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いつも隣に  作者: かやこ
3/8

3 藤堂譲

 翌朝、春樹に学校近くまで送ってもらい、真澄は無事高校に辿り着くことができた。もちろん、リードの切れた犬に追いかけまわされたり、水やり中の水をかれられそうになったり、カバンを掏られかけたりはしたのだが、春樹のおかげでどれも大した問題にはならなかった。

 真澄は一日遅れの初登校に緊張しながら校門をくぐる。見覚えのない顔が増え、どこか初々しい雰囲気が周囲を包んでいた。久しぶりの登校に、一年間通った筈の高校がどこか知らない場所のように思える。


 真澄は周りを歩く人をちらちらと眺める。昨日の記憶を頼りに藤堂譲を探す。身長は170cmくらい、黒髪で少しくせ毛の入った柔らかそうな髪の毛だった。

 しかし、肝心の顔が分からない。必死な顔をして此方に向かってきたのは覚えている。ぱっちりと見開かれた目、限界まで開かれた口、皺の寄ったおでこ。思い出すほど、コミカルな方向に補正されていく。


 ――もしかして、轢かれかけた直前に笑みがこぼれたのは、彼の顔が面白かったからだろうか……


 助けようとしてくれた彼に対して失礼な思考がよぎったとき、突然後ろから声をかけられた。


「真澄ー! おーはーよっ!」


 真澄は肩を叩かれ振り向くと、そこには高校一年生のときに同じクラスだった片倉瑞希が立っていた。


「瑞希か……。おはよう」


「瑞希か……って酷いなー。心配してたんだよ? 新学期初日から交通事故に巻き込まれたって聞いてさ。まあ、真澄のことだから何か起こるかとは思ってたけどね」


 一言多い、と真澄は心の中で思う。しかし、彼女にも色々と迷惑をかけてきたので、口に出して文句は言えない。


「もう、そんないじけたような顔しないでよ。今年も同じクラスなんだしさ、何かあったら助けてあげるから!」


 二年のクラスは一年生の終業式に既に発表されていた。自分の周りが知らない人の名前ばかりで落ち込んだとき、瑞希の名前を見つけて嬉しかったのを覚えている。

 だが素直に喜ぶのは癪だ。瑞希はちょっと褒めるとすぐに調子に乗る癖がある。


「うーん……、あんまり瑞希に助けてもらった覚えは無いけどね」


 真澄はそっけなく言った。本心は誤魔化したが、嘘は言っていない。どちらかと言うと、瑞希も一緒になって真澄の不幸に巻き込まれていたのだ。


「ひどっ」


 瑞希はショックを受けたようにポーズをとったが、すぐに笑い出した。

 その後も軽口を叩きながら、新たなクラスと向かった。




********************



 緊張しながら入った教室は、想像よりもどうってことはなかった。クラスの皆はそれぞれ談笑しており、真澄が教室に入ってきても大して注目されなかった。知り合いの数人が「昨日は災難だったねー。今年もよろしくねー」と、声をかけてきたくらいだ。



「いくらなんでも酷いと思わない!?」


 時は経って放課後。皆が帰り支度を進める中、真澄は前の席に座る瑞希に声を大にして言い放った。


「あんまりだよ! 交通事故に巻き込まれかけたのに、挨拶するみたいに軽く済ませられるなんて……。私の予想では、『昨日大丈夫だった? 始業式そうそう大変だったね。あ、私○○だよ! これからよろしくねっ』って感じで、出遅れてひとり寂しくしている私に誰かが優しく声をかけてくれる筈だったのに!!」


 どうも真澄は遠巻きにされているようだった。今朝以降、真澄は瑞希以外と話していない。真澄は何か忘れている気がするが、気にせず話を続けた。


「これじゃあ、私ぼっちになっちゃうよ……」


 本気で落ち込む真澄の頭を瑞希が軽く叩く。


「こら、私がいるんだからぼっちじゃないでしょう」


「瑞希……!」


「真澄が不幸を撒き散らしているって、皆知ってるんだよ。だから真澄には近づきたくないんだよ、きっと」


「……」


 瑞希の言葉に真澄の顔が引きつる。瑞希はやっぱり一言多い。


「不幸を撒き散らしてなんかないのに……。確かに、遠足や運動会が毎回雨になるのは申し訳なかったけど、それ以外は大して迷惑かけてないよ! 雨の日、集団下校中車に水をかけられるのは私だけ。蜂に襲われたときも刺されるのは私だけ。むしろ、皆の不幸を請け負ってたと言っても過言じゃないよ!」


