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Dream for you!  作者: 一九山 水京
3/4

難攻不落のお屋敷

 現在三時半。スノードームでは風が吹雪く音以外は何も聞こえない、静けさに満ちている。

そんな中、屋根から屋根をいくつもの波を描くように移動する二つの影があった。

 片方は赤と白が目立つ服装をした男。サンタクロースの恰好をした黒須だ。右手には中身の形が分かるくらいパンパンになっている袋を担いでいる。

 もう一人は真っ赤な服に頭で風になびくやわらかい角が特徴的な少女。赤ジャージ姿の仲居だ。服は乾かしたのだろう、シャツとジーパン姿ではなくなっている。

 そんな街に浮いている二人は闇にまぎれるように静かに移動をしながら話している。

「まったく、今までで一番緊張する年になっちまったな」

「だいぶ配れましたね! いや~いいもんですねぇ」

「気を抜くなって言ってるだろ? それと声が大きい」

「あ、すいませんっす。でも割と上手いこといってますね」

「あぁ、お前が起こしたヘマ以外はな」

 森から出てこのスノードームについて移動を始めると以外にもしっかりと付いてこられていた。足腰には自信があると言っていたのは全く持って嘘ではないらしい。

 しかしそれを全て台無しにしてしまうほどこの子は鈍臭い、いやオブラートに包むのはやめよう。彼女はさっき見た通りおバカだった。

 ある家に侵入しようとした時はドアから入ろうとするし、ある家では窓ガラスの前で大きめの石を持って振りかぶろうとし、ある家に行く途中に屋根から飛び移るときにうっかり煙突にはまって関係ない家に大音量と共にお邪魔してしまうなどとにかく黒須は落ち着いて配っている暇がなかった。胃が痛いし確実に寿命がちじんでいるだろう。

