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アイムメリーアイラン

 番号を確認。標的は頭の中。しっかり真ん中ロックオン。

 心の準備は?

 ふー。ひー。はー。

 うん、不整。でもこのぐらいで丁度良し。

 エンジンをふかす。馬力は高いに越したことなし。

 だいいち冷静になんてなれない。

 興奮して当然。

 改めて番号確認。

 だって今から、突撃なのだから。

 いつもこの瞬間が一番たかまる。出馬直前の馬のように足をふりあげ地面をその場でけりあげる。


 ――さて。行きますか。


 通話ボタンをプッシュ。

 もう後には引けない。引くつもりもない。猪突猛進。ここから私は前進しか出来ない。

 横歩きしか出来ない蟹の如く、今を持って私から、後退は禁じられ封じられる。


 スマホを耳にあてる。

 トゥルルルトゥルルルじれったい。暴れ出しそうだ。

 

「……もしもし?」


 準備は? うん、オッケー。


 ――始まりの合図。


「私、メリー。今H駅にいるの?」

「はあ?」


 えい。通話終了。

 戸惑っちゃってかーわーいーいー。

 

 ――レディー。


 待っててね。


 ――ゴー!!


 今すぐそこに行くからね。


 私は地面をしっかり踏みしめ、そして思いっきり前へと走り出した。







 だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ。


 夜の街を疾走する私。

 速く。速く。速く。

 彼の家は把握ずみだ。そしてコースとポイントも確認済みだ。

 スタートは駅前。そこから始まる私の空前絶後のスピードランのゴールテープである彼へと向かって私はがむしゃらに走り出す。


 腕の振りは最小限に。足の動きにも気を配る。足のそこまで長くない私はリーチより小回りで稼ぐしかない。その分回転数を要する。故に必要以上の幅を伸ばそうとすれば必ずそれは後に響く事になる。

 最短最速。それがルールだ。彼の顔を思い描きながら、私は次のポイントに向けてひたすらに疾走する。


 ふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっ。


 小刻みに呼吸を繰り返す。規則正しく効率の良い呼吸は基本であり全てだ。

 いくら私が幾多の疾走を繰り返してきたメリーといえど、酸素と二酸化炭素のバランスのとれた呼吸を行わなければ、ペースに支障をきたす。

 刻むように繰り返す吸いと吐きのリズムは私の全身のリズムとなり、安定を生み出す。

 

――いいぞ。今日の私もいい走りをしている。


 そうこうしているうちに、次のポイントであるコンビニを視界にとらえる。

 みるみるうちに距離は縮まり、やがて暗い夜を照らす店舗の光のもとに辿り着く。


 ふっふっふっふっふっふっふっふっ。


 乱れた呼吸を取り戻す。

 これも大事だ。ここが二度目のコールポイント。

 重要なのは、私という存在感を示す事。


 トゥルルルトゥルルル。


「……なんなの?」

「私メリー。あなたの家の近くの交差点の所のファミリーニートにいるの」

「なあ、一体何のつもり――」


 ぷつ。

 はい、終わり。会ってからいっぱい喋ろうねー。

 そして私はまた瞬間で最高速度に到達し疾走へと再び身を戻す。


 世間は知らないだろうが、メリーさんは瞬間移動ではない。己が肉体のみで立ち向かう。

 ゆえに速さが大事なのだ。

 徐々に接近しているという恐怖を生み出す為には、ありえない速度での接近は非常に効果的だ。

 彼も半信半疑ながらおそらく気付いているだろう。私ほど有名になった存在であれば、すでに下地は問題なしだ。私が何者なのかという事は既に感じ取っているはずだ。

 それに加えて、彼は頭を回転させる。H駅→交差点のファミリーニート。

 

 距離が自分に迫ってきている。

そして逆算なんてしてくれると更に嬉しい。

 このペースでいくと、自分の所に到達するのに、後どれぐらい時間を要するか。


 自分の身に起こっている事を現実だと把握し、そこで初めて感じるのだ。

 恐怖という、強烈な感情を。


 ぶるぶるる。

 あーたまんない。恐怖は即ち、私という存在が強く埋め込まれていくという証拠。

 人の記憶というものはとんでもない許容量があるのに、実際には全てが残っていくわけではない。必要な物や強く印象に残ったものだけがそこに残る事を許される。

 私はその一部になれるのだ。彼の中で。たまらない。

 人はいつ死ぬか。それは人に忘れられた時だなんてセリフをどこかで見た事があるが、これは全くもってその通りなのだ。

 誰かの中に残り続ける。その為に、記憶に強烈に残るイベントを起こさないといけない。

 私がこうやって走るのは、そういった理由からだ。


 私はずっと残り続ける。

 メリーとしての役割を果たす為に。


 アイムメリー、アイラン。

 