「わ、分かったからそんなに力説しないでよ」


 多少引き気味に瑞希は言う。

 周りを見渡せば、真澄が愚痴を言っている間に殆どの生徒が教室を出ていた。残っている生徒と目が合うと、生徒は気まずそうに教室から出ていった。


「私の不幸に巻き込まれるのは瑞希だけなのに」


「ほんと、なんで私だけ巻き込まれるんだろう……」


 真澄と瑞希は同時に重いため息をつく。

 その時、教室の後ろのドアがガタリと音をたてた。見れば、見知らぬ男子がドアに手をついて立っていた。整った顔立ちで、どこか幼さも残していた。


「あの、話し終わりましたか?」


 様子を窺うように男子は言うと、真澄たちの方に歩いてくる。


「え、瑞希の知り合い?」


「知らない。真澄の知り合いじゃないの?」


 突然の男子の乱入に、真澄たちは二人して目を会わせる。男子は二人の前に立つと、真澄の方をじっと見つめた。


「笹原真澄先輩ですよね? 話があるんですが、ちょっといいですか?」


 相変わらず頭に疑問符を浮かべる真澄に対して、瑞希はピンと来たようだった。瑞希は慌てて鞄に教科書やら筆記用具を詰め込むと、席から立ち上がった。


「あ、そう言えば私今日大切な用事があったんだ。じゃあ真澄、私は先に帰るね! また明日!」


 そう言い残すと、真澄が止める間もなく瑞希は教室から出ていった。明らかに瑞希は告白か何かと勘違いしているだろう。だが、出会ったこともない男から告白だなんて、少女マンガでもあり得ない。


「えーっと……、君は誰? 私に何か用?」


 真澄がそう言うと、男子は少しむっとしたように眉を寄せた。何かまずいことを言ったのかと真澄は不安になる。


「……まさか、覚えてないんですか」


「えっ、いや覚えてないなんてそんなことは……」


 男子の口ぶりから知り合いだと察せられるが、どうしても思い出せない。真澄のことを先輩と呼んだということは、彼は新一年生だろう。新学期になってから初登校した真澄は今日の出来事を必死に思い出すが記憶にない。そもそも、今日は瑞希意外とまともに話していない。


「あ! もしかして、中学の時同じ学校だった――」


「違います」


 真澄が導き出した答えを、男子は即答で否定した。


「覚えていないんですね……」


 男子は少し寂しそうに呟く。


「昨日、笹原先輩が事故に巻き込まれそうになったとき、しっかりと目が合った筈ですが……」


「ああ! そうだ、忘れてた! 藤堂譲って人探すんだった」


 何か忘れていた気がしたが、まさか藤堂譲探しを忘れるとは思わなかった。確かに、昨日の事故は今までの人生の中でも酷い部類だったが、それでも真澄にとってはいつも起きる不運な出来事の一つでもあったのだ。

 そんな真澄を見て、男子は呆れたように言った。


「本当に忘れてたんですか……。結構な大事件でしたよね? 僕は笹原先輩がその後どうなったか心配で気が気じゃなかったのに」


「? なんで君が私の心配を?」


 意味が分からないと真澄は首をかしげる。真澄の言葉に彼はますます眉をひそめた。


「それは心配しますよ。あの時、助けようとしたのに間に合わなかったんですよ! もし、あの車が避けてくれなかったら、笹原先輩死んでたかもしれないのに」


「助けようとしたって……、まさか昨日の?」


「そうです。昨日事故に居合わせた藤堂譲です」


 真澄はようやく彼が何を言いたかったのかを理解する。彼が真澄の名前を知っていたことも、用があると話しかけたことも、真澄が彼を思い出せないことに不機嫌になっていた理由もようやく分かった。


「ごめん! 私、あなたがこんなに整った顔をしていたなんて思わなくて」


 今朝、コミカルな顔を思い浮かべていたせいで、真澄の中で藤堂譲の顔はギャグマンガのような表情で固まってしまっていたのだ。

 真澄の内心を知らない藤堂は彼女の言葉に照れたように頬を染める。

 更に真澄は続けた。


「私も君のこと探してたの。助けようとしてくれたことにお礼を言いたかったんだ。それに確かめたいこともあって……」


「確かめたいことですか?」


「うん。……藤堂君昨日はありがとう。私ね、いつも運が悪くて嫌なことばかりで……。でも昨日の私は運よく助かることができた。それはあの時、助けようと手を伸ばしてくれた君のおかげだと思うの! だから……その、これからも傍にいて――」


 傍にいて、本当に運が良くなるか確かめたい、と真澄は言おうとした。が、その前に藤堂が真澄の言葉を遮った。


「僕も笹原先輩の傍に居たいと思ってました!」


「え?」


 想像していなかった彼の答えに真澄は困惑する。


「昨日、笹原先輩に一目ぼれしました。今日は様子を見るだけにしようと思いましたが、笹原先輩も僕の傍に居たいと思ってくれてたなんて嬉しいです」


 藤堂は満面の笑みでそう言った。整った顔立ちのため三割増キラキラと輝いているように見える。

 真澄は、ただ藤堂がいたから事故を免れることができたのか確かめたかっただけなのに、いつの間にか告白と勘違いされてしまった。


「笹原……いえ、真澄先輩! これからよろしくお願いしますね!」


 勘違いしたまま話を進める彼を否定をしたいが、屈託のない笑顔に押されてできない。


「う、うん。よろしく」


 真澄は顔を引きつらせて答える。人生初の恋人が、まさかこんな形でできるとは思いもよらなかった。

 こうして、先行き不安な高校生活が幕を開けたのだった。


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