 その上さんざん騒いだおかげで大統領来日かと思うような警備が敷かれてしまった。

「今までこんなことなかったぞ……警備員だけで昼間みたいな人だかりだな」

「でもあんまりバタバタしてないっすね?」

「そりゃそうだろ。今はあくまで夜中だ。騒がしくしたら苦情が来るしライトも点けられん。あれだけの人だから足音も嫌でも聞こえてくるから慎重になるんだろうよ」

 二人は明かりを点けられないことをいいことに屋根の上を飛び移ってゆく。仲居もやっと慣れてきたのか干している洗濯物に突っ込んだりはしない。

「サンタさん!」

「えぇい声が大きいと言っているだろう!」

「すいませんっす! あとプレゼントはこの一つだけですけどどこに届けるのですか?」

「あぁ、あと一つはあの家だ」

 仲居は黒須が指さしたところを見てみると明らかに街から外れたところにある丘の上に立つ大きなお屋敷があった。もはや大きすぎて城といっても過言ではないくらい大きい。

「あんなところに住んでる子供が欲しがるプレゼントってなんなのですか?」

「それは言えんな。どんなものでもその子にとっては夢そのものなんだから」

「いい言葉っすね! メモッときます!」

「おい、移動しながらそんなことしてたら……」

「ああぁぁぁ! 天窓にはまったぁ!」

「ばっかやろぉぉぉ!」

 思わず声を荒げて仲居を引っこ抜き丁寧に天窓を閉めてから移動した。


               ・ ・ ・


 騒がしくしながらも何とか屋敷の前にたどり着いた。

「ふぅ、やっと着いたな」

「結構時間かかるもんなんですね」

「誰のせいだと思ってやがる……」

 屋敷の前に立つとよりその大きさが際立ってくる。もはや定番ともいえる門までにある広大な庭。車で門まで行かないと疲れてしまう距離である。

「ここはどうするっすか? また裏に回って入るっすか?」

「いや、この屋敷の裏は崖になっていてとてもじゃないが登れたもんじゃない」

「じゃあ正面突破っすか?」

「そうだ、そこでお前にやってもらいたいことがある」

「え!? 自分に何を任してもらえるんですか!?」

「あぁ、お前はただひたすら走るだけでいい。後ろを向いてくれ」

「うっす! 頑張ります!」

 仲居に背中に袋に入れていた持ち物の一つをくくりつける。それを終えると柵の門に向かいかけられている鍵をピッキングで外した。

「鮮やかっす! まるで手練れの泥棒のようっすね!」

「人聞きの悪いことを言うんじゃねぇ。よし、行くぞ」

「はいっす!」

 二人して堂々と門をくぐるそのまま舗装された真直ぐ伸びる石畳を歩いていく。すると

「お、出たな」

「へ? 何が……うひぃ!」

 両脇の暗闇から黒い塊が現れた。目が慣れてきてよく見てみると仲居ほどもありそうなドーベルマンであった。

「よし、じゃあ俺は扉を開けてくるからお前はあいつらを頼んだぞ」

「はいっす! ……はい?」

 黒須と仲居が勢いよく走り出したが仲居がおかしなところに気が付いたのか黒須に詰め寄る。

「じ、自分にあれを倒せと!? むむむ無理っすよ! 自分ウサギにも勝てない貧弱系女子っすよ!?」

「お前の体で貧弱なのは頭だけだ。さぁ頑張ってこい!」

「あ! ちょっと待つっすよ!」

『『バウッバウッ!』』

 後ろからドーベルマンの大群が追いかけてくる。あの牙に噛みつかれたら仲居の柔肌なぞひとたまりもないだろう。

 ―そうだ! 一緒に走るのではなくて分かれて走ればワンちゃんも半分こっす!

 仲居は自分の脳で考えうるグッドアイデアを実行した。

「サンタさん! 苦労はともに分かち合ってこそっすよ……ってなんでみんなこっち来るっすか~!!」

 思惑は大きく外れ最悪の事態に陥った。

 しかしそれは黒須が思っていた通りの展開だ。なぜなら

「てかさっきサンタさんいったい何を付けたの……こ、これはぁ!」

 腰の後ろに紐でくくりつけられていたのは赤い塊。赤と白のコントラストが美しい霜降り肉だった。

「めっちゃ旨そうっす! ワンちゃんにはもったいないっす!」

 仲居は後で絶対焼いて食べるという妙な決意を燃やして逃走を闘争に変えた。その戦いは黒須が鍵のピッキングを終えるまで続いた。


               ・ ・ ・


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……に、肉、守り切りましたよ……」

「それが目的じゃないんだけどな。まぁいい、いよいよ潜入だ」

 黒須は息を切らした仲居と共に大きな扉を押しあけた。

 そこに広がっていたのはただただ広い大広間。玄関の扉から奥の階段まで優に五十メートルはある。なんで金持ちってこんなに広くしようとするでしょうね?

「なんで金持ちって家を広くしようとするんですかね?」

「珍しく同意見だな。俺も同じこと思っていたよ」

 二人は真ん中を悠々と歩いてゆく。この世界には監視カメラというものは存在していない。かろうじて発明したてのカメラ、まだ撮られると魂が抜き取られると思われていたころのカメラがあるくらいである。

 しかし、監視カメラがないとはいっても機械がないとは言っていない。

 ジャキジャキジャキッ!!

 天井を支える柱の陰からいくつものバズーカ砲が顔をだし、銃口をこちらに向けてきた。

「サンタさん、これはまずいんじゃないですか?」

「手荒な歓迎だな。走るぞ!」

 二人同時に走り出す。それを引き金にバズーカが揃って弾丸を放った。

 しかし床に当たる音に違和感を感じてよく見てみると

「な、なんか弾がおかしいぞ!?」

「サンタさん! これトリモチっすよ!」

 床や壁にべちゃべちゃと鳴り響く。一つでも当たり動けなくなればそのまま大きな餅の塊に成り果てるだろう。

「仲居ちゃん! 絶対に当たるんじゃないぞ!」

「は、はいっす~!」

 黒須は袋から白い大きめの布を取り出して避けきれないトリモチをそれで防ぎながら奥の扉にひた走る。

 仲居は持ち前の運動神経と野生の勘でかろうじて躱してゆく。

 しかしそれもいつまでも続くわけではない。

「あ、ちょっ、うぼあぁぁ!」

「ちきしょー! 言ったそばからー!」

 仲居は足元に撃ち込まれていたトリモチに足を取られて動けなくなっている。

 そうこうしてる内にバズーカ砲が仲居を撃ちぬかんと向き直る。

「サ、サンタさーん! ヘルプミー!」

「えぇい世話の焼ける!」

 黒須はトリモチに気を付けてずっこけている仲居の元に向かう。

「ほら! 掴まれ!」

「は、早くお願いします!」

 仲居の両手を掴んで力いっぱい引っ張る。

「イダダダダダダ!! ち、ちぎれる! 癒し系ヒロインがとんでもない姿になるっす!」

「お前のどこに癒し要素があるん、だ!」

 思いっきり引っ張ったら何とか引っぺがすことができた。しかし足とトリモチではなく破けた床の絨毯の一部地とトリモチが離れた。そのせいで足にトリモチが付いたままで走ることはおろか足を開くことすらできない。

