まったくもって面倒だ。
私は気絶した馬鹿弟子を抱えて小屋に入った。そろそろ聖域遠征も近いことだし、さっさと眠ることとしよう。
※
「――――――――――」
何かが聞こえる。
「――――し!あ―?――え――――な?」
誰かの声だ。一体誰だ。誰でもいいか。
「――た、―ねっ――おうかな―」
だるいんだ。ほっといてくれ。
「うむ、――な―!じゃあ――――しちゃいましょう!」
え?なんだって何をするって?
「びりびり~」
「ひゃうん!」
泥沼に沈んでいるかのように重かった身体に刺激が走る。その刺激に思わず声が上がり、私は飛び上がった。
「おはよー魔物の餌の『お嬢ちゃん』。調子はどう?」
目の前にいる毛皮のコートに身を包んだ旅人風の女性が話しかけてくる。美しく、長い頭髪のいたって普通の若い女性という風貌だが、唯一異常といえる点があった。
耳だ。人にあるべき場所だけではなく、頭頂付近にまっすぐと獣の耳が生えている。こちらを不思議そうに覗き込む女性の気持ちを表すかのようにその耳もピクピクと動いているので、恐らく作り物ではなく本当に生えているのだろう。
というか、まて、今なんていった?魔物の餌?『お嬢ちゃん』?
「あぁ、まだ混乱してるのか?だって空を飛ぶ、鳥みたいな魔物に捕まって、聖域の向こう側から運ばれてきたんだ。まぁもうその魔物も私のお腹の中なんだが」
よくわからない。何を言っているんだ?この私が魔物に運ばれて聖域の向こうからやってきた?
とりあえずここが何処か聞く必要がある。私は仲間が残る戦場に戻らなければいけない。
「一体・・・ここはどこなんだ・・・?」
「ここは南の国『フォーマルハウト』の聖域近くの平原だよ」
なんだって?フォーマルハウトといったらレグルス王国と聖域を挟んだ向こう側の、大陸四国で最小の国じゃないか。
が、それよりも重大な問題があった。
「なんだ・・・?この声は・・・?」
私が口を開くと聞こえる声、それはまさに少女のものと呼べるような幼い女性の声だった。
「え?声がどうしたんだ?かわいい見た目に合ったかわいいこえじゃないか」
かわいい見た目。まさかと思い、恐る恐る自分の腕を見ると、そこにはちょっと力を入れたら折れてしまいそうな華奢なかわいらしい腕があった。
訳がわからない。一体私はどうしたんだ?
私は状況が飲み込めず、辺りを見渡した。すると近くに小さな水溜りがあることに気づき、私は急いで水溜りに駆け寄り、水面を覗き込む。
そこにはローブ一枚に身を包み、驚いた表情をしたブロンドヘアのかわいらしい少女がいた。
「一体どうしたって言うんだ?当然走り出して!」
先程の女性が駆け寄ってくる。ちょうどいい、この悪い夢をぶち壊してくれ。
「お前には私がどう見える?」
「どうってなにも、ワタシがあげたローブ一枚に身を包んだ、ほぼ全裸のかわいらしい女の子だよ」
「は・・・はは・・・」
笑うしかない。もはや笑うことしかできない。
「そういえばまだあんたの名前をきいてなかったね、なんて言うんだ?」
震える身体を抑えつつ、私は口を開く。
「私の名前は『アベル』 現レグルス王国騎士団長、アベルだ」
初めての作品です。色々とおかしな点や、誤字脱字があるかもしれませんが、これからもみなさんに読んでいただけるよう努力いたしますので、よろしくお願いします。