 さあさあ、次のポイントが近付いて来たわ。

 ここでいよいよただ事じゃない事に気付いてもらう。

 とどめの前のとどめ。


 携帯を再び取り出す。

 さっと履歴から彼を呼び出す。

 

 トゥルルルトゥルルルトゥルルルトゥルルルトゥルルル。

 

 あれ? びびっちゃって出ない感じかな。


「なあ、いい加減にしろよ」

「あ、出た」


 いかん。思わず素が出た。

 威勢がいいじゃないって思ったけど、声が震えてるわよ。そんな所もかわいいね。


「今、あなたの家の近くの○×公園にいるの」

「……っ!」


 声にならない悲鳴が電話口から漏れた。

 あーだめ、頭が痺れちゃう。ぞくぞくが止まらない。

 本当ならここで電話を切るべきだけど、もう少しこうしてたい。


「な、なんなんだよ……これ。メリーさんって、マジでいんのかよ……」


 ヤダ駄目。立ってらんない。こんなにも怯えちゃって。私の目に狂いはなしね。でもまさかここまでの上物だとは。

 大丈夫かしら私。だって、こんなに震えちゃってるあなたにもうすぐ会えるのよ。会ったら私平静でいられるかしら。


 ぷつ。

 だめだめ限界。違う意味で限界。これ以上は私の精神が良い意味で駄目になっちゃうわ。


 さあ。

 もう私に走る必要はない。

 もうあなたの住んでいるマンションの目の前まで来てるんだもの。


 ゆっくりと歩を進めていく。

 ざっざっざっざっざっざっ。

 早く会いたい気持ちを抑えながら、進んで行く。


 私はメリー。あなたのもとに走っていく。

 速く速く。とても速く。

 全てのスピードはあなたの為に。

 だって私はメリーだから。

 メリーはいつだってあなたの近くにいるんだから。

 ずっと忘れさせない。

 メリーがいた事。

 あなたの頭の中に一生留まり続ける。

 

――さあ、もうすぐだよ。


すっと携帯を取り出す。


トゥルルルトゥルルルトゥルルルトゥルルルトゥルルル。

トゥルルルトゥルルルトゥルルルトゥルルルトゥルルル。

トゥルルルトゥルルルトゥルルルトゥルルルトゥルルル。


出てよ。ねえ出てよ。

話そうよ。声聞かせてよ。

もうすぐそばにいるのよ。

メリーはもうここにいるのよ。


「……もしもし」


 出てくれた。優しいんだね。


「私メリー」


 あえて口調はゆったりさせる。

 この時間を少しでも楽しみたい。

 もうちょっとだから。もうちょっとだから、ね。


「今あなたの――」



















「す、すいません」


 ふいに言葉をさえぎられる。

 視線を声の主に向ける。

 視線の先には制服姿の警官がいた。


「ひょっとして、君。メリーさんかな……?」


――ちっ。


 舌打ちが漏れた。いい所なのにこのクソポリスが!

 私は瞬く間に爆速でその場から走り出す。


「あ、おい、ちょっと君!」


 声は一瞬にして遠ざかる。

 邪魔すんじゃないわよ!

 でも落ち込まない。


 走れメリー。

 また次を見つければいいだけなんだから。


私はメリー。

 いつかまた、あなたの元に走っていくわ。


 頭の中の彼に囁き、私はまた夜の中を疾走する。











「あー、また出たのメリーさん」


 通報を受け、たまたま見回りをしていた自分があの夜見た光景を報告すると、知らせを聞いた刑事は全力の呆れ顔で溜息をついた。


「またって、どういう事ですか?」

「今あっちこっちでさ、流行っちゃってるんだよ。メリーさん」


 そう言って刑事はスマホを操作し、僕の方へと画面を向けた。


「アイムメリーアイラン……?」


 それは黒とピンクを基調としながら、はじけ飛ぶように塗りつけられた血が彩るポップとグロテスクを混ぜ合わせたようなページだった。

 ページの上部にはサイト名であろう、アイムメリーアイランと書かれた文字と、バックには黒いワンピースを着て、露出した肌の部分を全て包帯で覆った少女が首をかしげながらこちらを見ていた。

