塙山朝花劇場『ダンコロガシ』
・フンコロガシちゃん:保科綾
・カメムシおじさん:黒部太郎
・ダンゴムシさん:塙山草太
・コガネムシ婦人:乙葉由愛
・ナレーション:塙山朝花
※それぞれのキャストが生き物の着ぐるみを着用しているイメージでお楽しみください。
――乙葉おれんじふぁーむ。
この農園とその周辺には、動物や虫たち、そして木や花、草などの植物……沢山の生命が存在しています。
彼らも人間と同じ、それぞれの生活をもっているのです。
おや?
どうやら、あの草の隙間にも、ひとつの生命が活動をしているようです。
今回は、その生活を覗いてみることにしましょう。
* * *
「ふんふんふーん」
くすんだ黒い体躯を一所懸命に動かし、土団子のような丸い物体を転がすのは、フンコロガシちゃん。
まだあどけない少女ですが、フンコロガシの名に恥じぬよう日々を頑張っています。
フンコロガシちゃんが転がす土団子……その正体はお察しのこと。
この農園にこっそり入ってくる狸やイタチなどの小動物……彼らの置き土産こそ、フンコロガシちゃんたち一族の貴重な食料なのです。
「ふんふんふーん、ふふんがふーん」
「おやおや、今日もフン転がしに精が出るねー」
本日最初のフンを転がしていると、近くの花弁の上から見知った声が落ちてきました。
近所の優しいカメムシおじさんです。どうやら朝食中だったようです。
「おはよーござーます、カメムシさん」
「うむおはよう。しかし、いやはや、君は朝から頑張るねー」
「いえいえ、これがあっしの生き甲斐なのでー」
そう言って、フンコロガシちゃんは再びフンを転がし始めます。
彼女にとって、自分の名前は誇り。その誇りを大切に、日々休むことなくフンを転がし続けるのです。
そんな頑張りやさんなフンコロガシちゃん。
ですが、彼女にもひとつ苦手なことがありました。
「あーら、あなた。またそんな汚いものを転がしているのね?」
「あ、あわわ。コガネムシ婦人」
カメムシさんよりもさらに高い位置の花の上、そこから蔑んだ視線を送ってくるのは、コガネムシ婦人です。
「また大きな汚物を転がして、同じコガネムシ科の生き物として恥ずかしい限りですわ」
「むむむ、コガネムシ婦人。あまり酷いことを言ってはいけないよ」
すかさずカメムシおじさんが制してくれますが、コガネムシ婦人は意に介しません。
「ま、あなたには"フンコロガシ"っていう立派なお名前があるものね。ワタクシたちのようにお花の蜜を食すより、フンを転がしてる方がお似合いよね、オッホホホ!」
「ま、せいぜいコガネムシの名を汚さないでくださいましね」と言い捨て、コガネムシ婦人は飛び去っていきました。
「ぐ、ぐっぬぬぬ……。おのれコガネムシ婦人め~……」
怒り心頭に触覚を震わせるのは、フンコロガシちゃん、でなく、カメムシおじさんの方でした。
「フンコロガシちゃんが反論しないとわかっておっていい気になりおってからに……!」
「くさっ! ちょ、カメムシさん!? く、くせえっす!」
憤慨のあまり、カメムシおじさんは思わず警戒臭まで出す始末。
「どうにかギャフンと言わさねば気が済まんぞ~……!」
「くせ! くせっ! ……くせぇっすカメムシさん……」
鼻をつんざくあまりの刺激臭に気を失いそうになりながらも、フンコロガシちゃんは思います。
あっしはフンコロガシ。
コガネムシ婦人の仰ることもわかるけれど、自分には何かを転がさずにはいられない性分ってもんがあるのです。
それこそが、あっしの生きる意味。
それは、誰に何を言われようとも曲がることはないんす。
* * *
次の日。
いつも通りフンを転がすフンコロガシちゃんの元に、カメムシさんがやってきました。
「おはよーござーます、カメムシさん。……おや? そちらの方は?」
そしてその隣には、もう一匹の虫さんがいました。
まだ若そうな、オスのようです。
「こやつは、ダンゴムシ。昨日のリベンジを果たすために呼び寄せた傭兵だよ」
「ダンゴムシです、どうぞよろしく」
「ど、どもっす。ところで……リベンジ?」
「ああ。今日こそ、あのコガネムシ婦人をギャフンと言わせねばならんからね」
「あ、あー……」
フンコロガシちゃんはすっかり忘れていたのですが、どうやらカメムシおじさんの腹の虫は未だにいなないているらしく、今日は仕返しの準備までしてきたというのです。