「サンタさん! 何とか運んでほしいっす!」

「お荷物な奴とはこのことだな!」

 黒須は仲居を小脇に抱えて再び走り出す。

 しかし仲居を抱えているせいで速度も落ちるし布を使った防御もできない。

「えぇいちょっとは役に立ちやがれ!」

「え? ちょ、なんで自分を前に構えるのですか? これじゃまるで盾じゃなあぼおぉぉぉぉぉ!」

 仲居の顔面にトリモチがヒットした。黒須が仲居をうまく動かして飛び交うトリモチをかわしたり受け止めたりする。

 まぁ上手くいけばいくほど仲居が悲惨な姿になっていくのだが。

「ばんばばん! ぼれいぼうぶればぼびぼびばばにばっべびばぶっぶぼ! (サンタさん! これ以上すればもちもち肌になってしまうっすよ!)」

 何を言ってるか分からないし、勘だがおそらく意味も大して分からないだろう。黒須はお構いなしに仲居を盾に使っていく。

 先ほどより快調に進んでゆき黒須と餅の塊と化した仲居は何とか奥の扉までたどり着いた。


               ・ ・ ・


「ひどいっすよサンタさん……」

「元はと言えばお前が捕まるのがいかんのだろう」

 二人は奥の部屋に向かって歩みを進めている。トリモチは途中にあった風呂場で落とした。このトリモチはお湯で簡単に落とせるもので巨大な餅を風呂に突っ込んでシャワーをかけると卵から生まれたかのように仲居が出てきた。

 服はそこにあった乾燥機でわずか五秒。最近の家電は半端ない。

「さぁ果てしなく時間をくったからとっとと次いくぞ」

「はいっす!」

 事前に頭に叩き込んだ屋敷の地図を思い起こし迷いなく進んでいく。

「よし、この扉の先だ」

「ここはどこなんすか?」

「ここはダンスホールだ。大きさは俺の隠れ家より大きい」

「悲しくなる情報っすね……」

 黒須は扉に何もないことを確認してからダンスホールに入る。そこには

「なるほどな」

「自分これはテレビとかで見たことあるっすよ!」

 その部屋には無数の赤い線が縦横無尽に張り巡らされていた。

 百本は下らないレーザー線。それが不規則に張られており、虫一匹通ることが難しいほどである。

「サンタさん。これって触ったらブザーが鳴って警察が駆けつけるやつっすかね?」

「いや……」

 黒須は袋から先ほどのお風呂で拝借した石鹸をレーザー線に向けて投げた。すると

 ジュッ!

