鍋パをしよう!
柿の収穫作業も無事に終わり、今日は待ちに待ったお給料を頂く日だ。
そして、今回は別のお誘いもあって、乙葉家にお邪魔することとあいなった。
今は昼過ぎ。乙葉家に向かう車の中だ、
「やっぱり冬はお鍋だよな~」
「おい、草太。さっきから何度目だそのセリフ」
「あれ、そうだっけか?」
長い柿獲りが終わって気が抜けたのか、由愛さんからのお誘いに浮かれたのか、どうにも俺の口も緩くなってるようだ。
「まったく……。由愛と同じ鍋つつけて、間接キスだとか想像して悦んでるんだろぉ、まったく」
「そ、そんなこと考えてませんがっ!?」
……だが、姉ちゃんのいうとおり、お鍋をつつくということは、必然そういうことになるわけで……。
「でもな、草太。よく考えてみな? それはつまり、農主さんと間接キスするってことでもあるんだぞ?」
……ぐぉぉぉっ! たしかにそうだ……!
ちょっと想像してしまった……。
く、くそう、姉ちゃんめ……。
俺の夢をぶち壊してくれおって!
「さあ、乙葉家前に着いたぞ、妄想太」
「変なあだ名つけないでくれますかねぇ!? ……て、おや?」
乙葉家前の広いスペースに、見慣れない軽四車がとまっていた。
あれは……農主さんのでもないし、早乙女や黒部氏の車でもない。
誰だろう。
「ふぅ。加工しても結構な量になりましたな!」
その助手席側からおりてきたのは、黒部太郎氏だった。
「おや? バイトくんじゃないか! そして麗しい姉君さままで!」
「ど、ども」
「相変わらず暑苦しいすね~、豚さんは」
「ありがとうございますっ!!」
こちらに気づいた黒部氏に、俺と姉ちゃんで挨拶する。
すっかり顔なじみになった黒部氏に対して、姉は異常に容赦がない。
それを全て褒め言葉と捉える彼も只者じゃないが。
「黒部さん……乙葉さんちに何かご用なんですか?」
「おお、よくぞ聞いてくれた! 実はな……今日は早朝から、イノシシの狩猟に出かけていたのだよ」
「イノシシですかぁ」
この黒部氏……豚チックな見た目に反して多様な才能をお持ちで。
自動車の免許証は二種まで全て埋まっているし、他にもドローンの操縦資格や、この狩猟の免許まで持っているのだ。
「ただ、思わぬ助っ人がいてね。今日は早乙女だけではどうにもならない量のお肉が手に入ったのだよ」
「なるほど、だから乙葉家におすそ分けに来てくれたんですか」
「ああ、そのとおり! 今日はバイトくんたちを誘って鍋パをすると聴いていたしね!」
それって、今朝話してただけの話題だぞ?
どういうふうにその情報を手に入れたってんだ……。
と、運転席側からも人がおりてきた。
見慣れない人だった。
「この方が助っ人さんだ。山でたまたま会ってね。なんだかんだあって、手伝ってくれることになったんだよ」
「そうですねん」
薄く笑うおっさん。その存在感すらも薄く感じた。
グレーの作業着のような服と、白一色の帽子。
次どこかで会っても忘れてそうなほど、印象の薄いおっさんだった。
「はい、これが乙葉さんちの分だ! そして、サービスに塙山家のぶんも足しておこう!」
「おお、っとっと……」
黒部氏から受け取ったお肉はかなりの量で、ずっしりと重かった。
赤身のスライス肉が、発泡スチロールのトレイに乗せられラッピングされている。
豚肉よりちょっと濃い感じの色か。この姿だと、さすがに野性味はあまり感じられない。
「けっこうな量ですね……! あと、これは……?」
スライス肉の上にある黒く硬そうなものを見て言う。
「それはイノシシ肉の燻製だ。以前から試行錯誤しながら作っていたんだよ。ビールや酒に合うぞ!」
「おお、それは素晴らしいすね! さすが黒部さん! よっ、大統領!」
「ありがとうございますっ!!」
姉ちゃんは燻製を大層お気に召したようだった。
「では、そろそろ次に参りましょうかな。次は前野さんちですぞ!」
「そうでんなぁ」
「ではな! バイトくん! そして姉君!」