 少女からは吹き出しが出ており、そこには、


『私はメリー。あなたのもとに走っていく。

 速く速く。とても速く。

 全てのスピードはあなたの為に。

 だって私はメリーだから。

 メリーはいつだってあなたの近くにいるんだから。

 ずっと忘れさせない。

 メリーがいた事。

 あなたの頭の中に一生留まり続ける』


 そんな文言が記されていた。


「何ですかこれ?」

「迷惑な遊びだ。性質の悪いハロウィンだよ」


 あの夜、電話口の男性はしきりに「メリーさんが! メリーさんが俺の所に来る!」としきりに訴えかけた。

 メリーさんの話は知っているが、当然あんなものは都市伝説に過ぎない。男性の精神異常を疑ったが、これで本当に何かあったら責任は重い。幸い平和な見回り中だったものだから、片手間程度に男性のマンションの前を張る事にしたのだ。

 

 正直驚いた。

 黒のワンピースに包帯を巻いた女が、マンションの前で携帯片手ににやにやしているのだから。

 この街の交番に勤務して初めて恐怖した瞬間だった。

 なんだこれは? なんの冗談だ?


 恐る恐る話しかけると、彼女はその場から脱兎のごとく走り去った。

 そのスピードは自分なんかより遥かに速く、思わず見惚れるようなランニングフォームだった。


「なんだか知らないが、最近になってハロウィンブームってのがすげえだろ? それに乗じてだか知らねえが、ヤンデレ女やふざけた輩がメリーさんに扮装して、意中の相手に迫るっていう訳わかんねえ遊びを始めやがったんだよ」

「なんだそりゃ……」

「同意見だ。これがまた徐々にだが広まっちまってるようでな。去年に比べて逮捕されたメリーさんの数は増加の一途だ。サイトを閉鎖に追いやっても、また違う誰かが同じようなページをつくってメリーを共有して存続させる。あなたの頭の中に一生留まり続けるってな」


 なんて性質の悪い遊びだ。

 いや、彼女達にとっては本気なのかもしれない。

 粘着質の女性というのは、一度目的に向かって走り出したら簡単には止まらない。

 そんな気持ちを抱えた人間が、こうやってネットを通じて気持ちを共有させる。

 仲間がいるという意識は、私は常識でまともでこの想いは正しく間違っていないという思想を加速させる。


 これは全く笑いごとではない。

 そこでようやく僕は、このふざけたサイトに心底恐怖を覚えた。


「まあ、ハロウィンが過ぎたらめっきりいなくなるが、勘弁してもらいたいもんだな」


 ぽんっと軽く肩を叩き、刑事はその場を後にした。

 得も言われぬ恐怖が、どうにも心に残って剝がれなかった。








 あーあ。

 もうちょっとだったのにな。

 会ってお話したかったなー。

 邪魔さえ入らなければね。むう。全く。空気読めよ。


 ……でも。


『あなたの頭の中に一生留まり続ける』


 きっと彼の中に私は残った。簡単には消えない筈。そう思えば心は満たされた。


 それに――。

 思っていもないおこぼれもあった。

 最初は邪険に思ったけど、あれも運命だったんだね。

 きっとあの人の中にも、私はしっかり記憶してもらえただろう。


 携帯を取り出し、ダイヤルを回す。

 意外と簡単なんだよね。番号なんて仕入れるぐらい。

 こんなにも仲間がいるから。皆私と同じメリー。


「ありがとね、メリー」


 っていう私もメリーなんだけど。


 さーてと、今かけちゃうのは準備不足だよね。

 だからもうちょっと我慢しててね。

 ちゃんとまた会いに行くから。

 お仕事終わりのあなたに。


 楽しみだなー。


 


 待っててね。お巡りさん♪


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― 新着の感想 ―
[良い点]  メリーさんの主観描写のノリノリな疾走感が素敵でした。 [気になる点]  アイムメリーライアン=ちょっと病んだ女の子たちのゲーム、という現実的(?)なオチがついたのが、良かったのか悪かった…
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