 石鹸はレーザー線に当たって何の抵抗もなく真っ二つに切れて無残に床に転がった。

「……あーなるほど。そっちでしたか」

「油断したらあっという間に輪切りになるぞ。先に俺が行くから俺の真似をしてついてこい」

 黒須は物怖じすることなくレーザー線に向かっていく。

 レーザー線をくぐるように屈んだりまたぐように足を挙げたり、時にはリンボーダンスのように上半身を後ろにのけぞらせて回避したりしている。

「さすがっすサンタさん! 自分も続きますよ!」

 仲居も意気揚々とレーザー線に向かっていき黒須と同じ動きをしてレーザー線を通りぬける。

「ほ、は……よっと」

 黒須が何とかレーザー線を抜けて次の部屋の扉の前までたどり着いた。

「さて、仲居ちゃんは大丈夫かな……あれ?」

 黒須は仲居の姿を見て違和感が生じた。

 仲居の動きがおかしいわけではない。確かに危なっかしい感じはするがなんとか切り抜けている。何がおかしいかというと

「仲居ちゃん、頭のカチューシャはどうした?」

「へ? そんなの頭について……ない!」

 右手を頭の上にやってそこにあったはずの物がないことに気が付く。

「ど、どこいったっすか!?」

 仲居が周囲を見回してトナカイカチューシャを探す。

「お、おい。そんなにキョロキョロすると当たるぞ!」

「どこどこどこ……あ! あったっす!」

 少し離れたところにお目当ての物を見つけた仲居はレーザー線なぞないかのようにスルスルとカチューシャに向かって進んでゆく。

「は、早ぇ……なんでそんなときだけ運動神経を発揮するんだ……」

「よっし! もうすぐっす!」

 そして目的のトナカイカチューシャの元にたどり着いた。

「よっしゃ! 取れたっす!」

 仲居が念願のカチューシャを手に取った。その時

 カチッ

「え?」

「あ」

 仲居の足元からスイッチが入った音がした。よく見てみると床の一部がへこんでいる。

「お、おい。お前踏んじまったのか!?」

「……ふんじゃったようですね。あ、レーザー消えたっす」

 先ほどまで数多と張り巡らされていたレーザー線は全て消えて部屋の明かりがついた。

「まずいな、早く部屋を出て……あぁ鍵がしまってるじゃないか!」

 スイッチを押したときに鍵も一緒にしまっていたらしい。黒須はとりあえず仲居の元に向かっていると

「あ! サンタさん、上!」

「え? うおぉぉぉぉマジか!?」

 二人は天井を見る。青い空と白い雲、その中を優雅に飛ぶ天使が描かれた天井はいまやガリガリと荒い音をたてながら二人の立っている床に向かって近づいている。

「ぎゃあぁぁぁぁまずいっすよサンタさーーん!!」

「余計なことをぉぉぉぉぉぉ!!」

 黒須は年末にして年内最大の声量をたたき出しながら現状を打破する方法を脳みそをフルスロットルして考えている。

 しかし吊り天井の速度は結構速い。もう目の前まで迫ってきている。

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ潰れるぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

「えぇい! ふんぬりぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 打開策が思いつく暇もなかった黒須は自分たちを押しつぶさんと迫る吊り天井を両手で支えた。

「サ、サンタさん!? 大丈夫っすか!?」

「大丈夫なわけ、ないだろう! は、早く操作盤か何か探して解除してくれ!」

「は、はいっす!」

 仲居はダンスホールを駆け巡って操作盤を探し始めた。

「あれでもないこれでもない、えっとえっと……あ! これじゃないっすか!?」

 仲居が黒須の後ろの方にある壁に取り付けられていたモニターを見つけた。

「自分機械は苦手なんすけど……あ、このボタンかな?」

 仲居がとあるボタンを押すとモニターが光って起動した。それと同時に機械音声が聞こえてきた。

『吊リ天井ノ解除ヲ行イマスカ?』

「や、やるっす!」

『デハモニターノ指示ニ従ッテクダサイ』

 そしてモニターはある文字を映し出した。それは


『今から出す問題に答えよ

第一問

我が国スノードームは約三百年の歴史を持ち今現在まで繁栄を続けてきたがそれに伴って様々な偉人が我が国を繁栄へと導いてきた。さてその偉人たちの中で特に秀でた功績を遺した偉人十人をしたから順に答えよ。そしてそれと同時にその偉人たちが成した功績を精密に事細かく答えよ。

(以降問題は第十問まで続く)                      』


「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ目があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「ど、どうしたんだ仲居ちゃん!? まるでこの世の終わりを目撃したような声を出して!?」

 黒須は極限まで肉体を酷使している。なので当然後ろなぞ向けるはずがないので仲居に起きた悲劇を見ることは出来ない。

「うぐぅ……こ、ここまでっすか……」

「お、おい! 何かは知らんが何とかしろよ! ぐおぉ……こっちはホントギリギリなんだぞ!」

「そ、そんなこと言われましても……あ、そうだ!」

 仲居はジャージのポケットから先ほどの肉を取り出した。

「どうですかこの美しい霜降り! サンタさんがどこで稼いだか分からないお金を絞り出して買ったA5ランクの黒毛和牛っすよ! 今ならこれを問題をやさしくするだけでプレゼントしちゃうっす!」

