表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おれんじふぁーむ徒然日記。  作者: はなうた
おれんじふぁーむの一日。
3/22

農家手伝いと姉。


 A.M.6:00頃



 ででっぼー。ででっぼー。


「んあ……もう朝か」


 春の柔らかい陽がカーテンの隙間から差し込む。

 このこぢんまりしたアパートでは最近、屋上に住処をかまえたキジバトの家族が一番鶏の代わりを務めていた。


「おうい、姉ちゃん。朝だぞー。起きれー」


 名前:塙山(はなやま)草太(そうた)

 職業:農家手伝い。


 そんな俺の一日はきまって、同居人である姉ちゃんを起こすことから始まる。


「……ん、んが……く……」

「く?」

「く……りようかん……ぐがー」


 そしてこちらは俺の実の姉、塙山朝花。

 職業:会社事務員。


 彼女の一日はたいてい、寝言をボヤきながら同居人である俺に起こされることから始まるのだ。


「くりようかん……いもけんぴ」

「栗も芋もねーよー。もう朝だから、起きれー」


 寝覚めの悪い姉ちゃんを起こすのにももう慣れたもんだ。いつものようにぺちぺちとほっぺたを叩く。

 というか、夢の中ではさぞ美味いもんを食べてるんだろうな。

 それがよくわかるくらい幸福そうな寝顔だ。


「う、う~ん……ぶ……ぶれんぢょ……う~……ぶれ、んぢょぉ……」


 ん? なにやら唸りだしたぞ……?

 みるみるうちにその額に汗が滲んでくる。眉間にもシワが寄ってきた。

 さっきまで幸福そうだったのが一転、まるで苦い飲み物でも飲まされたかのような渋い表情に早変わり。

 ……なんだ、悪夢でも見始めたか?


「ん……あ? そーた?」

「ああ草太だぞー、はよ起きないと遅刻するぞー」


 苦しみ顔のまま目を開けた姉ちゃん。俺と目が合うと、心なしかホッとしたように顔をほころばせた。


「ああ、そーたぁ……。くり……いも……」


 だが、頭の中はまだ夢の中だったようだ。

 てか、いい加減起こさないと本気で遅刻しそうだぞ?


 本格的に肩を揺すって起こしにかかる。


「ほら姉ちゃん、起きれー。夢の国から帰ってこーい」

「くり、いも、そーたぁ……。……くりぃむそーだ……ぐがぁー!」

「ぐわぁっ!? 急に抱きつくなオラァン!?」


 姉ちゃんの得意技顔面ホールドで俺の呼吸が止まる!

 毎度のことだが、いい加減朝っぱらから抱きつく癖どうにかしやがれっ!


 ぐおお……息ができ、ぬ……!


「……お? おお、草太ー。おはよ~」


 俺の頑張りの甲斐あってか、どうやら姉ちゃんの意識は覚醒へと向かい始めたようだ。


 俺の意識とは反対にな。


 ……がく。



 A.M.6:30



「いいか、草太。会社に勤めだすとクリームソーダも満足に飲めなくなるんだぞ」

「なんのこっちゃ」


 小さな円卓で、顔を突き合わせながら食パンをかじる。

 ちなみに、俺はどちらかといえばごはん派だ。ただ、このアパートに住むようになってからは圧倒的にパンが増えた。


 原因はまさに、目の前に座る姉ちゃんだ。毎朝我が姉を起こすことに時間を削られ、ごはんやおかずを用意する暇がない。ついつい楽なパンに走ってしまうというわけだ。

 弟の食生活にまで変革してしまうとは……罪多き姉だぜ。


「学生の頃は、なんだ。何も考えずに好きなように飲めてたさ。ただな、いっぱしのOLが昼に一人、会社近くのカフェに入ってだな。大勢の目の前で元気にクリームソーダ頼んでみ? そりゃもう、一瞬で世間様のネタ化ですよ。クリームソーダOLの爆誕てなわけ。だから華麗にブレンドコーヒーをすするしかないのだよ。悲しきOLの定めだな」

「まぁ、要はクリームソーダ飲みたかったんだな」


 まぁでも、この生活にもずいぶん馴染んでいるのも事実だ。


 大学入学頃から始まった姉ちゃんとの二人暮らし。

 最近では、大学も卒業し、柿農家『乙葉おれんじふぁーむ』のお手伝いとして働くようになり、少しばかり収入もあるようになった。

 なので一度は、姉の世話から離れて一人暮らしを始めようかと考えていたこともあったんだけど、


「草太がいなくなったら誰が朝ごはん作ってくれるん! 仕事から帰ってきて誰が晩ごはん作ってくれるん!」

「メシのことばっかやんけっ! たまには自分で作れー!」


 などと騒いでいるうちに機を逃してしまっている……。

 けしてそれだけがここにいる理由ではない、というわけだ。


「……あっ、てか姉ちゃん! 喋ってるのはいいけど早く食べんと遅刻するぞ!?」

「げげっ、ほんとだ!」



 A.M.7:00



 平日は、大体二人揃ってアパートを出る。


「あ、そうだ草太。今日は夜どっか食べに行こうか」

「え? ああ、いいけど?」

「姉ちゃんが奢ったげるよ」

「おお、マジか! いいのか姉ちゃん?」

「ああ、OLの財力なめんな!」


 どんと膨よかな胸を叩く姉ちゃん。


「でも、どうして急に?」

「ん? いや、特に理由はないけどな。最近草太も由愛のとこで頑張ってるし、夕飯くらいたまには楽してもいいんじゃないかなぁ、と思ってな」


 姉ちゃんは少し視線を外し、どこか照れくさそうに頬をかく。


 おお……、おらぁ少なからず感動してしまった。

 自分の仕事も忙しいはずなのに、ちゃんと弟のことも気にかけてくれる……。


 色々と世話にかかる部分もあるけど、やはりこういうところは姉なんだなぁ。

 なら、そんな姉ちゃんの図らいにしっかり甘えるのが弟の役目ってもんだろうよ!


「うん、じゃぁ今日は奢ってもらおうかな!」

「よしよしっ。じゃあ今の晩ごはんはクリームソーダで決まりな!」

「それが真の目的かっ!」


 デザートならまだしも、メインにクリームソーダって聞いたことねーわっ!

 どんだけ飲みたかったんだよ、クリームソーダ……。



 わいわい騒ぎながらアパートの階段を降りると、同時にキジバトの家族が一斉に飛び立った。


 ちょうど俺が今から向かう職場、『乙葉おれんじふぁーむ』のある方向だ。

 あいつらも今から本日の活動を開始するのだろうか。


 ……これは、俺も負けてられんな!


「よし、今日も一日頑張るか!」

「おう! 頑張れ草太! ねーちゃんは手ぇ抜きながらぼちぼちやるから!」

「あっれー。そこは「頑張ろう!」とか言うところじゃ……?」


 地味に気を削がれながら、俺は『乙葉おれんじふぁーむ』に向けて出発した。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