異世界で就職した件2
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今日も今日とて、俺は馴染み深いコンビニでせっせと働いている。あまり詳しいことは聞いてないんだけど、ずっと昔から水面下で地球と異世界は交流を持ってたらしい。魔法に使われるマナが豊富にある地球と、鉱物資源などが豊富に眠る異世界。どちらも使わないものだから、手を組むのは容易かったとか。って言われても俺はそうなんだ、ですましたけどな!
世界規模どころじゃない話にアルバイト店員を巻き込まれても、引きつった笑いを浮かべるくらいしか出来ない。だから気にしないことにした。気にしないったら気にしない。そう言う面倒臭いのは選挙で選ばれた偉い人達が話し合えば良い。ただ一つ、残念なことがあるとしたら地球人は魔力を操作することが出来ないから魔法が使えないことかな。まぁ、諦めは付くけど。
「いらっしゃいませ〜」
ピロリロン、と自動ドアが開き俺はコンビニ店員として即座に挨拶をする。接客業にとって、お客様は神様!たとえ現代的なコンビニに、キラッキラなドレスを着たお姫様やフルプレートの騎士が来たとしても俺は表情筋をフル活用して笑顔を絶やさない。今回のお客様は雇い主の一人であるルディアナ姫付き侍女長のシュレーゼさんで、俺の挨拶に挨拶で返すと基礎化粧品コーナーへと向かって行った。
すごい美人さんなので少しだけ目で追ってしまったが、さすがに不躾な真似をして嫌われたくないので早々に視線をそらす。ちなみに今の俺は私服の上から支給された国家のロゴが入ったコンビニのエプロンを着て、ネームプレート代わりにルディアナ姫ともう一人の雇い主ジルグベルド王子の紋章を象ったブローチを二つ付けている。なんでも、これは信頼の置ける者にしか渡さない物らしい。俺なんかに渡しちゃっても良いんだろうか?小市民だから悪用はあり得ないけどな……。
「ハナ様、これをお願いします」
「あ、はい!ええと、3点で合計銀貨2枚と半銀貨1枚、銅貨3枚ですね。割れ物なので紙袋に入れときます」
この世界の通貨に半端はない。日本で言うなら半銅貨が50円、銅貨が100円、半銀貨が500円、銀貨が1,000円、半金貨が5,000円、金貨が10,000円となる。もっと上の通貨もあるけど、コンビニで使う人なんていないから割愛しとこう。端数を切り捨てても良いとか、採算度外視らしいから気にしない。気にしないったら気にしないぞ。
シュレーゼさんは瓶の化粧水と顔パック、ハンドクリームをお買い上げ。ならば作りがしっかりし、衝撃もある程度は吸収してくれる紙袋に入れた方が割れる確率が低い。そう言えば、俺の名前に敬称を付けるのってシュレーゼさんだけじゃないんだよな。あと名前は言いやすいハナにいつの間にか決定してた。これは仕方がない、とすでに諦めてるけど。やっぱりブローチ効果のおかげなのかな?
「わざわざありがとうございます。ここの化粧品を使ってから、わたくし達侍女のお肌はプルプルになりました。ハナ様のおかげです」
「いやいや、お礼はルディアナ姫とジルグベルド王子にしてください。あ、ちょうどですね」
「お二方にも感謝はいたしますが、経営者、店、品物だけでは破綻します。店員もいてこそ、です。だからわたくしはハナ様にも感謝するのです」
あぁ、もう照れちゃうだろシュレーゼさんや。俺は高額時給に釣られただけの童貞彼女なしアパート暮らしで何をするでもなく実家の農家を継ぎたくなくて都会でコンビニと飲食店を掛け持ちしてその日暮らしする男ですって。なんでだろう、自分で言っててすごいめっちゃ悲しくなった。クスクスと綺麗に笑いながらシュレーゼさんは一礼し去って行くので、俺は慌てて「ありがとうございました」と見送る。
今の時間帯はお客様がポツリポツリとしか来てくれないんだけど、お昼頃は訓練終わりの騎士達とか夕方頃は残業の確定した文官達とか、利用してくれるから忙しくなるよ。てんてこ舞いってこのためにある言葉だよな!ってくらい。だからお客様が帰ってしまったコンビニは暇なので、俺は床の掃除と商品の前出しをして暇を潰す。
本当、俺がやるのはレジと陳列棚の整理と清掃くらいだからなぁ。一応トイレもあるけどこれは俺専用だし、商品がなくなったら閉店。なくなった物も翌朝魔法の力で充填されてるから、今言った三つのことだけ頑張ってる。道路とか舗装も中々されてないし、結構土汚れが酷いんだよね。でも!魔法が付与されたモップをジークから直々にもらったので、あっという間に掃除が終わる。そしてあっという間にまた汚れる。イタチごっこだ!
