塙山朝花劇場『あのフェンスの通り方』
・シカ先輩:塙山草太
・イノシシ後輩:保科綾
・親アライグマ:早乙女玲
・子アライグマ:野々古姉妹(+??)
・天の声:乙葉由愛
・ナレーション:塙山朝花
――乙葉おれんじふぁーむ。
この農園とその周辺には、動物や虫たち、そして木や草花などの植物……沢山の生命が存在しています。
彼らも人間と同じ、それぞれの生活をもっているのです。
おや?
今日はなにやら園の外が騒がしいですね。
近づいてみると、どうやら動物たちが集まっている様子。
息巻く姿から察するに、これから何かしようとしているのでしょうか。
今回は彼らの様子を少しだけ覗いてみることにしましょう。
* * *
甘柿もすっかり色づく秋の暮れ。
夜も更けた頃の柿農園。
満月が空に浮かび、まるで昼間の名残を残しているように明るい夜でした。
その外周から園内を覗き込むのは、一頭の鹿。
「これは、困ったぞ……」
しかし、いつもよりどこか険しい表情の鹿。
それもそのはず。
昨晩までは難なく出入りが可能だった柿農園……その周辺には今、高さ2メートルはあろうかという、立派なフェンスが立ち塞がっていたのです。
「これじゃあ、柿が喰えないじゃないか」
不景気の影響か、山林の食料も以前よりもはるかに減ってきた近年。
彼も含む山の動物たちは、ちょうど人里と山の境あたりに位置する柿農園を餌場としていたのです。
食べるのは、もちろん柿の果実。
人気のない夜に忍び込んでは、木からこっそり頂戴していたのです。
……が、今晩は思わぬ足止めを食らってしまいました。
「……おや、鹿先輩じゃありませんか」
立ち尽くす鹿の後ろを、大きな躯体が通りがかります。
「おう、イノシシ後輩か」
鹿の後輩にあたるイノシシでした。
「こんなところで何してるんすか? あんまりボーッとしてると人間に捕まっちまいますよ?」
「ああ、それがな……ほれ、見てみろよ」
イノシシは、鹿がツノ指す先を見てぶひんと鼻を鳴らします。
「おお、ここもフェンスしやがったんすね。先日は、お隣の農家もフェンスを設置してましたし、最近は人間も知恵をつけてきたっすね」
「なんだ、お前。やけに事情に詳しいな?」
「ええ……それが」
このイノシシ……実は先日、別の農園に侵入していた時、うっかりフェンス設置のタイミングと重なり、園内に閉じ込められたことがあったのです。
命の危機さえ感じた彼女でしたが、必死の体当たりによってフェンスを撃破……まさに命からがら逃げ出したのでした。
「いやあ、あの時はマジでボタン鍋にされるところまで想像したっす」
「なかなか大変だったんだな……」
戦慄しながら、自分も鹿刺しにされないように気をつけようと誓う鹿でした。
「でも、あっしもタダのドジじゃ終わらないっすよ」
ドヤ顔のイノシシは「見ててくださいっす」と言いつつ、目の前のフェンスから距離をとります。
そしてそのまま、
「こうすればいいっすよ! どおりゃー!」
なんと、フェンスに体当たりをかましました。
ガシャっとひしゃげる網目。地面の近い部分が大きく口を開けました。
「ここを少し掘ったら、下から抜けられるんす」
イノシシは少しばかり地面を掘ると、その大きな体躯に似合わずしなやかな動きでフェンスの下を潜り、園内への侵入を成功させたのです。
「これで今までどおり、柿食べ放題っす」
「むむ、なかなかやるなイノシシ後輩……」
華麗? な侵入術を目の当たりにして、鹿は驚くと同時に、後輩に先を越された悔しさを感じていました。
その様子を察したのか、イノシシはニヤリと牙を見せます。
「先輩もこんなフェンスくらい楽勝っすよね~? まさか、ここを越えられずに悩んでる、なんてことないですよね~?」
ここぞとばかりに上から目線な後輩イノシシ。
ですが、これでただ言われるばかりの鹿ではありません。
「うるせぇ! そんなワケあるか! あんまり騒いでると、そのケツにツノぶっ刺すぞこら!」
「ななっ! 先輩! レディに対してなんて下品な言葉を!」
「何がレディだ! どこでもかしこでもブヒブヒ言ってる豚公がよ!」
「誰がブヒブヒっすか! もう! 知らないっす! 先輩はそこでずっと足止め食らってるといいっすよ! ブヒヒーッ!!」
捨て台詞と鼻息を吐きながら、イノシシは園内の中へと去っていきました。
「ブヒブヒ言ってるじゃねーか……」
取り残された鹿は、つい今イノシシが掘った穴に鼻を近づけます。
ですが、自分の体の構造や頭のツノでは通り抜けられなさそう。
「どうしたもんか…………ん?」
考えを凝らしていると、近くの茂みからのそのそと、小動物が這い出してきました。
近所の農園付近に寝床をかまえる、アライグマの親子です。
「おうい、今日は柿を食べるからねぇ。子どもたちもついておいでよぉ」
自分たちと同じ、人間に追われる立場の生き物。ですが、そうとは思えないのんびりした声と動きで、親アライグマは子どもたちに指示します。
『あーい。柿、食べるです~。柿、おいしいです~』
一、二、三、四……。
親の後ろをぞろぞろとついて歩く子アライグマたちも、これまたのんびりした声をハモらせています。
そのまま、アライグマたちはイノシシが開けた穴をするりと通ってフェンスを越え、いとも簡単に農園に入ってしまいました。
「いつもより道が狭く感じたけど、きっと気のせいだねぇ。それより、柿を食べるぞぉ~」
『柿、食べるです~』
そのまま、アライグマたちはのそのそと園内に消えていきました。
「……」
その様子を見ていた鹿はピィの音も出ません。
自分はこんな立派な角を持ちながら、後輩や、ましてやあんな小さき動物たちにも劣るのか。
彼女たちが軽々と越えていったフェンスに、手も足も、ましてやツノも出ないのか。
彼の心は、少なからず絶望の色に染められていきます。
――諦めてはいけません。
と、不意に優しい声が鹿に語りかけてきました。
「な、なんだ……? この、幼いながらもおねいさんのような雰囲気漂う声は……」
――私の声の感じは今はよいのです。それよりも、鹿よ。
若干呆れた声で、謎の声は続けます。
――あなたには、そのツノ以外にも立派な力があるはずです。
「ツノ以外に……」
言われて、思い当たる節がありました。
彼はこの半生、どんな険しい山でもどんな遠い道のりも、軽々と生きのびてこられました。
それは紛れもなく、自身に備わっている力のおかげなのでした。
「もしや、この脚ですか」
――そうです。あなたのそのしなやかな脚は、これまで多少の困難ならば軽く跳躍してきました。そして今こそ、その力を最大限に発揮する時なのではありませんか?
謎の声の言葉は、まさに鹿の心に染み入るようでした。
鹿はしばらく目を閉じたあと、歩を進めます。
そして、迷いの消えた眼差しで、目の前のフェンスと対峙します。
「ありがとう、幼いおねいさん。俺、やってみます」
――……幼くありません。
「こんなフェンス、軽々越えてみせますよ! 幼いおねいさんのためにも!」
――もう、好きにしてください。
* * *
その夜。
とある農家が見た光景は、満月を背に高く舞い上がる雄鹿の姿でした。
その姿はまさに、神の使いそのものだったといいます。
~おしまい。~