「で、でも、あっしは仕返しなんてするつもりは……」
「いやいや、いいんだよフンコロガシちゃん。君はいつも通り転がしてくれるだけでいいんだ。
……ただし、今日はフンではなく」
「フンではなく……?」
* * *
しばらくして、コガネムシ婦人がやってきました。
いつものように高い場所の花弁に羽を下ろすと、地面で一生懸命フンを転がすフンコロガシを見つけます。
「ふん、相変わらず汚らしいわね……」
ひとつ毒づき、いざケチをつけようと声をあげようとしたその時……
婦人はある違和感に気づきました。
「あら? あの塊……」
フンコロガシちゃんが転がす球体。
普段こそ大きく、そして見るからに臭そうなものなのですが、今日に限っては少し違っているのです。
白っぽいねずみ色の、そしてやや小ぶりな玉。その表面は少しテカり、そして等間隔でボーダーのような模様があります。
「あれは、フンではない……?」
よく眼を凝らしてみると、少しずつその"球体"の正体が見えてきました。
「あ、あれは……だ、ダンゴムシ!?」
そうです。
フンコロガシちゃんが転がしていたのは、紛れもなくダンゴムシさんだったのです。
「あ、コガネムシ婦人。こんちわーです」
「ご、ごきげんよう……。いえいえ! そうでなくて! な、なんなんですの!? どうしてあなた、ダンゴムシさんを転がして……!」
慌てふためくコガネムシ婦人。
いつも清潔を好み、ルールやマナーに厳しいコガネム婦人……いえ、それを差し引いても、普段大人しく無垢なフンコロガシちゃんが他の虫……ましてやオスを踏んづけ転がしている光景は、あまりにショックの大きいものなのでした。
「……ほっほっほ、うろたえとるのー。わしはあの顔を見れただけで満足だ」
草葉の陰から様子を見ていたカメムシさんは、コガネムシ婦人の慌てる様を見て大変満足がいったようです。
「ま、まさか……他のオスを脚玉にとるなんて……」
「あ、あわわ。これは、あっしが好きでやったことではなくて」
コガネムシ婦人は大いに驚き、そして、その見開く眼に心なしな穏やかな光が宿りました。
「あなた……いえ、フンコロガシさん」
「は、はいっす……」
「ワタクシ、あなたのことを少し誤解していたようですわ。オスを容赦なく脚蹴にできるなんて、強いお方なのね」
「い、いえ。あっしはただ、転がすことしかできねーもんで……」
「いいの。謙遜は似合わないわ。あなたにはあなたの信念があること、よく理解したわ」
どういうわけか、フンコロガシちゃんの理解を越えて話しは進んでいきます。
でも、わからないなりに、目の前のコガネムシ婦人の優しい笑みを見て、嬉しいような泣きたいような、言いようのない気持ちになりました。
「ただ……あなた!」
つい今まで優しい眼をしていたコガネムシ婦人。ですが、その眼を一気に尖らせ、前脚を突き出します。
「あなた! 無言で丸まってメスの脚に踏まれるとは……あなたには恥ってものがないのかしら!?」
その矛先は……ダンゴムシさんでした。
彼はフンコロガシちゃんに転がされ始めてから、全く抵抗をみせずにいました。
むしろ、時折「ふふふ……」と嬉しそうな呻きを出したりすらしていたのを、フンコロガシちゃんは知っていました。
現に今も、コガネムシ婦人の罵声を受けて、顔がニヤついているではありませんか。
「オスの風上にも置けませんわね!」
「ありがとうございますっ!」
「褒めてないわよ! 貶してるの! わかってるのかしらっ?」
「はい! ありがとうございますっ!」
「き、きぃぃ……っ!」
コガネムシ婦人の罵倒に、ダンゴムシさんは至福の笑みで「ありがとうございますっ!」の一点張り。
このまま、コガネムシ婦人とダンゴムシさんのバトル(?)は日が暮れるまで続きました。
コガネムシ婦人へのリベンジを成功させたカメムシおじさん。
自分の信念を貫き、コガネムシ婦人に認めてもらえたフンコロガシちゃん。
そして、フンコロガシちゃんに踏まれ、コガネムシ婦人に罵られたダンゴムシさん。
三者三様に笑顔になれた一日なのでした。
「わ、ワタクシはなんにも面白くないわよっ!」
賑やかなこの世界で、コガネムシ婦人が笑顔になれる日も近いことでしょう。
~つづく?~