由愛さんとおさんぽ
柿の収穫最終日。
昨日までに残った柿は、朝の早いうちに獲り終えてしまった。
十時の休憩をすることもなく。今年の収穫作業は終了した。
「お疲れさま、はなくん。今年もありがとうね」
「いえいえ。お疲れさんです由愛さん。今年は順調に終わりましたね」
「そうやねぇ。去年は例外としても、いつもより早いくらい」
にこっと笑う由愛さんの表情も、心なしかいつも以上に晴れやかだった。
「まぁ、農家的にはギリギリまで柿があると嬉しいところでもあるんやけどね」
農家の目標としては、獲り終えることもそうだが、収量を上げることが重要だもんな。
「はなくん。よかったらウチにおいでよ。休憩していって?」
「あ……じゃあ、お言葉に甘えます」
由愛さんからの休憩のお誘い。
長期間の作業で疲れがたまってるのはたしかだ。少しのんびりさせてもらおうかな。
けして、うひょひょ~い! などと浮かれてはいない。
いや、ほんとほんと。
こうして、乙葉さん宅の前に到着。
玄関前の隅で、聖犬と名高きエクスカリバーがふて寝していた。
……ん?
普段から愛想のないやつだが、今日はとくに不機嫌そうだな。
「あ、そうやった!」
由愛さんが、はっとした表情で声をあげた。
「今日、美夜子さんおらんかってん! だからエクスカリバーにご飯もあげてないままやし、散歩もまだやった!」
な、なるほど……。だからか。
「はなくん、ごめんね。先に上がっててくれる?」
「ええ。……あ、俺も散歩くらい付き合いますよ」
「え? いいん? じゃあ、一緒に行こかっ」
やったぜ! 思わぬ由愛さんとお散歩デートだ!
「あ、先にトイレ借りていいです?」
「うん、どうぞー。私も先にご飯あげとくから」
ということで、先にトイレを借りるために家にお邪魔する。
「ごめんねーエクスカリバー……。お腹空いたやろ~」
「……しゃーない」
……え! 今あの犬明らかにしゃべっただろ!
トイレを済ませて、家を出る。
再び庭に顔を出したところで、由愛さんは聖犬の前にしゃがんでいた。
ちょうどエサをやるところだったようだ。
「さ、エクスカリバー。神々から授かりしこのディオスピロスを、その聖なる刃で取り入れ、その御身の糧としいや~」
……。
……ん?
なんて……?
由愛さんの言葉は、ハッキリと聞こえた。
でも、その内容が全然理解できなかった……。
「あ、はなくん。もうちょっと待ってね。ご飯食べてちょっとしてからお散歩行こ?」
「はい、わかりました」
今のは理解もできました。
*
そうして、聖犬の散歩にでかける。
柿畑に挟まれたアスファルトの坂を登りながら、のんびりと歩く。
そろそろ冬といってもいいくらいの時期だけど、この日の気温は高く、まさにポカポカ陽気といえる気候だ。
「今日は気持ちいい天気やねぇ」
「そうですね。眠くなってくるほど」
たまにそよそよと吹く風も心地よい。
「あ、あれは……」
聖犬の散歩コースを進んでいると、前方から誰かが歩いてくるのが見えた。
二人……いや、三人だ。
あちらも犬の散歩だろうか。小さく黒い塊がリードに繋がれ、ぽてぽてと歩いていた。
そのうち、大変見覚えのある二人がこちらに気づいて声をかけてきた。
『あ~。乙葉さん、それに草太さんも、おはようございます~』
「あ、紅ちゃんと碧ちゃんか。おはよう」
「おはよ~、二人とも」
二人は、野々古姉妹だった。
今日ものんびりとした声がハモる。
「あ、可愛いわんちゃんやねぇ。でも、二人のとこって犬飼ってたっけ?」
由愛さんが、二人の連れた黒い塊……小型犬を見ながら尋ねる。
ほんと、黒い毛玉に目がついたようなまるこい犬だ。
とぼけたような双眸が微笑ましい。
『いえ~、この子は、あちらの子なんです~』
二人は、やや遅れて歩いてきた人物を見ながら答える。
ツインテールがさまになった少女だった。
「ん? どうしたのよ二人とも」
『紹介します~。こちら、九葉台イオちゃんっていって、あたしたちのお友達です~』
「そうなんや。九葉台さん、はじめまして」
「あら、はじめまして。紅と碧のお知り合いのようね」
ちょっと態度がお高めな子のようだ。
そしておそらく、ある意味宿命ともいえる勘違いをしている。
「うん。紅ちゃんたちには農園のお手伝いをお願いしてて」
「ああ、聞いたことあるわ。……てことは、お、乙葉さん?」
「そうそう~。乙葉由愛です。よろしくね~」
「ど、どうもよろしく……ですわ」
少女の口調がほんの少しかたくなった。
「(わ、わたしよりも年上じゃないの……! 失礼がなかったかしら……っ?)」
『(セーフですよ~イオちゃん~)』
九葉台さんと双子のひそひそ話からするに、やっぱり由愛さんを年下だと思っていたらしい。
……ふ、由愛さんの小さいおねいさん力を舐めるなよっ!
「……はなくん? なにをそんな誇らしげなん?」
「はっ! い、いえいえなんでも!」
危ない危ない……つい興奮してしまったぜ。
「あう"う"ぅ"……」
俺たちが挨拶をしていると、小型犬が突然唸りだした。
こっち……というか、エクスカリバーに向かって。
「わ"ん! わ"んっ!」
そして、すぐに鳴き出した。
『あー、どうしたんですかー。王王ちゃん~』
小さい柄から意外なほどに厳つい声で鳴く小型犬。なかなか立派な歯並びをしているようだ。
紅ちゃんが驚いて持っていたリードを握りしめる。
「ぁぅーん……」
一方、鳴かれた本犬であるエクスカリバーは、小型犬よりも低い姿勢になって困った声を出していた。
おまっ、大きいくせにビビってるのか!
「あらら、負けてるやんエクスカリバー……。まあ、この子は気ぃ弱いからなぁ」
「それマジで言ってるんですか由愛さん!?」
コイツのどこが気弱なんですか!
……でも、今の姿だけを見たら納得できなくもないけどな。
「うちの子がごめんなさい……! こら、王王! 帰るわよ!」
『ごめんなさい~、では、また今度~』
「ま、またね。紅ちゃん碧ちゃん。それと、九葉台さん」
「ごきげんよう、お二方」
三人と一匹と別れ、散歩を続行。
「そうかー。あの子、真っ黒やったもんね」
「あの小型犬のことですよね?」
「うん。まさに聖なるものと相対する存在。暗黒物質の力にはエクスカリバーをもってしても厳しいんやろなぁ」
「ん……え、ダーク?」
「円卓レベルなんやろうなぁ」
「はぁ」
……。
…………はぁ?
由愛さんは独り言のように呟いていたが、俺にはやっぱり意味を理解できなかった。




