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七人の竜殺士《ドラゴンスレイヤー》  作者: 腹斬太郎
1.金貨5枚の価値
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無慈悲の剣術

 彼らは影に潜んでいたかのように突如現れ、ゆっくりと少女を取り囲んだ。

 革の軽装に身を包んでおり、冷たく怪しい眼光が、日陰の者共であることを物語っている。


「そこに落ちてる金貨5枚を拾いに来たんだが――まさか、おまけまであるだなんて、笑っちまうぜ」


 口を開いた男は、露骨なまでに悪辣な態度を少女へと叩きつけた。

 彼らは総勢五名。

 滴り落ちているのではないかというくらい濃密な血の臭気が立ちこめているようである。


 ――傭兵。否、頭に「元」が付くだろうか。


 先の戦乱が終わると共に切り捨てられた時代の忌み子。

 多くの者は一般の商売に戻ることができず、裏社会の用心棒や、こうしたしがない賞金稼ぎなど血生臭い仕事に手を出して糊口を凌いでいると伝え聞く。


 彼らも例に漏れずその手の稼業を営んでいる様子であり、さながら獲物を見つけた野獣の如くありありと殺気を放っている。


「月並みな台詞で申し訳ねえんだが――お嬢ちゃん、痛い目見たくなかったら、大人しく付いてきな」


 つまり、彼女はこの男達によって金貨へと換金されてしまうことを指していた。

 欠伸が出るほど簡単な手続きで、彼ら荒くれ者は幾ばくかのお駄賃をいただくことができる。

 少女が騎士によって、どんな目に遭わされるかなんて気にも留めず、その夜は一層美味い酒を呷るのだろう。


 彼女の華奢な身体が一歩後ずさる。

 しかし、そこは既に飢えた獣の腹の中だ。

 みすみす逃がす手があるはずも無く、それぞれが臨戦態勢を取りながら、頭目の「行け」という号令を今か今かと待ちわびていた。


「念のために聞いておくが」


 勿論、この血生臭い包囲網の中には。


「アンタまさか、邪魔しねえよな?」


 なし崩し的に事態に巻き込まれた旅の男が、少女の傍にいた。

 彼はジッと目を閉じ――深刻そうな面持ちでなにやら思案を巡らせている。

 それを怯えと受け取った荒くれ者共は、ニヤニヤと嗜虐的な笑みを浮かべた。


「あァ、安心しろ。兄さんがそこの嬢ちゃんと何も関係ねぇって言うんだったら、無論手は出さねえさ。――指名犯とは関わりがないっていう、潔白の保証金をくれりゃあより文句がねえ」


