第五話 研究所の破壊
「これ程か……」
レイクが全力で放った『雷竜の息吹』は凄い威力を誇っていた。盾を持っていなかった兵士は焼け焦げて事が切れ、それぞれの武器を持っていた兵士は武器を盾にしていたが、殆どが重傷となり、動けなくなっていた。指揮者は魔法で防いでいたが、威力の差が違いすぎて魔法を突き破って扉の向こうまで吹き飛ばされていた。
この威力は先程のゼルムが放ったのより強かった。おそらく、ゼルムが魔力の限界に底が尽きていた状態に死に掛けだったから、本来の威力から程遠かったのだろう。とにかく、まだ生きている者へトドメを刺そうと歩き出す。
盾の兵士はもう死んでいると思うが、念の為に首を切り離した。次々と倒れている兵士を片付け、扉の向こうまで吹き飛んだ指揮者を殺そうと思ったが、その姿がなかった。
「いない! 逃げたか!?」
もしくは、隠れたかのどちらかになるが、レイクは探している暇はない。もし、帝国から援軍が来たら危険なので、すぐここから立ち去るべきだ。
――――まだ下があるのか。ここは破壊しておいた方がいいか。
逃げる前に、ここを破壊してから脱出することに決めた。ここの研究所は魔物も連れてきていることから帝国の中ではなく、何処かの領地にあると推測できる。まだ地下があったので、降りて行く。もし、陰険な実験をされていたなら、破壊し尽くさなければならないと考えていた。ここは地下二階までだったようで、階段の終わりはすぐだった。
「ん、ここも部屋が一つだけか?」
階段を降りると、扉が一つあるだけだった。警戒を忘れず、魔獣魔法を使ったまま中へ入っていく。
この魔獣魔法はMPを消費することはない。ダメージを受けると魔物のHPから減っていき、魔物のHP分がなくなるまでは強制に解除されない。自分で解除も出来るので、使い勝手のよい魔法だと思えた。減らされた分のHPは自然治癒でしか回復できないようになっており、もう一回魔獣魔法を発動しようと思っても、魔物のHPが半分以上になっていなければ、発動は出来なくなっている。因みに、魔物のHPが全損しても、ストックから消えることはない。
そのメリットだらけの魔法のように思えるが、その魔獣魔法を発動している間は、ずっと死ぬ程の痛みに襲われるデメリットがある。普通なら発動も躊躇してしまうが、レイクは痛みを感じない身体だったから、この魔獣魔法を使えているのだ。
「ここも実験場か……」
レイクがいた地下一階と同じ構造になっていた。周りはカプセルが沢山並んでおり、中には見た事もない化物が入っていた。生きているようには見えなかった。
「胸糞悪いな。さっさと消してやるよ」
雷竜の息吹を使おうとしていたレイクだったが、一番奥にある物に眼へ入ると――――攻撃を止めて走り出していた。まさかと思いながら、一番奥にある培養用のカプセルへ近付いていく。
「まさか――――」
近付くとカプセルに入っていた一人の少女が入っており、その顔は見慣れた者だった。いつも狩りに着いて来た、少女のマリーのように見えたが……
「マリーじゃないな……」
入っていたのは、マリーと似た少女だった。なんで、顔は同じなのにマリーではないと判断できたのは、頭の上にあった。銀色の耳が生えていたからだ。それに、身長も少し小さく見えるし金色の髪ではない。
――――もしかして、まだ生きているのか?
呼吸の為に付けられたホースみたいなのが口に付いていたから、まだ生きていると考えた。このまま雷竜の息吹で一緒に破壊するのは良心が痛むので、助けることにした。
「えいっ!」
ガラスが割れる音と中の水が流れてくる同時に、中にいた少女を受け止める。裸だったが、子供なので冷静に近くにあった布を巻きつけてやった。
「うっ……」
「もう意識を取り戻すのかよ」
「だ、誰……?」
焦点の合っていない目でレイクを見ていた。少女を閉じ込めていたカプセルは強制的に意識を遮断する機能があって、出したからすぐ意識を取り戻せたかもしれない。
なんと言おうか迷い、名前だけを教えてやった。
「俺はレイクだ。これから、ここを破壊するから扉の付近で待っていてくれ」
「レイク…お兄さん?」
「そ、そうなるな……」
マリーと他人の空似である少女がマリーと同じ呼び方をされて口篭ってしまったが、好きにさせることにした。まだ身体を動かせない少女を扉の付近まで運んでやり、少女が巻き込まれないように息吹ではなく手で破壊する事にした。
研究材料だった物は全て破壊し、中にいた化物も切り裂いて燃やした。雷竜の息吹は調整が出来るようで、小さな雷で紙を燃やして火を付けて行った。
「これぐらいでいいか」
破壊し終わったレイクは少女を運び、上へ上がっていく。地下一階の部屋も念入りに破壊して置きたかったが時間はあまりないので、すぐ地下から地上へ上がっていく。
「む、ここは魔物ばかりだな」
一回は倉庫のようになっており、生け捕りにされた魔物が並んでいた。こっちを見た魔物達は咆えるだけでゼルムのように話せる魔物はいなかった。生け捕りされた魔物に悪いが、ここは経験になって貰おうと、全力で『雷竜の息吹』を吐き出した。
「うきゃっ!?」
「あ、済まない。外に出して置けば良かったか」
「あぅ」
おんぶしていれば、大丈夫だろうと思っていたが、大きな音に縮こまっていた。
「り、竜人さんですか?」
「ん、あぁ、言っていなかったか? 俺は人間だ。お前と同じようにここに捕らえられた。この姿は魔法でそうなっているだけだ」