すぐに終わったモップを用具入れに片付け、ハンドモップを手に取って陳列された商品に埃が積もっていると想定して掃除していく。ちょびっと埃が積もったとしても、翌朝の充填魔法で真新しくなっちゃうんだよね。ははっ。お給料もらってる分は働いてるフリでもしないと!例えフリでも!何だか虚しくなってきたけど自動ドアが開く音がしたので、スマイルは元手の要らないただ一つの商品、と言わんばかりの笑顔でお客様をお迎えする。
「あら、素敵な笑顔ね。これならこのコンビニが繁盛するのも分かるわ。働き心地は如何かしら、ハナ」
Oh、雇い主様が降臨なされた。薄い桜色の長く綺麗な髪に薄い紫色の目、小さな唇はサクランボのように艶やかな色をしてふっくらと、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいてボディラインを強調するかのようなドレスが良く似合っているルディアナ姫。彼女は柄の部分に透かし彫りがされたレース扇子を口元で広げ、ニッコリと微笑みながら俺に問い掛けた。
「ようこそいらっしゃいませ、ルディアナ姫。働き心地はすごく良いですよ。ほとんど魔法ですからね」
「そう?そうなら良いのだけど。人伝に聞いた話だけど、お昼と夕方が辛いのではなくて?」
右側に俺より随分と年若い可愛い系の侍女、左側にエラい美形だけど隙のなさそうな騎士を従えたルディアナ姫はどこから仕入れたのかコテン、と首を傾げながら俺に問う。いや、お昼時のコンビニ騎士侍女フィーバーを見たら誰だって分かるか。ましてはルディアナ姫は王族でコンビニの立案者、気付かない方がおかしい。ルディアナ姫のコンビニに掛ける情熱は本気だ。
「あー……はい。まぁ、珍しい今のうちだけだとは思うんですけど」
「ふふっ、そうかしら?」
まぁ辛いのは辛いけど、ルディアナ姫には悪いが城のコンビニ熱はすぐ下火になって暇になると思うんだ。そりゃあ、化粧品やら筆記用具はすごい画期的アイテムかもしれない。でも全体的に品物の値段が割高みたいだし、今はコンビニでご飯を買っている騎士だって食堂に行けば無料でご飯出て来るからそっちに戻ると思うんだよなぁ。意味深に笑うルディアナ姫に、俺は言い知れぬ何かを感じ取り口を噤む。
「そうね、忙しくてハナが逃げたら嫌だからしばらく人を出そうかしら?一番忙しいお昼頃に侍女を寄越せば、少しはハナの負担が減るわよね?」
「え?!」
「試験的にコンビニを動かした時、仕込んだわたくしの侍女がいるの。だからハナは心配しなくて良いわよ」
「アッハイ」
有無を言わせない、と感じ取れてしまうほどの威圧感をルディアナ姫から感じながら俺は乾いた笑いを浮かべる。俺のことを心配してくれてるのは分かるんだけど、トントン拍子に話が突っ切って行くのについて行けてないだけだと思いたい。長いものには巻かれると吉!って今日の朝、お天気お姉さんも言っていたじゃないか俺。
あ、そう言えばこのコンビニには学園系ファンタジー小説で有名な結界が貼ってあるってよ。コンビニの中では魔法は発動しないし、剣で斬られても擦り傷一つない。ついでに俺に手を上げたり万引きしたらコンビニから出た瞬間、転移魔法が発動して牢屋に直送されるらしい。そう言うのは現代日本より異世界の方が便利だな、うん。
とまぁ、人生でこんなに方向性の意味不明な現実逃避をしたのは始めてだ。戦争と揶揄しても良いくらい忙しいお昼時が楽になるとか、めっちゃ良い経営者じゃないか。よっ、大統領!どっかの丼もの経営者とは違うね!少ししか会話をしていないのに今まで突っ立っていた侍女がコソッとルディアナ姫に耳打ちし、ルディアナ姫はいささか不満気な表情をしつつも店内を見渡し大衆受けのするジャガイモを揚げたスナック菓子の名前を口にする。
「ど、銅貨1枚と半銅貨1枚です」
「ジャガイモを油で揚げて塩をまぶしただけなのに、どうしてこんなに美味しいのかしらね。だから日本が大好きなの、わたくし。あ、すぐ食べちゃうから袋は要らないわ」
「アッハイ」
侍女があっさり塩味のそれを持ってきて、俺がレジに通してテープを貼る。テープにもちゃんとコンビニ・ソルシエール店って印刷されてるらしい。ここの文字が読めないから分からないけど、こう言う場所からもルディアナ姫のコンビニに掛ける情熱が伝わってくる気がした。経営者のルディアナ姫だろうが魔王だろうが、ちゃんとお代をもらう俺に惚れても良いのよ。
ジャガイモを揚げたスナック菓子を侍女に任せず自分で持ったルディアナ姫は、侍女とお菓子をガン見する騎士を従えて優雅に帰って行く。なんか、エラいイケメン騎士の認識がちょっと変わったかもしれん。またガランとしてしまったコンビニの店内を見渡し、俺はまたモップ掃除をしようと掃除用具入れへ足を向けた。
そう言えばあと1時間くらい経ったらお昼時なので、このコンビニは騎士侍女フィーバーの激戦区と化す。だからそれまでのんびりとした雰囲気を満喫するとしよう。それが終わったらいったんコンビニを閉め、俺のお昼休憩になる。よし、頑張るか!
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次回、またネタが降ってきたら書きたいと思います。五話以上になったら連載しようかな、と考えております。
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