 頭目がそう嘯くと、手下の男達が一斉に大笑した。

 神経を逆撫でするような意地の悪い声が重なり、少女は恐る恐る旅人の顔を見上げた。

 彼は、こんな絶体絶命の輪の中にいて。


「……ハハハ! いやいや、アンタらさ――」


 なんとも気持ちの良い笑い声を上げ皆を呆気に取らせたかと思うと。


「残念――金貨、拾い損ねたね」


 もうこれで迷うことが無くなったとでも言うような、すっきりとした表情になり。

 外套の内側に隠していた得物を抜き払った。

 細長い刀身は陽を照り返し鈍く輝く。

 甲高く澄んだ高音が辺りに鳴り響き、途端此処が戦場へと変貌した。


「テメ……!」


 真正面の男が激昂して叫んだ瞬間、旅人は突如何も存在しない虚空へ猛然と刃を振り上げた。

 斬り上げられた先はただの無――の筈だったが、なんということだろうか。

 中空に朱が染み出したかと思えば、どろどろと鮮血が溢れ零れた。


「あ、ぁ、ァァァアアアア!」


 いかな魔術の神秘であろうか。

 旅人の目前に、透明の衣を被っていた男が絶叫しながら姿を現せたのだ。


「――身体魔術【隠れ蓑】。便利な魔術だけどね、本来は乱戦とか魔力の乱れた場所で使う代物なんだ。ただの街中で使っても、魔力感知できる人には効果の薄い魔術なんだよ」


 血は留まることなく流れ、男は自らが作った赤い池の中にどうと倒れ、ぴくりとも動かなくなった。

 いとも簡単に一線は越えられてしまった。

 惨状を目撃した街人が悲鳴を上げ逃げ惑うが、それに動じる男共ではない。

 残された五名のならず者たちは、包囲陣を崩すこと無く、じりじりと輪を狭めていく。

 対する旅人は薄ら笑いを浮かべ続け、鋭く光る眼差しで彼らを牽制している。


 と。そこからの行動も電撃的であった。

 一流の奇術師の如く、旅人は自身の外套を一瞬で剥ぎ取ると、真正面の男へ向かってばさりと投げつけた。

 幾つもの修羅場を乗り越えてきたであろう男も、まさかの不意打ちに思わず身体を硬直させ……その逡巡が致命的だと気付いた瞬間には、もう全てが遅かった。

 塞がれた視界がゆっくりと鋭利に斬り裂かれ、薄汚れた布の向こうに空の風景が広がったと思えば、それは赤く染まり、次第に、男の意識は真っ黒な地の底へと引きずり込まれていくのだった。


「一斉にかかれ!」


 頭の怒号が広場に響き渡る。

 死体の前で立ち尽くす敵に向かって、残り三人の手下たちは口々になにかを叫びながら殺到していく。

 だがこれは明らかに失策だ。

 六人で一つの野獣として連携していた彼らの戦術は、今二人分の欠落を生んでしまったのだ。

 それを見過ごす相手ではない。

 旅人は懐から短刀を抜き出すと、鮮やかな手際で右手から殺到してくる男に投げつけた。

 無論、飛び道具如きでやられるほどやわな経験は積んでいない。

 分厚い剣を振るいそれらを打ち落とした、瞬間。

 旅人が存分に振るっていた筈の長剣が、轟と飛来していた。

 男は困惑した。主兵装であるはずの長剣を、投げつけるなど、彼の中の常識には無い行為であったからだ。

 戸惑いながらも、短刀と同じようにその長剣も弾き返す、が。

 意識がそれに向かってしまったことが、全ての敗因であった。

 いつの間にやら旅人は男の目の前に接近していた。

 そして空中に舞った彼の長剣の柄を器用に掴み取ると――そのまま無惨に斬り下ろす。

 血飛沫が高く跳ね上がり、生臭い匂いがむわりと広がる。


「テメェ!」


 対面から、あまりの怒りで顔色の変わった男の仲間が二人駆けてくる。

 咆哮は獣を連想させ、彼らの剣を握る手は一層力が篭められていた。

 だが旅人は、そんな事情などには構わない。

 絶命した目の前のならず者の死体を掴むと、駆けてくる二人に向かって蹴り飛ばした。

 ソレは物言わぬ肉の塊である。手厚く葬られるしか用途のない、ただの物質である。

 だが二人にとってそれは、少なからず寝食を共にした、仲間の身体であった。

 一人の男は、その死体を無碍に出来ず、一度掴んでしまう。


 決定的な隙だった。


 紅く染められた刃が、死体の胸から突き出されていた。

 死体ごと貫いた旅人の長剣は、新たな亡者を一つ作りだしてしまっていた。


「こ、この、お前、この……!」


 そして残されたならず者は、声を震わせながら剣を振り上げ。

 なんの工夫もなく、迅雷の如き旅人の一閃の下に、短き生涯を散らせた。


 少女は瞠目していた。

 巻き起こった非日常は、瞬く間に凄惨な結末を迎えていた。

 あまりにも容赦の無い旅人の剣術は、芸術的ではありながらも、身体の芯を冷やすような冷たさがあった。

 救世主と呼ぶには余りにも惨たらしく。

 敵と呼ぶには余りにも恐ろしい。

 

 旅人はそんな少女の畏怖を知ってか知らずか、軽快な調子で残る最後の男……頭目へ話かける。


「さて……俺たちをどうするって?」

 

 するりと付きだした長剣の尖端には、表情の消えた男の顔が映っていた。


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