柿畑戦線を突破せよ
秋も半ばにさしかかり、柿の収穫作業も舞台を『乙葉おれんじふぁーむ』から、標高の高い『崖畑』へと移していた。
くねくねの山林道を抜けた先にあるまさに山の中といった場所。畑から見渡せば、そこにあるのは他の山々の頭だけだ。
しかも、畑自体も脚立をやっとかけられるほどの急斜面のオンパレード。
相変わらず過酷な場所である。
そこで、俺たちはいつものように収穫作業を行っているのだが。
「あー、草太隊員、草太隊員……。聞こえますかーどうぞー」
収穫ハサミを収めるサックを無線機に見立てて、姉ちゃんがうしろから話しかけてくる。
また、なにやら新しい遊びを思いついたらしい。
「はいはいー。聞こえてますよー、朝花隊長ー」
……まぁ、それにノる俺も俺なんだが。
「えー、この地帯は危険度A級エリア。危険な爆弾が二種類もある。注意して収穫作業にあたるようにー。あと、爆弾を発見したらすぐに報告するようにー。どうぞー」
崖畑の他のエリアに比べるとやや緩やかなんだが、どうやらここは危ない場所らしい。
柿畑戦線、といったところか。
「へいへいー。了解ー」
「おい草太。真面目にやれよ。今のあたしは上官だ。隊長だぞ。それなりの返事をしないと」
「……了解……。朝花隊長」
てな感じで、謎の芝居をしながら柿とりを再開する。
「えー、ごほん。これより、やや開けたエリアに突入する。上方の枝に柿多数。収穫作業にあたる」
「わかった。ただし、草に潜む地雷に最新の注意を払うように」
「……了解」
いや、指示くれるのはいいんだが、あんたも収穫しような?
と、不満を胸に収穫していく。
斜面もまだ急じゃないし枝が入り組んでいないので、他の場所よりも幾分収穫がしやすい。脚立を動かすのも苦じゃない。
「よし、このままサクッと終わらせますかっ」
そう思って脚立を動かそうとした瞬間……
……それが目に入った。
「……ぅおっ!? は、発見……! 朝花隊長!」
……地雷だ!
こ、こんなところにありやがった!
勢いよく進めて、つい油断しかけた。
もうちょっとで踏みつけるところだったぜ……。
「隊長! 地雷を発見しました!」
一応……後ろでいまだ無線?を構える隊長に報告を送る。
「場所はどこだ!」
「前方の木の足元です! これは……かなりの大物です!」
「周りの状況は!」
「地雷の上にはいまだ柿の実が数多くあります! 脚立を立てながら収穫するのは困難かと!」
「よし! 頑張れ!」
「えっ!?」
それだけっ!?
作戦もなにもなしかよっ!
「もし生きて帰ったら……お前がナンバーワンだ! 健闘を祈る! ……ピッ」
そしてうちの鬼畜上官は無線を切る。……フリをした。
「よし……。あたしはあっちのエリアを収穫してくるかなっ」
「あっ、ちょっ! ずるいぞ姉ちゃん!」
「まぁ、見つけちゃったのが運の尽きだな! 頑張れ草太!」
「そんな殺生な!」
と、二人でギャアギャア言い合っていると、すぐ上段のエリアにいた農主さんが近づいてきた。
おっと、この高難度の柿収穫を手伝ってくれるのかな? 思わぬ助っ人が来てくれた。
「おまえら……ちゃんと仕事せんかい」
「「こぶしっ!?」」
そしてやってきた農主さんは俺たち二人にゲンコツを落とした。
二人して変な声が出る。
手伝いに来てくれたんじゃないのね……。
「地雷……? ああ、ここにもあるんか……」
「はい。それはもう、大物すね」
話しを聞いた農主さんは、地雷を確認して苦々しく呟く。
「あっちの柵も破られてるな。たぶんあそこから出入りしとるんやろうな」
見ると、ちょうど畑の隅。山林に繋がるところにある網目の柵が大きくひしゃげて口を開けていた。
「何回補修しても繰り返し……困ったもんや」
あの柵を破壊したもの……それは、この山に棲むイノシシ。
柿の実の香りを嗅ぎつけてここまでやってくるのだ。
農主さん含むこの地域の柿農家さんたちは、長年ヤツらとの戦いを繰り広げていた。
だが、対策を練れどいつも軍配が上がるのはイノシシたちの方らしい。
「柵も軽々破るんすね……。他に対策は無理なんですかね」
「ん~……、他には、アイツらの嫌がる音とか匂いとか、そんなんを出す物を置いたりしたんやけどな。経費ばっかりかかるうえに、屁のつっぱりにもならんかったんや」
「そうなんすか……」
ヤツらもヤツらなりに、色々策を練っているんだろうか。
恐るべし、イノシシ。
「まぁ、また柵の補修は今度やな……。とりあえず、踏まんように気ぃつけて作業してくれ」
「……わかりました」
結局、俺が行くのね……。
非常に気が重い。が、農主さんの頼みとあらば断るわけにはいかない。
さっき見つけた地雷……もとい、イノシシの糞と再び対峙する。
やたらでかい、黒い塊。
ヤツら、柿の実を喰い散らかすだけでなく、要らない置き土産まで残していくんだから手に負えない。
これを間違えて踏んだ日には、それはもう悲惨そのもの。
気付かずに脚立なんかに上ったら、脚立はフンまみれ。強烈な悪臭とともに作業することになる。その日のSAN値は限りなくゼロだ。
なので、そうならないよう、細心の注意を払いながら脚立を移動させなければいけない。
「まぁ、しゃーない。やるかっ!」
せめて気持ちだけでも沈まないよう、両頬を叩いて気合いを入れ直す。
そのまま鼻息を止めつつ、イノフンとの戦いに歩を進めた。
「あっ……! そ、草太――」
「え――」
突然、姉ちゃんの慌てる声が聞こえた。
が、その理由はすぐにわかった。
糞に気をとられ、地面を見つめながら進んでいたからか。
前を、上をちゃんと見るのを怠っていたのだ。
俺が持っていた脚立、そのてっぺんが柿の枝に当たっていた。
その枝にぶら下がっていたのは、この柿畑もう一つの爆弾……。
――熟し柿。
あまりに熟しきって、中身がジェル状になった柿。
それはまるで水風船のように枝にぶら下がり、当たった者に容赦なく降りかかる。
それはベッタベタで鼻をつんざく甘い匂いをもつ液体で、その日のやる気元気が一気に削ぎ取られる、怖ろしい兵器なのだ。
それが今……。
俺の頭へ……。
お……。
…………オワタ。
ぱしゃ――
「草太ぁぁぁ――――――っ! ……って、遅かったか……」
「……」
そして、俺の今日のやる気はゼロになった。