「そうなんですか」
人間だと聞いても、恐怖を浮かべる事もなかった。ここに連れられた経緯はわからないが、人間に誘拐されていたなら同じ人間である自分にも恐怖を浮かべられてしまうだろう。だが、背中にいる少女はよくわからないという表情で、こっちを見ていた。
――――帝国はこんな子供までも誘拐して、実験体にしていたのか。やはり、村の事にこの子も許せる事ではないな……
さらに、帝国への憎しみが膨れ上がっていた。今はとにかく、共和国へ行って、このことを伝達して軍を出してもらおうと考えていた。いや、戦争中ならその心配はなさそうだが、情報は多い方がいいだろう。そう考え、まずここが何処か知らなければならない。
魔物を全て片付けた後に、外へ出て行くと森が見えた。
「……ここは森の中だったか。逃げた奴らは何処に行った?」
周りを見回しても、街や村が近くにあるようには見えなかった。逃げた奴らは前知に準備していた非難する場所へ向かったのだろう。
とにかく、ここは知らない場所なのは間違いないようで、何処に向かえばいいかわからなかった。
「ええっと、名前を聞かせて良いか?」
「私の? ネルだよ。八歳だよ」
「ネルか。ここがどの辺りかわかるか? 多分、帝国の領地だと思うが……」
「ごめんなさい。わからないの」
「だよな。共和国を目指したいが……先に食料と水か」
倉庫みたいな建物の研究所から食べ物を探すのも手だが、いつ援軍が来るかわからない状態では、長く留まることは出来ない。食料は動物を狩ればいいが、水が問題だ。
「川とかあればいいが……」
「川? それなら、水の流れる音がする方向に行けばいいよ」
「え、聞こえるのか?」
どうやら、ネルには水の流れる音が聞こえているようだ。自分の耳には水が流れる音なんか聞こえない。銀色の耳は驚異的な聴覚を持っており、ネルから方向を教えてもらい、そこへ向かう事に決めた。
十分ほど歩くと、自分も水が流れる音を聞き取れるようになった。まだ魔獣魔法を発動しているレイクは少し聴覚も良くなっているが、ネルはそれ以上だった。
「凄いな」
「ネルは良い子?」
「あぁ、良い子だぞ!」
「えへへっ……」
ネルはレイクに褒められるとようやく笑顔を見せてくれた。川に着き、ようやく水を得られるようになった所で休憩する事に決めた。ずっと魔獣魔法を使っていた状態を解除した。解除しないままでもいいが、変な感触になっている痛みをずっと感じ続けるのは精神的にはキツイことだった。
「ふう」
「わぁ」
「ん? どうした?」
「凄い、竜人だったのが人間になった」
「まぁ、魔法で竜の力を使えるようになっていたからな」
川から水を掬い、カラカラだった喉に潤いが出てくる。がぶがぶと飲むネルもあの状況で生きていた為、食料も水も得られていなかったのだろう。
「そういえば、ネルはどうしてこういう状況になったか覚えているか? 誰に誘拐されていたのかも」
「……わからない。村が煙に包まれていた後は覚えていないの」
「煙……睡眠の煙幕かな。それを村中に放たれたと」
やり方は違うが、村全体を襲っていたようだ。銀色の耳を持った人はあの研修所ではネルしか見当たらなかった。つまり、他は殺された可能性が高い。自分は珍しい黒髪を持っていたから助かったが、ネルはどうなのだろうか。種族も知らないと思い出し、聞いてみた。
「ネルはどんな種族なんだ?」
「ネルは、ネルはね……」
ネルは言いづらそうに口を動かしていた。急がせずに待ってあげると、覚悟を決めて話してくれた。
「ネルの種族は月狼族なの」
「月狼族? 灰色の髪を持つ種族の? でも、ネルは……」
「うん。ネルはいらない子だったの。灰色ではなくて、銀色だから。それに、獣覚が使えないの」
どうやら、種族内で差別を受けていたようだ。本来の色は灰色なのに、ネルは銀色の髪で生まれたことと獣覚と言う獣人族特有のスキルが使えなかったことからいらない子とされていたようだ。
「もしかして、両親からも?」
「…………」
コクッと頷いていた。ネルを生んだ母親と父親からもネルのことをいらない子として扱っていたようだ。仕事をしていれば食事だけはくれたが、優しくしてくれた人はいなかったと。
「そうか。実は、俺は黒い髪だったぞ。今は白くなっているが」
「えっ!?」
本来なら黒い髪を持って生まれたレイクもネルのような存在のと変わらなかった。たまたま優しい両親と村人に恵まれたから、ここまで幸せに生きられたが。
「実験で白くなってしまったが、魔族と同じ色を持った存在なのは間違いない。俺のことは怖いか?」
「ううん、怖くないよ。ネルのことを助けてくれたから」
「そうか。ありがとう」
撫でてやると、ネルは嬉しそうに身を過ぎらせる。生きてきた中で撫でてくれることなんて無かったので、とても嬉しかった。
「俺はこれから共和国へ向かおうと考えている。自分の村を壊した帝国の事が許せないからな」
「……」
「ネルはどうする? 近くで村を見つけたら、そこで住むのもアリだが――――」
「嫌! ネルも一緒に行く!!」
「だが……、俺は帝国と戦うことになるんだぞ?」
「ネルも一緒に戦う!!」
レイクは困った。獣人族の特有である獣覚と言うスキルのことを良く知らないが、戦う為のスキルだと考えられる。それが使えないネルを連れて行っても、足手纏いにしかならないと思えた。
しかし、こんな所にマリーの他人の空似であるネルを放って行く事は出来なかった。
――――困ったな……。