 モニターの前でテレビショッピングのように見せつけ説明する仲居。それに対してモニターは

『……………………ジュル』

 ようやく聞き取れるくらいの音で垂れた涎をすするような音が聞こえてきた。それと同時にモニターの表示も変わった。

『問の数を最初の一つだけになりました。問題ははじめと同じです』

「数は減りましたがそれでもわかんないっす……えぇいならば!」

 仲居は懐からさらに肉を取り出した。

「お客様のご要望にお応えしてさらにもう二枚足して計三枚の大盤振る舞いっす! これもさらに問題を簡単にしてもらえるだけで……」

『問題ヲジュル変更イタシマシタ。サッサトジュル答エテオ肉ヲ置イテ行ッテジュルルルクダサイ』

 仲居の紹介を遮るようにくい気味で答えた挙句、邪な考えを含んだセリフになっている。

「ありがとうっす! あ、問題変わった」

『問題

四角の中に当てはまる回答はA、Bどっちか?  1+□=2


A、1  B、1                     』

「めっちゃ簡単っすよこれ!? 小学生レベルで選択問題っす! よく見れば選択肢どっちも同じじゃないですか!? どんだけ肉食べたいんでしょうこのモニター……」

 仲居はどっちでもいいがAと答えた。するとクイズ大会で優勝したかのような盛大なファンファーレが鳴り響いて吊り天井が止まり、キリキリと上に戻っていった。

「も、もうらめぇ……あ、止まった……はぁはぁ、はぁ……マジでダメかと思った……」

 肩どころか全身で息をしている黒須の元に仲居が駆け寄る。お肉はモニターの下に置いてきた。

「お疲れ様ですサンタさん!」

「毎年色々あったが、今回ほど充実した配達は無かったぞ……」

「へへへ!」

「一回思いっきり頭しばいても構わないか? 構わないよな!?」

 もはや他人の家に侵入しているため静かにしないといけないなどというセオリーは黒須の頭からは遠の昔に消え去っている。

 仲居を怒鳴り散らしながらも屋敷の奥に向かっていくと最後の空間にたどり着いた。

「さぁ後はこの廊下を真直ぐ進んでいけば子供部屋だ」

「長かったような短かったような……感慨深いっすね」

「時間は長く感じて寿命は短くなったって意味ならあってるよこんちくしょう」

 二人は赤い絨毯の敷かれた長い廊下を歩く。右側は窓が等間隔ではめられていてそこからは綺麗な月が煌々と輝いている。

「綺麗っすねー」

「ホントにな、今日ほど月が綺麗だと思ったことはないよ」

 風流な話をしながら廊下を歩いていると黒須が何かの気配を感じた。

「止まれ仲居ちゃん」

「何っすか?」

 黒須は廊下の先を注意深く見る。すると

 ……カチリ

「……っ! まずい! さっきあった角に戻れ仲居ちゃん!」

 黒須は仲居に発破をかけて後ろに下がる。黒須は仲居を後ろにする形でバックステップで下がる。

 その瞬間、廊下の奥から銀色に光る弾丸が飛んできた。

 弾丸は黒須の胸辺りに炸裂した。

「ぐぅ!」

「サンタさん!?」

「か、構うな! さっさと戻れ!」

 苦痛に気が付いた仲居を怒鳴りつけてまで後ろの脇の廊下に下がらせた。

「なにがあったっすかサンタさん!」

「奥に狙撃手みたいなのがいて、撃たれた」

「う、撃たれたのですか!? たた、弾の摘出を!」

「色々すっ飛ばし過ぎだよ! それに大丈夫だ」

 黒須はサンタ服をめくるとそこから薄い板が出てきた。左上の辺りに大きなヒビが入っている。

「防弾板だ。まったく、これがなければ即死だったな」

「はぁ~。よかったっす……もう! ハラハラさせないでくださいよ!」

「その言葉、そっくりそのまま返してやるぜ」

 黒須は壁にもたれたまま袋を探ってそこから手鏡を取り出した。それを子供部屋の方を写すために廊下に出す。

「さて、何がいるか見よう」

「はいっす!」

 廊下に頭が出ないように鏡を覗きこむ、するとそこには屋敷に不釣り合いな恰好をした男が立っていた。

 一言でいえばカウボーイだ。茶色を基調とした服装で、その手には銃が握られ腰には仰々しいホルスターまで下げられている。敵が隠れたのが分かったのかカウボーイは

「俺は孤高のガンマン……」

 などと呟いている。

「サンタさん! あいつ絶対形から入るタイプっすよ!」

「あぁ……もしくは重度の厨二病患者だな」

 しかし侮ってはいけない。ゆっくり歩いていたとはいえそこそこある距離から狙撃して確実に心臓を狙って当ててきたのだ。生半な腕ではない。

「さて、どうするかな……」

「なにか役に立つアイテムとか無いんですか? ほら、仕込みなんちゃら~とか七つ道具~みたいな」

「人を泥棒や盗賊みたいに言うんじゃねぇ……そうか、あれを使うか」

 黒須は袋から箱を取り出す。その中身は

「ラジコンっすか?」

「あぁ、俺がまだひよっこの時に渡せなかったラジコンだ。いまじゃ俺の仕事道具だがな。そこでお前にやってもらいたことがある」

「任せてください! で、何をすれば!?」

「あぁ、まずはこれを……」

 そして作戦の説明を済ませる。足音で分かるが敵は少しずつこちらに近づいてきている。

「さぁ、俺の凶弾に撃ちぬかれな……」

 カウボーイが自分に酔ったセリフを吐いたその時。

 ギャギャギャギャギャッッッ!!