あのおっさんのものらしい車に乗り込み、黒部氏たちは去っていった。
「結局、乙葉さんたちに会ってないけどいいのか?」
「まあいいんじゃないか? それより、さっそくお肉を由愛に届けに行こうか。それと、買い出しに行かないと。ビール追加で!」
「姉ちゃん、燻製独り占めすんなよ?」
そんなわけで、俺たちは大量の猪肉をゲットしたのだった。
由愛さんに経緯を説明する時には、すでにあのおっさんの顔は忘れてしまっていた。
* * *
「「いただきま~す!!」」「……いただきます」
夜。
ぐつぐつ音を立て始めた鍋を前にみんなで合掌。鍋パがはじまった。
さすがに農主さんは俺たちのノリについてはこなかったけど、静かに手を合わせていた。
「ううん、おいしいぃ~!」
由愛さんの顔が幸せそうにゆるむ。
それを見た俺の顔も必然的にゆるんだ。
今日のお鍋の主役はすっかりイノシシになった。つまりは、牡丹鍋だな。
お肉は、豚よりは粗いというか、肉肉しい印象だけど、想像していたよりかはあっさりとしていた。
「THE・獣!」っていうほど獣臭さもないし、ほどよく噛みごたえがあって……。
一言で言うと、美味いっ!!
これは、下手したら豚よりも好きって人が結構いるかも?
「いいお肉やねぇ。おばちゃんでも噛み切れるし、これは加工の仕方も上手やわぁ」
美夜子さんもご満悦のようだ。
黒部氏の技術も絶賛されてて、これはご本人にも聞かせてあげたかった。
ていうか、今度会ったら伝えてあげようか。
「燻製も美味い! これは進むわ~。草太、帰りの運転は任せたぞ~!」
「あれれ、はなちゃん。ビールもいいけど、お鍋も楽しんでよ~?」
イノシシのおかげで、姉ちゃんの出来上がり具合もいつもより早めだ。
「まさか、あいつの腹の肉と違うやろのぉ。僕の腹のお肉を分けてあげるよ~、とか言ってな……」
農主さんがボソリとボケをかましていた。
なにその発想……。一瞬、お腹を空かせた子に自分の頭を分け与えるヒーローを思い出した。
「ぶはっ! 農主さん! それサイコーですね!」
「お腹が減って力が出ない~、とかな」
「だはははー! そりゃ、お腹減ったら誰でもそうなりますって~!」
姉ちゃんと農主さんが黒部氏ディスで盛り上がっていた。
なんだかんだで、農主さんも楽しんでおられるようだ。
「ふふっ。もぉ~、そんなん言ったら黒部さんに失礼やろぉ? せっかく美味しいお肉くださったのに~」
「そういう由愛さんも、顔がにやけてますよ?」
「え? そう? ……ふふ、でも、楽しいね~」
「ええ、楽しいですね!」
いつもは畑にフンをしたり柿の実や枝を齧ったり、時には家や農園の設備を壊したりと、迷惑三昧だと思っていたイノシシ。
だけど、この日ばかりは彼らに感謝した。
イノシシたち害獣は、農家にとってもちろん敵だ。
ただ、こうして生命を奪う以上、その相手に対して敬意を払う。
時には今回のように加工して食用にしたり、そうでなくても捕獲した土地に埋める……埋設処分をする。
それなりの責任があるのだ。
狩猟をしない俺でさえ、こんなにイノシシの恩恵を授かったからには、こいつらの分まで頑張って生きないとな、って気になった。
「ん? はなくん、なんか考えてる? ちょっとしんみりした顔してるけど」
「え? そうですか?」
「おおい草太。お前には似合わないぞ? 深刻になっても滑りギャグになるだけなんだから、もっと食えー?」
「姉ちゃんはうるさいよっ!」
頑張るのは……明日から。
その前に、今夜はもうちょっと楽しむとしよう!
私事ですが、新作に本格的にとりかかるため、今回からしばらく更新をとめます。
まだ伏線も残っていますし、新作が軌道にのって余裕が出てきたら、少しずつ書いていこうと思ってます。なので"完結"にはしないでおきます。
今までお読みくださってた方には申し訳ないですが、どうぞよろしくお願いします。
そして、今回までお読みくださってありがとうございます!




