麻実の相談事(前篇)
※エクスカリバー:乙葉さんちの犬。強面で、一部の人間に凶暴。
前野麻実:乙葉さんのご近所さん、柿農園『前野もんもんぱーしもん』農主の孫娘。
その日は農主さんの都合もあって、午前中に作業が終わった。
時間も時間、乙葉家にて昼食をとらせてもらうことになったのだが。
「おーしおしおし。お前はいつもヘナヘナだなぁ」
「あう~ん、あう~ん」
食後。日向ぼっこついでに玄関前に出ていると、姉ちゃんが乙葉家の看板犬(?)エクスカリバーと戯れはじめた。
ちなみに、今日は姉ちゃんも農園の手伝いに来ている。
「てか、すげぇな姉ちゃん。よくそいつ触れるよ」
「んん? だって、この子ずっとひっくり返ってるだけだろ?」
「いや、それがな……」
俺が近づいたら、眼光ギラつかせて吠えかかってくるんだなぁコレが。
最初は俺だけがそうなのかと思ったのだが、実はあの保科もよく吠えられる。
つまり、この犬にとっては「男子どもに用はない」って感じなのか。まったく、このエロ犬め……。
「……アアン?!」
「ひぃ……っ」
睨まれた!
そしてコイツは、たまに俺の思考さえも読み取るのだ。……さすが聖犬。恐ろしき生き物よ。
「あ、もしもし、麻実ちゃん? どないしたん? ……うん……え……そうなん? へ~……」
ふと、玄関の向こう側から由愛さんの声が聞こえてくる。
どうやら通話中のようだ。
そういや、この聖犬。由愛さんには全く吠えないな。概ね姉ちゃんと同じ反応だ。
まぁ飼い主だから当然なのだろうけど……もしかすると、由愛さんの本質を見抜いている可能性も無きにしもあらず……。
つまり由愛さんが「見た目は子ども、心は大人のおねいさん」ということをわかって……聖犬さん、よくわかってらっしゃる。
「お~お~、賢いねぇエクスカリバーちゃんは~」
「あひ~ん」
ところで、この「エクスカリバー」って、何度聞いても凄まじい名前だな……。一体誰が、こんなケッタイな名前つけたのやら。
「はなちゃん、はなくん。ちょっとこれから出かけるんやけど」
通話を終えたのか、由愛さんが玄関からひょっこり顔を出す。
「おお由愛。それならあたし達はそろそろお暇するよ」
「いや、そのことなんやけど、二人とも午後は時間空いてる? よかったらついてきてほしいんやけど……」
* * *
ということで。
俺と姉ちゃん、由愛さんの三人で向かったのは、近所の前野さん宅。
乙葉さんと同じく柿農家で、『前野もんもんぱーしもん』を経営しているお家だ。
「こんにちはー」
「あ、由愛ちゃん! いらっしゃい! それと、草太さんたちも……いらっしゃいませ……」
「こんにちは、麻実ちゃん」
こちらの主人である前野歳三さんの孫娘、麻実ちゃんが出迎えてくれる。お辞儀と同時にサイドポニーで結った髪が揺れる。
人見知りで、俺や姉ちゃんにはまだ少し身構え気味なのだが、礼儀正しい良い子である。
ところで、今回由愛さんをお招きしたのは麻実ちゃんだそうで。
なにやら相談事があるらしい。
「ささ、あがってあがって~」
『おじゃましまーす』
和風玄関の中央に広がる廊下をまっすぐ進み、突き当りにある部屋に案内される。シンプルながらも、所々に可愛らしい小物が置かれた畳の部屋だった。
「すぐ連れてくるから、ちょっと待っててね」
敷いてくれた座布団に腰を下ろすと、麻実ちゃんは急ぎ足で部屋を出ていった。
そして、数分もしないうちに戻ってくる。
「この子やねんけど……」
麻実ちゃんが運んできたのは、大きめなゲージ。
中には、水の入った容器に、もこもこした布。そしてノソノソとうごめく……
「あ、うさぎだ」
うさぎだった。
まだ子どもなのだろうか。手のひらにも乗せられそうなサイズの子どものうさぎ。遠目で見るとまるで毛玉みたいだ。
「この子。友達の家から引き取ってんけど……」
「わぁ、かわいいねぇ!」
「せやろー? たまに耳ぴょこぴょこさせて、それがまたかわいいねん~」
麻実ちゃんと由愛さんはすっかりメロメロの様子。
ふ……そんな由愛さんに、俺はメロメロですぜ……。
「草太。今、アホなこと考えただろ。アホさが顔に出てるぞ?」
「う、うるせぇやいっ!」
アホアホ言うんじゃねぇ!
姉ちゃんに言われなくても自分でも今のはないって思ったよ!
……ごほん。
ところで、この子ウサギ。訳あって、前野さんちが一匹引き取ったそうだ。
「ところで、相談事ってなんなの? この子の事なのはなんとなくわかるんだけど……」
姉ちゃんが尋ねる。由愛さんはさっきの電話で内容を知っていそうだけど、俺と姉ちゃんはまだ何も知らないのだ。
「うん。それやねんけど……一緒に、この子の名前を考えてほしいねん」
おっと。
これはなかなか重大な相談事だぞ?