「ぬ! なんだ!?」

 黒須の隠れていたところから一機のラジコンが出てきた。それはどこにでもありそうな車のミニチュアサイズのラジコンだったがどんな魔改造を施したのかすさまじいスピードで絨毯に焦げた轍が刻まれている。

 さらには背中に黒い卵のようなものがくくりつけられている。誰がどう見ても手榴弾だ。黒須はこのまま突進して爆破させるつもりだ。

「ふはは! その程度で我が必滅の弾丸をかわそうなどとは! 片腹痛し!」

 カウボーイは手に持った銃を構えてすぐさま撃ち込んでくる。

 しかしラジコンに弾丸は当たらない。複雑にかつ機敏に動き回避している。

「サンタさん操作テク半端ないっすね!」

「まぁクリスマスが来るまで(暇だったから)猛特訓してたからな! それよりそっちも頼んだぞ!」

「大丈夫っす!」

「くぅ! ちょこまかしおってぇ!!」

 カウボーイが狂ったように弾丸を撃ちこんでくる。それでもラジコンは徐々に距離を詰めてくる。

 だが距離を詰めれば詰めるほど当たりやすくなるのは必定。そしてついに

 ギャギャギャバキイィィ!!

「やった! これで止め!」

 右前輪が撃ちぬかれて操作が思うようにいかず、本体に弾丸がめり込み完全に動かなくなってしまった。

「ふ……他愛もない」

 カウボーイは煙も出ていない銃口にふっと息を吐く。

「完全に気を抜いてるな。今だ!」

「うっす! ポチっとな!」

 仲居が手に持ったリモコンのスイッチを押した。

「ん? 何か音が……あ、あれは!」

 カウボーイは上を見てその騒音の正体を把握した。

 天井すれすれに飛んでいるのは戦闘機のラジコンだ。それももうカウボーイの頭上まで来ている。

「く! あの車のラジコンは囮だったかぁ!」

「今更気づいても遅いっす! くたばるっす!」

 戦闘機のラジコンの腹がぱかっと開いて筒状のものが伸びる。

「くそ! 撃たれる!」

「この弾丸でジ・エンドっすよ!」

 銃口にも似た筒はしっかりとカウボーイに狙い澄ましている。そして


 プシュッ

「痛っ」


 見た目には似つかわしくない音が響いた。放たれたのは弾丸でも爆弾でもなく細い針だった。

「なんだ……眠い……(バタン)」

 それでもカウボーイは数秒すると倒れて鼻提灯を膨らませて熟睡してしまった。

「えー……あんなデザインだからてっきりミサイルでも落とすのかと……」

「馬鹿野郎。そんな派手なマネするわけないだろう」

 黒須と仲居は脇の廊下から出てきてラジコンを回収した。ちなみに手榴弾は中身のないただの張りぼてである。

「さぁここが子供部屋だ」

「これでやっと最後の子供にプレゼントを渡せますね!」

 黒須は仲居に最終の注意をした後ドアノブを回し中に入っていく。

 そこはまさに男の子の子供部屋だった。色とりどりの絨毯に一面青色の壁紙。床には積み木や怪獣の人形が散らばっていて天井には飛行機の模型がぶら下がっている。

 二人は足音を立てないように、おもちゃを踏んでしまわないように慎重に歩き部屋の中央にある天蓋付きのベッドに向かう。

 何か起こすかと思っていたが何事もなくベッドの横までたどり着いた。

 黒須は袋の中から青い包装紙と金色のリボンで包まれたプレゼントを取り出した。色んなトラップに引っかかってきたがそれには傷どころかへこみ一つもついていない。

 サンタクロースの本懐を全うするため枕元にプレゼントを置こうとしたその時

「は……ふぁ……」

「ふぁ?」


「ぶぁっくしょい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 静寂を叩き割るような仲居のくしゃみが子供部屋に轟く。これで起きない子供がいるはずもなく

「んみゅう……なぁに……?」

 男の子が半ば微睡みながら目をさまし上体を起こして辺りを見回す。しかし

「あれぇ……窓が空いてる……」

 男の子の身長よりも大きい窓が開いており外から吹き込む風がカーテンを揺らしているだけだった。

 男の子は布団から出て窓を閉める。そして身を抱えながら急いで布団に戻り、また夢の中へと帰っていった。

 枕元に夢見たものが置いてあることも気が付かずに。

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